第32話 偽りの戦火 3 反抗の焔(ほむら)
中々、更新が遅く申し訳ありません。スフィーティアがブーレイの首都ベーリンで遭遇する独裁国家の理不尽な状況を描いたエピソードです。
剣聖スフィーティア・エリス・クライは、ブーレイ首都のベーリンにいた。
そこでは、どんな出鱈目な嘘でも戦争遂行のために使われていた。
そもそもミーシア戦争に戦争と言う言葉は使われず、あくまで「内乱」で通していた。ブーレイ政府は、ミーシアを独立国家と認めず自国領の一部と主張していたのだ。各地で激戦が行われ、無謀な攻撃で死傷率も高かった(そもそも最初の電撃戦に失敗している)が、当初こそ抗議行動が見られたものの、治安組織の容赦のない弾圧と監視の強化で反対の声を抑しつぶした。実際は、大量の兵力を失い苦戦していたが、戦闘は優位に進んでいる(実際に占領地を遅々とだが広げていた)と報じた。動員も、国境警備や治安維持の名目で動員し、戦地送りとなった。動員の仕方は強引で、路上で適齢の男性を見つけると連行されるように連れて行かれた。そして碌な訓練も受けずに戦地に送り、突撃兵とした。負傷兵も碌な治療も無く再度戦場送りとなり囚人も刑の免除をチラつかせ激戦地に送られた。恐怖とプロパガンダの前に国民は黙るしかなかった。また、直接戦争による悪影響が、貧困化など生活に及ばなければ、命を懸けてまで反対の声を上げる国民などはいなかったのだ。
一部の反政府組織を除いては。
スフィーティアは、一人ベーリンの街を歩いていた。
ベーリンはレンガ色や朱色の大きな建物が多く建ち並び、美しい街並みの大都市だ。南部のジュースほど歴史は古くないものの、カラフルで玉ねぎのような塔を持つ寺院など様々な民族の交流の歴史を感じさせる。ブーレイの北東部の内陸に位置し、内海に面するジュースよりも、気温は低下する。今は吐く息も白くなる季節だ。
ベーリンは、肌が色白で金色の髪の女性も多い。すれ違う女性は、集団で歩いていた。スフィーティアは、ここでは特に変装はしなかった。ただ、金色の髪をアップにし、茶色の毛皮の帽子を被り、服装はいつもの剣聖の白いロングコートの正装ではなく、灰色の目立たないコートに茶色のブーツを合わせていた。それでも、その美しさは隠せず、一際目立っていたのだが。
スフィーティアは、ベーリン中心部の赤い寺院が並ぶ広場から離れた人気の少ない街区を一人歩いていた。ここは、ダウンタウンでゴミなども散らかり、野良犬などがゴミ箱を漁っている。浮浪者も多く見かけ、とても治安が良いとは思えない街区だ。歩いているのは、身なりの粗末な者や柄の悪そうな男たちだけだ。若い女性の一人歩きなどいなかった。そこの男たちは、スフィーティアを見るとほくそ笑んだ。
その時一人の大柄(スフィーティアも180cmを超える長身だがそれよりも)な男がフラフラしながら歩いて来た。薄い茶色の眼が赤みを帯び、吐く息はアルコール臭が強い。眼は正気な者の眼では無かった。それは薬物を使用している者の眼だ。このアーシア世界でも、異民族の未開地域に群生する植物に麻薬のような作用をする植物があり、そこからドラッグのようなものを作り、国によっては、その使用が大きな社会問題となっているのだ。
「おっと待ちな。姉ちゃん」
スフィーティアは、すれ違い様にこの男に肩を掴まれた。
「こんな所を女一人で歩いているなんざ、正気じゃねえな。お前さん、期待しているんだろ?ウヘヘヘ」
男は、気色の悪い笑みを浮かべ、アルコール臭の口をスフィーティアの顔に近づける。
「何を?」
それでも、スフィーティアは、顔色一つ変えない。
「こういうことだよ」
男は、スフィーティアの豊満な胸を後ろから掴む。
「ウヘヘヘへへ。いい身体してるじゃねえか」
男は喜声を上げる。
それを周りで見ていた男たちが、ニヤニヤしながら近寄って来た。
しかし、スフィーティアは、冷静だ。
「手荒な真似はしたくない。さっさとその汚い手をどけろ」
「何言ってやがる、お前も気持ち良くなってきてるんだろ?」
男は、さらにスフィーティアの胸を揉みまわすが、コートの上からじゃ飽き足らなくなったのか、コートに手を入れ、顔を近づける。
「臭い顔を近づけるな」
スフィーティアは顔をそむけた。
その時だ。
『下種が、この女から離れろ!殺すぞ』
スフィーティアの胸の輝石が顔を出す。
「痛ッ!」
男の手に、激痛が走り、スフィーティアから離れた。
「何だ?今のは?何しやがった!」
「私に触れるな。痛い眼をみるだけだぞ」
スフィーティアは、何事も無かったかのようにその場を去ろうとするが、寄って来た男達に囲まれた。
「ふう」
スフィーティアが、周囲を見回す。
「退け!」
