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ひとつ、風を結いて  作者: ひろくま


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28 風結ノ章 二十八

その時だった。

どおん!という鈍い音と共に厩の壁が倒れ、戦御体が姿を現す。

その姿は白地に黒の線が走り、赤の日の丸を背負っている。とても人に近く、流れる曲線は美しさを強調している。

「惟家に免じてあいつは逃がしてやるが、お前たちはそうはいかんぞ!霞の末子よ!」

貞基の声が響く。

「ようやく出番が来たぞ!眩耀(げんよう)氷輪紋(ひょうりんもん)翔鶴(しょうかく)!」

翔鶴は腰から太刀を抜き、構える。

「いくよ!蒼刃!!」

嶺巴の蒼刃も太刀を抜いて構える。

「さっきのおなごか!御体繰り手だとはな!」

貞基は蒼刃に太刀を向ける。

「さっきは兵どもに邪魔された!今度はそうはいかんぞ!」


さらに、翔鶴の後ろから薄い青色に白い筋の入った御体が現れる。首はないが腕と足が異様に細く、流線型で作られている。あの細い足で立っていられるとは、かなりの腕の職人が作ったものだろう。

「若、霞の末子は面妖な技を使います!わしにお任せくだされ!」

「重国!ならばそちらは任せた!」

「この瀧雨(たきさめ)はそこらの御体とは違うぞ、若造!」

瀧雨は腰の太刀を抜き、風結に一気に迫る。

「速い!?」

風結は身を下げて避けると、一気に横へ跳ぶ。

「甘い!」

瀧雨が下がる風結に間髪置かず突きを繰り出してくる。

風結も太刀で受けるが、相手の速さは御体のそれではないくらいに速い。

「なんだ、これは!?」

先ほどまでに白結丸を悩ませた重国の剣技そのまま、いや、それ以上の速さで瀧雨が迫る。

「人より御体の方が速いとは、そのようなこと、あってたまるか!」

風結に風を纏わせ、高く跳ぶ。

「なんと!?」

風結が落ちる勢いそのままに、上から太刀を振るう。

瀧雨はそれを刀で受ける。

ぎいん!硬い金属音が響き、瀧雨の足が膝から地面に落ちる。

・・・思ったとおりだ!速さを上げるために手足を軽くしているから、力押しに弱い!

「このまま押しつぶす!!」

「させるかっ!!」

風結の太刀をするりといなすと、瀧雨は地面を転がって間合いを取り立ち上がる。

『あやつ、こちらに撃たせて隙を狙ってくる!無闇に撃てば、やつの思う壺じゃ!』

「ああ、わかっている!だが、討たねば、激しい突きが来る!」

『落ち着け、白結丸!風を纏えば速さはこちらが上、力もこちらが上じゃ!』

「・・・・そうだな!やってみる!」

瀧雨は低い姿勢でこちらの出方を窺っている。打ち込もうとこちらが間合いを詰めれば、その隙を逃さないつもりだろう。

ならば、我慢比べか・・・。

風結も低い姿勢で太刀を構える。

風結と瀧雨の間に沈黙が流れる。


「蒼刃、あんたの本当の実力を見せてやろうかね!」

嶺巴は蒼刃の中で、その動きの軽さ、今までとは違う違和感のなさを実感していた。

やはり常秀の御体は間違っている。あの時の、試御体の暴走は、常秀が引き起こしたものだ。

常秀のように御体を作った経験はなくとも、慶秀亡き後も知識を蓄えてきた彦佐たち職人の方が腕は上だ。今からそれを証明してやろう!

「常秀なんかの作った御体に、この蒼刃は負けない!」

蒼刃は一気に翔鶴へ迫る。

「そう来なくては!」

翔鶴は太刀を構え直すと、蒼刃の一撃を太刀で受ける。

ぎいん!と鈍い音がして火花が散る。

翔鶴が蒼刃の太刀を撥ね退けると、蒼刃は後ろに跳んで着地する。

「軽い!そして・・・今までにないほど速い!今まで感じていた、”ずれ”がない!」

・・・これなら、孝基の羅刹にも互角以上に戦えるはず!

