元義兄、対面する。そして
れみのいる場所に心当たりなんてなかった。
電車の中で携帯に連絡するもののなしのつぶて。先輩とまりあちゃんを置き去りにして飛びだしたものの探すあてもなく、一度女子校へと行って校門前で立ち尽くしてみても帰宅する生徒たちにれみの姿はない。
携帯を鳴らし続けるけながら、結局れみのことなにも知ろうとしていなかったんだなって情けなくなる。
そのうち校門が施錠されて校内に一人も生徒がいなくなったことが自然と示された。れみは、こうしている今も俺に対してどんなおもいでいるのか。
ストーカーのことで不安になっているのか。いてもたってもしられなくなって歩きだす。
他に行く当てなんてなかった。れみがいるであろう場所への記憶を頼りに足を一歩一歩動かすたびに全身に鉛を纏ったくらい重くなる。日が暮れてあっという間に夜の帳が降りてくる。
「もう、あそこしかないよな・・・・・・・・・」
最後に、れみがいるであろうある場所をおもいついたけど、そこに辿りつくのには覚悟が必要だった。
こっちでよかったっけ。この道で合ってるんだっけと、そういえばあの日飛びだしたときもこんな暗い夜だったっけ、とどうでもいいことをおもいだす。
れみの泣き顔が浮び上がって、少し歩幅を大きくなった。歩調も早くなって、
いつの間にかとある一軒家に辿り着いた。
外から眺めると記憶の中にあるものより小さく見える。おしゃれな白い外壁は経年により趣深い汚れを、屋根は少し古びていて俺がいない間もここにれみ達が住んでいたんだってありありと伝えてくる。
表札にもかつて俺が名乗ってた竹田性が描かれている。
れみの実家。かつて俺が住んでいた場所でもある。
覚悟と意志はしっかり固まっているし、ここまで行動に移せたけど、ここから先はなにもない。ぶっちゃけノープラン。
れみの携帯は繋がらない。そして外にいる俺に気づく可能性もゼロに等しい。考えなしに来たけど、れみ以外と顔を合わせることが頭になかった。
迷っている暇はない。インターフォンを鳴らしてすぐ、「はい、どちらさまでしょうか」妙齢のの男性が応答に出た。
反射的にあの人が出てこなくてよかったという安堵を抑え、自責する。それどころじゃないだろうが、と。
「あの、れみはいますか」
「どちらさまでしょうか」
俺を怪しんでいるのが声でわかった。どこか不審げに硬い。
「俺、上杉瞬です」
「・・・・・・・・・え?」
「れみに、会いにきました。つい最近まで会ってました」
ドタバタと玄関のほうから騒がしい足どりが近づいてくる。ガチャ、とおそるおそるといったかんじで扉が開いて、記憶より老けたかつての義父が顔を覗かせる。
想像していた拒絶する意志も、嫌悪感もなかった。ただ皺と白髪が増えて身長が縮んだなってどこか客観めいた感想しかなかった。
「瞬・・・・・・君かい?」
「はい。お久しぶりです」
顔に穴があいてしまいそうなくらい見つめて、感慨深げなかつての義父は、それきり喋らなくなった。どうしていいか戸惑っているんだろう。俺と同じで。
この人がどうか知らないけど、今の俺には感動も憎悪もない。家族という認識すらなかった相手同士だった。ただ、実際に対面するとどう接するべきかわからなくなってしまう。
「久しぶりだね。元気にしていたのかね?」
「ええ。おかげさまで」
「そうか」
「その節は・・・・・・・・・本当にすいませんでした」
一度、深々と頭を下げた。それきり挙げられなくなった」
「さっき、れみに会いに来たって言ってたけどどういうことなのかね?」
おそるおそる、頭をあげて逸る心臓と気持ちを抑える。
「・・・・・・・・・つい最近までれみと会ってたんです。俺の大学のオープンキャンパスで偶然再会して。それから一人暮らしをしている俺のところへ来て、いろいろ世話になりました」
