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ひとつ、風を結いて  作者: ひろくま


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5 風結ノ章 伍

ぐはっ、げほっ!

白結丸は川から上がると、その場にへたり込んだ。もう、流石に動けない。

近くに崖があり、あの上から落ちたんだ。

熊は?

あたりを見ると、見つけた。そばに血塗れの熊がいる。あの大きな熊の上に落ちて、撥ねて川の水の中に落ちた。運が良かった・・・。地面に落ちていたら、自分もあの熊のように助からなかった。

命はあったとはいえ、体中が痛い。しばらく動けないな・・・。

崖の上から呼んでいる気がする。でも背中を打ってるから、声が出ない。

意識が遠のいてきた。少し休もう。天狗やお蓮が助けにきてくれるはずだから・・・・。




白結丸が目を覚ましたのは、夕暮れ時だった。

重い身体を地面から引き剥がし、あたりを伺う。人里があるようではないし、濡れた装束がやけに重い。季節はすっかり秋になって、夜の帷が降りる頃にはかなり冷えてくるだろう。

枯れ木と枯れ葉を集め、火を発す。装束を脱いで枝に干し、火で身体を温める。熊の肉を刀で切り出し、火で炙って食べるとようやく落ち着いてきた。

火の温かさもあり、睡魔が白結丸を襲ってくる。

あの崖の真下だから、こういう時は下手に動かない方がいいだろう。皆が探しに来るための目印になる。

また眠りについた。





「目を覚ましたか、小僧!」

再び白結丸が目を開けると、目の前に男が立っていた。

眩しくてはっきりわからないが、歳は三十くらいだろうか。烏帽子に鎧姿。髭を生やしている。

「う?」

立ちあがろうとしたが、体が動かない。手足を縛られている。まだ装束も身につけていないままだ。あたりを見渡すと、この男だけじゃない。まわりに三人・・・いや、十人はいる。

「小僧、お主に訊ねたいことがあってな」

男は白結丸の顎を指で持ち上げる。

「殺さずに目覚めるのを待っておった」

賊・・・ではない。身なりが違う。都の役人だろうか。

「小僧、まず聞きたいのは、この辺りで山賊を見ていないかどうかだ。答えろ」

山賊を探している、やはり役人か。

「この縄をほどけば教えてやる」

「ほう・・・」

男はニヤリとする。

「ならば、知らんということだな。次は、あの熊は誰が殺したのか?」

男は崖の縁に横たわる巨体を指差す。

「教える気はない」

きっぱりとした白結丸の言葉に、男は白結丸の髪を掴んでぐいっと持ち上げる。

「ほう。威勢はいいが、命を粗末にするのは感心せんな」

男は腰の刀を抜いて、白結丸の前に切先を向ける。

「最後にもうひとつだけ聞く」

男は持っている刀の柄を白結丸の顔の前に出す。

「これは、お主のものか?」

「・・・・・・」

それは天狗から受け取った、紛れもなく白結丸の太刀だ。

「教えてやろう。この太刀、わしは見覚えがあってな。これは霞家の御曹司、霞宗矢のものだ。何故、お主のような小僧がこれを持っている?」

「!?」

この太刀のこと、そして兄上のことを知っている?

「これは、霞本家の血筋の者だけが持つことを許される太刀のはずじゃ。そして、霞本家の血筋を持つ者で都の近くへ流された者を、わしはひとりだけ知っておる。」

息を飲む。男はまたニヤリと薄ら笑いを浮かべる。

「歳の頃は十四・五、お主と同じくらいだ。あの夜、わしは西国遠征に向かっていて、六原におらなんだ。霞宗明は手薄な六原を火の海にして、こともあろうか上皇様の首を取った、大罪人じゃ。」

白結丸の目が険しくなる。

「霞の息子たちは、みな伊豆へ島流しになった。本当なら、斬首して然るべきであるがな。我が兄者は甘くてな。父上なら子供だろうが皆始末していただろう。しかし、生まれたばかりの赤子が蔵馬に流された。兄者はその赤子の元服を待ち、謀反の意思なければよし、あれば処刑するという、なんとも甘い処分を言い渡したのじゃ。赤子ひとり、その場で殺しておけばよいものを。わしは宗矢を恨んでおる。わしの手で宗矢を殺したかった。だが、そんなことはどうでもいい」

