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ひとつ、風を結いて  作者: ひろくま


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4 風結ノ章 四

天狗はお蓮を小脇に抱えたまま、山道を飛ぶように進んだ。

山道を走るのは蔵馬で慣れている。道のないところを木々の枝から枝へ飛び移る。

そのたびに抱えたお蓮が悲鳴をあげているが、天狗にとっては枝から枝へ飛び移るなど大したことではなかった。

「ここまでくればもうよかろう」

天狗がようやく走る足を止めた時、お蓮はすっかり目を回していた。

「て、天狗様ぁ、は、白結丸様がぁ・・・いないんでぅうぅ・・・・」

「は!?」

しまった。ついうっかりお蓮を連れていることで、白結丸のことを失念してしまった。これは一生の不覚!

「どのあたりではぐれたかわかるか?お蓮?」

「何が何だか、上だか下だか、わからないよぅ・・・」

お蓮は泣きながら訴える。

まさかとは思うが、あの女山賊に掴まってしまったのか?天狗の脳裏に先ほどの女の刀を抜いた所作が浮かぶ。刀を交えてはいないが、只者ならない覇気を感じた。手下たちとは違う、手練れであることは間違いないと見ていた。名を聞かれて逃げ出したのもあるが、厄介な相手に感じたのも事実だ。

「お蓮、白結丸を探しに戻るぞ!」

「え!?ちょ、ひぃぃぃ!降ろしてぇ!!!」

天狗は再びお蓮を抱えたまま、枝の上を飛び回った。



「小僧!!再び会えるとは、あたしにとっては奇跡だね!!」

一方、はぐれた白結丸は嶺巴と対峙していた。

圧倒的な方向音痴らしいが、不思議なことに逃げる白結丸の行く手を塞いでいた。

「いつの間に回り込んだ!?」

「それがわかったら苦労しないよ!!」

・・・なるほど、わからないんだな。

「とにかく、あんたはあたいと会う運命だね!あたいが思った場所にたどり着くなんて今まで一度もなかったんだから!!」

・・・威張って言うことか。

「もう一度言う!あたしは藍羽嶺巴!あんたの名は?」

「・・・・白結丸。蔵馬の白結丸だ」

「・・・・白結丸か!いい名だね!気に入ったよ!」

嶺巴が腰の刀の柄に手をかける。白結丸も、いつでも刀を抜けるように構える。

そのまま二人は睨み合い、しばし沈黙する。

「いくぞ、小僧!」

嶺巴は刀を抜くと同時に踏み込んで横に薙ぐ。白結丸は後ろに跳んで嶺巴の不利の勢いを殺しながら抜き刀でそれを受ける。ぎぃんと鈍い音がして火花が散る。

「まだまだ!」

嶺巴は間髪入れず次の一撃を繰り出す。白結丸は飛び上がってそれを躱すと、間を取って構えなおす。

次の瞬間前に跳んで刀を一閃する。嶺巴はそれを受けて横へ飛ぶ。

「やるじゃないか!」

「くっ!」

・・・躱すだけで精いっぱいだ。なかなか打ち込める隙がない。

白結丸は天狗とは違う太刀筋に慣れるのに苦心していた。どこから刀が来るかわからない。明らかに天狗の癖とは違う。

だが、見えない速さではない!

「休むには早いよ!!」

来る!

嶺巴が幾度となく打ち込んでくる。それを白結丸は紙一重で躱し続ける。

刀が当たるたびにぎぃん!と音がして火花が散る。

「ほれほれ、どうした!?打ってこれないようだね!!」

嶺巴の執拗な打ち込みが続く。

受け続けるだけでは駄目だ。隙を探せ!女ではあるが、相手のほうが背も高い。力も強い。このまま受け続けていてはいずれ力尽きる。攻撃を受けるたびに手が痺れるような感触がビリビリと手に伝わる。

後ろに跳んで間合いを取ろうとすると、すかさず嶺巴が前に跳んで間合いを詰めてくる。息つく暇がない。

「これでどうだい!」

嶺巴の力任せの横一閃が白結丸を襲う。間合いを詰められているので、避けるには間に合わない。白結丸はとっさに刀で受ける。

ぎいん!!と甲高い音がして火花が散り、白結丸は跳ね飛ばされる。五・六歩後ろによろめくと、刀を構えなおす。手がびりびり痺れる。嶺巴も出せる力を振り絞ったためにすぐには間を詰められない。