「いいなぇ!いい手ごたえだよ!」

「わははははは!面白い!これが戦か!戦いだ!おれの求めていた、命懸けの戦いだ!」

翔鶴が太刀を振りかぶりながら間合いを詰めてくる。

蒼刃は太刀を低く構え、翔鶴が間合いに入るのを待つ。

「試御体など、この翔鶴の敵ではない!」

翔鶴が太刀を横真一文字に薙ぐ。

蒼刃はひらりと後ろに跳んで躱すと、足をばねに一気に翔鶴めがけて前へ跳び間を詰める。

「うおっ!?」

貞基も蒼刃の御体離れした動きに驚きを隠せない。

「もらった!!」

勢いのついた蒼刃の突き!

紙一重で翔鶴が蒼刃の刃をよけ、紙一重で頬のあたりを掠める。

「ちっ!」

「外した!!」

翔鶴は間合いに飛び込んできた蒼刃にそのまま体当たりをくらわす。

「舐めるなよ!!」

「ぐはっ!!」

嶺巴の腹に重い痛みが伝わる。

「こいつ、痛いじゃないかぁ!!」

刀の柄で翔鶴の眉間を思い切り殴る。

がん!!

「うをっ!?」

貞基の頭に鈍痛が響き、くらくらと気を失いそうになる。

蒼刃はそのまま翔鶴を蹴り飛ばす。

翔鶴はそのまま砂埃を巻き上げながらしりもちをつく。


「若が危ない!御体には火だ!火矢を持て!!」

緋家の兵たちが矢先に油を浸した布を巻きつけ、火をつける。

「行くぞ!」

矢を番え、蒼刃に狙いを定める。

「撃てっ!!」

「撃つなっ!」

「何ぃ!?」

家主の惟家の御体が兵たちの前に立ちはだかる。

「惟家殿!そこをどけ!敵の御体を・・・」

「馬鹿者!我が屋敷を燃やすつもりか!」

「しかし・・・」

「わが船井一族に火を放つなら、緋家の者と言えど許さん!!」

惟家の御体は踏み潰すように足を上げる。

「うわぁ!?惟家殿、乱心!!」

叫びながら兵たちが逃げ惑う。

「こうなりゃどうとでもなれ!緋家一族、船井惟家が成敗する!!」


倒れ込んだ翔鶴に蒼刃が太刀を振り下ろす。

がきぃん!甲高い金属音と火花が散る。

翔鶴はその一撃を太刀で受け止めると、じりじりと押し上げる。

「力はこちらが上だ!」

太刀を押し合いながら、ゆっくりと翔鶴が立ち上がる。

「力だけで勝てると思うな!」

嶺巴は叫び、蒼刃を低く低く構えさせ、翔鶴の脇を狙う。

翔鶴は片腕で蒼刃の腕を掴むと、地面に抑え込む。

蒼刃は仰向けに倒れ、翔鶴がその上に馬乗りになる。

「しまったっ!!」

「これで終わりだ!!」

翔鶴が蒼刃めがけて逆手に持った太刀を振り下ろす。


風結と瀧雨はじりじりと間を詰めていく。

相手はこちらの隙を狙っている。一瞬の隙を与えれば、命取りだ。

『白結丸、嶺巴が危ない!』

「!」

白結丸がミカナの声で見たのは、馬乗りになった翔鶴が蒼刃めがけて刃を振り上げるところだった。

『白結丸、枷を外す!嶺巴のところへ走れ!』

「枷?」

『説明は後じゃ!走れ!』

白結丸が蒼刃に気を取られた瞬間を重国は見逃さなかった。

「よそ見をするとは!」

一気に風結めがけて太刀を突く。

だが、瀧雨の切っ先は風結に届く瞬間、空を切る。

「何っ!?」

手ごたえがない!

