元義妹、元義兄と仲間達と練習する。
「君にれみは渡さんっっっ」
室内には緊迫した空気で満ちていた。
目の前には厳つめな表情と和服、がっしりと胸の前で腕組みをして姿勢を正している姿から徹底的にこちらを認めないっていう意志さえ感じる。
「兄さん・・・・・・・・・・・・」
俺の隣にはれみが不安そうに、そして期待するように二の腕当たりで服を引っ張ってくる。子供らしいいじらしさと、成長した女の子がそんなことをするというギャップがあって。そして哀願するような瞳が不意に交錯しておもわずドキリとする。
「お父さん。お願いです。私達の話を聞いてください」
「れみ。お前は上に行っていなさい」
「私達の関係を許してください」
「だめだ」
俺はただ最初の台詞を告げた後の、土下座に似た体勢を崩せていない。耐えられないからだ。
「まず髪型がだめだ。声がだめだ。顔が生理的に気に入らない。生活態度が気に入らない。普通、こういうときはしっかりとした髪型にしてスーツでも着てくるのが普通ではないかね? それに菓子折の一つでも持ってくるべきだよ」
「お父さん、そこをなんとか」
「れみ、お前は黙っていなさい。そして上に行って宿題しなさい。そうじゃないとこういう奴になってしまうぞ」
口調に棘があるだけじゃない。俺に対するあからさますぎる拒絶、もはや敵意でしかない態度に気力を削がれる。
「第一、今の君の成績はなんなのかね? 将来大学を卒業すればこの業界に入ることは決まっている3K(きつい、汚い、危険)のお仕事をしてウチのれみを幸せにできるとでも?」
「それは・・・・・・・・・」
「そして君の研究テーマは? 早い人ではもう決めているそうではないか。ただ先輩の手伝いをして友達とダラダラ過ごしているだけの若者じゃないか。そして今もれみは
「待ってあなた! 瞬を責めないで! 全部私がいけないの!」
「いいや、その件とこれは関係ない! 母親との関係さえ修復できていないのに元義妹と会う? 通い妻にさせてる? ふざけるのも大概にしなさい。まだ学生の分際でなんともうらやましい―――」
「あなた?」
「お父さん?」
「ご、ごほん! とにかく妹に世話を焼かれているようなだらしのない貴様とれみが会うなんて認めん。れみ。お前ももうこいつと会うのは禁止だ。ふしだらな」
「
「こいつと二人きりでなにか過ちがあったらどうする?」
「それは望むところ―――いえ間違えました。そういうところも矯正しようとおもいます」
「お前に矯正される時点でダメだと言っているんだ!」
「まずは女性の心理、犯罪的観点、刑法、その他諸々の事情から前向きに懇々と説明して」
「前向きな時点でダメじゃないか!」
「私は兄さんがそんな人ではないと信じています。だらしがなくても相手を慮ってくれる男性だと」
「ぐ、ぐぐぐぬぬ・・・・・・・・・。お前が会っていない時間が長くてこいつは変わってしまったぞ! 特殊すぎる変態的なプレイを好むDVDを所持するようになったし、大学に入りたてのとき女の子とお近づきになるためにまったくできないテニサーに入ったり合コンにいきまくって仲良くしたりしてたんだぞ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・そのあたりのことは本当かどうかじっっっっくりと話しあいたいとおもいます」
「!?」
れみの視線を受けていると肌で実感して、ゾクッとした。
「あの、二人ともちょっと落ち着いて? ね? ヒートアップしているわよ?」
「それにこいつは足臭いぞ! 河川敷でバーベキューしたとき上半身裸になって道路に寝っ転がってSNSで投稿されたら炎上されそうな酒の失敗してるぞ! 絶対!」
「お、お父さん。ちょっと―――」
ダメだ。もう限界が近い。
「とにかく!! こんな上杉瞬には大事な娘を、れみを任せられるか!! だが貴様の同級生の長井健二郎にだったら―――――」
「ストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオップ!! 中断だ!! とまれこのやろう!」
一気に、空気が変わった。
「もう、足痺れちゃった~~~・・・・・・・・・いたたた・・・・・・・・・」
