144 花舞ノ章 四十七
「げほっ!げほっ!!」
瑞奈は狐白丸に咥えられて、浜辺に引きずり上げられた。
「こ、狐白丸・・・・ありがとう・・・・」
狐白丸の鼻先を優しくなでる。
狐白丸は瑞奈をゆっくり砂浜に降ろすと、目を閉じてそのまま横に倒れた。
ずしゃっ。
「こ、狐白丸?」
瑞奈が狐白丸の体をゆする。が、狐白丸は目を開けない。
「ちょ、ちょっと!・・・・狐白丸っ!?」
不意に、瑞奈の手にぬるっとした感触がある。右手を見ると、べったりと赤黒い血がついている。
「狐白丸、もしかして、毒を浴びたの!?」
瑞奈の胸が、ぎゅっと締め付けられる。
「駄目!狐白丸!目を開けて!!お願い!狐白丸っ!!」
目のあたりが熱くなり、視界が潤んでくる。
「いやぁっ!!」
狐白丸に顔を寄せる。
・・・・・・・・・・・。
・・・かすかに、息をしている。
「・・・・狐白丸!」
瑞奈は涙を袖で拭いて立ち上がると、腰の短刀を抜く。
「ちょっと、痛いけど、我慢してね!」
狐白丸の右肩の辺り。毒にやられてどす黒く膿んでいる。
「御免ね、狐白丸!!」
瑞奈は短刀を狐白丸の方に突き立てる。びくっと狐白丸の全身が震える。
突き刺した短刀のところから血が噴き出す。
瑞奈は吹き出す血の中へ顔を入れ、傷口から血を吸いだす。
口に含んだ血を吐き出し、もう一度顔を入れて血を吸いだす。
舌の上にぴりぴりとの毒の刺激がある。ぬめりとした血の味が広がる。舌がぬるぬるとする。
それを何度も繰り返す。
最初はどす黒かった血が、次第に鮮やかな赤い色に近づいてくる。
血の色を確認して、瑞奈は自分の着物の袖を力まかせに裂くと、狐白丸の傷口を縛った。
「・・・・狐白丸、お願い。戻ってきて・・・・・・」
不意に膝の力が抜け、地面が目の前に広がった。
・・・・体が痺れてきた。毒?・・・・・気が、遠く・・・・・。
化け物はすでに米俵くらいの大きさまで縮んでいたが、まだ体は膨らんで破裂を繰り返している。
そして、化け物は空から落ちてきた大百足と対峙していた。
たがいに威嚇し合っているが、化け物にはもう大百足と戦う余力がないように見えた。張り付いた人の顔もすでに、人であるかもわからないほどにだらりと垂れている。
わしゃわしゃわしゃ・・・・・。
大百足は体の両側に生えた足を波打つように動かして、化け物に飛び掛かる。
化け物はうねうねと身をよじるが、大百足の牙に噛みつかれて逃げることもできない。
・・・・・・・・。
化け物は悲鳴をあげることもなく身をよじる。
暴れるが、ずるり、ずるりと百足に飲み込まれていった。
大百足は化け物を喰い尽くすと、次の獲物を探すように頭をもたげる。
そして、見つけた。
人間の子供。
無数の足を動かして音もなく近づく。
そしてその牙を広げる。
獲物の首筋を目掛けて飛び掛かる。
ざしゅっ!!
その瞬間、大百足の頭に天狗が刀を振り下ろした。
頭を斬り飛ばす。
毒液を撒きながら、頭部を失ってなお、大百足は暴れ続ける。
動き回る大百足を、天狗は次から次へと切り刻む。
どこまでも、何度も、大百足が動く限り、天狗は刀を振るう。
ざんっ!ざんっ!
天狗が一閃するたびに、大百足の欠片が飛ぶ。
やがて元の形がわからないほどに切り刻んだ時、あたりには鼻を突く毒の刺激臭と、かつて生き物だった残骸が四散していた。
ぺろっ・・・・。
・・・・なあに?
