140 花舞ノ章 四十三
「前に、お父に連れて行ってもらったんだ。あの礫島ってところは、魚がいっぱい取れるんだ」
天狗と、狐白丸を連れた瑞奈、太吉の三人は小さな舟で湖の沖合に出ていた。
太吉は村で蓮華とお紺と待っているように何度も言い聞かせたのだが、「あの島に連れて行ってやれるのはこの中でおれだけだ!」と言って聞かなかった。
仕方なく蓮華とお紺を残し、三人と一匹は舟で、太吉の両親が向かったと思われる礫島へ近づいていた。
「一年前に村に来た坊さんが、あの島に弁天様の像を立てたんだ!それからあそこには神様がいるから近づいてはいけないって、漁も駄目って言われたんだ」
「弁天様の像か・・・・」
天狗が下を向きながら言う。
「何か、心当たりはありますか?」
瑞奈が天狗に言うと、天狗は首を横に振った。
「弁財天はその名の通り、財運の神様。むしろ飢えに苦しむ村を救ってくれそうな気がするのじゃが・・・」
「・・・・で、その蛇の頭、どうするのです?」
天狗は大蛇の頭を抱えている。小舟は狭く、天狗が抱えていても身動き取れないほどだ。。太吉は舟の先に立っているが、かなり舟が揺れる。
「何者かがいるなら、この蛇の頭はそいつをおびき出す餌にちょうどいいからな。それに、弁財天は蛇とも縁の深い神様じゃからな」
「・・・・その坊さんとやらが、鵺を作り出した張本人でしょうか?」
「かもしれぬな。自分で作った鵺を番人にして、人を近づけぬようにした。さらに漁を禁じて、近づいた者を見せしめに沈めた・・・・。まあ、憶測じゃがな。そもそも人に鵺が作れるとも思えん」
「では、やはり人ではないと?」
「何かいるとしたら、そうじゃろうな」
「ここが礫島だ」
舟から全体が見渡せるほどの小さな島が湖の真ん中に浮かんでいる。
太吉は舟を寄せると、砂利の浜に降りる。
瑞奈は狐白丸を抱いたまま舟から降りる。天狗も蛇の頭を抱いて舟から飛び降りる。
太吉は舟を砂利の上に引き上げると、近くの木に縄で縛り付けた。
「太吉、お主はここで待っておれ。ここからはわしと瑞奈で行く」
天狗が言うと、太吉が顔を上げる。
「待ってくれよ、おれも連れて行ってくれよ!この島に何があるか知りてぇんだよ!」
「太吉、落ち着いて」
瑞奈が太吉の肩に手を置く。
「あのね、もしかしたら、ここにいるのは人ではないかもしれないの。いつ、何が出てきてもおかしくない。それに、あなたに何かあったら、ご両親に顔向けできないわ」
「でも・・・・・・」
「ここに、狐白丸を置いて行きます。大丈夫。何かあれば、狐白丸が太吉を守ってくれますよ」
太吉にそっと狐白丸を渡す。
狐白丸は太吉に抱かれたまま、大きな欠伸をする。
「狐白丸、この子を守ってあげてね」
ぺろぺろ。
「・・・・ありがとう」
「太吉、わしが指笛を吹くか、日暮れが近づいてきたらこの島から逃げろ。いいか、約束じゃ」
太吉は天狗の言葉に、躊躇したがゆっくり頷いた。
「よし、いい子じゃ。行こう、瑞奈」
「はい」
二人は島の中央へ向けて歩き出した。
「・・・・大丈夫かなぁ?あの狐の姉ちゃんとへんてこな天狗」
太吉が言うと、狐白丸はまた眠そうに欠伸をする。
「ほんとに強いのか?おまえ」
太吉はそう言って狐白丸の尻尾をそっと撫でる。
「・・・・ふわふわ」
何とも心地よい手触り。
「狐の姉ちゃんがいつもお前を抱いているのがわかるな」
そう言いながら狐白丸の尾を撫で続ける。
波音も静かで、あたりには水鳥もいない。
「・・・・でも、この辺りも魚がいないな。前はもっと魚が獲れた場所なのに」
水面を眺めながら、つぶやく。
その沖あたりを、巨大な長い影が水の中でゆらりと揺れた。
狐白丸は少し片目を開けてそちらを見たが、太吉は気づかなかった。
その頃――。
蓮華とお紺は出て行った太吉の舟を見えなくなるまで見送っていた。
「・・・・心配だけど」
蓮華が言うと、お紺は蓮華の袖をくっと引っ張った。
「わたしたちがここで心配していても仕方ありません。向こうで待ちましょう」
そう言うと小さな小屋を指さす。
「あ、はい。そうですね・・・・」
以前漁で使う網などをしまう小屋のようで、しばらく使われていないことがわかる。
お紺はそこから木箱を二つ出してくると、蓮華にそこへ座るように促した。
「・・・・幼いのにしっかりしているのね?」
お紺はそれには答えずに湖の方を見ながら頬杖をついた。
・・・・・・・。
なんだか、気まずい。
あまり小さな子と話したこともないし、どう扱っていいのかわからない。
「ええと・・・・太吉とはずっと一緒になの?」
「・・・・・・・そうよ」
「そうなんだ。幼馴染みなんだね」
「・・・・・・・・・・。」
沈黙。
・・・・ええと、も、もしかして嫌われているのかしら?
