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ひとつ、風を結いて  作者: ひろくま


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33 風結ノ章 三十三

それから数日が経った。

白結丸も全快とはいかないが、立って歩くには支障がないくらいにまで回復した。

そして皆秀と宿儀が御体”英醐”を完成させた。

全身を黒く塗り、顔には狐面のような白い面をつけた。狐が人を化かすように、敵を攪乱するという意味があると宿儀は説明した。

「嶺巴は戻って来ぬが、大丈夫であろうか?」

「心配だが、嶺巴なら大丈夫だろう。蒼刃もあることだし・・・」

とはいえ、白結丸も嶺巴が心配だ。

「だが、怪我も治ったし、御体も完成した。いつまでもここにいるわけにもいかない」

「そうじゃな・・・」

「・・・どこでどうしてるんでしょうね・・・」

皆秀も宿儀も不安気な顔。

「ともかく、嶺巴と別れたところまで戻り、そのまま因幡へ向かおう。ここには嶺巴に書置きをしていく」

「そうじゃな。いずれここにも追手がくるかもしれぬからな」

白結丸は紙を筆をとりだし、一筆書いて紙を折り、たたら場の入り口の土に埋めて枝をさした。

「なんて書いたんですか?」

「先に行く。まっすぐ日の沈む方へ」

「・・・大丈夫ですかねぇ?」

「嶺巴にはどんな地図も、道しるべも無意味だ」

「・・・たしかに」

皆秀も、あの時それに気づいていたら・・・と思わずにいられなかった。






緋道明は今、烏帽子を乗せた禿げ頭から湯気が出るほど悔しがっていた。

「あれが、あれが、孝基殿が追っている霞の末子だとぉ!?」

「いえ、おそらく、でございましょう。御体を扱う盗賊など聞いたことがございませんゆえに」

道明と向かい合う男は、狡猾そうな小柄で細い目の男。

男の名は坂忠房(さかのただふさ)。消息不明の佐伯信典(さえきののぶのり)の後釜として六原の御体守に就いた男である。

二人は座敷で向かい合って座していた。

遠い庭先には忠房が京から運んできた御体が御体車に横たわり、かけられている布を職人たちが取り払うのが見える。

「ぐぬぬぬぬ・・・・」

「・・・それとも道明殿、御体を扱う盗賊に心当たりがおありか?」

「あ、あるわけなかろう!」

明らかに動揺した様子で答える。

「実は、ここへ来る途中、盗賊荒熊の死骸がありましてな。貞基殿が埋葬したそうですがの。その荒熊、御体の中で事切れていたそうで・・・」

「あ、荒熊!?荒熊が・・・?」

「おや、やはり荒熊をご存じでしたか?」

「・・・・・・・・」

「その、荒熊の死骸が乗っていた御体が、角鳴(つのなり)という御体でして・・・。色々調べたのですよ。その角鳴、かなり古い御体ですが、どうやら六原から払い下げになったのはここ、但馬出石の国府ということを突きとめたのですよ。その角鳴をなぜ、盗賊ごときが使っていたのか?国府から盗賊が奪ったか・・・それとも、誰かが盗賊に引渡したか?」

忠房はぬめりとした目で道明を見る。

道明は、今ここでどんな言い逃れも無意味であると悟った。

「・・・・うぬ以外に知っておるのか?孝基殿や・・・よもや紀基殿に・・・・」

さっきまで真っ赤にゆで上がっていた道明の顔は、すでに蒼白である。

「いえ。誰にも漏らしておりませんよ」

「・・・・・誰にも言うでないぞ、忠房殿」

「無論。だが、ただただ黙っておれとは虫の良い話。盗賊を使って荒稼ぎとは、かなりの財を得たのでございましょう?」

忠房の目つきが一層細く鋭くなる。

「何が所望か?」

「わたしが欲しいのは手柄です。霞の末子の首。道明殿が奴の首を取り、それをわたしの手柄にしていただきたい」

「・・・・」

「道明殿、あなたも悔しいでしょう?緋家の血を継ぎながらも、遠縁であるがばかりに都の職にさえつけぬのであれば。それが口惜しくて山賊を使って財を成そうとは・・・」

「・・・わかった。霞の末子の首、お主にやる。必ず取ってきてやる」

「ふふ。護堕天(ごだてん)があればどんな相手でも負けはしますまい。後は、道明殿がこれを使いこなせるか否かにかかっておりますがね」

「・・・馬鹿にするな!」

道明は険しい顔をいっそう険しくさせた。

忠房はニヤリと笑って、ふん、と鼻を鳴らした。

道明の見つめる先に黒鉄色の御体、護堕天。日の光を浴びて赤黒い色に反射する。赤い線が全身に走り、顔の面はやはり黒鉄色だが、無機質な能面のように切れ長の目がまっすぐ前を見ている。

