12 風結ノ章 十二
「ふははっははっ!!」
信典が突然狂気じみた笑い声をあげる。
「何か、おかしいこと言ったかい?」
嶺巴が眉を顰める。
「当たり前だ!こっちには人質がいるんだぞ!」
「・・・人質?」
ああ、そういえば皆秀が縛られていたっけ。
「これ以上下手な真似をすれば、こいつには死んでもらう!」
信典は刀を抜き、皆秀の首に当てた。
「ぐぅう!むぎゅう!!」
「好きにしろ!行くぞ!!」
「おーっお、おおい!?待て待て待て!!!」
「なんだよ、面倒な奴だな・・・」
白結丸が呆れ顔でいう。
信典はひどい冷や汗をかいている。
「人質を見捨てるやつがあるか!!人でなしめっ!!」
お前が言うかぁ・・・。
「しょうがないねぇ。いいかいあんた、そいつを殺したら遠慮なくあたしたちはあんたを殺す!そいつを殺さないなら安心してあんたを殺す!それだけだ!」
「ぐうっ!」
ぎりぎりと歯を食いしばる音がする。
「ぐぅっ!?ふがふがっ!」
皆秀が抗議をしているようだが・・・何を言っているかわからないので割愛。
「さあ、どうする!?」
嶺巴が信典に切っ先を向ける。
「ふっ、ははははっははははははっは!」
「またあたし、おかしいこと言ったかねぇ?」
「このおれ、佐伯信典が何の備えもなくここへ来ていると思ったか!!」
信典は急に踵を返すと、楼閣の闇の中へ走っていった。
「逃げてっちゃった・・・」
嶺巴は皆秀の猿轡をほどく。
「はあぁ、嶺巴さん、白結丸殿、罠だっ!」
ずぅん・・・ずぅん・・・ずぅん・・・ずぅん・・・。
「御体か!?」
白結丸は楼閣の闇に向かって刀を抜いて構える。
「ひぃっ!!縄をほどいてくださぃぃぃ!!」
「来るぞ、嶺巴!!」
嶺巴も姿勢を低くして抜刀する。
闇の中からその姿を現す。風結や蒼刃よりやや小型だが、人の倍ほどある背丈。
赤く塗られた鉄の鎧は夕焼けにより赤くkが焼いている。
「驚いたか!これぞ紅衛鎧”二式”!御体を用意していたとは思うまい!!」
誇らしげな信典の声が響く。
「・・・たしかに御体があるとは、ちょっと厄介だね」
「・・・ほ、ほどいてぇー!」
信典は朱色に塗られた御体を走らせ、白結丸目掛けて突進させる。
右腕の一振りを白結丸は跳んで躱す。
嶺巴が跳び込んで一閃するが、堅い装甲に弾かれる。
「おおおおおお?」
手にびりびりと痺れが走る。
「ふははっは!どうだ、戦のために作られた中型御体だ!人の力では倒せまい!!おれは痛くも痒くもないぞ!」
二式ははお構いなしに腕を振りまわす。
壁の上に飛び乗る白結丸を狙って拳を叩きつける。
間一髪で避けた白結丸の足元で、壁が粉砕される。
「どこまで逃げられるか?」
動きの速さは二人が上回るが、御体の装甲は鉄壁で、斬撃は表面を掠るだけで、繰り手の信典にも痛みは通らない。
「なんだよあいつ、堅すぎて傷がつかない!」
「落ち着きな、白結丸!あいつ、動きが鈍い!鉄の重みで早く動けないんだ!」
「わかった、避けながら弱点を探そう!」
二人は二手に分かれて攪乱する。
「くそう、ちょろちょろと跳ねおって!」
二式が拳を振るうたびに、瓦礫が皆秀の頭上に降り注ぐ。
「ひいぃいいい!ひゃああぁあぁ!死ぬぅ!死んじゃうぅ!」