赤髪でボーイッシュに髪を短くした褐色肌の大柄な女が男達をかき分け入って来た。白い服の上に革の鎧を身につけ、腰には剣を差している。
「フェオドラ・・」
スフィーティアの胸を掴んだ男が小声で言った。
「悪いな。そいつはボスの客人だ。それにお前等が相手になる女でもないよ。さあ、散った、散った」
「チっ。わかったよ」
男たちは、残念そうに散って行った
赤毛の女がスフィーティアの方に振り返った。
「おいおい、あんたみたいな美人がこんな危険な所に一人で入ってくれば、襲ってくださいと言っているようなものだぜ」
フェオドラと呼ばれた赤毛の女が呆れたような口調で言う。
「ありがとう。助かった。待ち合わせの相手が来なかったので、困っていた」
「おーい、悪い、悪い。遅れちまった」
茶色髪で無精ひげの長髪の男が、走ってやって来た。茶色いローブを纏っており、青い騎士風の装備がチラリと視える。
アトス・ラ・フェールだ。
「遅いぞ。お前が来ないから余計なトラブルに巻き込まれただろ」
スフィーティアは不機嫌だ。
「それは、俺のせいじゃないだろ。お前が男どもを魅了するんだよ」
「そんな気はない。見ろ、目立たなくしているだろ」
灰色のコートを見せるように腕を広げる。
「服装はそうかもしれんが、男にはわかっちまうんだよなあ」
アトスは、諦めろと言う風に首を横に振る。
「どういう風に?」
「まあ、フェロモンというか色香というか・・・」
「わからん、全くわからん」
スフィーティアは首を横に振る。
「う、ううんッ」
赤毛の女が痺れを切らし咳払いをする。
「おっと、悪い、悪い」
「さあ、急ごう」
歩いている途中で、スフィーティアと赤毛の女性フェオドラは自己紹介を済ませた。
彼女は、フェオドラ・シャル。
ブーレイの反政府組織『自由の空』のサブリーダーの一人だ。自由の空には彼女のようなサブリーダーが何人かいるという。腰に差した手入れの行き届いた剣と引き締まった肉体でもわかるが、武芸も達者で組織のリーダーである指揮者エフレム・ベレツのボディーガードも務めているという。
「見ていてわかるだろ?ここは危ない奴等がそこらにいる危険な場所さ。だから、衛兵などもここに入るのは躊躇うのさ」
歩きながら小声でフェオドラが話す。
「・・・」
「それでも注意は必要だ。政府に繋がっている奴がそこらの浮浪者や住人に紛れているからな。あんたみたいな目立つ者がいれば、すぐに情報が飛んでいるだろうさ」
フェオドラが後ろをチラッと見て、スフィーティアにニヤっと微笑む。
数人の武装した衛兵が後ろから近づいて来ていた。
「感づかれたようだ。走るぞ!付いて来い」
フェオドラの合図で3人は走り出した。
暫く走って行くと、前方からも武装した衛兵がやって来た。
「ヤバいな。挟まれる」
フェオドラが額に汗する。
「こっちだ」
アトスが、狭い路地に走り込む。
「おい、そっちは行き止まりだぞ」
「いいんだよ」
アトスがスフィーティアにウインクする。
「ああ、大丈夫だ」
スフィーティアが頷き、3人は狭い路地に入って行った。
追って来た衛兵等も狭い路地に駆けこんで来て突き当りまで辿り着いた。
しかし、スフィーティア等の姿は見えない。
ここらのエリアは、灰色や茶色い壁の3階建や5階建ての集合住居が建ち並び、密集しているのだ。住民は、これらの狭い部屋に詰め込まれるように生活し、とても衛生的とは言えない。
「どこに行った?」
「消えた?」
「そんなわけあるか。建物に逃げ込んだに違いない。探せ」
衛兵等は、集合住宅の住民の住居を捜索し始めた。
その様子を5階建ての集合住宅の屋根の上から見下ろす者等があった。
「ふう、何とか撒けたな」
そう、スフィーティア、アトスとフェオドラだ。
「あんた、すごいな。一気にここまで跳ぶとは。それも私達を抱えて」
「私は剣聖だ。これ位は、大したことではない」
「そうか。剣聖とはすごい能力者とは聞いていたが。竜を相手にするんだ。当然か」
「そんなことより、さっさと行こうぜ。いつ感づかれるかわからないぞ」
アトスが急かす。
「そうだな」
3人は、集合住宅の屋根の上を駆け足で進んだ。
そして、ダウンタウンの一角にある『自由の空』のアジトに辿り着いた。そこは、人通りが少ない狭い裏通りに入口があった。古い3階建ての茶色い壁の建物だ。
そこに近づくと、街の空気は、違っていた。
何かに監視されているかのように張り詰めたものを、スフィーティアは感じとっていた。
「ここだよ」
フェオドラが先頭で、建物に近づきドアに手をかけようとした。
「!」
「な!」
スフィーティアが、フェオドラに飛び付き、建物から引き離し、二人は地面を転がった。
ドドーーンッ!