・・・あれが護堕天。

その威圧感を異様なほどにあたりに漂わせていた。

「あ、それと魁怨は六原に持って帰りますよ。魁怨を操る野党が出ないように・・・」

嫌な奴に弱みを握られたものだ、と道明は心底思った。





―――白結丸様の追討・・・・。

「・・・ということは、また白結丸様に会えるかも!?会えるかも!?会えるかも!?きゃーっ!うれしいの?わたし、うれしいのかしら!?だって、相手は敵だもの!戦うんだもの!でも、会えるのってうれしいの!あーっ、早くお会いしとうございます!そして・・・そして・・・く、口吸い・・・を・・・。ああ!なんていやらしいことを!!いけません、伊佐!伊佐の馬鹿馬鹿馬鹿者!!」

「・・・伊佐姉様、さっきから心の声が口から漏れ出ておりますが・・・」

時千代がジトッとした目で伊佐を見る。

「え・・・!?」

ぼっ!と伊佐が顔を赤くする。

「わ、わたしの、こ、心の声を聴くとは無礼だぞ!時!」

「それだけ声に出してくねくねしておられては、嫌がおうにも目にも耳にも届きます・・・」

紅羽たち一行は丹後の温泉地を出てまっすぐ但馬へ向かっていた。

その途中、立ち寄った集落で一晩の宿をとり、出立の準備をしている。

「おーい、伊佐、時千代!今日中には但馬に着く。いつ敵に会うかわからないからな。ちゃんと仕度しておけ」

「はい、紅羽姉様!でも、伊佐姉様がくねくねしてらっしゃいます!」

「こら、時!」

「最近よく、くねくねしているな。伊佐、武者震いか?」

「は、はい!もちろんです!姉様!」

ビシッと背筋を伸ばす伊佐。

「・・・あー、早く会いたい・・・じゃなくて、戦いたいなー・・・」

くるくると腕を回しながら向こうへ行ってしまった。

「伊佐姉様はいいとして、紅羽姉様、ほんとに白結丸様たちと戦うのですか?」

上目遣いに紅羽を見上げてくる時千代。・・・もちろん、かわいい。

「・・・正直に言うと、わたしも奴らと戦うのはあまり気乗りしない。だが、貞基殿は階位がわたしより上だからな。言われた通りやっているようには見せておかないと・・・」

「はい、それを聞いて安心しました!」

にっこりする時千代。・・・そう、もちろん、かわいい。

・・・でも、何だろう?あの時以来、時千代のかわいさに、ときめきが少なくなくなったように感じる。あの、おぞましいほどの衝撃力を放つ、愛らしさの塊のようなあの娘が瞼の裏にちらつく・・・。

もしかして、わたしは時千代でなくても、かわいいものなら何でも好きなのか?そういう癖があると!?・・・これでは、我ながら危ない奴ではないか・・・。

その思いだけはちゃんと自分の中にある。やっぱり時千代はかわいい。たまらない。ぎゅっとしたい。

小柄だから、まだ背丈も少し私より低い。だからちょっと上目遣いでこちらを見てくる。

・・・もう、成長しないでほしい。

いつも、父様のように強くなれ!と言ってきた。そう言うと、素直に「はいっ!」と背筋を伸ばす幼い時千代がかわいかったから。でも、やっぱりすぐに筋肉隆々で見上げるほど成長するだろう。それでも、時千代はかわいいに違いない。そう思おう。

「時千代も、もっと強くなってみなを守れるように、姉様たちのお役に立てるようになりたいです!」

にっこり笑顔で言う時千代。・・・こちらの気持ちを見抜いたかのようだ。でも、かわいい。

「いや、時千代は・・・・強くならなくて・・・いい・・・・」

「?」

「い、いや、何でもない!時千代、父様のように強くなるのだ!」

「はい!」

「よし、しゅ、出立の準、備を、〇△×◇▽!」

「?」

その時だった。

「敵襲ー!!」

「御体だ!!」

仕度をしていた兵たちから声が上がる。

「姉様!時!御体だ!」

伊佐の叫ぶ声も聞こえる。

見ると、村落のはずれの森の中から御体が現れる。

その姿は黒に近い、深い緑。鎧武者の姿で、頭部には面がつけられ、その顔の周りに獅子のような白い(たてがみ)があしらわれている。

紅羽と時千代は目で頷くと、それぞれの御体に向かって走る。

太刀をもって構える伊佐の杜若(とじゃく)が一足先に御体と対峙した。

鬣の御体も背中に背負った太刀を抜いて構える。その腰に収まらないほどの大きな太刀は、刃も広く先も長い。

「何者か!我が緋家の浄基が娘、伊佐と知って太刀を向けるか!」

「おうとも!緋家の姫様方とお見受けする!我は滅創衆三の衆”禄吼(ろくこう)“の玖狼(くろう)と申す者!我が戦御体、”禄染(ろくそめ)”と共に参り申した!お命、頂戴申す!!」

