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ひとつ、風を結いて  作者: ひろくま


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38 風結ノ章 三十八

「若殿、申し上げます!」

その知らせが来たのは、成正が執務に追われている時だった。

父・成親のこともあるが、因幡国内からの陳情が山のように届いている。この原因を作っているのは成親が御体・土蜘蛛にかける費用をすべて民や貴族から徴収したためだ。この悪政により因幡の国は貧困にあえいでいる。

成正はこの飢えた土地を早く捨て、都の緋家を倒してその場に座らなければならない。

いつ反乱や百姓たちが蜂起して一揆が起きるとも限らない。

「なんだ?」

「但馬の国府殿がお見えになっております。殿にお見え通り願いたいと・・・」

「何?但馬国府が?」

但馬の国府?あの緋家の一門か・・・。

国府が国を離れこのようなところに来るなど、通常ではありえないことだ。

まさかとは思うが・・・御体を作っていることを嗅ぎつけられたのだろうか?

もしそうなれば、うかつに屋敷に招き入れればあの巨大な御造所はすぐに目につくだろう。

許しなく御体を作れば、謀反の意志ありとされかねない。

「・・・おれは多忙だ。用向きだけ聞いて追い返せ」

「はっ!」






「成親め!このわしを招き入れぬとは、なんと無礼なことよ!」

道明は因幡の町のはずれにある山寺に護堕天(ごだてん)を乗せた御体車(みたいぐるま)を乗り入れ、宿とすることにした。

「この因幡へ霞の末子(まっし)が来ていることは間違いないのだ。よもや富士江も霞に組しているのではあるまいな!」

「そう怒りなさるな。突然訪ねたのはこちらの方。だが、霞の末子がこちらへ逃げてきていることはまず間違いありますまい。地道に探すしか手はないようですな」

坂忠房(さかのただふさ)はいつも何かを企んでいるような表情をしている。線のような細い目は感情を相手に悟らせないようにしているのではないかとさえ思わせる。

「だが、ここで行方が分からなければそのまま逃げられる!すでに因幡にはおらぬのやもしれぬぞ!」

「いや、思い出したのですよ。当時わたしはまだ下っ端でしたがね、富士江のことを耳にしまして・・・。富士江成親は宮仕えの陰陽師を手にかけた罪で因幡へ流されたのです。そして殺された陰陽師には娘がいて、その娘はその後霞宗忠(かすみのむねただ)に拾われていたらしいのですよ。宗忠は謀反で斬首されて、その後娘も行方不明。だが、霞家当主の宗明と宗忠は近しい関係にあったと聞きますゆえ、霞の末子とその娘に何かしら関係があるかもしれませぬ」

「・・・・」

「であれば霞の末子が何故因幡を目指してきたか。おそらく奴の狙いは成親の首。娘の父親の仇討ちでしょう」

「ということは、富士江の屋敷に奴は現れると言うことか・・・」

・・・・霞の末子が因幡へ来た理由か。そこまで考えてもいなかった。

もし忠房の言う通りなら、恐ろしいほど勘の利く男だ。

「あくまで我が想像にすぎませぬ。だが、他に宛てもありますまい」

忠房はいっそう目を細めてにやりと笑った。そう言いながらも、確信があるのだろう。

「・・・まだ、何か隠しておるのか?」

「滅相もない・・・」

この忠房の下卑た笑い顔が無性に腹が立つ。いっそのことここで斬ってしまおうかとも思ったが、何か隠しているのであれば、それを聞きださねば自身の保身ができない。狡猾なこいつのことだ。幾重にも思惑を重ねているに違いないのだ。