「あたしの全力でも倒れないとは、ますます気に入ったね!」

「気に入られても、ここで負けるわけにはいかない!」

白結丸は刀を振り上げて前に出る。

「そう来なくっちゃ!!」

嶺巴は刀で白結丸の刀を受けると、横へはじく。

徐々に見えてきた。力は天狗と比べて強い。そして早い。だが、速さは天狗の方が圧倒的だ。一発食らうと痛手だが、避けられない速さではない。

そして、白結丸は感じ始めた。”気”の流れというのだろうか。相手が刀を振り下ろすたびに”気”が流れる。空気の流れ、相手の動きによってあたりの空気が水面の波紋のように広がる。実際に見えているわけではないが、感じているのだ。その波紋の広がり方によって、相手の癖のようなものがわかる。

目の前の敵は、右から振り下ろした後に次の攻撃に来るときに一瞬隙ができる。おそらく、さっきの力任せの一閃で肩を痛めたのではないか。最初の一撃を刀で受けてしまうと力で押し流されて、こちらから攻撃に切り返すことができない。最初の一撃を躱さなくては・・・。

「ほらほら、もう終わりかい?」

再び嶺巴が打ってくる。やはり受けると手にじんじんと痺れが来て、すぐに打ち返せない。

「なんて力だ!」

「あははは!ここまであたしの刀を受けるやつは久しぶりだよ!ふつうは手が痛くて刀を離しちまうからね!」

明らかに楽しんでいる。このままでは力負けだ。

風の流れは読めているし、相手も討ち疲れてくるはずだ。だが、このまま受け続けるとこちらの腕が持たない。

「くそっ!」

白結丸は後ろに跳びのいて間を取る。

「あはは!逃がさない!」

来た!右からの振り下ろし!

嶺巴の切っ先が白結丸の腕をかすめる。白結丸は身を捻り、かがんで躱す。そのまま回転して嶺巴に向けて刀を振る。

「何!?」

驚いても遅い!白結丸はそのまま嶺巴に覆いかぶさるように押し倒す。二人はそのまま地面に倒れこみ、白結丸の刀は嶺巴の長い黒髪を切り落とし、嶺巴の顔の真横で地面に刺さった。

「おれの勝ちだ・・・」

はぁはぁと息を切らし、白結丸は力が抜ける。特に両掌がじんじんと痺れる。力が入らない。

「あははは!さすが、あたしが見惚れただけの坊やだね!!ますます気に入ったよ!」

そう言いながら嶺巴が白結丸の顔をぎゅうぎゅうと自らの胸に抱きよせる。

「く、苦しじぇい・・・・」

「白結丸、あたしの手下に加わりな!」

「へひは!?はにほひっふ?はっはのはほへひゃひゃいふぁ!」

手下!?何を言ってる?勝ったのはおれじゃないか!

胸の谷間で言葉にならない声を上げる。

「・・・・・ちょっと・・・これ・・・どういうこと?白結丸様、説明しなさいね・・・・」

「へ!?」

白結丸が何とか顔を上げると、そこには怒りの気を纏ったお蓮がいた。

「あ、これは、えーっと・・・、おれが勝って・・・」

「そうだ。白結丸がおれに勝った。だから、白結丸はおれのものになったんだ」

嶺巴が口をはさむ。

「・・・どういうことか、さっぱりわかんないんだけど!?」

「いや、だから、おれが勝って、だな」

「男が女の上に乗って胸に顔を押し当てていたらすることは一つだろう?」

ぶちん!!っと、何かが切れる音がした。

「そうですか・・・」

お蓮は白結丸の胸ぐらを掴んで持ち上げる。

「おお、すごい」

後ろの方で天狗が感心している。

「て、天狗、誤解だから助け・・・」

ぐおんっ!!

