元義妹、親友と絶交する。
「なにを言っているんですか?」
『だってれみがあんな人に惚れこむのが不思議なんだもん』
「ほ、惚れ……!?」
『いくら大切な兄貴とはいえさぁ。やりすぎなんじゃないの?』
「そ、それは………話をすり替えないでくださいっ。今私はどうしてまりあが――」
『だってれみとあの人もう会わないほうがいいっておもったからだし』
「ど、どういうことですか?」
れみの拘束が緩んだ。
それに伴って、怒気も静まっていく。
『れみはしっかり者でだらしのない人が嫌いで、だからこそ今のお兄さんが許せないっていうのはわかるけど。度が過ぎてる。れみにメリットなんて一つもないじゃん。現にあの人れみにぶっかけしたんでしょ? れみのこと傷つけたんでしょ?』
「そ、それについてはよんどころない事情がありましたから」
『れみがよくても私は納得してない。してなかった。腹がたってた。たしかにれみのデート知ってたのに乗っ取った形になったのは認めるよ? でもそうしないといけないっておもった。じゃあ仮に話していたら認めてくれてた? というかそんなことしても意味ないじゃん。デートなんて。時間の無駄だよ』
「む、無駄?」
『だってれみとあの人、合わないってわかるし。第三者から見たらだけど』
「あ、合わないって失礼な! 私と兄さんは相性抜群です! 兄さんの好みも性格も生活も把握していますし! 連れ添って三十年以上のおしどり夫婦と同じと言っても過言ではありません!」
いや、過言だ。
話はいつの間にかれみが押されている。実に不思議なことに、まりあちゃんは巧みに
『じゃああの人は? あんたの好み知ってるの? 普段どういう風にすごしているか知ってるの?』
「そ、それは……」
『あたしはれみが幸せになれればそれでいいなんておもえない。今だってれみのほうがお義兄さんに会いに行ってるだけじゃん。学校終わったあとわざわざ。だって妹の尻に敷かれて通い妻にさせてるなんて碌な男じゃないよ。将来ヒモ確定。れみだけが苦労してるばっかじゃん。あの人からなにか見返りあった?』
「………」
『れみがお義兄さんのところに通って、また同じ時間を過ごして仲良しで幸せになれるとはおもわない。それをあたしは見定めるためにあの人を付き合せた。だめだめだったよあの人。デリカシーないし。それで――』
まりあちゃんの話は続いている。
れみも言い返せなくなっているのは、同意しているからなのか。
俺は、なにもできなかった。
だってまりあちゃんの言葉が胸に刺さって。たしかにって自分でも納得してしまった。他人から見ればそうとしか見えないよなって悲しくて、情けなくて。
「………ダメなんですか?」
【え?】
息を呑んだ。
れみの雰囲気が変わった。
怒りでもない。悲しさでもない。ただ覚悟を決めた真剣な面持ちで。
「見返りもメリットも得もなくっちゃ一緒にいちゃダメなんですか? ただ一緒にいたいって願って、ずっとずっと会いたくて、やっと会えて。嬉しくて。だから今も会いに行ってちゃだめなんですか? じゃあまりあは私となんのために友達でいるんですか?」
【そ、それは――】
「私はなにかが欲しくて兄さんと一緒にいるんじゃありません。会っているんじゃありません。たしかに兄さんは最低な人です。だらしがなくてえっちでふしだらでずぼらでイケメンじゃないし気は利かないし。一人暮らしなのにまだポテトサラダも作れないんですよ? 他に格好いい人なんていくらでもいます。けど――」
「私にとっての兄さんはこの人だけです。ずっと会えなかったんです。やっと会えたんです。お料理とお掃除をして喜んでいる兄さんの顔を見ると嬉しいっておもうんです。もっと頑張ろうっておもえるんです。苦労? そんなことが苦労だなんてちっともおもっていません。兄さんがいるから私は勉強とか料理とか頑張れるんです」
「れみ………」
「それにこの人放っておけるわけないでしょう。私が通い妻しなくなった途端この人元の自堕落な生活に戻ります。矯正してもきっと元に戻ります。そんなところも放っておけないんです。私の妹心に突き刺さるんです」
妹心ってなんだろう。
「だから………。私の友達なら私の大切な兄さんの関係を、兄さんを否定すること、私の気持ちを否定するようなこと言わないでください………。悲しいです……」
【…………】
れみの偽らざる本心を聞いた気がした。
それが堪らず嬉しくて。申し訳なくて。
「ごめん………れみ………本当にごめん………」
改めて、俺はれみの気持ちを傷つける行為をしていたんだって自覚した。
「と、とにかく。そういうことですから……というより何故こんな話に……そもそも今は兄さんとまりあが――」
【………れみはお義兄さんのことが本当に大好きなんだね。恋人のことを語ってるみたい】
「な、なにを!?」
【でも、お義兄さんはれみのこと好きじゃないみたいっスよ?】
「はぁ!?」
おいいいい!? なにほざいてんだ!