次の瞬間、自由の空のアジトである3階建ての建物内で爆発が発生し、ドアや窓ガラスを吹き飛ばした。
そして、建物が崩れ落ち、瓦礫となった。
中にいた者が助かっているとは思えない。
「シェーーフッ!」
フェオドラが叫ぶ!
フェオドラは、急いで立ち上がり崩れた建物に駆け入ろうとする。
「ダメだ」
アトスが、フェオドラの腕を掴む。
「放せ!エフレムが中にいるんだぞ」
「落ち着け!諦めろ。お前までここで死んだら自由の空はどうなる」
アトスがフェオドラの両肩を掴み、説得する。
「・・・」
「今は、我慢しろ」
「急ぐぞ。衛兵がやってくるぞ」
3人は、その場を離れた。
ベーリンの主拠点に政府治安組織の強力な爆発力のある自爆攻撃が行われたのだ。
拠点の位置が政府側に漏れていた。
そして、この攻撃で、反政府組織『自由の空』は、リーダーである指揮者エフレム・ベレツを失うこととなった。
スフィーティア等は、首都ベーリンの主拠点を離れ、ベーリン市内の他の拠点を目指した。
しかし、どの拠点からも火の手が上がっていた。
同じように、人命を顧みない自爆攻撃が、ほぼ同時に行われたのだ。
「そんな・・・」
『自由の空』のある拠点が窺える建物の屋根から、拠点が炎に包まれ煙が上がっているのを確認し、フェオドラの顔は青ざめた。
「ここも危険だ。とにかくベーリンから出た方がいいだろう」
アトスが、青い顔のフェオドラを見る。
「自爆攻撃などと、人の命を顧みないとは・・・・」
スフィーティアの表情が曇る。
「それが、ブーレイ政府のやり方さ。こんなことを許してはいけないんだ」
フェオドラが、眉毛吊り上げ、真剣な眼差しで言った。
しかし、ここの自爆攻撃の威力が、十分でなかったようだ。建物は崩れず、中から、自由の空の構成員と思われる男が、燃えている建物からフラフラになりながら、出て来た。一人、二人と続いた。いずれも血を流し怪我を負っていた。
「仲間だ!まだ、生きている」
フェオドラが叫び、立ち上がる。
「出て行くのは、捕まってくださいと言っているようなものだぞ」
アトスが、躊躇いつつ言った。
「仲間を見捨てられるか!」
フェオドラが、眦を吊り上げてアトスを睨む。
「だよな」
アトスがウインクする。
「なら、さっさと救出するぞ」
スフィーティアが、フェオドラとアトスの腕を掴むと、屋根から飛び降りた。
3人が地面に降り立った。
「大丈夫か?」
フェオドラが、怪我を負った仲間の肩に手をかける。
「フェオドラ・・・。ここは、危険だ。何で出て来た!すぐに政府軍がやってくるぞ。俺たちはいいから、お前だけでも逃げろ」
「何を・・」
「そうだ、怪我を負った俺達は、足手まといになる」
「サブリーダーのお前だけでも逃げるんだ。お前だけでも生き残れば、自由の空は生き残る」
そこに待っていましたとばかりに、政府軍の兵士が現れ包囲すると、ライフル銃のような武器の銃口を向ける。
スフィーティアが、兵士等の前に出てきた。
一歩一歩近づく。
「何だ?こいつ。近づくと撃つぞ」
「ああ、撃ってみろ」
バーンッ!
