174 花舞ノ章 七十七
「おれは、政所別当汐永義陽と申します」
「ふうん。あなたは?」
「おれは侍所別当稲部長綱と申す」
女はしばらく首をひねった後で、にこっと楽しそうな笑顔を二人に向けた。
「わかんないぃ!」
・・・・・・・え?
「なんかぁ、おじさんっていっつも難しいこと言うからわかぁんない」
・・・・おじさん!?
「い、いや、おれたちは、その・・・・」
「あなたが、しおながもち。あなたが、さくら煮ごろごろ弁当ね?」
「いや、侍所別当・・・・」
「もう!いいの!どっちでも!」
頬を膨らませて眉間にしわを寄せる。
・・・・丸っきり子供だ。
中身は子供、見た目は大人・・・・・。
都で流行っていると聞いた絵巻のまるきり逆だ・・・・。
「それで、あなたは?」
「わたし?」
「はい。名前を教えていただきたい」
「わたし、はな!」
「はな?」
・・・・そりゃあそうだ。妙珠の訳がない。
何故だろう。落胆したような、ほっとしたような・・・・。
ただ、似ているだけの娘だ。それに、妙珠よりも幼い。
「はなはね、しらびょーしになるのぉ!!」
そう言うと、急にくるくると回り始めた。
「それで、その”はな”が、このようなところで何をしているのですか?」
義陽が尋ねると、はなは急に真顔になって義陽を見た。
「・・・・・・・・」
「・・・・どうしました?」
「わかぁんなぁいっ!!」
「ああ、そうですか・・・・・」
そんなに満面の笑顔で言われると、なにも返せない。
「どうする、義陽殿。置いて行くわけにもいかないだろう?」
「そうですね。御体車に寝ていたというのも気になりますし・・・・」
「なあ、娘。他に仲間はおらんのか?」
もしゃもしゃが声をかける。
「・・・・・・・・・いるよ」
とても小さな声。
「ん?おるのか?」
「いる・・・・・・・え・・・・・と・・・・・・・・」
さっきまでの笑顔が消えた。
何かを思い出そうとしているのか?
はなが頭を抱えて悩みだす。
狐がそのはなを見上げてぺろぺろと舐める。
「これ・・・・なあに?」
狐をはなが持ち上げる。
「それは・・・・まあ、狐でしょうね」
「きつね、かわいい」
はなが狐を抱き締める。
あ、あまりにも・・・・愛らしい・・・・。
「い、いやいや。狐以外に仲間がいるのでしょう?その仲間のことを教えてくれますか?」
「うーんとねぇ・・・・・・」
指を口元にあてて、少し上を向いて考える仕草をする。
そして、一瞬だけひどく大人びたような、真剣な顔をしたかと思うと、すぐに子供っぽい笑みを浮かべた。
「れんげ、てんぐ!」
嬉しそうに両腕を上げる。
「れんげてんぐ?」
義陽が聞き返す。
「ちゃんとおぼえてた!」
「あ、ああ。偉いね」
義陽は、はなの頭を撫でようとしたが、狐が「ふーっ!」と唸ったので手を慌ててひっこめた。
「しかし・・・・」
「義陽殿、れんげ、と、天狗ではないか?」
「ああ、さっきの!」
義陽ともしゃもしゃは顔を見合わせる。
あの僧侶は男だったが・・・・”れんげ”が名なら女の名前だが?
他にもいたのだろうか?
「義陽殿、この娘、このまま峠に放っておけぬ。さっきの天狗面が何か知っているのだろう。急げば追いつけるかもしれんな」
「そうですね。しかし街道沿いですし、はぐれたとは考えにくい。事情があって、置いて行ったのではないでしょうか」
「たしかに。この娘ひとり置いて行くなど、薄情だな」
もしゃもしゃの言葉に、はなを見つめる義陽。
どうしても、はなのそのあどけない顔に、妙珠の面影が重なる。
・・・・いけない。
「そうですね、ともかくここに放っては置けません!」
「だが、義陽殿・・・・。気持ちはわかるが、この娘は別人だし、なにか訳がありそうだ。深入りしすぎるなよ」
もしゃもしゃが妙珠のことを言っているのはわかっている。
「・・・・大丈夫です。おれも、もう大丈夫ですから。ともかく、急ぎましょう」
義陽ともしゃもしゃが話しているのを、はなはきょとんとした丸い目で見上げていた。
「うまーっ!!早いーっ!!」
「こ、こら、あまり暴れるなっ!前が見えないっ!」
馬を走らせる義陽の膝の上で、はなが大はしゃぎしている。
「うま、すごいねぇ!ねぇ、きつね!!」
狐もはなの腕の中で振り回されている。
「あまりしゃべると舌を噛みますよ!」
「いけーっ!!うまーっ!!」
「行尊、感じているか?」
「はい。時折こちらを見ています」
天狗と行尊はすでに峠の頂に差し掛かっていた。
すれ違う旅人、森の奥、いたるところから突き刺さるような視線を感じる。
「すべて、滅創衆か?」
「おそらく。仕掛けてこないのは、瑞奈殿がいないのを警戒していますね」
「そうじゃろうな。奴らの狙いは瑞奈じゃからな」
「どうします?このままだと峠を抜けてしまいます」
「ともかく頂まで行こう。油断するな」
「承知」
鷹根峠の頂は、広い丘陵となっていて、高木が少なく、遠く眼下を見渡せる。
一面に白い花が咲き広がり、ここまで息を切らしながら登ってきた旅人たちを癒す場所だ。
そこには多くの人が集まり、思い思いにここまでの道のりを振り返る。ここまでくれば、西へ向かうも、東へ向かうも、あとは下り坂。
街道のそばには小さな祠が建てられ、皆が旅の無事を祈って手を合わせる。
天狗と行尊がそこへたどり着いたとき、ちょうど陽が真上にある刻あたりだった。
たくさんの旅人が集まっていて、強飯に嚙り付いたり、竹筒の水で喉を潤わせたりしている。
知らない同士も語らい、お互いの苦労を称えあう。
だが・・・・。
「行尊、息を整えよ」
「はい、そうですね」
行尊は深く息をする。
確かに東国一の街道の難所。行尊とて、鷹根峠登りはこれが初めてではないが、これほどまわりに緊張していたことはない。
そして、この頂に、これほど人がいるのを見たこともない。
そう、たくさんの人がいる。多すぎる。そして、会話しているはずの人々から、音が聞こえない。
横目でこちらを見ている。一挙手一投足を見逃さないように、こちらを警戒している。だから、声や音を出していない。
「ざっと・・・・四十人ですか?」
「そうじゃな、それくらいじゃ。行けるな?」
「無論です」
行尊がそう答えると、天狗は頷いて腰の刀を抜いた。
すると、集まっていた人たちがひとり残らずこちらを向いて立ち上がる。
「本当に全員なんですね」
行尊がニタリ笑いの顔でつぶやいた。




