0-02 赤月ノ章 二
ふたりはその後、近くの川で自分たちの体と馬についた返り血を洗い流す。
これが恒例だった。
宗矢は褌姿になると、川へ飛び込む。夏の蒸し暑いこの時期は特段に気持ちが良い。
水で流しても体に付いた死臭と血の匂いまでは消えないが、もう鼻が慣れてしまった。
「お前も脱げばよいではないか。おれ以外に誰もいないぞ?」
「そういうことではありません。おなごの嗜みです」
そう言うと、澄乃は馬に付いた血を編んだ藁で洗い流す。
「・・・・そういうものか?何か・・・・つまらんな」
「そういうものです!」
澄乃が怒った顔を向ける。
その時、澄乃が遠くに何かを見た。
「殿、あれ!?」
空を指さす。
黒い煙が立ち上り、青い空に漂っている。
「何か、燃えているな・・・・」
風に乗って焦げ臭い匂いが届く。
「さっき、通った辺り・・・・・」
「八反の爺の所か!?火事かもしれない!」
「行ってみましょう」
「野盗でなければよいが!」
宗矢はそう言うと、濡れた着物をそのまま羽織って馬に飛び乗った。
風葬地である三埋野には、野盗も珍しくない。
死人の装束を剥ぎ取ったり、持ち物をあさりに来る。何も得るものがないと、畑を荒らしたり子どもを攫ったりして、集落に火をつけて逃げる。酷いときには死人が出ることも当たり前にある。
「この木を切られたら、秋に献上する柿の実が取れなくなります!」
「うるっさい!邪魔をするな!」
役人らしき男が三人、街道沿いの家を壊し、道端の木を切ろうとしている。
「おい、なんだこれは!?」
宗矢が馬の上から声をかける。澄乃も後ろにつく。
「ああ、殿っ!来て下さったか!」
爺が膝をついて頭を下げる。
「お前たち、都の役人か?人の領地で何を勝手している!?」
「邪魔をするな!我らは六原様からの言いつけで、この道を広げておるのだ!」
「なるほど、それなら仕方あるまい!」
宗矢が腕を組んで頷く。
「殿っ!?」
澄玲が宗矢を見る。
「ああ、勘違いするな。こいつらを叩きのめすことが、仕方ないということだ」
宗矢は刀の鞘で男の鳩尾を突いた。
「ごふっ!?」
男は奇妙な声を上げて腹を押さえてしゃがみ込む。
そのまま宗矢はもう一人の頭に刀の鞘を振り下ろす。
がんっ!!
「がはっ!?」
残る一人!
は、すでに澄乃の拳が顔面に食い込んでいた。
「ふん!」
澄乃は眉間にしわを寄せたまま、赤くなった拳を痛そうに振る。
「おお、怖い・・・・」
「茶化さないでください」
「く、おまえら、三埋野の領主と言ったな・・・・霞家の小僧だな?」
役人が苦しい声で呻く。
「おう、だったらなんだと言うのか?」
ニヤリとしながら宗矢が言う。
「ああ、もう手遅れだ・・・・孝基様が、着いてしまった・・・・」
男が指さす方に、大きな荷車を引いた一団がこちらへ向かって来るのが見えた。