凶悪な激突音が静かな森に響き渡る。そして、白結丸はお蓮の一撃で哀れな姿となった。

「きゅ・・・・う・・・」

「・・・娘、一番強いかも・・・?」




「せっかく一生懸命に探し回ってあげたのに!!すっごい心配したのに!!それなのに、白結丸様はあんな女といちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃ!!!あー腹立つ!!」

「だから、違うって・・・」

さっきの一撃で頭がくらくらする中、白結丸は何度も何度も言い訳したが、お蓮は聞く耳持たない。

「あんな女とは聞き捨てならんな。それに白結丸には、こうなった以上責任を取ってもらうぞ」

「はあ、あんた、何言ってんの!?」

嶺巴が白結丸に抱き着く。お蓮はさらに鬼の形相・・・。

「見ただろう、白結丸はあたしの胸に飛び込んできて、体をおもちゃにしたんだ。しかも、はぁはぁ言うほど興奮しながら、女の命ともいえる大切なあたしの髪を切りとった。こんなに弄ばれた以上、もう嫁にいけないからな」

「ところどころ脚色入ってんな!」

さすがに白結丸も黙っていられないが、誰の耳にも届いていなかったようだ。

「女好きの変態だが仕方ない、あたしの嫁にもらうことにした」

「それは・・・・、ほんと・・・!?」

「だから、おれは何もしていないと・・・」

「白結丸は大きな胸がお好みのようだしな!!」

あーそれ言っちゃ駄目!!火に油を注ぐな!!

「くっ!!」

ぎりぎりというお蓮の歯ぎしりが聞こえる。ちょっと涙目。・・・逃げよう。

「あー、そうか!!所詮は胸が大きけりゃ何でもいいのか!!こら、白結丸!逃げるな!!」

「おれは何も言ってないよぅー!」

白結丸の着物の裾を片手で引っ張る。白結丸はまるで子犬のように引き戻される。

「・・・あきらめろ、白結丸。女とはとても理不尽だ」

「なんか言ったか!?あん!?天狗、こらぁ!?」

「・・・すまぬ」

お蓮の迫力に天狗も頭を下げる。

「さて、冗談はさておき・・・」

「冗談ですむかーーーー!!!」

「いひゃい、いひゃい!」

お蓮の白結丸のほっぺに対する執拗な攻撃はしばらく続いた。




「さて、冗談はさておき・・・」

気を取り直してもう一度言い直す嶺巴。

「おかしらーーー!!」

森の中から、山賊たちがこちらへ走って来る。

「おう、お前たち、ちょうど良いところへ・・・」

「たすけてーーーー!!」

へ!?

山賊たちの後ろから、何か黒い塊が迫って来る。それは徐々に姿を見せ、巨大な熊とわかるまでそれほど時間はかからなかった。山賊たちは走って来ると、するりと嶺巴の後ろに隠れる。

「代の山賊が五人もいて、なんて情けないんだい!」

「でも、お頭、あの熊、矢も刀もまるで歯が立たないんですぜ!!」

熊は近くまで来て威嚇のためか、咆哮しながら立ち上がって見せた。

かなり大きい。大人の背丈の二倍半はありそうだ。

「天狗様、これが目当ての熊でしょうか?」

「おそらく!」

お蓮が言うと、天狗は腰の刀を抜いて構える。

「仕方ないねぇ」

嶺巴も立ち上がり、同じように刀を構える。

ぐおぉおお!!

