5-16 波瀾ノ章 三
「で、行き先は本当に吹原でいいのですかい?」
船は順調に風を受けて進んでいた。
間違いなく、陸路で進んだ淡影たちより早く都へ着ける。大軍を率いている分、あちらは足が遅い。
船倉の中。
茂威は瑞奈と蓮華、天狗、それに山吹を片腕に抱えながら海図を広げた。
「はい。このまま吹原へ突っ込みます」
瑞奈がきっぱりと言った。
「本気ですか・・・・?」
茂威が顔を引きつらせる。
「ですが、こんな少数では水軍に長けている緋家にはかなわんぞ?」
天狗が言うと、瑞奈は頷く。
「はい。戦いはしません」
「なら、どうやって?」
「三種の神器です。狙いは、それだけです」
「三種の神器・・・・?」
蓮華がぼそりという。
「もしや、瑞奈?」
天狗が瑞奈の顔を窺う。
瑞奈は深く息を吸った。
「はい。わたしは、正統なる桐高上皇の子として、帝に即位します。そして、戦を止めるための勅令を出します」
「・・・・え?」
・・・・・・。
・・・・・。
全員が沈黙した。
「それは・・・・つまり・・・・・・瑞奈様が帝になるということ?」
蓮華が恐る恐る言う。
「はい。それしかありません」
きっぱりという瑞奈。
「今、伊豆の霞家が戦をしようとしているのは、緋家の吹原に高条の宮、来迎院の木曽霞家に桐高上皇が捕らえられているからです。わたしが本来持つ正統な承継権を行使して帝に即位することで、高条の宮の帝としての地位は消えます。それは、緋家に都を守る大義名分、血縁からくる権力を失わせるということになります」
「しかし・・・・それには・・・・」
「そうです。上皇がわたしのことを、第一皇子であると認めさせなければなりません。旅に出る前に会った時の印象では、わたしを世に出すことを憚られる様子でした。それならば、わたしが三種の神器を持って上皇の前に姿を表せば、もう有無を言うことなど出来ないでしょう」
「・・・・瑞奈はそれでいいのか?もう、白拍子には戻れんぞ?」
天狗が静かに言うと、瑞奈は頷く。
「はい。わたしがやるべきは、生まれの呪いを断ち切ること。もう、決めました。正直言って、迷いはあります。ですがふたりと一緒に旅をしてきて、本当にわたしがやらなくてはいけないことに気付かされました。同じ宗派を名乗りながらもいがみ合う寺同士だったり、民を食い物にする国司だったり、人の命を弄ぶような者たちの集まりだったり。帝の血を引いて生まれ、こうして民を見ながら育ってきたということは、わたしにやるべきことをせよという、神仏の思し召しと思います。それは、関ノ府に着く前から考えていたことです。もちろん、白拍子として生きられるなら、それが一番幸せでした。ですが、わたしは男子ですので。自分の定めから逃げるわけにいかないのです」
「瑞奈様・・・・・・」
蓮華が声を漏らす。
・・・・どんどんと瑞奈が遠い人のような気がしてくる。
・・・・でも。
「あの、三種の神器って何ですか?」
・・・・・。
・・・・。
・・・・。
沈黙。
・・・・・・え?変なこと、聞いちゃった?
「あ、ああ。そうであったな。蓮華が知らぬのも無理はない」
天狗が説明を始めた。
「三種の神器というのはこの世が生まれた時に、天照大神から授かった秘宝の名じゃ。八咫鏡、草薙剣、八尺瓊勾玉の三つのことでな。帝が変わるときには、この三種の神器を使って儀式をせねばならないと決まりがあるのじゃ」
「ふうん。では、今は吹原の緋家がそれを持っているので、儀式が出来ないということですね?」
「そうじゃ。むしろ、正統な帝の血を引いていても、儀式が行わなければ帝にはなれん。おそらく、緋家が三種の神器を持って逃げたのは、高条の帝の座を他の誰かに奪われることを恐れたのじゃろう」
「はい。これから、まさしくそれをやろうというわけです」
瑞奈が言う。
「しかし、どうやって三種の神器を取り返すのじゃ?」
「そこまでは、まだ・・・・。惟正殿の言うには、三種の神器は吹原にはないらしいですが、それ自体疑わしいようですし・・・・」
「あ、あのう、ちょっとよろしいか?」
茂威が口を挟む。
「さっきから、帝に即位とか、第一皇子とかって・・・・」
「はい。わたしです」
瑞奈がさらっと言った。
◇
「さっきから、ずっと茂威殿が床に額をつけたままなんじゃが・・・・。船はちゃんと進んでくれるのじゃろうな?」
茂威は両手両膝を床につけて頭を下げたまま動かない。
「これはこれはこれはこれは、飛んだ失礼を・・・・・がたがた・・・・・」
「ちちうえ、わたしも!」
山吹が茂威の真似をする。
「そうだ、山吹!しっかり頭を下げなさい!!」
「ちょ、ちょっと!やめてください!今はそれどころではありません!」
「しかし、しかしぃ・・・・・・」
「・・・・天狗様は驚かないのですか?」
蓮華が天狗を見上げながら言うと、天狗は顎に手をやりながら少し上の方を見た。
「実はな・・・・なんとなく、瑞奈は男ではないかと思っておった。わしは何度となく瑞奈を抱えて走ったりしておったのでな。見た目よりも重くて、その・・・・触った時の・・・・なんとなく、体つきが・・・・」
両手の指をごにょごにょと動かす。
「この助平天狗!」
がん!
蓮華が思い切り天狗の足を踏んだ。
「ぐおっ!?」
「ともあれ、わたしたちだけなら吹原に入り込んでも怪しまれません。船と兵たちは近くの港で待ってもらい、わたしたち三人だけで吹原を調べましょう」
「じゃ、じゃが、淡影と若・・・・じゃなくて宗影殿が戦を始めるまで、それほど時間がないぞ」
「はい。ですが、やるしかありません」
瑞奈はきっぱりと言った。
◇
・・・・なんだか、とても大きな事になってきてしまった。
蓮華は船の縁にもたれながら海を見ていた。
・・・・やっぱり、瑞奈様は遠いところの人だな。
わたしなんかじゃ釣り合わない。
「帝になる」
それって、どういうことなんだろう?
もう、一緒に旅したり、美味しいものを食べて嬉しそうにしている瑞奈様を見ることはできないのだろうな。
でも、それだけの覚悟が、あっという間にできてしまうって、瑞奈様は、やっぱりすごいな・・・・。
でも、そうなったら・・・・あの寝起きの髪を梳くことも出来ないのかな。
わたしの役目・・・・いえ、わたしの喜びなのに。
海の風にさらさらと流れる黒い髪・・・・。
そう、これ・・・・。
「・・・・う、うぷっ!?」
その瑞奈は蓮華の隣で青白い顔をしている。
「もう、あんなに食べるからですよ!さっきまで平気そうだったのに!」
「い、いや、その・・・・大丈夫そうだったので・・・・くっ!?うぷぷっ!!」
「瑞奈様!!海へ!海へ!お願い!!」
「◇△×〇□※◎☆!?」
「きゃあああっ!!またですかっ!?」
・・・・そんな風に見えないけど。