再び男は白結丸の顔を掴んで引き上げる。

「刀を持って山を降りた。それだけで謀反の意思ありとするには十二分じゃ。のう、白結丸よ?」

「くっ!」

引き上げた白結丸の喉に刀を当てる。うっすらと切れて血がにじむ。

「教えてやろう。わしは緋山城守(やましろのかみ)征討使副将(せいとうしふくしょう)孝基。戦御体を盗んで逃げた藍羽の娘を探して無首の峰に兵を連れてきた。見つからず、諦めて帰るところだったが、父上にお主の首という土産が出来た。もともとなかった命じゃ。今日まで生きられたこと、緋家に感謝して死ぬがよい」

孝基が白結丸の首に当てた刀に力を入れる。刃先はさらに首に食い込んでくる。

「敵だーっ!!」

不意に叫び声が響く。

「敵だと?」

一瞬、孝基の視線がずれた。白結丸は身を捩り、孝基の腕に力一杯噛み付く。

「うっ?」

痛みで刀から手を離す。白結丸はすかさず刀を咥えると、手足を縛られたまま後ろに跳んで間合いをとる。

「この小僧が!縛られたままで何ができる!」

孝基は刀を抜き斬りかかろうとしたその時、兵たちが三人、四人と、森の中から飛ばされてくる。飛ばされた兵たちは白結丸と孝基のいる川原に身体を打ちつけて動かなくなる。

そしてその森の中から、ばきばきと木々の枝をへし折りながら巨大な影が現れた。

「御体・・・藍羽の娘だなっ!」

孝基が叫ぶ。

森の中から現れたのは、蒼と白の鎧武者の形をした巨大な人の形をしたもの・・・これが、御体か?

「白結丸、無事かしら!?」

御体から嶺巴の声がする。

「うーっ!うーっ!」

嶺巴に答えたいが、刀を咥えているので言葉にならない。

「藍羽の娘!お主の方から来てくれるとはな!」

「あら、孝基!副将自らお出ましとは、緋家も人手不足みたいね!」

「お主が盗んだその御体、蒼刃(そうじん)を取り返しに来たまでだ!」

「何を言う孝基、蒼刃はもともとあたしのだからね!」

「お主こそ何を言う!緋家の力あってこそ、御体を作れるのではないか!」

「ふん!常秀(じょうしゅう)の言うことばかり信じて、あたしの言うことなんてまるで聞く耳持たないくせに!蒼刃は渡さない!」

「何が真実なのかなど、どうでもいい!」

孝基が森の中へ走り出す。

「白結丸!大事ないか!?」

天狗が現れ、白結丸の縄を斬る。

「すまない、天狗!助かった!」

「ここは囲まれておる!とにかく今は逃げるぞ!」

「承知!」

白結丸は装束を掴み、取り返した刀を鞘に納め腰に差す。

「嶺巴!すまない!助かった!」

「いいってこと!早く逃げな!御体が出てくるよ!!」

嶺巴は、言いながら蒼刃に背中の大太刀を抜いて構えさせる。

「嶺巴、あとで会おう!!」

白結丸は言いながら天狗の後を追って走り出す。緋家の兵たちも追いかけるが、二人が木の枝から枝へ飛び移って逃げるので、あっという間に見失ってしまった。

「さて、あたしも適当に逃げないと、やばいよね・・・」

森の中から現れたのは真っ赤に塗られた御体。鎧武者の姿をしているが、明らかに人ではなく、怒れる不動明王のような姿。緋の光を浴びて立つ姿は、炎を纏ったように神々しく息をのむような美しさもあった。