ぺろっ・・・・・・・。
・・・・もう、まだ寝ていたいのだけど?
ぺろっ、ぺろっ。
「もう、いい加減にしてよ、狐白丸!」
そう言って目を開けた瑞奈は狐白丸の大きな頭を抱き締める。
「よかった・・・・よかった!!」
安堵の息とともに、目からぽろぽろと涙が流れる。
その涙を白結丸がぺろぺろと舐める。
「瑞奈っ!!だいじょうぶかっ!!」
天狗の声だ。
そちらを向こうとするが、体が思うように動かない。
「天狗殿、すみません。肩を貸してください・・・・」
「わ、わかった。立てるのか?」
天狗と太吉は瑞奈をゆっくりと起こす。
「ありがとう・・・すみません・・・・」
「き、狐の姉ちゃん・・・・。よかった!」
太吉は涙を浮かべる。
瑞奈はゆっくりと手を挙げて太吉の頭を撫でる。
「姉ちゃん、血塗れだから、てっきり・・・・」
「ふふ、ありがとう」
狐白丸の体によりかかるように体を起こす。
「狐白丸は?」
「毒を少し浴びてしまいました。ほとんど吸い出しましたが、まだ動けないと思います」
「そうか。体を大きいままにして、毒のまわりを遅くしたのじゃな。・・・・さすが神獣」
天狗が狐白丸の鼻を撫でる。
かぷっ。
「・・・・鼻に噛みつくところは変わっておらんな」
「どうして、蟲毒の壺で化け物が縮んだのですか?」
「ああ。それはな、蟲毒はより強い毒の毒虫が生き残る。ところがあの化け物は毒虫以外も体に取り込んで、しかも毒のない水の中に住んでおった。じゃから、より強い毒を浴びせれば死ぬのではないかと思ったのじゃ」
少し得意気に天狗が言う。
「・・・・でも、もし化け物がその毒を取り込んでいたら・・・・」
「もっと大きくて強い化け物の出来上がり、じゃな」
・・・・・・ほんとうに、賭けだったんだ。
「瑞奈と狐白丸が動けるようになったら、この島全部を燃やす。毒虫が湖に出て行かぬようにな」
「はい」
瑞奈はゆっくりと立ち上がる。
それに合わせて狐白丸も小さくなる。
「・・・・便利だな、狐って・・・・」
太吉が目を丸くする。
「・・・・狐が全部、大きくなったり空を飛んだりできるわけではないですよ?」
「そうなのか?この狐はすげぇんだな!喰わなくてよかった!」
・・・・はは。
「瑞奈、怪我はしておらんか?傷口から毒が入るといけないぞ」
「・・・・はい。あちこち痛いのでわからないですが・・・・。少し着物と体を洗いたいので、水に浸かります」
「そうじゃな。傷がないか、しっかり調べておけよ」
「はい」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「あの、二人とも?」
「なんじゃ?」
「着物を脱ぐのであちらへ行ってくれませんか?」
「大丈夫じゃ、太吉の目はわしが隠しておく」
そう言いながら太吉の目を押さえる天狗。
「なんだよ、なんも見えねぇよ!」
「ふたりとも、あっちへ行って下さいな!!」
「・・・・・はい」
「助兵衛天狗!」
天狗を睨む太吉。
二人は島を燃やすための枯れ草を拾いに山へ登って行った。
瑞奈は血塗れの着物を脱ぐと、裸になって水を浴びる。髪も水に浸して洗い流す。
冷たい水が心地よい。
体に付いた血を洗い流し、隅々まで傷がないか調べる。
「狐白丸、背中に傷はないかしら?」
「おうん!」
「そう?大丈夫?」
「わふ、わふ!」
「ふふ、ありがとう」
着物に付いた血も洗い流し、固く絞ると、再び身に着ける。
「小さくなったから、布を巻き直しましょうね」




