175 花舞ノ章 七十八
天狗と行尊は互いに背中を向ける。
まわりは敵がすべて囲んだ。
だが、どこかぎこちない。
刀や槍を持ってこちらへ向けているが、明らかに慣れていない。
「今度も素人か・・・・」
天狗がつぶやく。
・・・・・かえってやりにくい。
天狗は刀を持ち換え、刃先を内側にする。
「えええいっ!!」
敵の一人が叫ぶと、天狗に飛び掛かって来る。
天狗はそれをさらりと躱すと、刀の背で男の右肩を打ち据える。
「うがぁっ!」
男は呻いて持った刀を落とす。
そのまま肩を押さえながら、打たれた肩を押さえて地面に転がる。
天狗のあまりの早業に、まわりの者たちが後ずさる。
行尊が錫杖を向けて、他の者たちに威圧を与える。
・・・・さっきのように、誰かが行くのを待っている。やはり皆素人か。
「天狗殿」
不意に行尊が声をかけた。
「先日と同じです!囮かもしれません!」
天狗の心臓が跳ね上がる。
「・・・・瑞奈が・・・・狙われた!?」
「ここはわたしが何とかします!瑞奈殿のところへ!」
「すまん!」
天狗は大きく飛び上がると、敵の輪を飛び越えてきた道を走り降りて行った。
「さて、どなたか代表者はおられるかな?」
行尊が敵の輪に向かって不敵に笑う。
それだけで、素人相手ならじゅうぶんに威嚇になる。
「わたしが話をしよう」
若い女の声だった。いや、幼いと言ってもいい。
幼い女児の手を引いた女が前に出た。
母親だろうか?それにしては若い。蓮華と同じくらいか。
「お前たちが我ら滅創衆の教えを軽んじる反教徒、朝廷派であることはわかっている!」
そう言ったのは、若い女の方ではない。
連れられている女児の方だ。六歳くらいだろうか?幼い顔そのままで長い黒髪を背中に垂らし、ぶかぶかの装束を着ている。
「・・・・・そちらでしたか。我が名は行尊。何故われらを反教徒と決めつける?」
「ふん!あの方の教え通りだからだ!」
「あの方とは?」
「お前が知る理由はない!」
「せめてお名を聞かせくだされ」
「・・・・わたしに名などない。ただ、皆は”雷鳥”と呼ぶ」
・・・・・・聞いたことはないな。
行尊は滅創衆について知る限りのことを頭に浮かべたが、その名前は出てこなかった。
「お前ひとりで我ら全員を倒すことが出来るとでも思っているのか?」
「はい。残念ながら思っております」
行尊は錫杖を両手で持ち、姿勢を低く構える。
「でえええいっ!」
緊張に待ちきれなかったのだろう、一人の男が叫び声と共に行尊へ向かってきた。
行尊はいとも簡単に男の腕を錫杖ではじき返す。
「うわぁっ!?」
男は腕を押さえて地面に転がる。
「さて、次は?」
・・・・やはり素人だ。全員で一斉にかかれば勝機もあろうに、相変わらず誰かが行くのを待っている。戦いになれていない。所詮寄せ集め・・・・。
「もうよい!」
雷鳥が声を上げる。
「われらが束になっても、こいつに敵わぬようだ」
「ほう、潔いことで」
まわりを取り囲んでいた全員が武器を収め、一斉に雷鳥の後ろへ回ると、片膝をついて雷鳥に向かって頭を下げた。
地面に転がった男も、痛がりながらそれに倣う。
「では、どうするおつもりか?」
行尊も錫杖を収め、雷鳥に声をかける。
「足元を見よ」
「?」
行尊は自身の足元を見る。不自然に盛り上がった土。この辺りだけ花や草がない。
「もしやっ!?」
行尊がそう言ったと同時に、地面が揺れた。
咄嗟に飛び上がる行尊。
だがその刹那、行尊の体は地面から突き出した巨大な手に掴まれた。
「うわっ!?」
叫ぶ行尊。
ゆっくりとそれが土の中から姿を現した。
戦御体”朱獄”。
「くっ!!」
「すごいものだ。普通ならつぶれている」
雷鳥が余裕の表情でこちらを見上げる。
「われらは最初からここへお前たちを誘うために周りを囲んだのだ。最初からまともにやり合う気はない」
「これは・・・・しくじりましたね。これからは足の下にも気をつけますよっ!」
苦しがりながら、声を絞り出す。
「ふん!これから、などはないがな!」
朱獄は姿勢を低くすると、雷鳥の前に握ったままの行尊を差し出す。
「やれ!」
さらに後ろから烏帽子姿の男が現れた。
どこか虚ろな目をしている。
男は懐から小さな竹筒を取り出した。
男は無言のまま竹筒の栓を抜くと、片手で行尊の鼻をつまむ。
「うっ!!」
・・・・何かを飲ませる気だ!
口をぎゅっと閉じる。このまま息をしなくても死なない。だが、苦しいのは同じだ。
「ぶはっ!!」
口を開ける。
そこへ、竹筒の中から何かが一滴、行尊の口へ落ちた。
「う、うがぁあああああっ!!」
行尊が呻き、叫び声をあげる。
口の中が焼ける。
まるで真っ赤に溶けた鉄を舌の上にねじ込まれたよう。
その痛みはゆっくりと全身を走る。
飲み込まれた強烈な刺激が体に取り込まれ、血液と一緒に全身へ運ばれていく。それはやがて心臓へ。そして頭の中、脳へと運ばれる。
「う、うがあぁぁぁぁぁっ!うぎゃああああああっ!!」
行尊は目を剥き大きな叫びをあげながら、握られた朱獄の手の中で暴れまわる。
肌の色は徐々に失われ、血の気が引いて紫色に変わる。口のまわりに泡が溢れてくる。
目は開いているが、何も見えていない。
近くにいた滅創衆たちも、思わずその姿から目を逸らした。
ただ、烏帽子の男だけが光のない目でその光景を見つめている。
苦しみのたうち回っていた行尊は、やがて痙攣して少づつ動かなくなり、やがて沈黙した。
「死んだか」
雷鳥が言うと、隣の女が頷く。
そして雷鳥は朱獄の方へ向いて、声をかけた。
「おい、能見!これで良いな!我らはやるべきことを果たした!そう斎尾殿へ伝えよ!」
「ひとり逃がしたがな。まあ、承知した。この死体はもらっていく」
朱獄の中の能見はそう答えると、朱獄を立ち上がらせ雷鳥に背を向けて峠を西へ降り始めた。
「ふん、愛想のないやつめ」
雷鳥はそうつぶやくと、逆側、東へ向けて峠を降り始めた。
他の者たちもそれに倣う。
そこには烏帽子姿の男が一人、取り残されたまま立ち尽くしていた。




