20 風結ノ章 二十
「若様!ご報告申し上げる!」
貞基はイライラしていた。
甲冑をつけて六原を出れば、戦う相手がいると思っていたからだ。なかなかその相手も見つからず、都の大路の真ん中でうろうろしているだけの状態が続いていることに痺れが切れそうになっていたのだ。
「どうした、戦うか!戦う相手がいたか!」
「いえ、違います!」
「・・・・なんだ」
明らかに顔からやる気が一瞬で消える。がっかり顔の貞基。
「若、とりあえず聞いてあげなさい」
重国が無表情のままいう。
「うむ。申せ」
手をパタパタと降って、明らかにやる気がない。
「件の妖怪変化、最期に消えたあたりが突き止められましてございます!」
「おお!」
貞基の顔にやる気が戻る。
「そこに鬼がおるのだな!よし出陣!!」
「お待ちください!」
「・・・なんだ?」
「やや、困りごとが・・・・」
「・・・りゅ・・・ぼー?」
「若、楠流工房と読みます」
「わかっておる。こいつと戦うのか?」
「違います。戦ってはいけません。鬼、物の怪のことを聞きだすのです」
「よし、おれが行こう!」
意気揚々と中へ入る貞基。
「まぁた来やがったのか!?鬼も物の怪も知らねえぇってんだろうが!」
見るからに屈強な老人。その迫力は獅子のようである。
「おれは緋四郎貞基!お主に鬼について尋ねに来た!」
相手の勢いに負けじと、堂々と名乗る貞基。
「はぁ?おめぇ、おれが今、知らねえって言ってんのが聞こえなかったのか!?」
「・・・・ええと・・・・」
結局、相手の迫力に押される貞基。
「若、ここで負けては兵たちに示しがつきませぬぞ」
「お、おう!」
重国の言葉に、姿勢を正して老人に向き直る貞基。
「この辺りで鬼が出たとか、妖怪が出たとか噂になっている!その物の怪を退治しに来た!」
「だから、知らねぇって言ってんだろう!この辺で鬼なんて、うちのおっかくらいだ!」
「なんか言ったかい?あんた・・・」
いつの間にか老人の背後に、これまた屈強な老婆が・・・。
「あ、いや・・・え・・・と・・・」
さすがの老人も老婆の迫力に言葉を詰まらせる。
そこへ、貞基がずいと前へ出る。
「そうか!鬼とはお主か!いざ、この貞基が退治してく・・・!!」
「・・・痛い・・・」
貞基はあっという間に老婆に殴られて外へ放り出された。
「若、あれは鬼ではありません。鬼嫁です」
「・・・鬼嫁とは鬼ではないのか?」
「鬼嫁は鬼ではありません。鬼のような嫁です」
「くそう、ややこしい!」
「若、ご報告申し上げる!」
先ほどの兵がまた貞基のところへやって来て、片膝をつく。
「・・・なんだ、またお主か。もう鬼嫁はいらん」
「若、話はちゃんと聞いてあげなさい」
重国はいたって冷静だ。
「・・・ふん、申せ」
「はい、紅羽様たちが御体と兵を連れ、西へ向かったとの知らせあり!」
「なんだと!?」
貞基の頭の中で考えが巡る。
「重国!」
「はい?」
「紅羽姉上たち、温泉でも行くのであろうか?」
その場の兵たち全員がため息をつく。唯一重国は無表情を変えない。
「若、兵と御体を連れて温泉に行く大馬鹿者がこの世のどこにいますか?」
「ならば、何だ?」
しばらく考え込んだ貞基は、何かにひらめき、ぽん、と手を打つ。
「紅羽姉上たちはおそらく、霞の子の行方を掴んだのだ!それで兵たちを連れて追討に行くに違いない!」
「まあ、そっちの方が尤もらしいですな」
「そうだ!そうに違いない!我々も後れを取るわけにはいかぬ!特に時千代には!そして紅羽姉上を嫁にもらう!」
「若、妖怪変化はもうよいので?」
「そんなものはおらん!行くぞ!続け!!」
深いため息をつく兵たちと、やはり表情をぴくりとも変えない重国だった。
その頃、重蔵は玄関に塩をまいていた。
「もう緋家の追っ手が来たとはなぁ・・・」
「あの子たち、大丈夫かねぇ?」
きみも心配そうに言う。
「やれるだけのことはしてやったさ。こっからはあいつら次第だな」
白結丸たちは馬で御体車を引き、街道を進む。
御体には布をかけ、綱で縛り、荷と見せかけている。が、あまりに大きいので通り過ぎる人たちは皆じろじろと見ていく。
「街道を進むのは人目が多いな」
「じゃが、これだけ大きな荷車じゃと、山道には入れん」
白結丸とミカナは風結の御体車を引く二頭の馬にそれぞれ跨る。
都から西へ向かう街道。この先、丹波を通り、因幡へ至る。