「まあ、よい。いずれ聞かせてもらうぞ」





「何だろうね、あたしたち以外にも富士江の屋敷を見張る奴がいるけど・・・」

嶺巴と荊火は、昨夜成正が廃屋敷に現れなかったので、富士江屋敷に見張りに来ていた。

そこで、自分たち以外にも富士江屋敷を見張っている役人らしき男が数人いることに気づいた。

「・・・また色仕掛けで何とか・・・」

出て行こうとする嶺巴を荊火が押しとどめ、自身は見張りの役人のいる屋根の上にするすると登っていく。そこから腕の鎖を垂らし、蛇のように首に巻き付けた。

「!?」

役人は声も出せないまま、首を吊られてバタバタと藻掻く。

「あー、まだ敵か味方かわかんないのに・・・」

嶺巴は頭を抱え、荊火のところへ跳ぶ。

「ちょっと、荊火!」

そう言って、鎖をほどく。

だが、役人は白目をむいて気を失っている。

「荊火、ちょっとどこかに隠れて!」

荊火が見えないところに行くと、嶺巴は役人の男の頬をひっぱたく。

「お役人さん!こんなところで寝てちゃ風邪をひくよ!」

「う、うぅ・・・・」

「お、気が付いた」

「なんじゃ、ここは・・?おれは何を・・・?」

げほげほと咳をした後、あたりを見回す。

「知らないよ。倒れているのをあたしが見つけたんだ」

「・・・・す、すまぬ。そうか、おれはあの屋敷を見張っとるとこで・・・・」

「富士江のお屋敷を、お役人が何で見張ってるのさ?」

「ああ、あの屋敷に霞の末子が襲いに来るらしいんや・・・。それを見張っとれと言われて・・・」

「ほんとかい?誰に言われてそんなことを?」

「ああ、但馬の国府様・・・って、なんでそないなこと聞く?」

「あ、あっちに怪しい奴!」

さっと遠くを指さす。

「何!?」

役人が目をそらした次の瞬間には、嶺巴はそこにいなかった。


「但馬の国府か。あの緋道明という奴、かなり痛手を負わせたつもりだったけど、かなり頑丈だね。もう追ってくるとはねぇ」

荊火が相変わらずの無表情で嶺巴を見る。

「そっか、あんたはあの時行方不明だったからねぇ」

辺りは暗くなり、幾度目かの見張りの夜を迎えた。

「今夜こそはあの屋敷の妖の正体を暴いてやるよ」

嶺巴がそう言った時だった。

遠くから地響きのような音。これは、御体の足音。

「なんだい!?」

町の方から、いくつかの篝火と大きな何かが近づいてくる。

「御体・・・。道明か?」

暗くて人の姿ははっきり見えないが、その姿は暗闇でもわかるほど輝いている。

黒褐色の姿は夜の暗さの中で圧倒的な威圧感を放っている。

「御体が前の奴とは違うけど・・・・」


「この辺りで見失いました!」

兵が道明に進言する。

「ならば、徹底的に探せ!女なら、霞の末子の仲間だ!霞の末子は見つけ次第殺して構わん!!」

「はっ!!」


「跡をつけられてた!?」

まさか、そんなはずはない。

「荊火、蒼刃のところまで逃げるよ!」

そう言って後ろへ戻ろうとした瞬間、荊火は廃屋敷の方へ飛び出した。

「荊火!!」

だが、荊火の向かう先、廃屋敷の崩れかけた屋根の上に人影がある。

「え!?女?」

そこにいたのは間違いなく女。長い黒髪と、白い着物。単衣の白さをも凌駕するほど、月明かりに照らされた女の顔は白く、神々しいまでの美しさを放っていた。

「・・・・何だってんだ?妖か?」

「国府様!あそこに!!」

嶺巴がそちらに気を取られていると、兵たちが騒ぎ出す。

荊火が見つかった!

とにかく、相手が御体である以上、このまま見つかると命はない。蒼刃のところまでいかなくては。

嶺巴は身を低くして草むらを駆けだす。


「夜・・・和・・・・・!!」

「ここへ来ていたのはわかっていたぞ、阿義殿」

荊火が腕の鎖を投げる。

夜和はするりと避け、後ろへ跳ぶ。荊火は何度も鎖を伸ばすが、夜和は屋根の上をふわふわと飛び回る。

「せっかく終わらぬ命を授けたというのに、気に入らぬと申すか?」

「おれを・・・もとに・・・・戻せぇ!」

「それは、死を望むということじゃ。なぜ、死を望む。お主の血のつながらぬ妹と会う機会も永遠に失われることとなろうぞ?そして何よりも、強くなりたいと申したのはお主であろうに。この程度の強さでは、まだまだ足りぬ!」

「お・・・れ・・・は、こんな・・・こと・・・望んで・・・な・・い!」

「永遠の命があれば、永遠に強くなり続ける。その願いをかなえてやっただけのこと。いつか、お主も我が(しもべ)として八百万の神々と戦う駒になってもらうのだ。死なせるわけにはいかぬ!」

荊火が鎖を放つ。

鎖が届くときには夜和は数歩先に跳んで降り立つ。

「言ったであろう?わたしは神であるぞ?お主ごときが敵う相手ではない。もっと生きて、もっと強くならなければ、お主では神に勝てぬ!」

夜和が右手を荊火の方へ差し出すと、荊火は急に苦しみだし、体を硬直させる。

「・・・・・・!!」

「もう、お主が何を望むか否かはどうでもよいことだ。神の御心に従うことがお主の定め!」

いっそう力を込める。

荊火の体は痙攣して、ぐったりとうなだれる。

「・・・消しておいた人の記憶が戻っている・・・誰かが邪魔をしているのか?」

夜和が力を込めて念を送る。荊火が一層体をのけぞらせる。

「なんだ、こいつは?」

道明の護堕天が、荊火を掴む。

「・・・・・」

ぐったりとした荊火は腕を護堕天に捕まれてだらりとぶら下がる。

「邪魔をするか!?」

「道明様、あっちに女がいます!!」

「何!?」

夜和は右手を護堕天に向ける。

「ええい!」

「何っ!?」

夜和が放った衝撃波が護堕天を吹き飛ばす。

護堕天は宙を舞って離れた草むらの地面に背中から落ちる。

ずうん!!

