152 花舞ノ章 五十五
「いけない!また疑心暗鬼になりかけてる!」
床に入りながら、瑞奈は眠れずにいた。
・・・・何も起きません!この先、妖など出ません!石は泣きません!
自分に言い聞かせるが、そう思えば思うほど『たぶん、出るでしょ。妖、出るでしょ!』という意識が強くなっていく。
・・・・ああ、もう何かを引き付ける体質なのかしら?
そんなことまで脳裏に浮かぶ。
呪われた血筋・・・・・。
・・・・まさか、ね。
瑞奈たち一行は明くる朝早く山名の郷を出た。
「まあ、石が泣くかどうかは別として、明るいうちに峠を越えてしまわねばならんからな」
と天狗が言う。
「・・・・天狗殿が言うと、越えられるものも越えられないような気がしてきます」
瑞奈が狐白丸を抱きかかえて首を横にぶんぶん振る。
「瑞奈様の勘は当たりますもんね」
蓮華は楽しそうに言う。
「・・・・そ、そんなこと、言わないでくださいっ!わたしの勘が当たると困りますっ!」
「ええ?褒めたのですが・・・・」
「それは褒め言葉ではありませんよ!”不吉の伏線”というものです!」
「・・・・ふきつのふくせん?」
蓮華と天狗は顔を見合わせて首を傾げた。
そして一行は佐夜の中山に差し掛かる。
街道を行き来する人は多いが、皆一様に息を切らしている。登るのも降りるのも一苦労なのはすぐにわかるほど、峠道が聳え立っている。この思わず見上げてしまう急坂は、馬で御体車を引いて登るのは難しいだろう。道幅が広いのがせめてもの救いというところか。
「・・・・紫雲で車を牽いて登るほうがよさそうですね」
蓮華は馬を降りて馬と車を繋ぐ手綱を外すと、紫雲に乗り込む。
「では、行きましょう!」
蓮華はそう言うと、紫雲が峠の坂を上り始める。
瑞奈と天狗も、傾斜がきつすぎて馬に乗ったままでは登れない。仕方なく、馬を引いて坂を歩く。
「狐白丸なら、ひと飛びでしょうけど・・・・」
狐白丸は馬の鞍の上で丸くなっている。怪我はほとんど治っているが、まだ無理はさせられない。あれだけの傷があったのに、傷跡もほとんど残らずしっかりとフワフワの毛が生えてきた。
あらためて普通の狐ではないのだな、と感慨深いものがある。
「ぜぇぜぇ・・・・・どこまで登るのでしょうか?」
見上げるが、まだ頂上は見えない。
眼下には森が広がり、山肌に沿って曲がりくねった道が木々の間に見え隠れしている。そこを歩く人が豆粒よりも小さく見える。
鈴鳴峠を登った時も辛かったが、初めて見た海のおかげで気持ちが昂った。ここはどちらを見ても鬱蒼とした森があるだけだ。
「あと少しじゃ・・・・とも言い難いな」
天狗は息も乱れていない。やはり化け物天狗。
「頑張ってくださいね!今日中に峠を越えましょう!!」
蓮華の声は明るい。・・・・こちらも体力は化け物並みだ。
「蓮華、無理するな。霊力が切れる前の休むのじゃぞ!」
「はい!気をつけます!」
・・・・こちらも気にしてほしいのだけど!?
「でも、この先で少し休みませんかっ!?」
試しに言ってみる。
「ありがとうございます!でも、お気遣いなく!わたしはまだまだ大丈夫!」
蓮華の元気な声が紫雲から返ってくる。
・・・・そうでしょうね!前もそうでしたからっ!!
「ぜぇ、ぜぇ・・・・・」
「はぁ・・・・はぁ・・・・・」
瑞奈が隣を見ると、笠を被った僧侶が杖をつきながら登っている。
顔を引きつらせて、よたよたとしている。
わたしも、こんな風によろよろしているように見えてる?
嫌だな。この人と同じになりたくない・・・・。
・・・・そう思うと・・・・なんか、この人には負けたくないと思えてきた。
何故か、瑞奈の中で負けん気が湧いた。
瑞奈も杖をつきながら僧侶の前に出る。
・・・ふっ。わたしの勝ち。
別に張り合っているわけでもないが、瑞奈の中で勝ち誇る。
すっ。
すると、隣の僧侶が瑞奈を抜き返した。
・・・・えっ!?なんで!?
瑞奈が驚いて僧侶の方を見ると、笠で目元は隠れているものの、口元がニヤッと笑った・・・・ような気がした。
・・・・イラッ!!
瑞奈は足を速めて、僧侶を抜き返す。
そして僧侶からわざと見えるように、笠で顔を隠し、口元だけでニヤリと笑って見せる。
僧侶は悔しそうに歯を食いしばると、さらに速足で瑞奈を抜きにかかる。
・・・・甘い!抜かれてたまるか!
瑞奈も速足で峠を登る。
僧侶も速足で登り始めると、瑞奈を抜いて前に出る。
・・・・負けるかっ!!
瑞奈は走り出す。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
僧侶も叫びながら走り出す。
「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーー!!」
「おーい、瑞奈!そんなに急いだらばてるぞーっ!!」
「瑞奈様、あんなに体力あったのですね!さすが!!」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・もう駄目・・・・動けない・・・・」
結局、山頂まで走って登って、倒れ込んでしまった。
隣で僧侶も倒れている。
「ぜぇ・・・・ぜぇ・・・・・・ぜぇ・・・・・・・」
声も出ないようだ。
「もう、無茶するな。こんな急坂を走って登るなど・・・・」
しばらく後で天狗と蓮華もたどり着いた。
「は・・・・・はぁ、はい・・・・・。なにか、余計なことをした気がします・・・・・」
「ともかく、瑞奈の息が戻るまでここで休もう。そっちの僧侶殿は大丈夫か?」
「ぜぇ・・・・ぜぇ・・・・・・」
やはり喋るのも無理なのだろう。仰向けに大の字になって倒れたまま、荒い息遣いだけをしている。
「そもそも、誰じゃ?」
天狗が聞く。
「はぁ・・・・はぁ・・・・・知りません」
「知らない方と競争を?」
蓮華がぽかんと口を開ける。紫雲を御体車にのせて、馬を元通りに繋いでいた。
「大丈夫ですか?」
蓮華が声をかけると、急に僧侶は”すっ”と立ち上がった。
「大丈夫です、娘さん。わたしの名は行尊。以後お見知りおきを」
息を切らしていたはずなのに、すらすらと言ってのけた。
「はぁ。大丈夫ならよかったです」
蓮華はそう言うと、瑞奈の後ろに隠れる。
行尊という僧は笠を取ると、二人に向けて頭を下げた。
思っていたよりも若い。髪も伸びていてうっすら髭も生えているが、身なりを整えればそれなりに見えそうな顔立ちをしている。
瑞奈も笠を少し持ち上げ、行尊を見る。
「・・・・うがっ!!」
急に行尊は胸を押さえて蹲る。
「ど、どうかされたのですか?」
瑞奈がそっと声をかける。
「たった今、あなたという矢がわたしの胸を射抜きました」
・・・・・はぁ?