ど、どうしよう!?何もした覚えはないですけど?
「あ、あの・・・・・」
蓮華が言いかけた時。
「蓮華、だったかしら。あなた」
急にお紺が蓮華を見上げる。
「あ、はい。そうです。蓮華です!」
びっくりして背筋が伸びる。
「太吉のこと、どう思っているの!?」
「・・・・・は?」
「好きなの?」
「いや、そんな・・・・好きって、どういう?」
「あなた、おなごでしょう?男に対して好きと言ったら、愛しているかどうか以外にありますか?」
「え!?」
突然のお紺の強い物言いにたじろぐ蓮華。
「はっきり言ってくれませんかっ!」
「あ、はい!わたし、べつにたきちのこと、好きだという気持ちはないですが・・・・。それにわたし、他に・・・・好きな方が・・・・」
言いかけて一気に顔が熱くなる。
・・・・子供相手に、どうしてこうなっているのっ!?
「まぁ!他の女の目はごまかせても、わたしの目はごまかせないです!太吉があなたを見る目は、恋をしている目です!あなた、好きなお方がいらっしゃるのに、太吉に色目を使って!!」
「つ、使った覚えはないのですけどっ!?」
「じゃあなんで太吉はあなたのようなお方にっ!!くやしいっ!!」
「・・・あ、あはは。どういうこと?」
「だって、さっき、泣きながら太吉のこと抱きしめていらっしゃったじゃありませんか!」
「あ、あれは・・・・その・・・・」
「ふん!どさくさに紛れていやらしい!!」
えっ!?・・・・し、知らなかった!あれって、いやらしいことだったの!?
「ご、ごめんなさい!いやらしいことだって知らなくて!」
「もういいわ!でもこれ以上、太吉にちょっかい掛けないでちょうだい!」
「・・・・・・・はい。すみません・・・・」
気まずい空気がいっそう気まずくなった。
・・・・太吉がわたしに?
瑞奈様じゃなくて?
天狗と瑞奈は島の中央付近で、小屋を見つけた。
小屋と言うほどでもない。崖の穴に板を立てかけて、柱のようなもので支えただけのものだ。
その中に小さな祠があり、中には弁天像が置かれていた。
「ここが、聖域でしょうか?」
「そのようじゃな。じゃが、何もないが・・・・」
中へ足を踏み入れかけた瞬間、鼻を刺すような異臭が流れ出てきた。
胸が悪くなる、むせ返る匂いだった。
「何、この匂い・・・・!?」
瑞奈は袖で口元を覆う。
「瑞奈、足元に気を付けろ」
天狗に言われ、足元を見る。
「うっ!?」
瑞奈は胃の中のものを吐き出しそうになり、祠から飛び出した。
「わしが中を見てくる。そこで待っておれ」
そう言うと天狗は祠の中へ姿を消した。
あの祠の中、腐り果てた死骸で一面、埋め尽くされていた。
人、獣、魚。骨と肉と血が見わけもつかないほどに、一面に広がって・・・・。