そして、一人の兵士が、弾を放った。それは、スフィーティアの頭を狙った弾丸だ。
しかし、その弾丸は、スフィーティアの右人差し指と中指で挟み止められた。
「ヒー、何だ、こいつは?」
兵士等は、錯乱し、一斉にスフィーティアに向け、ライフル銃を放った。
バン、バン、バーン・・・・。
合わせて10発ほどの弾丸が、スフィーティア目がけて放たれた。
スフィーティアが、灰色のコートを投げるや、眼にも止まらぬ速さで腰の剣聖剣を抜き、一閃する。
カラン、コロン、コロン・・。
銃弾が、砕かれ、地面に転がった。
スフィーティアは、剣聖剣を納めると落ちて来た灰色のコートを掴むと華麗にコートに袖を通した。
そして、何事も無かったかのように兵士等を見る。
「ヒー、化け物だ」
兵士等は逃げ出して行った。
「早くこの場から離れた方がいいぜ」
アトスが、怪我人に手を差し出す。
「急ごう」
突然、空がキラリと光った。
すると、緑色のドラゴンが、ズドーンと大きな音を立て落ちて来た。
自由の空の拠点の建物を踏みつぶし周囲の建物をぶち壊した。
体長(※)15mほどのエメラルド・ドラゴンがスフィーティア等を睨む。
(※ドラゴンの体長は頭から立った時の足の高さまでを表す。なので長い尾の長さ
は含まれない。)
「こいつ・・、エメラルド・ドラゴンなのか?」
スフィーティアは、眼を細め、ドラゴンを見つめた。
通常のエメラルド・ドラゴンは、眼が緑色だが、このドラゴンの目は赤く淀んでいた。大きな口からは、大量のよだれを垂らしている。
こいつは、いつもスフィーティアが対峙するドラゴンとは違う。
いつもの知的で横暴で気高いドラゴンには、見えなかった。
そのドラゴンが、大きな口を開け、上空を向いたと思うや、アトス、フェオドラ、怪我をした『自由の空』のメンバーがいる辺りを目がけて大きな口を地面にぶつけてきた。アトスとフェオドラは、避けたが、怪我を負った自由の空の男を口に咥えていた。
「うわあッ!」
バーキバキバキバキバキバキバキバキ・・・。
人の骨を砕く咀嚼音が辺りに響く。
「ドラゴンが、人を喰っている・・・」
よだれを垂らしながら、人を租借し飲み込むドラゴンを見て、スフィーティアは、眼をみはった。
通常、ドラゴンは人を食べることはない。
魔力の強い魔導士などは別だが、普通の人間はドラゴンの餌とはならい。口に咥えても、殺して吐き出すことだろう。要は、おもちゃくらいにしか思わないのだ。
ドラゴンと言う地上最強の生物は、エネルギーを大気や鉱物などから取れてしまうのだから。人間を食す意味が無いのだ。
「やはり、ここのドラゴンはおかしい」
スフィーティアは、腕の透明なブレスレットを触ると剣聖の白いロングコート姿となった。
腰に差した青白い剣聖剣カーリオンを抜く。
「下がっていろ。さっさとケリをつける」
スフィーティアは、剣聖剣を頭の右横に構え、剣先を人を喰らい、その血で口を真っ赤にしているエメラルド・ドラゴンに向けた。
スフィーティアが素早く動きドラゴンに突っ込んだ。
そして、ドラゴンの胸の辺りで交差した。スフィーティアが、ドラゴンの向こう側に突き抜けると、異様なエメラルド・ドラゴンは崩れ落ちた。
「ドラゴンを一瞬で倒した・・」
フェオドラが、感嘆の声を発する。
スフィーティアが、倒れたドラゴンの胸の辺りに剣聖剣を突き刺し、竜の心臓の欠片を取り出すと、スフィーティアの表情が曇った。
その欠片は、空気に触れると、すぐに結晶化し、竜石と呼ばれる石となったが、スフィーティアがいつも見慣れた石の色とは違った。いつもの輝くようなエメラルド色の石ではなく、緑色が濁っていて妖しい鈍い光を奥に宿しているように見えた。
スフィーティアは、それをコートのポケットにしまう。
「これが、政府のやり方だ。こんなことは許さない。自由の空負けないよ。エフレムの遺志は私が継ぐ!」
「オーッ!」
怪我をした同志たちを前に、剣を掲げフェオドラ・シャルは、誓った。
フェオドラは固い決意を示した。
反政府組織『自由の空』のサブリーダーのフェオドラ・シャルは、自由の空の拠点があるジュースに向かった。
組織を立て直すために。
フェオドラの赤い瞳には、遺志の炎がメラメラと燃えていた。
一方のスフィーティアは、再びミーシアに向かうことになる。
ミーシアは、困難な局面を迎えていたのだ。
(つづく)




