先輩、壊れる。
「おお~~い、れみ?」
ノックをして呼びかけるも、応答はない。
中に入っているれみが心配なのもあるけど、まださっきのやりとりの気まずさから脱しきれていないのもあって強く出れない。後ろ髪を引かれるおもいを残しつつリビングへと戻る。
「お、しゅんしゅん~~~。どだった~~~?」
「暫く出てこれないでしょうね、あれ・・・・・・・・・」
食事を終えるとすぐに冷静さを取り戻したれみは、トイレに引き籠もってしまった。よほど自分のしたことが恥ずかしかったんだろう。目にもとまらない早さだった。
「そっかぁ~~~。いざというときはコンビニ行かないとね~~~」
「そうですね。特にお腹が痛くなったら・・・・・・・・・嫌そっちじゃなくって」
呑気に言ってるけど、こんな事態を引き起こした張本人の言葉とはおもえない。
「先輩、マジどういうことっスか・・・・・・・・・」
「ええ~~~? なにがぁ~~~? 和わかんなぁ~~い♪」
なんだろう。今の先輩に無性に腹パンしたい。もしくはビンタ。
「あんなことをやらせるなんて・・・・・・・・・」
俺自身も、妹とあんなことをやって、思い出すだけで全身を掻き毟りたくなる衝動に駆られるんだ。実の妹とあんなに密着して、食べさせあいっこをして、しかもお互いの魅力的なところを、なんて。
まるでイチャイチャしてる恋人みたいじゃないか。えみにドキドキときめいてしまったっていう自己嫌悪、背徳感が消えない。
「まぁまぁまぁ。お酒でも飲んで気長に待とって」
一体いつの間に準備していたのか。日本酒とコップ、簡単なおつまみがテーブルにずらっと並んでいた。
「ほれほれ、まずはかけつけ一杯!」
酒をなみなみと注いだ先輩は、コップを俺に渡してきた。軽く打ち鳴らしたあと、一気に呷っていく。
「ああ~~~~~・・・・・・・・・美味しい・・・・・・これって呑みやすいのね~~」
「そりゃあお高い奴だし。でもアルコール度数けっこう高いから――」
「ん、ん、ん・・・・・・・・・ぷはぁ! 美味しい~~~~!」
人の話聞いてる?
「それでしゅんしゅん。一つたしかめておきたいんだけど」
「なんですか?」
鬱屈としたもやもやを晴らそうと酒を一口含んだ。
「れみれみにドキドキした?」
「ブウウウウウウウウウウ!!」
耳元でひそひそと囁かれた内容は、今のメンタルに効果抜群、動揺しすぎて酒を全部吐きだしてしまった。
「ゲホゲホ・・・・・・・・・あんた、なにを・・・・・・・・・」
「ありゃりゃりゃ。図星? ねね、図星?」
「やかましい! あんたデリカシーって言葉知らないのか!」
「は~~~ず~~か~~し~~が~~る~~な~~よぉ~~~ぅ」
「あんたなんなの!?」
ツンツンと脇腹を突きながら瞳に好奇心を詰め込んで、ニヤニヤしている先輩には悪い意味で面白がっている空気がある。ノリのウザさもあって
「成長した血の繋がらない妹の肉体はどうだった? ん? 昔とは違ったっしょ? 大人になったなって実感した? お姉ちゃんにだけこっそりと教えてみ?」
「やかましいわ!」
「誰にも言わないから。うちらだけの秘密だから」
「それ絶対あとで皆にバラすやつの常套句だるぉおお!? 中学のときによくあったよ! 特に修学旅行のとき!」
「あれ、勃起してね?」
「中学生!? つぅか女性が普通に勃起とか言うな!」
「きゃはははは! ウケる~~~!」
酒を飲み続けているからか、先輩はいつも以上にテンションが高くてノリが変になっている。正直ウザい。
「だってしゅんしゅん言ってたじゃん。れみれみが慕ってくれてるのはわかってるけど兄として、妹としてだって」
「そ、それがなにか・・・・・・・・・?」
「それしゅんしゅんも同じっしょ?」
「だから、それがなにか!?」
「普通兄妹だったらあれくらいでドキドキしないっしょ」
「・・・・・・・・・」
お酒を飲んでいる間、先輩の一言にハッとさせられてしまった。
「昔はどうだった? れみれみとあんな距離感でいたとしても、ドキドキした? 違うんじゃない?」
「それはそうですけど・・・・・・・・・」
「しゅんしゅんがれみれみを妹として見ているのはわかんよ? 大切におもってんのも。でも、妹だろうとなんだろうと、女の子なのは変わんないし。兄でも男だし」