皮肉なことだが、この街道は宗明の乱の頃、孝基が西国遠征したときに、御体車を通すように整備したものである。今では山陰だけでなく、四国や九州からも人の往来が多くなっている。
「だがこの先の、老江山に老野坂の関所がある。御体を引いて関所は通れないからな。どこかで山道に入らないと」
「そうじゃな。馬も休ませないと、ずっと上り坂じゃから」
前にいる嶺巴が、蒼刃を引く馬の上から指で合図をする。
「集落が見えるみたいじゃの」
「ならば、少し早いが馬を休ませよう」
一行は集落に廃屋を見つけ、囲炉裏に火を灯して夜を明かすことにした。
「この先に関所があるんだが、御体で山に入り、荷車を抱えて山を越えようと思う」
「御体で無理やり関所をぶち壊すって手もあるけどねぇ」
嶺巴、時々無茶苦茶言うなぁ・・・。
「追っ手に西へ向かっていることを知られたくないからな」
「そうじゃ。この先のことを考えても、ここは騒ぎを起こしたくないのぅ」
ミカナは冷静で助かる。
「ではこの先で山に入るとして・・・皆秀、どうしたんじゃ?さっきから震えておるが」
「あ、あの、この先の老江山、昔から鬼が住んでるって噂で・・・」
「また鬼か?どうして都の周りは鬼ばかりなんだ?」
「人が多いと、疫病や思わぬことで死んだり怪我をしたりすることがあるじゃろ?そういうことをひっくるめてすべて鬼と呼んでおるんじゃ。実際に物の怪がいるわけではないぞ。だから都のように人が多いところでは鬼の噂が多いのじゃ」
「それが、ついこの前に、楠流工房で聞いた話で・・・」
「これでは何も見えん!時千代たちを追えぬではないか!」
都を出て森に入った貞基と兵たちは、夜の暗闇で立ち往生している。
「若、先ほども申し上げた通り、夜は進めませんし、あちらもそれは同じ。朝を待つのが賢明です」
「そうか!では、待ってやるから朝にせい!」
「若、朝は誰かがするものではありません。待つと自然になるものです」
「なるほど、そういえば六原でも寝て起きたら朝だったな!」
「はい、朝は寝て待つものです」
「よし、寝るぞ!寝床を持て!」
「若、外には布団も寝床もありません。地面で寝るものです」
「なんと!それではしっかり寝れぬではないか!」
「それでも寝るのが武士でございます」
「わかった!おれも武士の子だ!寝るぞ!・・・・ぐぅ・・・・ぐぅ・・・・」
「若、そんな往来の真ん中で寝ると風邪を引きますぞ」
・・・・・・。
「皆の者、野営をして明日に備えよ!」
やれやれ、といった感じで兵たちが火をおこし始める。
重国は寝ている貞基をしばらく見つめたあと、
「まあ、よいか」
とつぶやいた。
「へっくしょん!」
貞基は朝から鼻を垂らしている。
「重国、寒いぞ!」
「我慢なさい」
「こんなに寒いと戦えぬ!」
「では、戦うのをおやめなさい」
「うぅ、戦いたいぞ!」
「まだ、相手がおりません」
「へっくしょん!・・・ともかく、時千代たちを追いかける!」
「ですが、道が違うようです」
「何!?西と聞いたぞ!太陽が沈む方角を目指してきたから、間違いはない!」
得意気に顔を上げる貞基。
「ですが若、それは真西です。西の方角の街道に沿って普通は進みます」
「なんだと!?それでは西ではないではないか!」
「それも西でございます。それに、御体を運ぶ兵たちが森の中で難儀しております」
「よし、わかった!街道を西へ進もう!街道を持ってこい!」
「若、街道は来てくれません。こっちから行くのです」
「なんと、面倒な!仕方ない、街道へ行くぞ!ついてこい!」
「若、そちらは明らかに崖です。街道は逆でございます」
「そうか!危なく敵の罠に引っかかるところであったな!」
「若、敵の罠ではなく崖です。それは崖です。落ちたら痛いですよ」
「痛いのは嫌だな!仕方ない、こちらへ行こう」
「化け物が出たぁっ!!」
早朝、白結丸たちは馬の支度を整えていた。鞍を置き、固定して御体車につなぐ。二頭の馬をつないで、旅の荷物を載せる。
その時、関所の方から旅人らしき男が転げるように走ってきた。
「あんたたち、旅の商人か!?この先は行っちゃなんねぇ!四つ足の化け物が関所で暴れてるんだっ!」
・・・・あぁ、またか。
全員が一斉に頭を抱える。
白結丸たちが関所に差し掛かった時、そこはもう無人だった。
門扉も開いており、勝ち誇ったように荊火が「通さん!」と言っていた。
「通さん、は相手が言うことだろ?」
「通さん!」
「あたしたちが通っちゃったねぇ」
「いいんですか?通行料とか払わなくて・・・」