縛られたまま、皆秀が身もだえする。
「皆秀っ!!」
その声の方を見ると、中庭の入り口に立つ、重蔵。
「親方!?」
「何だこりゃ、どうなってる!?」
「親方ぁぁぁぁぁ、助けてぇええええ!でもぉ、こっち来ないでぇぇ!危ないからぁぁぁぁ!!」
泣き叫ぶ皆秀に、重蔵が吼える。
「どうしろってんだよ!?とりあえず、行くから待ってろ!!」
重蔵が皆秀に向けて一気に駆ける。
「嶺巴!重蔵だ!重蔵がいる!ここから御体を引き離す!」
「承知!」
二人は御体の注意を引きつけ、重蔵と皆秀から遠ざける。
瓦礫をよけながら、重蔵は皆秀のところへたどり着く。
「今、ほどいてやる!」
「親方ぁあああああ!うわぁああああぁ!」
「情けねぇ声出すな!力が抜ける!」
だが、堅く縛られた縄は、なかなかほどけない。
「くそっ、堅い!何か斬るもんでもありゃ・・・」
「親方ぁ、もういいですよぉう。危ないから逃げてぇ!」
そうこうしている間にも、瓦礫のつぶてはひっきりなしに飛んでくる。中庭を囲む、高い壁がグラグラとし始める。
「白結丸、壁が倒れそうだよ!気を付けて!」
「このまま御体が暴れたら、羅城門が崩れる!急ぐぞ!」
とはいえ、飛び回る二人にも疲労の色が出る。
「建物の中へ誘導しよう!」
二人は羅城門の楼閣の中へ飛び込む。
「逃がすかぁ!!」
信典の二式も、二人を追って建物の中へ消える。
「あの二人が時間を稼いでくれた!ほどくから待ってろ!」
「うへぇぇぇ・・・親方ぁ、ありがとうございますぅ・・・」
涙と鼻水を垂らす皆秀。
「でかいくせにめそめそすんじゃねえよ!そういうとこを直せってんだ!」
楼閣の中の柱を縫って、白結丸と嶺巴は二式を威嚇しながら走り回る。
「ちきしょう、めんどくさい奴らだ!!」
信典は半狂乱で、あたりかまわず拳を振るう。
柱が砕け、壁に穴をあけ、羅城門が次第にギシギシと悲鳴をあげ始める。
「嶺巴、そろそろ限界だ!」
「何とかこいつを倒す方法・・・!考えろ、あたし!」
御体の振り回す腕の間をすり抜けながら走り回る。
時折刀の一閃を与えるが、御体にはほとんど効いていない。
「くそっ!」
ふと天井を仰ぐ。
羅城門の広間は四隅と中央に太い柱がある。二階より上は吹き抜けになっていて、柱に沿うようにらせん状の階段が作られている。が、そのいくつかは壊れ落ちている。
「壊れ落ちている?」
嶺巴が御体と距離を取り、向き合う。
「嶺巴!?」
「信典!!あんたはさっきから腕ぶん回すしか能がないみたいだけど、動きが鈍すぎてあたしたちを捕まえるにはてんで話にならないね!!」
「何だと!?」
「ここだよ!逃げないから、捕まえてごらんよ!できるもんならね!!」
「ふざけるなあっ!!」
二式は嶺巴目掛けて突進する。
「来た!」
「嶺巴っ!!」
二式が嶺巴を捕まえようと手を伸ばす瞬間、嶺巴は跳んで躱す。
二式はそのまま勢いを殺せず、嶺巴の後ろにあった中央の太い柱に衝突する。
「白結丸!外へ逃げるよ!」
二人はそのまま中庭の方へ走り出す。
「逃げないと言っただろうがぁ!!!」
信典が叫ぶと、二式がぶつかった中央の柱がメリメリと音を立てて倒れ始める。
「はい!?」
折れた柱は二式の上に倒れてくる。
ずぅうううううん!!