消えたっ!?

それは、翔鶴が振り上げた太刀を逆手に持ち替え、蒼刃めがけて振り下ろす間のほんの一瞬だった。

翔鶴の目の前に風結が現れ、振り下ろす翔鶴の太刀を跳ね上げる。

がきぃん!

誰もが何が起きたかわからなかった。

重国は目の前にいた風結が突如消え、五間ほど離れた先にいる。

「霞の末子!?なんだと!?」

・・・何が起きた!?

翔鶴の太刀が、がらんと音を立てて地面に落ちる。

貞基も、突如横から何かに太刀を撥ね退けられた。

嶺巴も、覚悟した痛みがまだ襲ってこないことにあたりを見渡す。

そして目の前に立つ風結に目を奪われる。

風結はそのまま太刀を振るい、翔鶴の肩に突き刺す。

「ぐあぁぁぁぁぁ!?」

貞基の左肩に痛みが走る。

「もらった!!」

風結は翔鶴の胴体めがけて太刀を一閃する。

「!!」

翔鶴は身をよじって躱す。が、翔鶴の右腕が斬られて宙に舞い、地面に落ちる。

「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」

貞基の絶叫が響く。

倒れた翔鶴へ向けて、さらに風結は太刀を振り上げる。

「若ーっ!」

瀧雨が駆け寄ってくる。が、いくら腕を伸ばしても届く距離ではない。

「終わりだーっ!!」

白結は太刀を一閃した。


「・・・なんだ、これは!?」

翔鶴を捉えたはずの一閃は空を切った。

そして周りは白い霧に包まれている。何も見えない。

・・・もしかすると、この霧!?

『白結丸、気を付けろ!何かいる!』

霧の中から小さな影が近づいてくる。その影は次第に大きくなり、姿を見せた。

「白虎!やはり!ミカナ、眠るな!」

『大事ない!こやつの妖術はおれには効かない!』

うん、そうだった!

白虎は次第に姿を変え、人になった。

「妃寐!」

青い目の白い着物の女。あの時の老江山の妖怪!確かに、斬ったはずだ!あの時、手ごたえもしっかり感じた。

『八百比丘尼か!?』

「そうだ・・・。名は妃寐。確かに斬ったのだが・・・なぜ生きている!」

『何か、人でない風が漂っておる。刀では切れぬ』

「ああ・・・・そうか・・・」

薄っすらとだが、白結丸にも見えている。禍々しい、黒い何かが妃寐から滲み出ている。

妃寐はゆっくりと口を開く。

「まだ、まだ早い・・・。今はまだ、殺してはならん・・・」

「・・・なぜだ」

「お前を死なせるわけにはいかないからだ・・・」

「この前はお前がおれを殺そうとしたではないか!」

「殺しはしない。その霊力が欲しいだけだ・・・」

「霊力?」

「風の霊力は麒麟の加護。我ら四神にも与えられなかった、特別な加護」

・・・前もそんなことを言っていたな。

『白結丸、風の力で霧を飛ばせ!』

「そうか!」

あの時ミカナがやったように、霊力を使って霧を飛ばせば視界が戻る。

「行けっ!!」

意識を集中して風結に風を纏わせる。

碧色の”気”が集まって来る。それを一気にはじけるように霧散させる。

そのまま、あたりを覆っていた白い霧が一気に晴れ、視界が戻って来る。

「・・・・眩しい・・・・」





「皆保!」

「兄上!」

「・・・母上、茂菊・・・」

皆秀は屋敷の裏口あたりに差し掛かったところで、待っていた潮と茂菊に出会った。

「皆保、また黙って出ていくのですか!?」

潮の表情は厳しい。

「母上・・・申し訳ありません。おれはやはり、職人をあきらめられません!それに、緋家に糧や兵も奪われ、それでも頭を下げ続けることに、おれはどうしても納得いきません!」