「はぁ・・・・・・・・・まったく・・・・・・・・・」
室内にいる四人が一斉にだらけはじめる。さっきまでの緊迫した空気も、昂ぶったテンションになっていたのも奇麗さっぱり打ち消され、俺達にとっていつもの雰囲気へと移り変わった。
「んだよぉ~~~! 興がのってきたのによぉ~~~!」
中でも和服をきている男性、健がカツラを外して胡座をかく。さっきまでの迫力がなくなって、軽薄なかんじで責めてきた。
「おい瞬! てめぇなんでとめんだよ! せっかくの俺の名演技が台無しじゃねぇか!」
「どこがだ! どこの世界で数年間音沙汰がなかった義理の息子の事情を詳しく把握できてる男がいるんだよ! 途中からお前役柄忘れてたろ! 企画崩れだ企画崩れ!」
「ああ? なに言ってんだ。そのまま流れでれみちゃんが「あ、あれ? お父さんがそういうなら本当なんじゃ?」って状況とシチュエーションに流されるって完璧な台本じゃねぇか」
「な・に・が、完璧だ! そんなド三流以下の台本どんなドラマでも違和感しかねぇよ! AVの世界じゃねぇんだぞ!」
「いやぁ~~。昨日はそれで堪能させてもらいました」
「鑑賞済みかい!! なにとんでもねぇもん参考にしようとしてんだ!」
「大丈夫。パクりじゃない。オマージュだ」
「なにに対する配慮だよ!」
ぎゃあぎゃあとうるさく騒いでいると、荒々しく戸が開かれた。
「まったく、なにをやっているんですか」
「あ、ありがとうれみちゃ~~~ん。ちょうど私喉渇いていたの~~」
お盆に飲み物を入れたコップとスイカを持っているところを見ると、早々に休憩のタイミングだと諦めたのか。とにかく呆れ気味の表情だ。
「ん~~~。甘くて美味しい~~~」
パタパタと団扇のように手をばたつかせていた先輩が四つん這いの状態で床に置かれたお盆に近づいた。それが合図みたいになって、健がスイカに手を伸ばす。
俺も半ば舌打ちしたくなるのを抑えて、二人と同じように食べようとするけど、れみが俺の前に座り直して強制的に通せんぼになった。
「あ、あれ? れみ?」
「兄さん。なんのための練習なのですか。もっとしっかりしてください」
なんだか俺に対する説教モードになっていて、厳しい視線をぶつけてくる。伸ばしかけた腕を引っこめて、そのまま自然と正座に座り直してしまう。
「時間は有限なのですよ。もっとしっかりと受け答えしないと本番で上手にできません。なのになんですかあの体たらく。私が殆ど喋っていたではありませんか」
「いや、あのな? れみ。でも失敗したのは健のせいで」
「兄さんがきちんと答えていれば健さんだってあんな風には言わなかったでしょう。それに本番では常に台詞も状況も変化します。小田先輩の説明聞いていましたか?」
「いや、でも――」
「第一、これまでの練習でも兄さんの原因で中断しているではないですか。そもそも人選は兄さんです。だったら兄さんの責任でもあります」
それはちょっと厳しすぎない?
「あれ、れみちゃん。それ遠回しに俺を選んだの失敗って認めてない?」
「ええ。認めています。だって私の父とまったく違いますし。服装も髪型も。オーバーリアクション気味ですし、そんな風に怒鳴る人ではありません。他の人のほうがよかったです」
「うぇっ、うぇっ・・・・・・・・・先輩れみちゃんがひどい・・・・・・・・・」
「しょうがないわよ健くん。現実と過去の自分の所業ってことで受け入れないと。そしてその心の痛さを絶対に忘れないで戒めにしなさい?」
流れ弾がクリーンヒットした健を、小田先輩は苦笑いして慰めている。よそ見をしていたつもりはないけど、二人を横目で眺めていた俺が、れみにとっては不快だったようで更に厳しめな態度に。
肩を縮こませるほど萎縮させてしまう。
「こんなんじゃあ私のお父さんとお義母さんに会うのがいつになるやら・・・・・・・・・」
呆れた様子のれみが、小さく嘆息した。
「す、すまん・・・・・・・・・」
「謝るくらいなら最初から真面目にやってください。本当に兄さんは・・・・・・・・・」
それから、元義妹による説教がくどくどと始まった。
残暑厳しい秋に近い季節。
俺の元に訪れるれみとの関係に新しいことが加わった。




