176 花舞ノ章 七十九
「きゃはははっ!!もっと!うまーっ!!」
「お、おいっ!だから、前が見えませんってっ!!」
馬を飛ばせば飛ばすほど、はなが喜んではしゃぐ。
見ている義陽も何かうれしくなってしまうが、この娘に乗せられるわけにもいかない。
「義陽殿、この先は勾配が強い。馬を降りよう」
もしゃもしゃが言う。
急ぎたいのはやまやまだが、この先の山道で馬を飛ばすのは危険だ。
「えー、もうおしまいー?」
「はい。ここからは大人しく歩きましょうね」
「・・・・・ぶぅ。じゃあ、きつね、競争!」
はなが狐と一緒に走り出す。
「あ、走らないで!!この先もっと大変だから、ちゃんと歩いて!!」
「義陽殿、父親よりも母親の方が向いているのではないか?」
「こんな時に冗談はやめてください」
「だが、その天狗が見つからなければどうするか、あの娘」
「関ノ府へ連れていくしかないでしょう。こんなところに放っておけば、山賊に殺されてしまいます」
「・・・・・くれぐれも言うが・・・・・」
「もう、別に妙珠のことを重ねて見ているのではありませんよ。あれから二年たちます。もう、わたしもいつまでも悲しんではいられません。似ている娘だからといって、あれは妙珠ではありません」
「なら良いのだが・・・・」
ばたっ!!
「ほら、転んだ!走らないでって言ったでしょう?」
「いたぁい・・・・」
「怪我はありませんか?」
「ないよ」
「ほんとに?」
「うん!きつね、走るのはやい!」
「・・・・・義陽殿・・・・・やはりどう見ても母親だな」
「瑞奈から手を放せ!」
はなを助け起こそうとした義陽の鼻先に、刀の切っ先があった。
ゆっくり顔をあげると、そこにはさっきすれ違った天狗面の男。
・・・・いつの間に?
はなが転ぶ前までは誰もいなかったはずだ。
「天狗面ではないか!」
もしゃもしゃが大きい声を出す。
「あ、はい・・・・ちょうどよかった。この娘が・・・・・」
「問答無用!!」
天狗が一気に刀を突きだす。
「ひっ!!」
すんでの所で避けると、はなを掴んだまま地面を転がる。
「きゃああ!!」
「うっ!!」
「お、おいっ!!」
慌てて、もしゃもしゃが腰の刀を抜く。
「瑞奈を放せっ!!」
天狗がもう一度叫んで、義陽めがけて刀を振り下ろす。
きいん!!
もしゃもしゃの刀がその一撃を受け止めた。
「きさまもこいつの仲間か!?」
「ああ、仲間だ!だが、おれたちはこの娘を・・・・」
「狐白丸!瑞奈を守れ!!」
天狗がそう叫ぶが、狐白丸は天狗の裾に噛みついて離れない。
「・・・・なんじゃ、狐白丸!」
「ねえ、しおながもち、あれ!おもしろいかお!鼻、長いっ!!まっかっか!ひげ、ひげ!!」
はなが天狗の面を指さしてけらけらと笑った。
「・・・・・瑞奈?」
「でも、あぶないのはだめですよっ!!」
ぷぅ、と頬を膨らませる。
「これは・・・・・」
天狗も、瑞奈の異変に呆気にとられた。幼くなっているのか?
それとも・・・・・。
「お主たち、瑞奈に何をしたっ!?」
「話くらい聞きなさいっ!!何もしていません!!」
「なら、これはどういうことだっ!!」
「こっちが知りたいですよっ!!いきなり斬りかかるなんてっ!!」
「ともかく、はな、あれがあなたの言う”てんぐ”ですか?」
義陽がはなを見ながら言う。
「・・・・・・・てんぐ?てんぐって?」
「いや、あなたが”てんぐ”っていう仲間のことを言ったのですよ?」
「・・・・・・てんぐ・・・・・・てんぐ・・・・・・?」
「・・・・・もしかして、わしのことを覚えておらんのか?」
天狗が呆然とする。
・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・・・。
「あかっぱなのおっさん!」
「いや、そうじゃなくて!」
思わずつっこむ義陽。
「と、ともかく瑞奈をこちらへ渡してもらおう!」
天狗が詰め寄ると、義陽がはなを自分の後ろへ回す。
「あなたが誰であるかわかりませんが、この娘の仲間であるかわからないうちに簡単に渡すわけにはいきません!」
「何を言う!わしと瑞奈は京からずっと共に旅をしてきた!おまえたちに疑われるまでもないわ!」
天狗を挟むように、義陽ともしゃもしゃが刀を構える。
「あのあかっぱな、怒ってるの?」
「あ、はい。ちょっと緊迫してるので、しばらく黙っててくださいませんか?」
「えー・・・・・つまんない。けんかする子はだめだよー!」
「ぐるるるるるる!」
天狗の着物の裾を咥えていた狐白丸が、急に山道の上の方を向いて唸り出した。
「狐白丸?」
天狗もそちらを見る。
峠道の上の方から、黄色い袈裟を着た法師が念仏を唱えながら降りてきた。
右手に錫杖、左手に香炉を持っている。
その姿は薄汚れており、顔には大きな傷があった。両目が塞がれている。
「ふーーーーっ!!」
狐白丸の毛が逆立つ。
姿勢を低くして、牙をむく。
「・・・・・狐白丸、あれが敵か!?」
天狗もその法師の放つ異様な”気”を感じた。
それと同時に、香の甘い香りが漂ってくる。
天狗は慌てて着物の袖で口を覆う。
「これはこれは。思わぬ獲物が釣れましたね。関ノ府の別当殿たちではありませんか」
「貴様、滅創衆かっ!?」
「いかにも。滅創衆二ノ衆纂紗の斎尾と申します」
「お主、わしらをどうするつもりで付け狙う!?」
「あなたたちには興味がありません。わたしが欲しいのは、あの娘だけ」
「瑞奈を渡すわけにはいかん!」
「それをあなたに選ぶ権利はありません」
天狗の膝から少しづつ力が抜ける。
見ると、瑞奈と一緒にいた男二人も地面に倒れている。
瑞奈もそこへ折り重なるように気を失っている。
「いくら面をつけていようと、これほど近くで香のかおりを嗅げば気が遠くなるでしょう?」
「くっ!」
天狗は体がどんどんと重くなるのを感じた。
片膝をつく。
そして両手を地面につく。
そこには、そこには狐白丸が気を失っている。
・・・・・・あとは、頼む。
天狗は心の中で言うと、斎尾に気づかれないように狐白丸を掴んで街道脇の草叢へ放り投げた。
そして、そのまま崩れ落ちた。




