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ひとつ、風を結いて  作者: ひろくま


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風結ノ章 二

「で、なんで天狗とお蓮が一緒なんだ?」

白結丸が支度を終え、山城への道を歩き始めた。

「だれもお主一人で行かせるとは言うておらんぞ」

「旅だって食事とか洗濯の世話は必要でしょ」

「・・・・」

白結丸は一人きりの武者修行だと思っていたのが、お目付け役二人を連れての旅路になったのが不服で仕方ない。むすっと頬を膨らませて山道をぼちぼちと歩いていた。そんな白結丸を尻目にお蓮と天狗は楽しそうに山を下りてゆく。

「修行の旅だぞ。楽しくないし、命懸けだぞ!」

「だから、わたしたちがついていくんでしょ!」

「ちぇ、なんだよ。相手は熊だぞ!でっかくて怖いぞ!」

「天狗様がついているから白結丸でも大丈夫よね!」

「・・・もう、勝手にしろよ!」

あきらめてずんずんと早足で歩きだした。




山城の国までは歩いて三日半かかる。山城の笠木山を越えて奥山道を進む。初めて腰に差した刀が重かったが、それも頼もしく心地よい重さに感じた。

街道が通っているところは進みやすいが、目的の無首の峰(むくびのみね)まではほとんど道のない山の中を草を分けながら進むことになる。

夜は火を焚いて、川魚と持ってきた握り飯で夕餉にする。白結丸とお蓮にとっては初めての野宿。お蓮は寝られるわけもなく、うとうとしても獣の鳴き声でいちいち目を覚ましてしまう。

「寝ておかぬと明日からの山道がつらいぞ」

「天狗様はいつ眠るの?」

「昼間、歩きながら寝ておる」

・・・さすが、天狗。お蓮は本気で感心した。

「・・・それにしても・・・」

すやすやと眠る白結丸にもお蓮は感心した。ほんとに旅は初めてかしら?

「白結丸は武家の大将の血を引いておる。わしが若い頃に仕えた若殿にもそっくりだ」

「へえ、天狗様の若い時の話、聞きたいな」

「・・・そうか?仕方ないの。・・・あれは今を去ること十三年前・・・」

天狗は枯れ枝を焚火にくべて、空を見上げる。懐かしい光景が頭の中に流れて、自身の若かりし頃を頭の中に並べていた。霞家の剣術指南役として初めて霞屋敷の敷居をまたいだこと。大殿に気に入られ、御曹司の付き人として刀を振るう技を教え込み、弟のようにいつも感じていた。すべてが懐かしい。遠く離れた地で達者で暮らしているだろうか?さあ、長く紆余曲折のある人生、どこから話したものか・・・。

「すう・・・すう・・・・」

「・・・・寝てる・・・・・・・」

じわりと泣きたくなった。


翌日、三人は宇治に着く。

茶の生産が盛んで、街道沿いには茶を挽く香りが立ち並ぶ。ちょうど春のこの時期には新茶の香りがいっぱいに立ち込めていた。

「わあ、いい香りー!」

「この辺りは昔から茶畑が多くてな。決して賑やかな土地ではないが、貴族もここへ茶を買い付けに来るらしい」

茶は庶民では買えない高級品で、貴族でも特別な日や春の茶会でしか茶を淹れることはない。

当然一行としては香りを吸い込むにとどめるしかなかった。

街道を進んでいくと、向こうから数人の武士らしき者たちが歩いてくる。

「・・・隠れよ」

天狗は傘を深くかぶり、白結丸とお蓮を物陰に引っ張り込む。

「どうした?」

「都の役人だ。誰かを探している」

役人たちは三人。その中の一人が街道の真ん中で立ち止まり、一番人の多い場所で「皆の者!」と声を上げた。

「我らは緋家直属の検非違使である!我らは御体を操る山賊の行方を捜しておる!何か木津浮いたことあれば、申し出よ!」

「・・・御体?御体ってなんだ?」

白結丸が小声で天狗に聞く。

「人が操る鬼のようなものだ」

「鬼?」

「・・・なぜ、山賊が御体を?」

「・・・とりあえず、ここを離れるぞ」

天狗は二人を連れてその場から逃げ出した。


その夜は宇治の町はずれの廃寺で寝ることにした。小さな山寺で、相当古いもののようだった。本尊はすでになく、仏像も見当たらない。本堂以外の建物もないことから、建てられてすぐに廃寺になったようだ。

