5-28 流転ノ章 一
「しおながもち!わたしが何とか戦を止めます!それまで、出来るだけ時を稼いでください!それと、わたしが何かしようとしていることは絶対に内緒にしてください!でないと、また誰かに邪魔されてしまいます!」
と、関ノ府を出る直前、唐突に瑞奈が義陽に言った。
・・・・とはいえ。
大将でもない一人の男が三万もの大軍の足止めなど、そうそう簡単にできることではない。
すでに汐永義陽の率いる八千の搦手は、勢多川を挟んで木曽軍と対峙していた。
「汐永殿、川に架かる橋は唐橋というあそこの橋のみ。あれを戦御体で塞ぎ、兵たちは水に入り渡河する。それが宿儀殿の策で間違いないですね?」
「はい、伊佐殿。それで間違いないですが、あまりに敵の数が少ないのが気になります」
「そうですね。葦野原で緋家に敗北したとはいえ、征夷大将軍の率いる軍としては妙に少ないですね」
「見たところ、ざっと七百・・・・と言ったところです。どこかに兵を隠しているかもしれません。用心しましょう」
「はい。汐永殿に後ろをお任せします。信じていますよ」
そう言って微笑む伊佐。
「は・・・・はい」
義陽は声が裏返るのが自分でもわかった。
・・・・伊佐殿。
竹丸や狛丸のためにも、おれの頼りになるところを伊佐殿に見てもらわねば!
◇
「やはり、数ではかなわないか」
川向うを眺めながら、恒影がつぶやく。
宗影殿は奇策に気をつけよと言った。
普通に考えれば戦御体で川を渡り、兵たちで橋を塞ぐ。その方が早く向こう岸にたどり着ける。だが、敵が大軍であればあるほど橋に兵が集まり過ぎて、数を生かせず守る側が有利になる。
では、敵はどうするだろう?
「なあ、恒影」
「どうした、文堅?」
「いくら兵が足りないとはいえ、御前様やあの緋家の小僧まで戦御体に乗せてよかったのか?」
宗影の率いる本隊は宇治川に布陣している。
そこには澄玲御前、文堅の弟・文成と、緋孝基の三男・昭基もいる。
「・・・・・・宗影殿が良いと言った以上、われらとしては口出しできん」
「それはそうだが。ちと、不安でな。あの小僧、裏切ったりしねぇかと・・・・」
「文成も御前様も信じていいと言った限り、信じるしかあるまい。それよりも、われらはここで宗影殿と淡影殿が決着をつけるまでの時間稼ぎだ。生きて戻れよ、文堅」
「何を言う。おれはどんな戦場からでも生きて戻ってみせるぞ?」
「ふっ、心強いな」
恒影は微笑んだ。
恒影と弟の安影、古越文堅と文成の兄弟、岡倉守武、水沢直兼。
皆、木曽の山の中で、幼い頃から一緒に野山を駆け巡りながら育ってきた。兄弟同然、それ以上の絆のある仲間たち。
それも今や、安影と守武、直兼はここにいない。
・・・・だが、宗影殿についてきたおかげで、おおよそ人の一生で見ることのないものを見てきた。それは修羅場でもあるが、天上の景色でもある。
いまさら、何の悔いもない。
宗影殿こそが我が主にふさわしい。わが命を懸けてしかるべき男だ。
「奇策に気をつけよ」
小さく恒影はつぶやく。
・・・・そうだな、おれが敵ならこうする。
「敵の戦御体は橋を渡ってくる!敵をおびき寄せ、火矢で橋ごと燃やせ!川を渡ってくる敵兵は戦御体と弓で迎え撃つ!」
おおっ!!
兵たちの声が響いた。
◇
「まず、兵を三つに分けます。北の搦手には伊佐殿と汐永殿で勢多の唐橋を攻めます。南の宇治橋には稲部殿と嶺巴殿。そして中の本隊で南と共に宇治川を渡り敵を攻めます。相手もそれに応じてくるでしょうが、数ではわれらに分があります。であれば、まとめて一度に相手にするより、敵を散らして少数をそれぞれつぶした方が、こちらの被害を少なく食い止められます」
宿儀が軍議の中で言った。
彼は幼い頃から書が好きで、唐の軍法書なども読み漁っていたらしい。
もちろん大軍での戦の経験はないが、それは淡影とて同じ。
経験がなければ、知識に頼ればいい。淡影はそう思っている。
「そんなにうまくいくのであるか?そもそも戦というのは、まずは名乗りを上げて・・・・もごもご・・・・」
千浦和門がしゃべりだしたのを、稲部長綱が口をふさぐ。
「で、わしはどうすればよい?わしの戦御体”獅剛”のお披露目だからな!!」
長綱の顔は期待に満ち満ちている。
◇
「あたしが先だって言ってんだろっ!!」
嶺巴の声だ。
「何を言う!わしの獅剛が先だっ!!」
長綱と言い争っている。
「・・・・なんとなくわかるけど、どうしたんだ?」
淡影が声をかけた。淡影の後ろにはミカナがぶかぶかの鎧姿でついてくる。
「ちょうどいいときに!!淡影、どっちが先陣するかでもめてるんだよ!!」
嶺巴が勢いそのままに、淡影に噛みつかんばかりに迫ってくる。
「わしはこれでも侍所別当、そしてこの軍の副将だぞ!?わしの後に続くのがお前たちの役目ではないか!!」
「何言ってんだい!あたしの蒼刃の方があんたのよりずっと早く走れるんだ!あんたの後ろからぶらぶら歩いてなんていられないよ!」
「何を・・・・」
「あー、わかった、わかった!」
淡影が二人を宥める。
「では、鏑矢が飛んだと同時に走り出して、先に向こう岸についた方が先陣ということでいいのではないか?」
「いいね!それならあたしが断然有利だよ!!」
「む・・・・。明らかにわしが不利だが、総大将が言うなら・・・・」
明らかに不満そうな長綱。
「じゃあ、ふたりとも頑張ってくれ!」
淡影はそう言って二人を残して元の本陣へ戻る。
「総大将も大変じゃな」
ミカナが言うと、淡影はため息をつく。
「因幡へ旅していたころが懐かしいな・・・・まったく」
「まあ、淡影にはおれがついておる!」
ミカナが笑顔で淡影の背中をばしばし叩いた。
「でも、どうして鎧を着ているんだ?風結に入れば脱げてしまうのに」
「気持ちじゃ。それに、こういう姿が好きな奴もおるからの!」
「・・・・そうか。・・・・まあ、確かに悪くない」
「お!?おれに惚れ直したか?」




