161 花舞ノ章 六十四
あれは、わたしが十になった頃・・・いえ、なる前でしょうか。
師である蓮空僧正が斬首されて、失意の中わたしは東雲山を出て東国へ行くことにしました。都からともかく離れたかったのです。
ちょうどその時、東国へ来天宗の布教と筑波に新しい寺を建てるため、良覚という僧が東雲山から筑波へ向けて旅に出ました。
わたしはその良覚について、東国を目指すことになりました。
ですが良覚はその時すでに齢六十を超えており、旅に出てすぐ流行り病に罹り寝込んでしまいました。
あれは鈴鳴峠を越える手前、村篠か石和あたりだったと思います。
そこへ現れたのは旅の僧、言浄、のちの幻丈です。
言浄はまだ若く、野心家でした。
今の私と変わらないくらいの歳だったと思います。
ですが幼い頃から神童と呼ばれた言浄は、この世のありとあらゆる学問を修めていました。
あらゆる経典を暗記し、教義を修め、真言、護摩、儒学、史学、唐の文字、漢詩、和歌、陰陽道に医術、天文学に風水、さらには・・・・呪術まで。
わたしたちのような凡人であれば一生かけても修めきれない学問を、その若さで全て修めてしまったのです。その才能は都でも噂になっており、内裏でも重用されていたと聞き及んでいます。
わたしは言浄に憧れました。この世のすべてを知り尽くした者を、如来様のように感じたのです。
ですが、言浄はたいそう変わり者で帝のために従事することを嫌い、食べるものに不自由ない暮らしを捨てて旅に出たのでした。彼にはまだ知りたいことがたくさんあったのでしょう。
言浄とわたしは筑波に着き、寺の建立に尽力しました。
誰もが言浄を変人扱いしましたが、寺の建立に対しても言浄は才能を発揮しました。
それまで人足たちも見たことのない形の柱を作らせ、柱と梁の組み合わせだけで巨大な仏殿を作り、不規則で不自然で、凡人には考えもつかないような寺院を建てたのです。その寺は梶原山大南寺と名付けられました。
わたしはその大南寺に残り、修行を続けることにしました。
ですが、言浄はまた旅に出ました。言浄にとって、探求を止めることは生きるのを止めることと同じだったのでしょう。
それから十年ほどが立ったある時、大南寺に言浄が突然戻ってきたのです。言浄は名の字を変え、幻丈と名乗っていました。そして得体のしれない怪しい黒装束の男たちを数人連れていました。
幻丈はわたしに会いに来たと言いました。
この十年、自分の後継者を探していたが、満足できるものには出会えなかった。そこで、わたしに白羽の矢を立てたと言いました。
そしてこの十年の幻丈の旅を綴った巻物を差し出して、おれを越えろと言ったのです。
それだけ言うと、幻丈はまた姿を消しました。
わたしは大南寺を出て、そこに書かれている幻丈の”結果”の後始末をしてきました。
あの佐夜の中山でのこともそうです。
幻丈はわかっていたのでしょう。あの母親が子の命を救いたいために護符を使うことを。
そして・・・・あそこに鬼が現れるということも・・・・。
わたしは幻丈が行った数々の験し・・・・狂気に近いそれらの後始末・・・・そのために旅をしてきました。
そして最後の一つ、夜泣き石の母子を鎮めることが出来ました。
その後幻丈がどうなったかはわかりません。
まだ生きているなら、どこかで凡人では理解し得ないことをやっているのでしょう。
「というわけです」
「くう・・・・・」
「すぴぃ・・・・」
瑞奈と蓮華は寝息をたてている。
「ええと・・・・わたしはどのあたりから聞き手もなくひとりで喋っていたのでしょう?」
そう言いながら、瑞奈の寝顔を見つめる。
「・・・・・ふっ、瑞奈殿、寝顔も美しいっ!」
「ふーっ!!」
かぷっ!!
「痛いっ!!この狐っ!」
瑞奈に近づく行尊の手に噛みつく狐白丸。
「はっ!?」
「あ、瑞奈殿!・・・・早いお目覚めで・・・・まだ夜ですけど・・・・」
べきっ!!
「・・・・今、抱き着こうとしましたね?」
「・・・・ひひへいらひふぁのでふか?人ぐぁ悪ひひゃぁ・・・」
瑞奈の拳が行尊の頬にめり込んでいた。
「行尊様、また何か悪さをしようとしたのですか?」
蓮華が紫雲の中から言う。
翌日、一行はようやく大井川を渡ることとなった。
行尊は腰までの深さがある川の中を歩いて進む。
「はい・・・・。お叱りを受けてしまいました・・・・」
殴られた頬が大きく腫れている。
「当然です!」
瑞奈が怒りの声を上げる。
「ですが、皆さん・・・・・わたし、少し可哀そうな気がしませんか?」
「どこがですか!?」
「だって・・・・・」
瑞奈は狐白丸に乗って空を渡っている。
蓮華の紫雲は、右肩に御体車を縛った綱を引き、左肩に天狗を乗せている。
その後を一人ざぶざぶと水をかき分けながら、歩く行尊が付いてくる。
「ねえ、新参者を大切にしてくださいませんかねぇ?」
「そもそもあなたが勝手についてきているだけでしょ!」
「うう、つれないなぁ・・・・・。流されたら死んじゃいますよ」
「試しに流されてみてください」
・・・・流されたら・・・本当に死ぬでしょうか?
行尊はにこにこ顔でそんなことを考えていた。
「・・・・・あの、殿?」
「なんじゃ、元康」
「この戦御体、どうしたのですか?」
元康が唖然として赤い戦御体”朱獄”を見上げる。
「ああ、もらいものじゃ」
惟正は漫然と言ってのける。
「もらいものって・・・・こんなものくれる人がどこにいますか!?」
「そう言うな。くれたのだから仕方ない」
「ですが・・・その弓矢も・・・・それももらったというのですか?」
「そうじゃな。親切な人にもらったのじゃ」
「・・・・何か、隠してますね?」
「・・・・・・どうでもよいことじゃ」
「何とか言う絵巻だけならまだしも、弓矢やら戦御体をくれる人なんているわけないじゃないですかっ!」
「言っておるじゃろう?わしは征夷大将軍になる。そのためには・・・・・」
「ですが・・・・近頃、殿の様子がおかしくて気になっております」
「・・・・・・・」
「ふらっといなくなったと思うと、知らないものを持って戻ってくる。どこでだれと会っておられるのですか?」
「・・・・・・・」
「・・・・・そもそも、殿は戦御体を動かせるのですか?」
「・・・・・元康」
「はい?」
「わしは・・・・」
惟正は少しだけ視線を落とした。
「鬼に心を売ったのじゃ」
「・・・・・わけわかんないこと言ってないで、この戦御体、返してらっしゃい!」
「ほ、ほんとうにもらったのじゃっ!!」




