179 花舞ノ章 八十二
・・・・どれくらいの刻が経ったのかしら?
嫌に頭がすっきりしている。すっかり熱も引いているようだ。
失った霊力が、戻ったということ?眠ったから・・・・。
ただ・・・・。
手足が動かない。
「目が覚めたか?」
・・・・この声は・・・・知らない。
「だれ?」
「わしの名は滅創衆二ノ衆纂紗の破導、斎尾。お会いするのは二度目じゃな」
「また、そんな難しい、覚えられないことを言う・・・・」
「最初に会うたのは、上皇の院での宴の時。あの時は憎き宗影に邪魔されたがな」
「なぜ、わたしを付け狙うの?」
「ずっと考えておったのじゃ。何故宗影はお主を宗近の元へ送ったのか・・・・」
「ねぇ、わたしのはなし聞いてる?」
「そして、わしが一番必要としているものをお主が持っておることもな」
「そんなもの、欲しければあげるから皆を自由にしてあげてくれないかしら。何が欲しいのか知らないけれど」
「血、じゃ」
「血?」
「わしの作った”器”に注ぐ、血。神たる者に流れる血じゃ」
「わたし、神じゃないわ」
「まだ気づいておらんだけじゃ」
「・・・・・わかってはいるけど、そんなものを自慢する気がないだけです」
「ならば、われらが理想のために、その身を捧げよ」
「・・・・何をしようとしているの?」
「命を、創る」
「は?」
「朝廷も帝もいない世を創る。だが、その後の世界で民が生き延びるにはやはり世を統べる者が必要だ。その命を作る」
「それが何の意味があるの?同じことを繰り返そうとしているのじゃない」
「今、何故に世が乱れるかわかるか?それは、帝の命に限りがあるからじゃ。命を失われ、またはある命を奪われ、次の帝に権力を求める。それ故に、世が乱れる」
「それは当たり前でしょう?人である限り、いつか命は尽きる」
「そうだ。それ故に、帝が変わると政が変わる。そして私利私欲に溺れる者たちが命の奪い合いを続けるのじゃ」
「・・・・・・・それとわたしは関係ないではないですか」
「自身が否定しても、世はそれを認めない。宗影のように、お主を利用しようとする輩が必ず現れる」
「それはあなただって同じでしょう?宗影殿はわたしを、こんな風に扱ったりしない!」
「それは目的の違いだけだ。やるべきこと、見るべき夢の違いがある。命ある帝が玉座に座る限りな」
「命のない帝って・・・・・」
「言い方を変えよう。命の尽きない帝じゃ」
「それはもう、人ではない」
「そうじゃ。人ではない。人であるから過ちを犯す。民草のひとりであればだれの目にも止まらぬことも、帝となれば一分の間違いで世が乱れ、たくさんの命が奪われる」
「人でないものが帝になんてなれるわけない!」
「今の世を思うから、叶わぬと思っているだけじゃ。その全てをわれらが滅ぼす」
「結局、やっていることは同じではないですか。命を奪い、すべてを滅ぼし、次の権力を奪う、それの何があなたが滅ぼそうとしている世と違うのですか!?」
「ふん!自身が権力を奪い、この世を思い通りに動かすだけのことがしたいのなら、緋紀基と何も変わらん。だが、わしが思い描く新しい帝は、決して間違えず、決して死なず、決して誰にも屈せない、誰にも殺すことのできない帝を祀り立てること。その帝を作り出した創生主となることじゃ」
「そんなものができるわけがないでしょう!?」
「もう、目の前まで来ておる。後は、器にお主の血を注げばよいだけじゃ」
「わたしを殺して血を搾り取るつもりなのですね?」
「殺しはしない。この先、永久に生きてもらう」
「わたしは人です。血がなくなれば死にます」
「そう、お主は人。いずれ死ぬ。だが、恒久に生き続ける帝に、お主は血を与えな続けなくてはならん」
「そんな、そのために生かされるというの?」
「そうじゃ。死ぬことは許されぬ。だが、安心せい。もうすぐ何も感じなくなる。わしはずっと毒を作っておった。それは生き物を殺す毒ではない。むしろ、生かす毒。自らの精神、感覚、感情。すべてを失わせ、抜け殻にする毒」
「もしかして・・・・遠江湖の蟲毒・・・・!?」
「ふふふ、良くわかっておるじゃないか。長い月日、あそこで蟲毒を作らせておった。そして、その毒がついに出来上がった!思わぬ副産物、命が絡み合った化け物も生み出されたがな」
「あなた・・・・あそこで人が死んだのですよ!その毒のために、子供たちを残して、無念にも蟲毒に食べられた人たちがいたのですよ!」
「ふむ、それで蟲毒はさらに進化した。人も蟲毒の餌になることを証明したではないか。毒を持たぬ生き物でさえ、毒虫たちの進化には餌となることを証明したのだ」
「ふざけないで!人の命をそんな風に!」
「ふざけてなどいない。この世には未だわからぬことが多くある。それを解き明かすために、人は犠牲になる。そして、わしが作った不老不死の帝の前で、この世の誰もがひれ伏す日が来る」
「そんなこと、絶対にさせない!」
「・・・・・ふふふ、できるものか。すでに、体が動かないだろう?毒が効いてきておる」
「くっ、こんなものっ!」
「体を動かそうとすればするほど、毒がまわる。もうすぐ、おまえから自我が消える。そうなれば、血を作るだけの抜け殻が出来上がる」
「たとえわたしが抜け殻になろうと、わたしの仲間たち、天狗殿に蓮華殿、木曽宗影殿たちが、そんなことさせない!」
「木曽宗影・・・・・憎き奴っ!我が目から、光を奪ったぁ!必ず、奴を滅ぼす!」
そこには、黄色の薄汚れた袈裟を着た、あの物乞いの僧侶がいた。
顔に深い傷を負っており、両目が開いていない。
あの上皇の命を奪おうとした宴の夜に、宗影に負わされた傷なのだろう。
「さあ、おしゃべりはお終いだ。お前の人としての最後の話としては、いささか物足りないじゃろうがな」
そう言うと、斎尾はニヤリと嗤った。