轟音を立てて柱が倒れ、羅城門の楼閣が二式の上に崩れ落ちてくる。
「うわぁあぁああああああああ!!!」
「くそう、ほどいてもほどいても結んでありやがる!!」
重蔵はまだ縄と格闘していた。
「・・・なんか、変な音がしますよ・・・」
「そんなこと、言ってる場合か!?」
後ろを見ると、羅城門の楼閣が音を立てて崩れ始めた。
「ひいぃぃっ!?羅城門が、羅城門が崩れるぅ!?」
「ちきしょおおおおおおおめおえいぃぃぃぃぃ!!!」
重蔵は怒声を上げると、皆秀の縛られている杭ごと引っこ抜いた。
「ぐおおおおおおおおおおおっ!!」
「ひぃっ!?親方ぁ!!」
重蔵は丸太ごと皆秀を担ぎ上げると、一目散に走る。
砂塵の中、白結丸と嶺巴が飛び出してくる。
「逃げろ逃げろ逃げろ!!」
嶺巴が叫ぶ。
その時、白結丸のまわりを風が渦を巻きするっと抜けた。その風は誘うように漂い中庭の角の一角に集まっていく。
「こっちだ!!」
白結丸は重蔵と嶺巴を引っ張ると、瓦礫の炭に転がり込むと同時に、ずどおおん!!という轟音の後、強烈な風が瓦礫を巻き上げながら通り過ぎる。視界が消え、細かい礫がバシバシと飛んでくる。
「ひぃいいいいいい!?」
丸太に縛り付けられた、皆秀が暴風に吹き飛ばされる。
「皆秀ーーーーーっ!?」
重蔵が叫び、手を伸ばす。白結丸と嶺巴も手を伸ばすが届かない。
「うわっ!?」
砂塵が三人の視界を奪った。
そして訪れた静寂。
一同が顔を上げると、あたり一面瓦礫の山だった。
脆くなっていた高い壁はすべて崩れ、小高い山となって一面に広がっていた。
羅城門の楼閣はすっかり形を失い、土と木のかけらが高く積もっていた。
「みんな、生きてるかい?」
嶺巴の声がする。
「おれは大丈夫だ」
白結丸が瓦礫の中から立ち上がる。
「皆秀は!?」
重蔵も砂だらけであたりを見渡す。
「・・・・・・・ぉーーーーぃ!」
「・・・皆秀の声だ!」
「お、おい、あそこ!」
瓦礫の上に鎖で巻き付けられた丸太と皆秀、その鎖の先は・・・あの小御体。
「・・・通さん!」
「はぁぁぁぁ・・・・」
全員が安堵のため息を漏らしてその場にへたり込んだ。
「ほどいてぇくださぁぁいぃ!!」
「こいつがおれを助けてくれるなんて・・・」
ようやく解放された皆秀が、小御体を見つめる。
「こいつなりに恩を感じていたのかな?」
白結丸が言うと、小御体は敵意丸出しの顔を向ける。
「な、なんだよ!?」
「通さん!」
「それしか言えないのか?」
「通さん!」
「通らん!!」
ぎぎぎぎ!二人は睨み合う。
「それはそうと、どうしてここに重蔵が?」
「ああ、これだ・・・」
佐伯から届いた石文を見せる。
「ははん、重蔵、破門したくせに、弟子が気になって仕方なかったんだねぇ」
嶺巴がにやにや笑いながら言う。
「そ、そんなことねえ!こいつは御体匠になりてえんだから、木工職人のおれとは道が違うって言ってんだ!」
「・・・親方・・・・」
涙目の皆秀がじっと見上げる。
「お。おい。そんな目で見るんじゃねぇ!やめろ、くっつくな!」
「あらまあ、素直じゃないねぇ。職人ってのは、まったく」
「これだけ騒いじまったから、すぐに緋家の追っ手が来る。あたしたちは一度引き上げるよ。皆秀、あんたはどうする?」
「・・・どうするって?」
皆秀はキョトンと嶺巴を見る。
「せっかく、重蔵が命懸けで助けに来てくれたんだよ。御体匠になるのは、木工を極めてからでも遅くないと思うけどねぇ」
「・・・・・」
「おれたちが必要なのは御体匠だ。職人じゃない。それに、今回みたいにいつ緋家と戦うことになるかわからない。いつでも戦えるような備えが必要なんだ。」
「そうだね。あたしも、できるかどうかわからない職人じゃなくて、御体匠に命を預けたいよ」
「あんたたち・・・・。ありがとう。いつか、立派な御体匠になる!その時、あんたたちの御体を直させてくれ!」
皆秀が袖で涙を拭う。
皆秀は二人に一礼した後、重蔵を追いかけて夜の中に紛れて行った。
「待ってください!!親方!!」
皆秀の声だけが残った。
「さて、白結丸。完全に振出しだね」
「結局、羅城門を壊しただけだったなぁ。疲れた」
「違いないね」
二人は暗くなった夜の街道を歩き出す。
「で・・・・・・・」
嶺巴がちら、と後ろを見る。
「何であの小御体はこっちについてくるんだい?」
「・・・・・・」
二人の後ろにはガシャガシャ歩く四本足がゆっくりついてくる。
「・・・・通さん」