これ以上無言でいると、たまらなくなる。間髪入れる隙も与えないで話を続ける。
「じゃあ、最近あの子が出掛けたり会いに行ってた人というのは」
「俺です」
「そうか。まさか君とれみが・・・・・・。そうか」
義父は、複雑そうに渋面で腕組みをして視線を足下に落としている。
れみはどんな説明をしていたのか。まりあちゃんの話で、は義父とは決して仲が悪いわけではない。
「君が出て行ってから、れみは悲しんでいたよ。毎日君の部屋で泣いて、夜は君の部屋で寝ていた。妻もそうだった。自分を責めていた」
「・・・・・・・・・はい」
「君のところに、れみが行こうとしたことも何度かあった。お兄ちゃんが住んでいるところをおしえてくださいって私たちにお願いしてね。ただ、ああいうことがあったからお互い関わらないほうがいいと判断して、教えなかった。君のお父さんとも弁護士経由でやりとりしていたからね。だが、娘には説明ができなかった」
義父は、玄関の扉から離れてこちら側に近づいた。実母にできるだけ悟られないようにしているのか。だとしたら、義父が下す決断がなんとなくできた。
「君だけのせいではない。妻のせいでもある。私のせいでもある。それから、我が家は変ったよ。いつしか君がいない生活が当たり前になっていた。娘にも言い聞かせていた。どうして? なぜ? と。私と妻を責めた。君のことも責めた。けど、徐々に話題に出さなくなった。娘も悟ったんだろう。タブーになっていたよ。妻は、今でも君に対して罪悪感を抱いている。口には出さなくても、なんとなくわかる」
この人の口ぶりには嫌味や俺を責める箇所なんて一つもない。淡々と事実だけを教えてくれている。逆にそれで罪悪感が募っていく。
「しかし、まさかれみが恋人になっていたなんて・・・・・・・・・」
「ちょっと待て。その話詳しく」
あいつはなんだ? 家族にも恋人って嘘をついていたのか? 大学の連中や友達にはごまかさないといけないっていうのは理解できる。けど、他に説明の仕方があるだろうよ。
「いえ、別に私が口に出すことじゃないっていうのはわかっている。君とれみは血の繋がりはないし、今は赤の他人だし」
赤の他人。地味にぐさりと心臓にナイフが突き刺さる。
「もう兄妹ではないんだし、家族でもないんだからどう交流を持ってもいい」
グサリグサリ。突き刺さり続ける。
「もう法的にもなんの問題がないとはいえ、昔兄妹だった二人が恋人になるのは世間的にも倫理的にもおかしいだろう。いや、あの子が好きになった相手なら誰でも祝福しよう。条件はあるが。まず――」
「オーケー。その話はまた今度にしましょう」
兄妹ではないとか家族でもないとか、この人は的確に俺の急所をぐりぐり抉ってくるなぁ。恨んでる? 俺のこと恨んでる? まぁいい。本題がずれていきそうだからなんとか軌道修正を試みる。
「今日ここに来たのは、昔のこととかあの人、母のことじゃないんです。ただれみに会いに来ました」
一瞬、悲しそうな顔をして、そして見つめてくる。
「れみに謝りたいんです。それから、れみの友達からストーカー被害に遭ってるってきいて。でも、それ以外にも自分勝手なことをしちゃって、れみを傷つけました。昔、この家を出たときと同じように、また泣かせました。あと、自分勝手にれみの気持ちを決めつけていて、れみをまた遠ざけようとしたんです。ごめんなさい。れみと話がしたいんです。れみが俺と会いたくない、話もしたくない、金輪際関わりたくないっていうなら帰ります。今後れみに絶対に関わりません。れみを、呼んできてください。会わせてください」
頭を下げ続けたまま、待つ。勝手だって、今更やってきて、そっちの家庭の都合とかおかまいなしに、かつての義父が俺に対してどういうおもいを抱き続けているのか。
「会わせたくはない」




