170 花舞ノ章 七十三
「ともかく、ここを離れて瑞奈様と天狗様のところへ行きましょう!」
蓮華が紫雲へ走る。
「はい!えいしょ、重いなっ!」
気を失った惟正を引き摺る元康。
「お前たちっ!」
森の中から、黒装束の男たちが現れる。
三人、四人・・・・全部で五人!
紫雲へ向かって走る蓮華の前を、塞ぐように立ちはだかる。
蓮華も立ち止まって、腰の刀を抜く。
「この刀、初めて抜きました!刃はついていませんが、当たるととっても痛いですからね!」
そう言いながら構える。
「行くぞっ!」
黒装束たちが一斉に蓮華に襲いかかる。
飛び掛かってきた最初の一人が振り下ろした刀を、蓮華が両手で持った刀ではじき返す。
「ぐおっ!?」
男はそのまま弾き飛び、地面に叩きつけられる。
「う・・・・すごい力だ・・・・・」
反対側から走ってきた男のひと突きをするりと躱すと、男の手首に一撃をたたき込む。
「えいっ!!」
「うぎゃっ!?」
男は刀を落とし、そのまま前のめりに倒れ込んだ。
その男を踏みつけて高く跳ぶと、三人目の頭目掛けて刀を振り下ろす。
「ええいっ!!」
ごん!!
「うひっ!?」
男は額にもろに蓮華の一撃を受けて目を回して仰向けにゆっくり倒れる。
ばたっ。
「こ、小娘のくせにっ!」
黒装束がたじろぐ。
「ふんっ!だてに天狗様の修行に耐えたわけじゃないですからね!」
「す、すごいですね!蓮華様!!」
元康が叫ぶ。
「やはり、皆さん本当に強い!!・・・・・あれ?」
元康の首に冷たいものが当たる。
「やい小娘!この男を殺されたくなかったらおとなしくしろっ!」
黒装束がひとり、元康の首に刀を当てて人質にとった。
「卑怯ですよ!正々堂々と剣で勝負なさいっ!」
「残念だな!おれたちは武士ではない!武士の道など知らぬことだ!」
「それは・・・・そうですね。そう言われると、わたしも武士ではありません!」
蓮華も思いついた、という風に背を向けて走り出した。
「あ、おい!こいつがどうなっても・・・・おいっ!!」
「あ、蓮華様!?」
元康も惟正の首の襟を掴んだまま、呆気にとられる。
蓮華はそのまま走ると、紫雲の繰り座へ飛び乗った。
「と、言うわけで!」
「どういうわけだっ!?」
動き出した紫雲が、背中の薙刀を構える。
黒装束たちも、相手が戦御体ではまともにやり合えば勝ち目はない。
「では、怪我する前におとなしくやられてくださいっ!!」
紫雲が薙刀を振りかぶる。
「そこまでだ!」
振り下ろそうとした薙刀が動かない。
「え!?」
紫雲の隣にいた赤い戦御体”朱獄”が、その薙刀の柄を掴んでいた。
「いつの間にっ!?・・・・って、わたしの力より強い!?」
朱獄は紫雲の手から薙刀をむしり取ると、紫雲の背中を蹴り上げた。
がんっ!!
「うあっ!?」
蓮華は悲鳴をあげて、紫雲は地面に叩きつけられる。
黒装束と元康に、紫雲が倒れた風圧が吹いてくる。
「蓮華様っ!!」
どんっ!!
「きゃぁつ!!」
朱獄は紫雲の背中を踏みつける。
「ふん、所詮は小娘・・・・」
朱獄の中からそう言聞こえた。
朱獄は腰の太刀を鞘から引き抜くと、逆手に両手で持つ。
「これ以上、暴れられると厄介なのでな」
朱獄がその太刀を紫雲の右肩に突き刺した。
ざしゅっ!
「いやぁぁぁっ!!」
蓮華の悲鳴が響く。
「こちらの肩も動かないようにさせてもらう」
続いて左肩にも。
ざしゅっ!!
「きゃあああああっ!!」
「蓮華様ーっ!!」
元康が叫ぶ。
紫雲の中で、蓮華は痛みに耐えていた。
体中から汗が止まらない。
紫雲の痛みが、すべて自分に伝わってくる。
両腕が切り裂かれた痛み。
これほどとは・・・・・。
はぁ・・・・はぁ・・・・・・。
呼吸が荒い。
「そのあたりにしておきなさい、能見」
どこかから声が聞こえた。
その声の方を見ると・・・・・あの法師・・・・・。
「う、うわぁっ・・・・・」
元康も声を漏らす。
「その娘は大切な人質だ。殺してはならん」
「はっ。斎尾様」
朱獄の中からそう聞こえた。
・・・・・斎尾?
瑞奈様が言っていた、上皇様の命を狙った滅創衆。
宮の港で死んだのでは・・・・?
・・・・天狗様の言う通り、あれはやはり偽物だった?
そして、能見って・・・・・。
聞いたことあるけど、誰だっけ?
ええと・・・・・。
「斎尾様、この者たち、とくにこの二人は呪法が効かなかったようです」
「ああ、わたしの催眠呪法は欲望の強い者ほど深く効く。このふたりには強い欲がないらしいな」
すると、あの時の甘い香のかおりが漂ってきた。
・・・・いけない!また眠らされる!
「呪法が効かなければ眠らせておけばよい」
息を止めるが、香りは少しづつ漂ってくる。
元康と黒装束たちも、次々と眠ってバタバタと倒れる。
・・・・どうしたら!?
考えなきゃ!
眠らない方法!
・・・・・何とか・・・・して・・・・・切り抜け・・・・・ないと!
瑞奈様が・・・・・・罠に・・・・・・・。
目の前が何重にも見えて、ゆっくりと意識が遠くなっていく。
「この娘、何か力を持っておる。”器”に使えそうだな。絶対に殺すな」
最後に、そう聞こえた。
「ねえ、聞いてもいい?」
瑞奈はその声で目を開けた。
「ここは・・・・?」
辺りを見渡す。
・・・・見渡す?見ている?目を開けているの?
何か、感覚が違う。
だけど、この感じ、以前どこかで・・・・・。
ああ、そうだ。
初めて狐白丸と出会ったときの、あの何もない空間の感覚。
「聞いてもいい?」
またあの声。
「あなたは誰?」
瑞奈が聞き返す。声ではない。何か、思念のようなものだ。
「聞いてもいい?」
・・・・そうね。
「いいよ。聞いてごらんなさい」
「あなたは誰?なぜ、神狐を従えているの?」
「・・・・ええと、狐白丸のこと?わたしにもわからない」
「ふうん。でも、なんとなくわかった」
子供のような声だ。
といっても、正確には耳で聞いているわけではない。頭の中に直に響いてくる。
「あなたは、引き付ける力が強すぎるのね。だから、人も神も、あなたの虜になってしまう」
「・・・・何の話?」
「すべて、あなたの血筋がさせていること・・・・。あなたは逃れられない・・・・・」
「あなたは誰?教えてよ!」
「わたしは鱗・・・・剥がれ落ちた、鱗。新しく生まれた。前の鱗が消えてしまったから・・・・」
次の瞬間、空間が弾けた。
目の前に光が広がる。