「・・・・・」

しばし厳しい目で皆秀を見つめていた潮の目が、ふっと優しくなる。

「仕方ありませんね」

「・・・母上!」

「あのいつも怖がって泣いていた皆保が、こんなに力強く自分の想いを口にする日が来ると思いませんでしたよ。ですが、次に帰って来る時は一人前の職人になってきなさい。船井にはわたしからも添え置いておきましょう」

「ありがとうございます、母上!」

皆秀は深々と頭を下げる。

「母はわかっていましたよ。嶺巴殿は皆保の嫁ではないでしょう?旅の仲間にあのような破廉恥な娘がいると皆秀の嫁選びに悪い影響があると思って厳しくしましたが、高い身分の家柄の娘であろうことは察しています。後で嶺巴殿にご無礼をお許しくださいとお伝えなさい」

「母上・・・」

「それと、皆保がいなくなって一番心配していたのは船井です。(ふみ)くらいは届けさせなさいね」

「わかりました・・・」

皆秀の胸に温かいものがこみあげてきた。

「兄上、近いうちに私が婿をとる話が出ています。お家のことは心配いりません。ミカナ殿にもよろしくお願いしますね。できればあの子だけ置いていってほしいけど」

「茂菊、そういうわけにはいかないよ。おれの旅の仲間だから」

「さあ、行きなさいな!緋家に見つかるといけないんでしょう?」

「・・・ありがとうございます、母上!茂菊、達者で!」

皆秀は再び馬に飛び乗ると、御体車を走らせた。






その夜、皆秀と白結丸、ミカナ、嶺巴は丹波の里のはずれで落ち合い、廃寺に宿をとった。

囲炉裏の火を囲みながら、干芋を炙って夕餉をとる。

「しかし、あの妃寐とかいう奴はなんじゃったんじゃろうな?」

「・・・おれの、風の力が欲しいとか・・・」

「・・・でも、今回はそいつのおかげで逃げ出せたんだろ?あそこにいた全員が眠ってしまって」

嶺巴が芋を齧りながら言う。

「それはそうなんだが・・・本当に白虎の化身なんだろうか?」

「・・・やめてくださいよ、妖怪の話など・・・」

皆秀が震えながら言う。

「妖怪と言えば、荊火はどうしたんだ?ずっと前から姿が見えないが」

白結丸が聞くと、皆秀が首をひねる。

「御体と一緒に隠れていると思っていたんですが、いなくなっていて・・・。老野坂の関あたりから様子がおかしかったですから」

・・・あの時、荊火も眠っていたとミカナが言った。もしかして、妃寐は荊火にも夢を見せたのだろうか?それで何かを思い出した?

「まあ、今は考えてもわからんことばかりじゃな」

「あの様子なら、しばらく追ってこれないだろう。少なくとも、御体を直すために一度都へ戻るだろうからな」

普段はじゃれ合いながらも、ミカナと嶺巴は気が合うようだ。

あっけらかんとした性格は似ている。

「そういえば、あの枷、とはなんだ、ミカナ?」

「ああ、そうじゃった。風結には普通よりも純度が高く大きい御霊石が使われておるのは知っておるじゃろう?」

「ああ、ミカナが同化する封魂炉のことだろう?」

「うむ。その力で白結丸とおれの持つ風の力を十倍程度に引き上げることが出来る。じゃが、普段はそんなことをしたら、白結丸の体も風結も耐えきれなくてバラバラになってしまう。だから”枷”をつけておるのじゃ」

「それであの時、自分でもわからないくらいに素早く動けた・・・。気を失いそうになったが」

「あまりに早く移動すると、血が偏って普通は気を失う。あれに耐えたのは、さすが白結丸と言ったところじゃの」

「ああ、おかげで命拾いしたよ」

ミカナと嶺巴がすり寄って来る。

「と、とりあえず、因幡へ急ごう。明日も早いから、寝るぞ!」

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