164 花舞ノ章 六十七
「・・・・行尊殿、お主に関してはあまりに驚くことが多すぎて、何を驚いてよいのかわからなくなってしもうたわ」
天狗が呻くように言う。
「ははは。そうでしょう!」
「・・・・そうでしょうって・・・・よく平気ですね!」
「まあ、平気ではないですよ、瑞奈殿。師が何故、わたしを生かしたのか、というか、死の淵から呼び戻したのか。わたしはいつ死ぬのか?明日なのか?それとも永遠に生き続けるのか。何もわからないまま、ただただ生きているのです。師の残した痕跡・・・・この世にあってはならぬものを追っていけば、何か見つかると思いましたが・・・・。夜泣き石でその痕跡も途絶えました。そして、たった今、師が蟲毒に喰われていたと聞きました。もう、この先何をすればよいか・・・・・」
「行尊殿・・・・・・」
「それが、見つかっただけでもわたしは果報者です!」
「・・・・見つかった?」
「はい!瑞奈殿と添い遂げます!」
「お断りです」
「え?『行尊殿可哀そう!わたしが支えてあげなくては!』の流れではなかったですか?」
「巻き添えはごめんですので」
「行尊様・・・・可哀そう・・・・・」
蓮華はぼろぼろと涙を流している。
「ほら、蓮華殿のように素直にならなくては!」
にやり顔で瑞奈を見る行尊。
「・・・・・・・」
「さあ蓮華殿、わたしの胸に飛び込んで、思い切りわたしのために泣いてください!」
「それは嫌です・・・・・ぐすっ」
「・・・・・ああ、そうですか。寂しいの極みですね」
とっても残念そうな行尊。
だが、普段の軽口と違い、行尊が背負わされたものが重いものだと知った。
死なない体、それが何を意味するか、本人でなければ分からないことだろう。
「あの・・・・」
「はい、なんでしょう瑞奈殿。やっぱりわたしに惚れましたか?」
行尊はいつものにこにこ顔で返事をする。
「いい加減にしてください。それはありません」
「・・・・そうですか」
「せっかく今宵は畳の上で眠れるのです。行尊殿の身の上話はまた明日にして、しっかり休みましょう」
外はすっかり暗くなってきている。
「・・・・瑞奈殿、今のわたしの話を聞いて、しっかり休もうってなかなか言えないですよ、それ」
「ですが、とりあえず・・・・・・」
「あの・・・・これは?」
行尊は後ろ手に腕と足首を縛られた。
「あなたが人でないとわかった以上、放置するのは危険極まりないので。これからは毎晩、縛らせていただきます」
「えー・・・・・・」
「旅のお方、まだ起きておられるか?わしは国司、霞兼信じゃ」
瑞奈と蓮華が床の支度をしている時に、襖の向こうから声がした。
「はい。ですが、すでに床に就くところでございます」
「では、ここでよい。襖越しですまぬが、少し話をしたいのじゃ」
瑞奈と蓮華は顔を見合わせる。
瑞奈の脳裏に、行尊の軽口がよぎる。
『国司殿もおいても男ですからな!あーっはっはっ!』
瑞奈は着物の襟を整え、短刀を持って蓮華の前に立つ。蓮華は狐白丸を抱き締める。
「恐れずともよい。ここから先へは一歩も入らぬ」
「何の御用でしょうか?」
「瑞奈王殿・・・・と申したか?」
「・・・・はい」
「昼間はすまなかった。あまりに、お主が我が娘に似ておったゆえ、言葉を失ってしもうた」
「ご息女に、でしょうか?」
ふたりは少し身の力を抜く。
「うむ。生まれてすぐに妻を亡くして、わしが手塩にかけて育てた娘じゃ」
「もしかして、わたしをご息女と勘違いされたのでしょうか?」
「いや、それはない。だが、あまりに似ておったので驚いたのじゃ」
「・・・・・・・・。」
瑞奈は何と答えてよいかわからず、次の国司の言葉を待った。
「わしが一人娘を可愛がるが過ぎて、とてもおとなしい娘でな。これでは嫁に行けぬと思っておった矢先、良い話が持ち上がって、汐永の家に嫁に出すことが出来たのじゃ。じゃが、すぐに主を戦で失って。つらかったおうに・・・。じゃが、その後、縁あってその義弟と結ばれたのじゃ。そして男児も生まれ、やっと、うれしいことばかりだった矢先に・・・・子を残して天に召されてしもうて・・・・・・あの娘の母と同じように・・・・・」
少し、言葉に詰まりながら国司は続けた。
「いや、すまぬ。そんな話をするつもりではなかった。昼間の態度が旅の者の機嫌を損なってはおらぬかと気になったのじゃ。ましてや娘に瓜二つの子、気になってしもうて・・・・・わしも歳じゃから」
「・・・・そうですか」
「うむ、一言詫びを入れようと思うたまでじゃ。すまぬ」
「そんな・・・・」
瑞奈は立ち上がり、国司のいる襖を開ける。
膝をついて蹲る老人が、そこにいた。
「わたしは、そのご息女にそんなに似ておられるのですか?」
「ああ・・・・。こうして見ても、あの娘が生きておるとしか思えん・・・・・。思わず、妙珠と呼んでしまいそうじゃ」
「妙珠殿とおっしゃるのですね。今宵だけは、そう呼んでいただいて構いません」
「・・・・妙珠・・・・・」
「いかがなさいましたか、父様?」
微笑む瑞奈。その顔に、幼い頃の妙珠の面影が重なる。
「す、すまぬ。このようなこと・・・・」
国司は首を横に振った。
「妙珠は・・・・もうこの世におらぬのじゃから・・・・」
「そうですね。では、わたしにできることはひとつしかありません。しばし、ご覧くださいませ」
そう言うと、瑞奈は烏帽子をかぶり、荷物から扇を出すと高く上げた。
「国司殿と妙珠殿のためだけに、舞ってしんぜましょう」
その表情は、すでに白拍子としての顔になる。
そしてゆっくりと広げ、木の葉が舞い降りるようにひらひらと遊ばせる。
摺り足で国司に向くと、腰を少し下げてまっすぐ前を見る。
少し目を伏せる。
そして・・・・おおきく、ゆっくりと・・・・・。
「・・・・・なんという・・・・美しい・・・・・」
霞兼信の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
月明かりに照らされて舞を舞う瑞奈王の姿は、妙珠の面影よりもずっと大人びていた。
「・・・・・今日は、どれだけ泣かされればよいのでしょう・・・・・・ぐすっ」
「きゃん!きゃんっ!!」
無意識のうちに蓮華は狐白丸を力一杯抱き締めていた。




