5-09 影狼ノ章 九
結局、蓮華はすやすやと寝息をたてている瑞奈の横で、まんじりともせずに朝を迎えた。
・・・・あんなこと言われて寝られるわけないでしょ!
「おはようございます、蓮華殿・・・・ふわぁ」
目をこすりながら瑞奈が欠伸をする。
その隣で狐白丸も欠伸をする。
・・・・毎朝髪がぼさぼさなのも、前と同じだ。
「おはようございます・・・・髪を梳きましょうね」
蓮華はそう言って瑞奈の髪を櫛で梳く。
「いつもぉ・・・・すみません・・・・」
目をこすりながら瑞奈が言う。
「いいえ。これはわたしの大事な役目ですから・・・・・・」
・・・・綺麗な髪。
跳ねていた髪が見る見るうちに、流れる黒髪になる。
これは・・・・わたしの役目・・・・・・。
そうね、他の人にはやらせたくないな。
でも・・・・瑞奈様は・・・・。
本当は、わたしなどが触れていい人じゃない。
御簾の向こう側にいるべき人。
この世で最も尊い人。
わたしは蔵馬の山で育った、ただの村娘。
瑞奈様がどんなにわたしのことを想ってくれたって、わたしがどんなに瑞奈様のことを想っていたって、叶うことなどない想い・・・・・・。
そう、わたしがどんなに瑞奈様のことを想っていたって・・・・・・。
「・・・・瑞奈様・・・・」
気が付くと、蓮華は瑞奈を後ろから抱き締めていた。
「・・・・蓮華殿?」
「ごめんなさい、わたし・・・・」
瑞奈は蓮華の手にそっと触れた。
「大丈夫ですよ。大丈夫」
あまりに優しい声だった。鈴の鳴るような、透き通る声。
蓮華は瑞奈の髪に顔をうずめた。
涙が溢れてきた。
この髪を梳くのは、わたしの役目。
そして、わたしの幸せ。
今まで感じたことのない不思議な気持ち。
”愛しい人”。
目の前にいるのに、声が届かない気がする。
抱き締めているのに、触れてはいけない気がする。
・・・・淡影様には感じたことのない・・・・とても不思議な気持ち。
その横で狐白丸がもうひとつ大欠伸をした。
◇
「瑞奈殿、名残惜しいのだが」
「惜しくないですよ」
「わたし、行尊は旅に出ようと思っているのです」
「はい、さようなら」
「そんなに引き留めないでください。別れが辛くなります」
「わたしは喜びでいっぱいです」
旅支度の行尊が、瑞奈と蓮華、天狗の前に座っている。
「本当は昨日、それを言いに来たのですが、何かわからないままに外へ追い出されてしまいました」
「どうしたのですか?突然旅に出るなんて」
蓮華が言うと、行尊は待ってましたと言わんばかりに立ち上がった。
「よく聞いてくれました!煩悩を振り払うために、神の住まう地、因幡へ行ってみようと思っているのです!」
「・・・・あなたから煩悩を振り払ったら、消えてなくなるじゃないですか」
瑞奈がじとっとした目で見ながら言う。
「ふっふっふ、そう言うと思っていました!」
「・・・・本当ですか?」
「嘘です」
「でしょうね」
「ですが、昨日、淡影殿から聞きましてね。因幡で兎神と名乗る妖と戦ったと」
「はぁ」
「もしかしたら、西国にはまだ妖がいるかもしれません。わたしの体をどうにかこうにかできるかもしれないと思いまして」
「・・・・どうにかこうにか?」
蓮華が首をひねる。
「ということは、上手くいけばこれでもう会うこともなくなるということですね?」
「うーん、上手くいけば、というのには抵抗があるのですが。そうではなく、人になって戻ってこようと思います」
「さようなら!がんばって!!」
「・・・・聞いてますか?わたしは人として瑞奈殿の前に戻ってきます!」
「因幡の妖によろしくお伝えくださいね!妖同士、仲良くやってください!」
「わたしは妖ではないのですが・・・・」
「行尊殿、理由は他にもあるのじゃろ?」
天狗が言うと、行尊は顔を引き締めた。
「はい。鷹根峠で天狗殿と別れた後、”雷鳥”と名乗る滅創衆に会いました。わたしは聞いたことのない名前で、しかも何というか・・・・人なのか、妖とも違うような・・・・」
「行尊殿と同じ匂いがしたということですか?」
蓮華が言うと、行尊は首を振った。
「・・・・わかりません。ですが、幻丈に味方していた以上、放っておくわけにもいきません。恐らく、雷鳥にも幻丈が関わっているのでしょう」
「一人で大丈夫なのですか?」
蓮華が言うと、行尊は首を振った。
「今までよりも過酷な旅になるでしょう。辛く長い旅になるはずです」
「なら、急いだほうがいいですね!さようなら!」
笑顔満面で瑞奈が手を振った。
◇
「滅創衆と言えば・・・・」
行尊が泣きながらひとり旅立った後、笑顔満面の瑞奈が口を開いた。
「しおながもちに滅創衆のことを聞けって、どっかの誰かに言われませんでしたっけ?」
「ああ、忘れておったな!ええと、あれは誰じゃったか・・・・?」
「家を壊していた悪い奴ですよ!」
蓮華が言うと、天狗も瑞奈も「ああ!」と言った。
「・・・・でも、名前が出てきませんが」
「うーん、誰でしたっけ?」