『デートしてるときもれみの愚痴しか言わなかったし。あたしが妹だったらいいのになぁ~とか。もっとおっぱい大きい人がいいとか。あの小田先輩って人? がタイプとか。なんだったら結婚したいとか。あたしのこともセカンド・リトル・シスターって呼んじゃうくらいだしね』
ち、違う!
そんなこと一言も言ってない!
けど今の俺には証明する手段がなくて、電話口のむこうのまりあちゃんに対して呪うこととれみに対して訴えかけるしかできない!
「嘘ですね。私はまりあの嘘はすぐ気づけます」
『な』
「わざと嘘をついてまで。そんなにする必要ありますか? それくらい私と兄さんを会わせたくないんですか? そこまでするなんて、流石に許せません」
『………』
「以前言いましたよね? そうやって適当に話して自分を偽っていると――」
『なにさ。良い子ぶっちゃって………』
「は? なんですか?」
『だから………さぁ………こっちの気も知らないでふざけんなっての!!!』
おもわず鼓膜の奥が、キ――ン、と遠鳴りする感覚に陥る金切り声。
『あたしがどれだけ心配したとおもってんの! 毎回毎回あんなぶっかけ野郎の愚痴風のろけを聞かされるこっちの身にもなれよ! そういうのもうんざりだってんの!!!」
「な、のろけって。なに関係ない話してるんですか!」
『関係なくない! そういうのも含めてあたしはあの男も嫌だしあの男の話をしてるれみも嫌になってんの! 男優先して友達付き合いそっちのけにしてたくせに! じゃあなに!? あたしがれみを心配で考えたことは無駄だったの!? 友達の心配するなってこと!?』
「誰もそんなことは言っていません! やり方が酷すぎるって言ってるんです!」
『同じじゃん! 第一れみだって隠し事してるっしょ?! デートのとき、お義兄さんのアパート来てたっしょ?! でなにしてたの?!』
「そ、それは!? なんでそのことを!?」
『言ってあげようか!? お義兄さんの匂いをクンカ――』
「やめてください!! 訴えますよ!?」
「な、言いません!」
『ほらあたしのことは怒るくせにそっちは隠し事?! ずるいんじゃないの?!』
「ず、ずるとかそういうことじゃなく! それを言うならまりあだって――」
『あんただって――』
「第一まりあはいつもいつも――」
『それを言うなられみだって――』
「あのこと私まだ怒ってるんですよ!?」
『そっちだって自分優先してんじゃん!』
いつしか二人の口論は互いにヒートアップして手が付けられない。まったく俺のことなんて頭にないのか。普段のあれこれ、あのときこのときと感情のままにぶちまけ罵りあっていく。
普段の二人から想像もできないやりとりにハラハラビクビクとしながら、なにもできずにいた。
「もういいです!! まりあなんて許しません!!」
『へん! それはこっちの台詞だい!」
「絶交です!!」
『こっちこそ!!』
二人が決定的なことを口にしてしまった。