「御体というのはな、人が操る鬼のようなものだ」

あたりが暗くなって静まり返った頃、急に天狗が話しだした。

「・・・それは聞いた」

白結丸は天狗に見慣れているからか、火の明かりに照らされた天狗の面を見ても怖くなさそうだが、お蓮は怖さで震えている。

「ひ、人が操るって・・・?」

「有無、その身の丈は大人の三倍ほど、首はなく・・・ずぅん・・・ずぅん・・・と地面を響かせながら歩く。そして腕の一振りで一度に何十人もの人を弾き飛ばし、何十人もの人を踏み潰すのだ」

「ひぃ・・・!」

お蓮は思わず声を上げる。

「でも、人が操るんだろ?物の怪と違うのは、人の言うことを聞くってことだ」

白結丸はいたって冷静に聞いている。お蓮はその横顔を見ていっそう頼もしく感じた。

「まあ、人が操るならやりようもあるさ。それに山賊だろ?おれたちみたいな子供や天狗を襲うなら、もっと金持っていそうなやつらを襲うだろう?」

「まあ、そうだな。明日も早く立つ。ここなら安全だ。今夜は俺も寝る。早く寝ろ」

天狗はそう言って横になった。

二人は顔を見合わせてそれぞれも横になったが、お蓮はやはり怖くてなかなか寝付けなかった。

・・・・。

夜の静けさの中、どこかでカタカタと小さな音がする。

・・・何だろう?この音?

・・・・カタカタ方・・・・。

お蓮は怖くなってぎゅっと目を瞑る。・・・・カタカタ方・・・・。

・・・怖い・・・・。

「・・・怖い・・・」

・・・・怖い・・・。

「・・・怖い・・・」

・・・ん?

「・・・怖い・・・」

「・・・・白結丸様、怖いの?」

「・・・怖い・・・・」

カタカタと震えていた。

「・・・・もう!かっこいいと思って損した!」

馬鹿々々しくなってそのまま寝てしまった。


・・・・ずうん・・・・ずうん・・・・。

なんだろう?

・・・・ずうん・・・・ずうん・・・・。

お蓮は聞こえてくる地響きのような音に目を覚ました。

他の二人は寝息をたてている。

ずうん、という音は外から聞こえてくる。まだ外は暗い。夜中のようだ。

お蓮はゆっくりと身を起こすと格子戸の先に目を凝らす。境内の先には街道が横切っており、じっと目を凝らすと暗闇の中に数人の人の姿が見えた。だが、その中に明らかに人ではない大きさの何かが、ずうん、ずうん、という巨大な足音を立てて歩いていく。

あれが・・・御体・・・。

首がないと言っていたが、首はちゃんとあった。月明かりに映る姿を見る限り、鎧武者の姿をしている。

と言いうことは・・・山賊!?

ひぃつ!

と声を上げかけた瞬間、お蓮の口は手で塞がれた。

「静かに・・・」

「・・・天狗様・・・」

「山賊だな。こんな街道の街中までやって来るとは・・・」

しばらくすると、ずうんずうんという音も聞こえなくなり、山賊はそのまま行ってしまったようだった。

「・・・もう安心だ。お蓮、眠れるか?」

「はい、眠ります」

「よし」

天狗はお蓮の頭をなでる。二人は再び横になったが、お蓮はやはりなかなか寝付けなかった。

天狗は寝たのかしら、と天狗を見たが、面越しに寝ているかどうかわからなかった。


・・・寝るときも面をつけているのね・・・。暗いところで見る天狗、やっぱり怖い。




「おはよう、お蓮。天狗は?」

白結丸が目を覚ますと、お蓮が囲炉裏の炭で湯を沸かし粥を作っているところだった。天狗の姿は見えない。

「おはようございます、白結丸様。天狗様は町へ昨夜の山賊について調べに行ったよ」

「昨日・・・いや、昨夜の?」

「うん、昨夜夜遅くに山賊がすぐ前の街道を通ったの。5人くらい。で、御体っていう鬼も一緒だった。怖かったよ」

「・・・そうか、山賊が・・・」

あれだけ震えるほど怖がっていたのに、あの地鳴りでも起きないのは白結丸の特技・・・とお蓮は思うようにしている。

天狗が戻ってきたのは二人が朝餉を済ませて少し経った頃だった。

「山賊に、緋家の役人たちが殺されたらしい。今朝、宇治橋の上で昨日の役人が三人とも見つかったそうだ」

「そんなこと・・・役人が簡単にやられちゃうなんて」

「御体を操る者がいれば、役人だろうが武士(もののふ)だろうが関係ない。腕一振りで命を失うのだ」

天狗は面の口元に空いた穴から粥をずるずると流し込み(器用だなあ、とお蓮はいつも感心している)、すぐに出立の支度をするように二人に言った。

「いずれにせよ、関わりたくない相手だ。今から立てば夕刻には無首の峰の麓の村落に着けるだろう。急ぐぞ!」

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