5-29 流転ノ章 二
「淡影がこんなに早くここまでくると思わなかったな」
「そうですね。二万の軍を率いて、ここまで早く京へ上ってくるとは」
宗影が言うと、澄玲が頷く。
宇治川のほとり。
川向うには見渡す限りの大軍勢。
こちらは五千。相手は二万。
勝ち目はない。
だが・・・・。
「澄玲、本当に良いのか?戦御体まで・・・・」
「何をいまさら。わたしも戦えることは先の戦で証明したでしょう?」
「だが、今度の敵は・・・・」
「何も違いません。それに、わたしの方が殿より強いことをお忘れなく」
「・・・・そうだな」
苦笑いする宗影。
「宗影殿!」
そこへ、文成と昭基がやってくる。
「上皇様を京の内裏へ送り届けてまいりました」
文成が地面に片足をつけて頭を下げる。
「うむ。ご苦労だったな」
「それと・・・・」
文成が宗影に耳打ちする。
・・・・やはり、瑞奈が。
宗影はふう、と息を吐いた。
そして宗影は昭基の肩に手を置くと、昭基の顔を上げた。
「おまえを巻き込んで申し訳ないと思っている。もし、命が危ないようなことがあれば、おまえは吹原へ戻っても良い。おれたちと共に命を散らすことはない」
宗影の言葉に、昭基は顔を上げて宗影を見る。
「わたしは、命を取られて当然の身。わが首を落とし、父の元へ送りつけるが戦の常。ですが殿はそれをされず、古越殿や御前殿にわたしの武の手ほどきまでしてくださいました。わたしはここでそのご恩をお返しします!」
力強く言い切る昭基。その顔に迷いがない。
澄玲と文成の指導の賜物だと宗影は頼もしく感じた。
「・・・・いい顔になったな」
文成が連れてきたときはほんの子供の顔だった。
この半年で、見る見るうちに成長した。
顔つきは鋭く、自信を持つまでになった。
「殿に、わたしには逃げ帰る場所がある、などと言われるとわたしはとても悲しい思いです!」
「・・・・そうか。すまん」
宗影は昭基の前に膝をついて顔を覗き込む。
「だが、おれの本心だ。お前はもっと強くなれる」
「もう、殿!」
澄玲が口を挟んだ。
「ここには殿を置いて逃げるような者はひとりもおりません!戦う前から負けるようなことを言わないでください!」
澄玲の言葉に文成が無言で頷く。
そして、昭基がニヤリとした。
「はっはっはっ!!またおれは澄玲に怒られてしまった!」
そう言って立ち上がると、川向うの伊豆霞軍を見る。
「おれは淡影とここで決着をつける!同じ慶秀の作った戦御体、同じ霞家の血を引く者同士!おれも、負けるわけにはいかん!!」
「はい!」
昭基が声を上げた。
「おれが淡影と決着をつける!その間は絶対に邪魔を入れるな!おまえたちにその役目をまかせる!!」
「「おう!!」」
◇
「皆秀殿、久馬殿!」
宿儀は御体匠として同行してきたふたりに声をかけた。
「なんだ?」
「はい?」
白縫の点検をしていた二人が顔を上げる。
「あそこに橋があるが、見えますか?」
「ああ。宇治橋だろう?」
久馬が言うと、皆秀が首を傾げる。
「変わった橋ですね。床板がない」
「そうなのだ。敵が橋の床板を全て取り払ってしまった。画龍点睛を欠く状態だ」
「ああ・・・・・・」
織部綴師の弟子、織部久馬は、宿儀の言葉に嫌な予感を感じた。
皆秀は首をひねる。
「もしかして、宿儀殿・・・・」
「ああ。間もなく陽が暮れる。開戦は明朝と伝令が言っている。今夜のうちに、あの橋に床板をつけられるだろうか?」
「・・・・やはり」
久馬が顰め面で宿儀を見る。
「夜の闇の中で川に入って床板をつけろと?」
皆秀も驚いた顔をする。
「兵が通れるくらいでかまわない。戦御体と馬は渡河出来るが、兵は無理に川を渡すと流される。できるだけ兵を失いたくない」
「・・・・あのな、それでおれたちが失われるかもしれないぞ?」
「大丈夫。肝胆相照、生死同胞。生も死も一緒だ」
宿儀の言葉に、久馬と皆秀は顔を見合わせる。
「意味はよくわからんが、仕方ないな。御体車の底板を使おう」
「わ、わたしは職人たちを集めてきます!」
皆秀が走り出す。
「感恩戴徳!」
宿儀は頭を下げる。
「だが、打ち付けたり固定するのはできない。音で敵に気付かれるからな。ただ橋桁に乗せて縄で縛る。それでいいな?」
久馬が言うと、宿儀は大きく頷いた。
◇
「なあ、ミカナ」
淡影は風結の前に立つ。
隣に鎧姿のミカナが淡影の着物の袖を掴んで立っている。
「なんじゃ?」
「おれは、兄上に勝てるか?」
「何を言う。そのために来たのじゃろう?」
「そうだが、これが本当に正しいか、わからなくなってきて。なぜ、兄上はこれだけの兵力の差があるのに、逃げないで川向うにいるのか。逃げてくれれば、戦わずに済んだかもしれないのに」
「まあ、宗矢はそんな男ではないな。戦の勝ち負けよりも、淡影と戦って道を譲るべきかどうかを知りたいのじゃろう」
「・・・・緋家を倒して父上や母上の無念を晴らすはずだったのに、なぜ兄上と戦うことになっているのか。共に戦う道はなかったのだろうか?」
「宗矢と宗近では持っている理想が違うのでな。淡影が宗近に従うことを選んだ時から、宗矢が敵になると決まっておったのかもしれん」
夕陽が赤く空を染め始めた。
「ミカナはもし、風結の中で眠らなければ、今頃川の向こうで兄上と一緒にこちらを見ていたかもしれないな」
「じゃが、今こうして淡影の隣におるのじゃ。お主のその白い刀と同じ。選んだのではない。選ばれたのでもない。それぞれが道を進んできた結果、こうなるべくしてこうなったのじゃ」
「ミカナ・・・・妙寂の婆の説法みたいなことを言うのだな」
「・・・・誰が婆じゃ!」




