146 花舞ノ章 四十九
「お主たち、すまんな。村の皆の総意じゃ。やはりあんたたちが鵺を殺してしまったことで、村に災いが起きたと考える者が多くてな・・・・。皆、怖いのじゃ」
弥作が太吉とお紺の頭を撫でながら申し訳なさそうに言う。
「わかっておる。夜が明けたらわしらはここを出る。どのみち、長く留まるつもりもない」
天狗が言うと、太吉が寂しそうな顔をする。
「狐の姉ちゃん、蓮華!」
「なあに?」
蓮華が優しく言いかけて、お紺の視線を感じてはっと姿勢を正す。
「明日、行っちゃうのか?」
「・・・・そうね、わたしたちは旅の途中だからね」
「蓮華、・・・・また来てくれるよな?」
「そ、そうね!お許しが出たら、ね!」
蓮華がお紺に気を使いながら言った。
「うん!」
太吉は蓮華を見上げて頬を赤くする。
「・・・・・・・」
その太吉をじっと横目で見ているお紺。
「お紺も、がんばってね!」
蓮華が言うと、お紺は顔を少し赤くして眉間にしわを寄せ、口をへの字に曲げた。
「大丈夫だ!これからは何があってもおれがこの村を守ってやるよ!!」
太吉がお紺の肩に手をやる。
「ふん!!」
お紺はそっぽを向くが、耳まで真っ赤になっている。
・・・・太吉、随分とたくましくなって。
瑞奈はちょっと涙腺を刺激された。これが親の心境だろうか。
「なあ蓮華、何で蓮華は二度でわしは一度も名前が出なかったのじゃ?」
「知りませんよ」
「一番面倒を見たのはわしだと思うのじゃが?」
「子供の言うことですから、いちいち気にしないでください」
「・・・・はぁ」
天狗は聞こえるようにため息をついた。
瑞奈たち一行は東へ進み、曳馬の浜津港の村に立ち寄る頃に日が落ちた。一行はこの浜津港で一晩宿坊を借りることにした。
浜津港は港町といえど、家が二十軒ほどの小さな村落で、海の漁を生業とした漁師が多く住んでいる。だが、道が広くなって荷車が馬で引きやすくなると、街道へ戻ってきたという安心感もある。
朝、浜津の港へ出ると、ちょうど御体車を乗せられそうな大きめの船が停泊していた。
天狗が船頭と話をすると、すぐに乗せてくれることになった。
「狐白丸が治ったら、空から川を越せるのじゃがの」
天狗が狐白丸を見ながら言う。
狐白丸は順調に怪我が治ってきていたが、まだ無理はさせられない。毒が体に残っているだろうし、体が少し熱っぽい。
船の出港を待ちながら、膝の上で丸まっている狐白丸を、瑞奈がそっと撫でる。
「じゃが、あの猛毒を受けて回復するとは、さすがじゃのう」
天狗が感心して狐白丸を撫でようとする。
かぷっ。
・・・・・・!?
狐白丸が天狗の鼻に噛みついた。だがその直後、顔を思いきり顰めてすぐに口を離す。
「ふふん!狐白丸がちっとも解毒の薬を飲まんから、わしの面の鼻の先に塗ってやったのじゃ!躾にもなるし、薬も飲めて一石二鳥じゃ!」
「きゅうん!!」
情けない声を出しながら前脚で鼻先を擦る狐白丸。
・・・・これはこれで、かわいい。
「・・・・・もう、狐白丸をいじめないでください」
そうは言ったが、苦い解毒薬を狐白丸は飲まないので苦労はしていた。
「そもそも神様の使いなんでしょ?毒も薬も効くのかしら?」
蓮華がさらっと言う。
・・・・・・・・・たしかに。
船はゆっくりと港を離れた。
瑞奈は船酔いしないように遠くを見つめることに専念しようと決めていた。
だがひとつ、瑞奈には気になることがある。
「天狗殿、この川を渡った先の、幡多付には遠江の国府があるのですよね?」
瑞奈が船の縁に掴まりながら言う。
「うむ、そうらしいのう」
天狗は例の”遠江濱辺遊覧なんちゃら”を開きながら言う。
「あの、吉賀を出てからここまで順調ですよね?」
「そうじゃ」
「何も起きてませんもんね」
「よいことじゃ」
「だけど、気になるのです」
「うん?」
「考えてみてください。わたしたちが東雲山を出てから、何もなかった日が一日でもありましたか?」
「あったのじゃないか?一日くらい」
「いいえ!ありません!」
瑞奈は首を横に振る。
「そ、そうかのう?」
「それなのに、ここまで順調に進み過ぎているんです」
「はぁ・・・・・それはそれでよいと思うが?」
「だって、こんな船が都合よく港にあるのもおかしいじゃないですか?」
「・・・・瑞奈様、考え過ぎじゃ・・・・・・」
蓮華も苦笑いで瑞奈を見る。
「いいえ、蓮華殿!油断してはなりません!そろそろ何か襲ってきます!今度はどんな化け物かわかりません!滅創衆か、それとも緋家の一族か!」
「まあ、落ち着け。何もないのじゃったら、それに越したことはない」
「・・・・そうですけど!でも、おかしい!絶対おかしい!!」
「ま、まあまあ。落ち着いてください、瑞奈様」
困った笑い顔で蓮華が瑞奈をなだめる。
「あんたたち、この川を渡るの初めてかい?」
船頭が声をかけてきた。
「出たな、滅創衆!!」
瑞奈がビシッと指を差す。
「は、はあ?」
「お天道様を騙せても、この瑞奈王の目はごまかせないっ!!」
「ちょ、ちょっとごめんなさいね!」
蓮華が瑞奈を押さえつける。
「もう、ただの船頭さんなんだから!」
「うきーっ!!絶対そろそろ何かあるんだから!!船頭に化けためっそーしゅーなんだからー!!」
天狗と蓮華で、じたばた暴れる瑞奈を人気のないところへ運び出す。
「・・・・何故だ?」
船頭は誰にも聞こえない小声でつぶやいた。
「うううう・・・・めっそーしゅー、うぷっ!?」
「瑞奈様、結局船酔いしたのですね・・・・」
結局船は何事もなく幡多付の港へ着いた。




