5-11 影狼ノ章 十一
・・・・瑞奈殿が牢に入れられた。
既に外へ出られたものの、わしとしては何もできなかった。
関ノ府のはずれ、高台から海が遠くに見える。
惟正はぼんやりそこで自分の非力さを悔いていた。
「殿、何をぼんやりとしているのです?」
「なぜ、わしはいざというときに何もできんのじゃろう?」
「それは・・・・・・」
情けないほど頼りにならないからです。そう言いかけて飲み込んだ元康。
「でも、宗近殿は殿の言うことを聞いてくれたのでしょう?」
吹原に捕らえられていた時、知基から聞いた『三種の神器は吹原にあらず』という話だ。宗近に取次ぎを頼んで話したところ、胡散臭そうな目で見られた。
「あれは、わしを信じておらん目であった」
「・・・・まあ、そうでしょうね」
「わし、そんなに信用ないかのう?」
「そうではなくて、見ず知らずの霞一族の遠縁がいきなり現れて、吹原に捕らえられていたけど無事に逃がされて、しかも吹原の重大な秘密を聞かされた・・・・なんて、誰が信じます?」
「それもそうじゃな・・・・はぁ。瑞奈殿のためにも何もできんかったし・・・・」
「では、こういうのはいかがですか?今から宗近殿のところへ行って、今度の木曽討伐に参加させていただくのです」
「おぬし、わしに死にに行けというのか?」
自慢ではないが、惟正は弓も刀もまるでダメだ。
「いえ、兵を与えてもらうのです。そこで軍師として武勲を挙げればよろしいんですよ!」
「・・・・元康!」
惟正の顔がぱっと明るくなる。
「・・・・そんなにうまくいくわけなかろう」
惟正の顔がぱっと暗くなる。
「だから、今から頑張れば・・・・」
「あのなぁ、出立は明後日じゃぞ?お主がさっき言ったのじゃぞ?どこの誰かわからぬやつのことなど、信用できるわけもないと。兵をくれと言ってもらえるわけもないじゃろう?」
「ですが、ものは試し、聞くだけ聞いてみましょう!」
「いやじゃ。あいつ怖い」
「何を言うのです!顔なら殿の方が・・・・」
◇
「よし、では一千騎与えよう。ちょうどよかった。淡影が兵が多いと動きづらいと申したのでな」
宗近はめんどくさそうに即答した。
「え!?」
「ほら、殿!言ってみるもんでしょう!?」
「ただし、だ」
宗近が眉をひそめる。
「はい!?」
惟正はぴん、と背筋を伸ばす。
「お前たちは伊豆の南の端、霜田という港から船で直接吹原へ行け」
「・・・・え!?」
「緋家軍は吹原を攻められれば間違いなく船で海へ逃げる。その船を少しでも叩いておきたい。よって、おまえたちは先手として、先に吹原へ行き港へ火をつけて来い」
「・・・・・・それはまさか・・・・・・」
「出来ぬならこれまでだ」
「・・・・・・」
・・・・捨て駒?
わずか一千騎が船で吹原を攻めても、緋家の水軍に敵うはずもない。
水軍は緋家の方が数段上だ。
「あ、あの・・・・淡影殿の本体が来るまで海の上で待てと?」
「そのあたりは淡影と話しておけ。任せる」
そう言うと、宗近は惟正に出て行けと合図した。
「御免・・・・」
惟正と元康は仕方なく頭を下げてその場を下がる。
◇
「・・・・殿・・・・」
「一番悪いことになったぞ!?おぬしのせいだぞ!?」
「ですが、ここが殿の腕の見せどころではないですか!この劣勢で緋家を破れば名を上げること間違いなしですよ!」
「・・・・名を上げる前に命を落とすのじゃ・・・・」
「やる気出しましょうよ・・・・」
「無理じゃ・・・・余計なことを言わねば良かったのじゃ・・・・」
「ともかく、淡影殿のところへ行きましょう。妙案があるかもしれませんから!」
◇
「ああ、そのことでな。さっき、兄上から聞いて義陽殿のところへ相談に行ったのだが、話をする暇がなくて」
屈託ない笑顔ですっきりと話す淡影。
「わ、わしはどうすればよいのじゃ?」
「ええと、先に突っ込んでいてくれればいいのではないか?出来るなら、先に緋家を討伐してくれても・・・・」
「出来ん!たった一千騎で船の上から何ができる!?」
「うーむ、でも、おれはいつもの仲間しか連れて行かないから・・・・六人で行くけど・・・・」
「淡影殿とわしをいっしょにしてはいかんのじゃっ!!わしは弱いのじゃぞ!それはもう、あっという間に死んでしまうのじゃ!真夏の道端に落ちた鰯のように、あっというまに白目になって干からびるのじゃ!!」
「・・・・そんなこと言われてもなぁ」
「殿、殿、ここは抑えて・・・・」
「元康!もとはと言えば、おぬしが宗近殿に兵をもらえなどと言うから!!」
「ああ、じゃあこうしよう!」
淡影がぱっとうれしそうな顔をした。
「三種の神器は吹原にはないのだろう?惟正殿が聞いてきたそうじゃないか」
「・・・・ああ。そうじゃが・・・・悪い予感しかせんのう・・・・」
「おれたちが吹原に着くまでに、三種の神器が本当はどこにあるか探しておいてくれ!兄上にもおれから話しておく!」
◇
「む、無理難題・・・・・・・」
「もう、ともかく行くしかないでしょう?」
床にうつぶせになって動かない惟正の尻を、元康がぺしぺしと叩く。
「船、嫌じゃ。船酔いするもん」
「情けないことを・・・・。関ノ府からの海路は我々だけですよ!と言うことは、殿は関ノ府水軍の大将です!」
「・・・・・・・」
「まあ、他にいないからそうなのですけどね」
「・・・・・・そうじゃ!!」
急に立ち上がる惟正。
驚く元康。
「ついに、ついに!わしは水軍の総大将じゃ!!あーっはっはっは!!皆の者、舵を取れーっ!!」
「・・・・子供か、あんたは」
毎度のことながら、呆れ顔の元康だった。