皆秀がおどおどしながら門をくぐる。
「まあ、ええじゃろ」
動じないミカナ。おかしそうに笑みを浮かべる嶺巴。女は強い。
「追っ手が来るだろうから、先を急ごう!」
「おっと!そうはいかねえぜ!」
不意に声がする。
「なんか出たようじゃな」
ミカナが他人事のように言う。
道の先には、毛皮をかぶった筋骨隆々で髭を蓄えたむさくるしい男が立ちはだかっている。
「おーい、白結丸!盗賊だ!」
嶺巴が声を上げる。
「ね、言ったでしょ!怖い盗賊が出るんですよ!」
皆秀が悲鳴に近い声で言う。
「あれが都で恐れられている、大盗賊荒熊ですよ!」
すると、森に隠れていた盗賊たちがわらわらと姿を現す。
「多いな・・・」
白結丸も馬を降りて嶺巴のところへ来る。
「・・・ざっと百人ってとこだね」
「嶺巴はミカナと皆秀を守ってくれ。おれと荊火で片づける」
「承知!」
白結丸と嶺巴は腰の刀を抜く。
「この大盗賊荒熊さまに敵うとでも思っているのか!」
「親分、なにやら変なものがいますぜ!」
野盗の子分が荊火を指して言う。
「・・・なんだ、ありゃ!?・・・まぁいい、とっ捕まえて売り払え!いくぞ!!」
野盗たちも一斉に刀を抜いた。
峠へ向かう長い上り坂を進むと、開けた平地があり、そこに街道を塞ぐように門が建てられている。
そこが老野坂の関所である。
もともと、山城と丹波の国堺に建てられたもので、荷や人の通行料の徴収、逃げた罪人の捕縛、守護や地頭の支配のための監視としておかれている。戦や圧政から逃れるため、都から逃げ出す者も多く、その取り締まりも兼ねていた。
「姉様、あそこが老野坂の関所です」
伊佐が先を指す。
「長い上り坂でしたから、そこで御体を引く馬を休ませましょう」
「・・・・紅羽姉様、様子がおかしいですよ」
先を凝視していた時千代が紅羽を見上げて言う。
関所の門が見えてきたが、あたりに人の気配はない。
「まさか、人隠し!?老江山には昔から鬼の類が出るというし・・・」
伊佐が言うと、時千代が紅羽にしがみつく。
―――怖がる時千代、かわいい。
「何か怖いですね、紅羽姉様・・・」
「大丈夫だ。兵たちもいるし、御体もある。」
紅羽は時千代に力強く返し、後ろに続く兵たちに振り替える。
「この先、様子がおかしい!じゅうぶん、敵に備えよ!」
おう!
兵たちが返す。だが、この上り坂続きは疲労がたまっているようだ。
―――できれば馬も兵も休ませたいが・・・。
「姉様!この先で、荷を積んだ商人が賊に襲われています!」
「何!?」
「助けましょう!紅羽姉様!」
「兵ども!この先に盗賊だ!退治するぞ!」
「おう!」
と、返事はいいが、上り坂続きではぁはぁと息を切らしている。
「・・・・時千代、金冠の中でいつでも戦えるようにしておきなさい」
「はい、紅羽姉様!」
紅羽は時千代を下ろすと馬を走らせて前へ出る。
前には、大きな荷車が二つ、その前の方から斬り合う音がする。
「行くぞ、伊佐!」
「承知、姉様!」
疲れを知らない荊火は、次から次へと両腕の鎖で山賊たちを叩きのめしていく。盗賊たちはこの異様なものとの戦い方を知らず、一方的にやられていく。
白結丸は親玉の荒熊と対峙していた。荒熊の振り回す薙刀のせいで、間合いをなかなか詰められない。
とりのがした盗賊たちは確実に嶺巴が片づけていく。
「どりゃあ!」
荒熊が白結丸目掛けて薙刀を突き出す。
白結丸は風を纏って、真上に飛び上がる。そのままふわりと木の枝まで跳ぶと、枝を蹴りばねにして荒熊めがけて落ちてくる。
「ええい!」
勢いをつけた白結丸の一閃を、荒熊は薙刀で受ける。が、荒熊の薙刀は二つに斬れた。
「くそう!」
荒熊は折れた薙刀を捨てて背中の大刀を抜く。
白結丸は地面を蹴ると、一気に荒熊の間合いに入る。荒熊は大刀で白結丸の一撃を受けると、自慢の怪力で白結丸を弾き飛ばす。
白結丸はくるりと身をひ翻すと、地面に着地する。
そこへ、伊佐がたどり着く。
「大丈夫か!?助太刀いた・・・・白結丸!?・・・様?」
「あ・・・緋家の娘・・・」
「・・・え、と、伊佐と申します」
「伊佐か!とりあえず、こいつを何とかしたい。手を貸してくれ!」
・・・やっぱり会えた!しかも、名前を呼んでもらえたぁ!
「来るぞ!」
荒熊の上からの一振りを、二人は左右に跳んで躱す。
・・・どうしよう、白結丸様と一緒に盗賊退治してるっ!
ばったばったと次々に盗賊たちを斬り倒しながら、伊佐は頬がどんどん熱くなるのを感じていた。




