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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
禍神 (まがかみ)

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6-13 禍神ノ章 十三

・・・・墨羽に会いたい。


いつもにも増して、清葉の心を強く占めるのは、その思いだった。

何か、悪いことが起きている感じがする。

それが何かわからない。

でも、いつも胸の奥に、重くて黒いものが圧し掛かっているような、嫌な感じだけが気持ちを支配し続けている。


・・・・墨羽に会えれば、きっと。


少しは気が晴れる。そうに違いない。


これは恋。


最も身近にいて、最も遠くにいる人。いつも感じている。きっと、そう遠くないところにいる。

だけど・・・・会えない。一目でいい、会いたい。

遠くから少しだけでもいい。元気な墨羽の笑顔が見たい。



・・・・もう、耐えられない。


ふたりで育てようといった”こい”は、清葉の中でも膨らみ過ぎて、ひとりで抱えきれなくなってきている。この”こい”の餌とは何なのか。顔を見ることの出来ない毎日の積み重ねなのだろうか。それとも、愛しい人を思いながら見上げる夜空の星の数なのだろうか。


以前、墨羽は武士詰所にいると、朝子から聞いた。


その場所さえわかれば・・・・。


御所からはそう遠くないはずだ。

たとえ皇后さまが許さなくても、夜の間に少しだけ抜け出して、墨羽の顔だけ見てここへ戻ればいい。


朝子に話して、武士詰所の場所を・・・・。


いや、駄目だ。

朝子は、わたしを好いてくれている。日頃の顔を見ていれば、嫌でもわかる。だからいつも、無理を言っても聞いてくれている。

むざむざ恋敵のところへ送り出してくれるだろうか。

もし、沙苑皇后様へ話が漏れたら、とても難しい立場になってしまう。後宮からむやみに出てはいけないという皇后さまの言いつけを破って、武士の妹と逢瀬をしていたなどと言われたら、きっと余計な話まで加わって恰好の噂の種になってしまう。


でも、それでも!わたしは墨羽に会いたい。


朝子ではなく、もっと力のある者に・・・・。




・・・・・・。



そうか。


ひとりだけいる。

そう、この世で最も尊い方に頼めばよいのか。





◇




「わが君、お願いがあります」

「・・・・なんじゃ、中宮。余に頼み事だと?」

高条は御座にちょこんと座っている。

偉そうな喋り方をしても、まだ七つほどの子供だ。


だが、こういう話し方ができるようになってきたのも、清葉の教育の賜物でもある。酷いやんちゃで暴れん坊だった高条も、毎日清葉が厳しく躾けるようになって、ようやく帝としての自覚が垣間見えるようになってきたのだ。


「はい。申上げてもよろしいですか?」

「・・・・余に、これ以上何かしろというのでなければ」

「そういうわけではございません」

「ならば、聞いてやろう」

「では、恐れながら申し上げます」

清葉は床に両の指先をついて、頭を下げた。

「われらがこうして吹原の地で安泰に過ごせるのも、緋家の武士たちの手柄あってこそ。わたしは、その武士たちの苦労をねぎらいたいと考えております」

「・・・・?」

「しからば、わたしたちで、武士の詰め所を訪れて顔を見て話をしてみてはいかがと思うのですが」

「・・・・ええと、わからん」

幼くして帝として育った高条には、武士は武士として、貴族は貴族としてそれぞれの立場がある、という常識がある。なぜ、皇族である自分たちが武士のところへわざわざ出向くのか、理由がわからないのだ。

「はい。わからずともかまいません。ここは、「わかった。その通りにいたす」とお答えください」

「・・・・なぜだ?なぜ、余がわざわざ武士のところなどへ・・・・」


・・・・無駄に賢くなってしまった。昔の高条なら、うんもすんもなく「好きにせい」と言っただろうに。


「高条様。帝がわざわざ足をお運びになるということで、武士たちはこの上ないほどに士気を高め、奮起いたすことでしょう。それでなくても今や緋家は都を落ちたと巷では噂になっていると聞いております。われらを守る者たちを、わたしたちが支えずして何を支えるというのです?勝てるものも勝てなくなりますよ!!」


「・・・・そうか。では、皇后に話をして・・・・」

「なりません!!」

清葉が突然大声を出したので、高条は「ひっ!」と驚愕の声を上げた。

「もう、わが君はひとかどの帝にございます!それが、いつまでも母様の言うことばかりを聞いておられるなど、民の笑いの種草になりましょうぞ!!」

「ひぃぃ・・・・。わ、わかった・・・・」

「よろしいですね!?」

「あ、ああ。わかった」

「では、明日。輿とお付きの者たちをご用意いたしますゆえ、何卒」

そう言ってもう一度清葉は指をついて頭を下げた。


・・・・よしっ!!



◇



「朝子、明日ですが、帝と共に武士たちの様子を窺いに行くことになりました。武士たちの士気を高めるために、帝が是非にとおっしゃいましたので!」

中宮の間に戻った清葉は、朝子にそのことを話す。

「え!?帝が、そんなことを!?」

朝子が驚きの顔で清葉を見つめる。

「わたしも最初は驚きました!でも、やっと高条も帝らしくなってくれたというか・・・・わたしは嬉しいです!」

「え・・・・そうですか」

「何か、浮かない顔ですね?」


きっと、清葉が墨羽に会いに行くのが複雑な気持ちなのだろう。清葉はそう高を括っていた。


「いえ、尋乏谷《じんぼうだに》というところに砦が出来ており、今日すでに武士たちの半分以上が吹原を出たと聞いておりますので・・・・」


「は!?」


「どうも、そこで霞家を迎え撃つようですよ。あ、清葉様、そろそろ髪をお梳きいたしましょう」

朝子は櫛をもって清葉の後ろへ回る。


「・・・・今日、発ったのですか?」

「はい。そのように、わたしも先ほど耳にしました」


・・・・そんな。

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