「女の子って・・・・・・・・・でも俺達は――」
「家族でも兄妹でもデリカシーや気遣いは必要ってこと。接し方も距離感も同じじゃないんよ? ウチの弟も昔と違って接し方と違うし。れみれみだってお年頃なんだから」
「いや、けどそれとこれとどんな関係が・・・・・・・・・?」
「もし今後、さっきみたいなことが事故でおこって気まずくなったらどうすん? れみれみにドキドキしたりときめいたりすることがあったら? れみれみもそうなったら? それがきっかけで関係が悪化したら?」
「・・・・・・・・・」
「妹にドキドキしていたんなら、変わっちゃったってこと。れみれみもしゅんしゅんも。悪いってわけじゃないけど。二人とも大人になったってことを踏まえて適切な距離と認識に改めないとだめっしょ。本当にれみれみとの関係を大切に考えているんなら尚更。そんなんじゃいつかれみれみを傷つけるし」
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つまり先輩は俺とれみのお互いの現状を憂いてあんなことをさせたのだろうか。兄っていう認識でと妹だっていう事実は変わらないけど、成長した兄妹としての接し方に切り替えろってことか?
いや、もっというなら見方を変えろというだろうか。昔と同じじゃだめだと。
最近れみのことをなにかと意識したりドキドキすることが増えていたから、活を入れられた気分だ。もしかしたら、先輩が指摘したとおりに今後れみとなにかあったら。それで二人の関係が望まない方向へと進んでしまったら。
可能性はゼロじゃない。
小さいときのれみと、成長したれみとのギャップ。ときめいたりドキドキするのはれみを妹だと受け入れていないから?
「まぁれみれみは喜んでるだけかもしてるかもしれんけどね~~~」
「はい?」
「ん~ん、こっちのこと。とりま、おけ?」
「お、おけ、です」
「そ。ならいいわ」
おつまみを齧りノリノリでお酒を飲んでいる先輩。この人はいつもこうだ。脳天気でのほほんとしていても、鋭く周りを見ている。冷や水を浴びせられたような俺は、ちびりと酒で喉を潤す。
「先輩はいつも、俺を助けてくれますね」
「ん? どしたん?」
「いえ・・・・・・・・・」
「俺はれみとの関係を大切にしたいっておもってました。昔以上の関係になりたいって」
明確な形も、呼び名もない。元義兄で元義妹で、兄妹じゃない俺達が目指すべき指標。曖昧な状態でいたけど、先輩のおかげで少し目が覚めた。
「俺って本当にだめだめですね・・・・・・・・・れみに怒らせちゃったり呆れちゃったりするのも当然だ。はは」
「本当にだめだったらとっくに愛想尽かされてるよ。好きの反対は嫌いじゃなくて無関心なんだから。つまりれみれみが怒ったり厳しいのもしゅんしゅんを愛しているが故に! だよ」
「愛・・・・・・・・・愛か・・・・・・・・・」
「今もトイレで籠城してるのはしゅんしゅんのことを愛してるから! っておもえば可愛いっしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あ、照れてね? マジ照れてね? だから今後は妹としてだけじゃなくって女の子としても接してみたらいいんじゃね? 私とか大学の女友達に接してるみたいに」
「そうですね・・・・・・・・・先輩。いえ、パイセン。マジリスペクトっス」
きちんとした考えがあって、あんなゲームと罰ゲームをさせてたなんて、脱帽だ。
「ひっく・・・・・・・・・らから・・・・・・・・・」
「え、パイセン・・・・・・・・・?」
先輩がいきなりしなだれかかってきた。
体重をおもいきりかけてくるもんだから倒れないように先輩を支える。チラッとこちらを見る先輩のとろんとした目つき、そして胸の谷間に引き寄せられる。
「ちょ、パイセン。どうしたんですか?」
「らから・・・・・・・・・」
「だからムラムラしたり欲情したりペロペロしたりチュウ~~~したりイチャイチャしてもいいんらよ~~?」
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なに言ってんのこの人?
