166 花舞ノ章 六十九
湯井郷浜は漁師の集落だ。
海岸の砂浜沿いに家が建ち、皆が網や舟の手入れをしている。
街道から海を離れ、少し入った森の中に城総院という大きな寺があった。
「今宵はここで宿を借ります。明日は富士川越えですのでしっかり休んでくださいね」
ニタリ顔の行尊。
・・・・このニタリ顔がなければもう少し話を聞く気になったのかな?
「では、手を後ろへ組んでください」
「・・・・・やっぱり?」
「はい。侮れませんので」
瑞奈と蓮華で行尊を縛り上げた。
「あのう、ゆっくりお休みくださいと言った手前、気持ちはやまやまでしょうが、連夜これだとわたしがゆっくり休めませんが・・・・」
「大丈夫です、寝なくても死にません」
「・・・・うう、酷い」
「瑞奈様、強く縛り過ぎでは・・・・?」
「・・・・・これくらいでいいでしょう」
「瑞奈様・・・・・少し、行尊様に強くあたり過ぎな気がしますよ」
蓮華の表情は少し申し訳なさげだが、ずっと感じていたに違いない。
それは瑞奈だってわかっている。
なぜ、自分でもこんな風にしか出来ないのかわからない。
「夜中に滅創衆が襲ってくるかもしれないですし・・・・」
蓮華が俯いて上目遣いで瑞奈を見上げる。
・・・・たしかに、そうかもしれない。
いや、敵がどうこうではない。”強くあたり過ぎ”なところだ。
これは、本来のわたしだろうか?
何故、この男にはこういう風にしか・・・・・。
そこで、行尊の方を見下ろす。
ニタリ顔。
「まあ、瑞奈殿にそういう趣味があるならわたしは全然かまいませんよーっ♪」
ぴきっ!
「敵が来た時は、この腐れ坊主を置いて逃げましょう!」
足の裏で行尊の頬をぐりぐりしながら瑞奈が言った。
「あはは、わたしも目覚めそうですぅ・・・・♪」
なぜか恍惚の表情の行尊。
「違うーっ!!」
で、敵が襲ってきた。
狐白丸がいち早く敵の気配に気づいて、瑞奈を舐めて起こした。
瑞奈は天狗と蓮華を起こすと、蓮華は外の紫雲に走って行った。
「予定調和か?」
天狗が言うが、意味が分からない。
「我らは滅創衆二ノ衆纂紗の創徒!いざ、命を頂戴に参った!」
「あーっ!!もう!!何言ってるかわかんないけど、なんでわたしたちの命を狙うのですか!?」
瑞奈が短刀を抜く。
滅創衆は三人。黒装束で顔だけを出している。三人とも三十歳前後の男だ。
「訳などいらぬ!我らは命を受けているだけだ!」
「誰の命を受けている!?」
急に、行尊が声をあげた。
後ろ向きに転がってるし、敵の顔が見えないから声だけだ。
「な、なんだこいつは!?」
「貴様、なんの罰を受けている!?」
滅創衆も動揺している。
「ふっ。わたしは何もしていないっ!」
・・・偉そうに言うな!
「嘘をつくなっ!何もしていないのに、その姿はあまりに憐れ!」
「そうだっ!瑞奈殿、聞いているかっ!?」
・・・・あーあー、はいはい。
「これから悪事をするからこの姿なのですっ!そんなことどうでもよろしい!」
「ぐるるるるるるっ・・・・」
瑞奈の声に反応するかのように、狐白丸が低く唸りだす。
「・・・・・・瑞奈、狐白丸を押さえておれ。わしだけで充分じゃ」
天狗が腰の刀を抜く。
薄暗いお堂の中に、きらりと刀身が光る。
「くっ!」
滅創衆は少し後ろへ下がる。
「ひ、怯むなっ!相手はたかが化け天狗!三人でかかれば・・・・」
「斬る!」
相手が最後まで言う前に天狗は動いていた。
・・・・・よほど”化け天狗”と呼ばれるのが嫌らしい。
なら、お面取ればいいのに。
「うぎゃっ!?」
「いっがっ!」
「おうっ!?」
滅創衆の三人は腰の刀を抜くか否かという間に天狗に倒された。
「やはり、こいつら素人じゃな。腰が入っとらんかったし、刀の鞘をつけ慣れておらんかった。峰打ちにしておいたから、縛り上げて後で話を聞こう」
天狗はそう言うと、滅創衆の口に布切れを詰め込み、行尊と一緒に縛り上げた。
「・・・・・・なぜ?」
「そうです。なぜ、そんな者たちが?」
瑞奈が天狗を見る。
「いや、そうじゃなくて・・・・・・わたしは一緒に縛られているのでしょうか?」
「・・・・・・・・・」
黙り込む天狗。
「あのう・・・・・ひとつよろしいでしょうか?」
後ろを向いて縛り上げられたままの行尊。
「・・・・・仕方ないですね。何でしょう?言いたいことは手短に」
「蓮華殿を確かめた方がよろしいのでは?」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
顔を見合わせる天狗と瑞奈。
そのまま一気に走り出す。
「あ・・・・こいつらと一緒に置いて行かないで・・・・ください・・・・・」
天狗と瑞奈は紫雲を乗せていた御体車のところへ走る。
だが、そこには荷車があるだけで、紫雲と蓮華の姿はなかった。
「そんな・・・・・」
「蓮華殿がこんなにあっさり連れていかれるとは思えません!どこかで敵と戦っているのでは!?」
「じゃが、足跡がない・・・・・」
戦御体なら、その重さで必ず地面に跡が残るはず。
戦っていたなら、その音や地面に足跡などの痕跡が必ず残るはずだ。
「・・・・・戦う間もなく、連れ去られた?」
「狐白丸、何か感じないか?」
天狗が狐白丸に言うと、地面の匂いを嗅ぎながらゆっくりと歩き出した。
森の方へ入って行く。
「行きましょう、天狗殿」
「いや、瑞奈。お前は残って行尊と、あの者たちから滅創衆についてわかることを聞きだせ。それに、夜の森は危険だ。罠かもしれん」
「ですが・・・・」
「ここはわしの言うことを聞け。必ず蓮華を連れて戻ってくる!」
そう言って天狗は森に向かって走り出す。
「狐白丸を借りるぞ!」
気がかりに思いながら、瑞奈はお堂の中へ戻る。
すると・・・・。
行尊が後ろ向きでひとり立っていた。
その足元には三人の滅創衆。
「・・・・もしかして・・・・」
死んでいるのか?
また?
そして、どうやって縛られた状況から、行尊は抜け出したのか?
「行尊殿・・・・・・・」
息を飲む瑞奈。
行尊はゆっくりとこちらを振り向く。
「瑞奈殿・・・・・やっと、二人になれましたね・・・・・」
その顔には狂気とも狂喜ともとれる表情が張り付いていた。