熊は唸りながら天狗に向けて前足を振りかざす。鋭い爪が天狗の後ろにあった木の幹に傷をつける。天狗はひらりと飛んで躱すと、熊の肩口に刀を振り下ろす。

「うっ!?」

天狗の一閃は熊の肩に少し傷をつけただけではじき返された。

「なんと、堅い!!」

「あたしに任せな!!」

嶺巴が跳び上がり、熊の腕に刀を振る。

刀の刃が少し皮膚に切り込んだが、熊は腕をふると嶺巴を弾き飛ばした。

「くうっ!?」

「お頭ーー!!」

山賊たちは嶺巴に駆け寄る。

「とんでもない化け物だね!」

少し口の中を切ったみたいだ。血の味が広がる。

「坊やとやり合ったせいで体が思うように動かないんだよ」

「・・・・あの小僧と・・・やり合った・・・!?」

山賊たちは顔を見合わせる。

「そのくだりはさんざんやったからいいんだよ!あの熊、なんでこんなに怒ってるんだい!?」

「・・・あの、お頭に熊鍋食ってもらおうと思って!」

「そしたら子熊を見つけたんで、仕留めようとしたら・・・」

「親熊が出てきて・・・・」

・・・はぁ。

ため息をついたのは嶺巴だ。昨日のことといい、毎回こんな感じなんだろうと天狗は思った。

「お蓮!白結丸はどうした!?」

お蓮は、はっとなって白結丸を見ると、顔が倍くらいに膨れ上がっている。

「御免なさい!やりすぎた!!」

「とにかく離れていろ!巻き添えを食うぞ!」

お蓮はだらりとしている白結丸を引きずって木の陰に隠れる。

天狗は木の幹を足場にして跳び上がると、立ち上がった熊の頭上から頭目掛けて刀を振り下ろす。

すると熊はするりと躱し、前足で天狗を払う。

「早い!?」

何とか刀で熊の爪を受けた天狗はそのままの勢いで跳ね飛ばされる。

「ぐっ!?」

天狗はそのまま飛ばされて、木の幹に背中を打って地面に落ちる。

「なんて馬鹿力だ!?」

嶺巴も立ち上がり、もう一度構えなおす。

「こりゃ、ちょいと大変な相手だよ。お蓮・・・とか言ったね。白結丸を連れて逃げな。そいつはあたしとの戦いで、刀を握るのもつらいはずさ。こんな化け物、相手にしたら命が危ないよ」

「・・・あんた・・・」

「・・・待てよ・・・」

白結丸はゆっくりと立ち上がる。

「白結丸様・・・」

「白結丸!?」

お蓮と嶺巴が白結丸を見る。

「おれたちがここまで来たのは熊退治のためだ!目の前にいるのに、逃げるわけにいかないだろ!」

・・・言ってることはかっこいい。かっこいいのに、顔が腫れててかっこ悪い・・・・。まあ、わたしのせいだけど。

「白結丸様・・・」

「いいねぇ!やっぱりいいねぇ!白結丸!どこまであたしを惚れさせれば気が済むんだよ!!」

嶺巴が狂気のような声を上げる。

「行くよ、白結丸!この先に崖がある!いくら頑丈な熊でも、そこから突き落としゃ一発だよ!」

「承知!」

「崖まで追い込むよ!」

二人は刀を構えると熊に飛びかかる。

「あいつの爪は刀で受けると馬鹿力で吹き飛ばされるよ!躱すんだ!」

熊の前足をひらりと躱すと、そこに刀を振り下ろす。だが熊の皮膚は異様なほど堅く、やはり表面に傷をつけたにとどまった。だが白結丸は何度も同じところに刀を振るう。

「硬い!」

「効いてる!流石に痛かったみたいだね!」

ぐおぉぉぉ!咆哮する熊は白結丸に狙いを定めて前足を振い始める。怒りに我を忘れたように、白結丸に襲いかかる。

「いいぞ!そのまま崖まで連れて行け!」

嶺巴も後ろから熊を追い立てる。

熊はその巨体からは考えられないような速さ。邪魔な木を薙ぎ倒し岩を飛び越えながら、枝から枝に飛び移る白結丸を追ってくる。

「もうすぐ崖だよ!気をつけな!」

急に開けた場所に出る。飛び移る枝がなくなって、白結丸は地面に降りる。そこはすでに崖の先。数歩先には地面がない。そして、すぐ背後には熊が迫る。

ぐぁおおおおお!

熊は白結丸に飛びかかるように爪を振るう。

その瞬間を見て白結丸はひらりと真上に跳ぶ。熊はそのまま地面に叩きつけられる。

ずざざざ・・・・。

熊はそのまま地面を滑り、崖から奈落の底へ引き込まれるように落ちていく。

「やった!」

嶺巴も駆けつける。

その瞬間、熊が叩きつけられた崖っぷちの地面が衝撃で崩れ、白結丸の降りる地面がなくなった。

「え!?」

「は!?」

絶句。

白結丸はそのまま熊と一緒に落ちていった。

「白結丸ーっ!!」

嶺巴の声が木霊する。

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