沸騰しかけた血流が沈静化する。
「いくら妹らって言っても、血は繋がってらいんらしぃ~~~? れみれみももしかしたら受け入れてくれっかもよ~~~? ひっく」
「ちょ、パイセン落ち着いて・・・・・・・・・」
「んんんん~~~~??? れれれ、ありり? しゅんしゅん顔赤くなってね~~~~~? なになになに~~~? れみれみらけじゃなくってぇ~~~、ウチも妹にしたいん~~~~?? へへ、しぇんにぇんはやいにゃあああああ~~~♪」
「あんたさては酔っ払ってるな!?」
不明瞭な言動。酒臭い吐息。不自然に赤らんだ顔。そうとしかおもえない。
「ん~~~~。酔ってない酔ってない~~~。酔ってないっスよ~~~。ウチを酔わせたら大したもんすよ~~~。らいじょぶらいじょぶ~~~。元気百倍、千倍万倍バイババイ!」
もしかしてさっき言ったこと全部、酔っ払いの戯言だったんじゃないだろうな!?
だったら感謝と尊敬の念を返せ!
「ねぇねぇしゅんしゅん~~~~。じっさいどうらろ~~~? れみれみがかわいいっておもってるんでしょ~~~?? のどかにおちえて~~~??」
しかも先輩、絡み酒体質な気があるのかしきりに体をくっつけてくる。
「おちえてくれたら~~~~。いいことしてもいいよ~~~?」
「!?!?!?」
「れみれみにないしょで~~~~。えへへへ~~~~」
「~~~~~~~~っっっ! くそ! この男殺しめ!」
このままじゃヤバいと瞬時に判断し行動に移す。
「んんんん~~~~、らりすんのぉ~~~~~」
抱えている一升瓶を引き剥がそうとするけど、抵抗する先輩の力が強くてさながら綱引きみたいな様相に。
先輩がこれほど泥酔するのなんて珍しい。嫌、ほぼない。打ち上げや飲み会はいつも弱いお酒だし量も多くない。だからこそ危ない。
普段お酒をあまり呑まない人が普段以上のお酒を呑むと酔いが進みすぎてとんでもないことになる。アルコール度数が高いやつとなれば尚更。
「そもそもこれ俺が買ってたお酒ですよ!」
「んん~~~~、ヤッ! これ私のぉおおお~~~~~~~!」
「だめだって! これ以上は!」
「ヤッ! ヤッ! ヤッなのおおおおおおお!」
まるで駄々をこねる子供だ。
聞き分けの悪さはギャルの見た目とも普段の先輩ともかけ離れ過ぎている。
「ああ~~~~、けちんぼ! 馬鹿! いじわゆするしゅんしゅん嫌い~~~!」
「ええ。嫌いでもなんでもいいですよ。とりあえずもうこのへんでやめましょって。明日二日酔いになったらどうすんですか」
「二日酔い~~~? ふん、しょうし・・・・・・・・・」
なにがおかしいんだろう。
だめだ。体全体がふらふらしているし今にも寝落ちしてしまいそうなほど瞼が重くなっている。
「ううううう~~~~~~~・・・・・・・・・後輩のくしぇになまいきだじょおお・・・・・・」
若干涙目の先輩が唇を尖らせて睨んでくる。本当に子供みたいだ。
「パイセン、もう寝ましょ。ね?」
「やぁあああああ! 今日はオールするのおおおおお! カラオケもやってフィーバーしてJAM Projectとマキシマム・ザ・ホルモンと福山芳樹と小林太郎の歌を歌いまくるんらからぁ~~~!」
「喉ぶっ壊れんぞ!?」
なんでどれもシャウトがキツい系のやつなんだよ。本当にこの人女子大生か?
「そんで最後はサライ歌うのおおおお~~~~・・・・・・・・・」
「なんでカラオケで感動のフィナーレ迎えたがってるんですか・・・・・・・・・」
「うう~~~・・・・・・・・・わかった・・・・・・・・・そこまでいうなら我慢してあげゆ・・・・・・・・・ひっくれも、一つ条件があゆ・・・・・・・・・」
「ああ、はいはい。いいですよ。なんですか?」
「こうしゅる・・・・・・・・・」
抱きついてきた先輩に、いきなり押し倒された。