「ははは!見たか!これぞ最強の戦御体(いくさみたい)、”朱震(しゅしん)秋嵐鎧(しゅうらんがい)羅刹(らせつ)”!!」

「格好つけてるだけじゃ戦にゃ勝てないよ!」

嶺巴は蒼刃を走らせる。

御体は繰り手の霊力によって動く。繰り手の握る御霊石が繰り手の霊力を増幅させ、繰り手と御体を一体化させる。自分の体と同様に動かせるようになる。御体が受けた傷は繰り手の体が傷つくことはないが、痛みだけが繰り手に伝わる。

「では、格好だけでないことを見せてやろう!」

羅刹は腰から刀を抜き、低い姿勢で構える。

「えぇい!」

蒼刃が上から太刀を振り下ろす。

「遅いぞ、藍羽の娘!」

孝基の羅刹は身を捩って蒼刃の一撃を躱す。

「受けもしないのか!?」

羅刹の身のこなしの速さに驚く。

「喰らえ!」

傍に避けた羅刹の横からの一閃が蒼刃の肩を掠める。

「うっ!」

切れた痛みが嶺巴の肩に伝わる。

「ははは!どうした!?もっと打ってこい!」

羅刹はそのまま姿勢を低くして、左の肩で蒼刃の鳩尾あたりを下から突き上げる。

「ぐうはっ!」

胃の中から内臓が逆流するような痛みが襲う。

「あきらめろ、藍羽の娘!蒼刃ではこの羅刹には勝てぬ!それは、所詮お主ではわしに勝てんということだ!」

「ちっ!」

嶺巴はどうにか痛みをこらえ、体勢を立て直す。

「ほざけ!天下の平安は浄基殿あってのことだった!紀基が(まつりごと)をすれば余は乱れる!次に滅ぶのは緋家だ!」

「笑わせるな!霞が滅んだ今、緋家を脅かすものなど何もない!!」

羅刹は前に跳んで太刀を横に薙ぐ。蒼刃はかろうじて刀で受けると、勢いでそのまま弾かれて倒れる。

ずうぅん!

倒れた蒼刃に向けて羅刹が刀を振りかぶる。

「観念しろ!藍羽の娘よ!」

もう、躱せない!刀でその一撃を何とか受ける。

がきぃいん!という金属音が響き、大輪の火花が散る。羅刹はそのまま力で押してくる。

「はははは!このまま押しつぶしてくれるぞ!」

羅刹の刀の刃が徐々に蒼刃の眼前に迫る。このまま力で押されれば斬り込まれる!

「撃てー!」

羅刹の後ろから声がする。その声と同時に火のついた矢が羅刹の背中に突き刺さる。御体は木材と鉄を組み合わせて作られる。重量を軽くするために、胴体など大きい部分は木で作られることが多い。それは羅刹と言えど例外ではない。

「うっ!?」

羅刹の力が不意に抜ける。孝基の体に傷や火傷などはできないが、その痛みと熱さだけが御霊石を通じて伝わって来る。孝基と言えど、体に矢が刺さり燃える痛みには力が緩む。

「でぇい!」

嶺巴は気合で羅刹を撥ね退け、後ろに跳び下がり間合いを取る。

「何だ、火矢か!?」

孝基は背中の火矢を抜くと、木に背中をこすりつけて火を消した。

そして後ろを振り返ると、山賊らしきものが四・五人、こちらへ火矢を構えているのが見えた。

「お頭ー!今です!!にげてくだせぇ!!」

「お前たち!!」

「野郎ども!!手あたり次第燃やせー!!」

号令一下、山賊たちはあたりの枯れ草に火をつける。秋の枯れ草に火が付き、あっという間にあたりに広がる。

「・・・油がまいてあったのか!?」

孝基は目の前の蒼刃にばかり気を取られていたことを悔やむ。

だが火の勢いはすさまじく、あっという間に羅刹を炎が囲む。

嶺巴は蒼刃の太刀で杉の木を数本斬ると、火の中に投げ入れ、踵を返すと逃走した。

「・・・・助かった・・・。あいつらもちゃんと逃げているといいが・・・」

振り返ると、炎に照らされる羅刹の姿があった。

だが、こちらを追ってくる様子がないので、ひとまず嶺巴は安堵した。

「・・・助けられた・・・。助けに来たつもりだったんだけどね・・・」

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