「くはっ!?」

道明が声をあげる。

「・・・この程度とは。やはりあの御体という奴、厄介じゃ。あの石のおかげで霊力が吸われておるのか?」

夜和は宙を浮いたまま、護堕天に近づく。

周りの兵たちからどよめきが起きる。

「あの女、空を歩いておる!」

「妖かっ?」

「やかましい!!」

夜和が右手をふると、二十人ほどいた兵たちが一気に吹き飛ぶ。

森の木や地面に体を打ち付けて気を失う。

「阿儀、どこだっ?」

夜和の声と同時に、荊火の鎖が夜和に巻き付く。

「お前、こ・・ろす!おれと・・・いっしょに!」

ばちん!という音と共に夜和に巻き付いていた鎖が弾け飛ぶ。

「不死の神を殺すとな!?それが出来るならやって見せよ!」

夜和が右手を荊火に向ける。荊火は音もなく吹き飛び、地面に叩きつけられる。

「荊火!」

嶺巴の蒼刃が走り、上から夜和目がけて太刀を振り下ろす。

夜和の姿はその瞬間ふっと消え、振り下ろした太刀は廃屋敷の柱を割り、屋根瓦がばらばらと崩れ落ちる。

「ふん!」

夜和が突如目の前に現れ、右手をこちらへ向ける。

「はあっ?」

それは嶺巴でも反応しきれないほんの一瞬。

蒼刃は音も風もなく、まるで引っ張られるように背後へ跳ね飛ばされた。

「ふん!残念だが、お主の相手はわたしではない!」

飛ばされた蒼刃に、護堕天が襲い掛かる。

「見つけたぞ!霞の末子の仲間!今度は前のようにはいかんぞぉ!!」

「道明か!?」

ぎいん!!

護堕天の振り下ろした太刀を、太刀で受ける蒼刃。

「しつこい奴!!」

蒼刃は後ろに跳んで間を取ると、再び太刀を構える。

護堕天はすぐさま前へ跳び蒼刃に斬りかかる。

「お主の骸を霞の末子を呼び寄せる餌としてやる!!」

護堕天は太刀を横に一閃する。

「速いっ!?」

かろうじて太刀で受ける。だが、その勢いのまま、蒼刃は横へ弾き飛ばされる。

「うわっ!?」

土煙を上げながら、地面に叩きつけられる蒼刃。

「前の奴とは大違いだ。速さも力も・・・」


「さて、あっちは勝手にやってくれればよい。わたしは邪魔な虎の爪先を退治するとしようか」

夜和は空中に浮かび、高く上がっていく。

「にが・・・さ・・ない!!」

その夜和の脚に荊火の鎖が絡みつく。

「ならば、お主もついてくるがよかろう!」

夜和は荊火をぶら下げたまま、飛び去って行った。


「うおおおおりゃあ!!!」

道明は叫びながら太刀を振るう。

「何だい、こいつ!!」

間髪入れぬ護堕天の太刀を蒼刃はかろうじて受け流す。

「今はそれどころではないだろうに!あの女、妖だよ!」

「だから何だと言うのだ!妖だろうが何だろうが構うものか!」

「訳の分からない奴だ!!」

蒼刃と護堕天はいっそう激しく打ち合う。

その太刀の動きはほぼ互角だったが、力で勝る護堕天に長期戦は不利だと嶺巴も悟った。

「何とか、何とかしなくちゃ!」

その焦りが一瞬の隙を与えた。

「でえい!」

護堕天の一閃が蒼刃の太刀を弾き飛ばす。

蒼刃の太刀は地面に落ちてがしゃん!と乾いた音を立てた。

「しまった!!」

「ふはは!もらったぞ!!」

蒼刃が後退ろうとする。

だが、足が滑る。踏ん張りがきかない。

護堕天が前に出た。

一歩。

それだけで間合いが消える。

逃げ場がない!

蒼刃は身を捻るが上には護堕天の巨大な影が覆いかぶさる。

次の瞬間、蒼刃の頭上へ向けて護堕天の太刀が振り下ろされた。

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