「伊佐!」

「伊佐姉様!」

紅羽の赤い御体”彩芽(あやめ)”、時千代の黒字に金の線の走る御体”金冠(きんかん)”も杜若に並ぶ。

腰の太刀を抜き、構える。

「こちらは三体!お前に勝ち目はない!」

紅羽がずい、と前に出る。

「ふん!姫様方、そして御曹司、油断召されないよう申す!!」

・・・滅創衆か・・・。

紅羽の脳裏に嫌な思いがよみがえって来る。

「伊佐、時千代!絶対に油断するな!」

「はい、姉様!」

「承知しました!紅羽姉様!」

「・・・よろしいか?では参り申す!」

禄染が一気に前に走る。

彩芽と杜若は左右に跳び、金冠は正面から禄染の太刀を受ける。

ぎいいん!と鈍い金属音がして太刀同士がぶつかる。

「力比べなら負けません!」

金冠は太刀を振るうと、禄染は後ろへはじかれる。数歩下がったところで堪え直し、太刀を構え直す。

「ふふ・・・。さすが金冠・・・いや、正しきは”黒威冥剛金(こくいめいごうこん)(かむり)”と申したか?国政を司る宿命の者だけに許される、王の証・・・」

「ええい!」

伊佐の青と白線の御体、杜若が禄染のわき腹を狙い一閃する。

「おっと!」

禄染はひらりと躱すと、杜若めがけて太刀を振り上げる。

「させない!」

背後から紅羽の彩芽の赤い御体が立ちを振り上げる。

「・・・面倒な!」

禄染は転がって一撃をよける。そこへ杜若が斬りかかる。

大きな太刀は杜若の振り下ろす太刀を受け止めると、そのまま杜若ごとはじき返す。

彩芽はその横から太刀を振り上げると、禄染の背中を掠る。

「くっ!?」

禄染の背中に傷が走り、玖狼は痛みに顔をゆがめる。

「今だ!伊佐!」

「はい!姉様!!」

彩芽と杜若は左右から禄染を挟み、彩芽は上から、杜若は下から太刀を振るう。

「甘い!」

禄染は片手で巨大な太刀を操り、彩芽の一撃を受け止めると、左手で杜若の腕を掴む。

「何!?」

杜若はそのまま地面に押し付けられ、倒れる。それを禄染が片手で押さえつける。

「姉様たち!ご用心を!!」

金冠が、両手がふさがった禄染の首を掴み、片腕でその巨体を持ち上げる。

「ぐおっ!?」

首を絞められた格好の禄染。玖狼も息ができず藻掻くが、金冠はびくともしない。

「いいぞ、時千代!とどめを刺す!」

彩芽が太刀を一気に禄染めがけて突き出す。

その瞬間、紅羽は何かの気配を感じて彩芽を後ろへ下がらせる。

「姉様!?」

「伊佐、時千代!もう一ついる!用心せよ!」

紅羽が言ったその瞬間森の陰の中から、シュッと鞭が伸びてきて禄染を持ち上げる金冠の腕に絡みつく。

そのまま金冠は腕を引っ張られ、禄染を手放す。

「逃がしませんよ!!」

金冠は絡みついた鞭を掴むと、こちらへ引っ張る。すると、その鞭の先には淡い藍色の御体がつながっていた。

「おっと、噂に違わぬ馬鹿力だね!!」

彩芽と杜若は太刀を構え直す。

「ふつ、また会ったねぇ、緋家の姫様たち・・・」

「・・・・その声は、あの時の・・・・」

「そう、あたいは滅創衆四の衆、縹刃(はなば)紺織(ことり)。この御体はあたいの縹羅(はなうら)だよ」

紅羽は顔をゆがませる。

「何であろうと、我らに刃を向けるなら斬る!」

「待ちなよ、あたいだってあんたたち三人を一人で倒せるなんて思っちゃいないよ。この馬鹿は一人で先走っちまいやがったけどね」

そう言って禄染を掴んで引っ張り上げ、無理やり立たせる。

縹羅は禄染の頭を小突くと、中の玖狼が目を覚ます。

「く、ぐはっ、ああ、すまぬ。死ぬと申すところであった」

「申してる場合じゃなくて、あんたは死にかけたんだよ!」

「く、くそう!油断申し上げたのは我の方だったか!」

「だから、そう言ってんだろ!勝手に飛び出しやがって!」

二人の掛け合いの中、金冠が前に出る。

「・・・あの、痛かったらお薬差し上げましょうか?」

「おい!時、敵に情けをかけるなとあれほど言ってるだろう!?」

杜若が金冠の顎を掴む。

「あああ、でも、苦しいことしちゃったんで・・・」

「それがだめだって言ってんの!!」

「おい、伊佐、時千代!」

紅羽の声に二人が顔を上げると、そこに滅創衆の御体の姿はなかった。

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