第146話 俺は今、イライラしている
「リリィッ、急いで!」
「はぁはぁ、分かってるっ!!」
ミドルウッド達が魔法で奇襲を仕掛け、その衝撃で揺れる城の中、彼女達は長女のヨルとヴァンピスがいるであろう場所へと走っていた。
すれ違うエルフ族のお兄様達に外からの攻撃に対処する様に命令を下したリリィは心の中で舌打ちしたい気持ちで一杯だった。
(なんで……これからって時にこんな…っ!)
リリィの今にも泣き出しそうな顔を見たルイだったが、妹に掛ける言葉が見つからず苦渋の表情を浮かべていた。
ミドルウッド達の攻撃で城の一部が砕け、激しく揺れて倒壊するかもしれない。でも今は姉の安否が最優先だ。
足元がおぼつかない中、彼女達は落石等の障害物を避けながら目的の場所へ辿り着く。
そこは先程までリリィ達がいた王の間。壁の端にはエルフ族がズラッと配置され、その中央には金色で煌びやかな王座が鎮座している。
「確かこの辺に……」
ルイがその玉座へ近付くと後ろに回り込んである所を指で押し込んだ。
カチッという音と共に王座と背後にある窓の中間地点の床が音を立てながら開いていく。
「地下へと通じる扉、この先にヨルお姉様がいる……」
「さぁ行くわよ。私の後に着いてきて」
現れた階段を降りて真っ暗な通路を慎重に歩いていく。きっとあの場所にヨルはいる筈だ。
忌々しいあの場所へまた行く事になろうとは思わなかったとルイは唇を噛む。
◆
ヴァンピスが魔王の命によって彼女達の元へ来た時、緊張しながらも機嫌を損ねない様にこの城を案内していた時だ。
「ごめんなさいねぇ。案内なんて頼んじゃって」
「……いえ、我々も暇をしていた所ですので。此処が最後となります」
「わぁ、とっても美しいわ〜!静かな空間に装飾を凝らした王座に窓から差し込む月明かり。この場所、気に入っちゃった!」
ヴァンピスが美しいとはしゃぐ中、ルイとリリィはヴァンピスには届かないだろう小さな声で早く終わらないかどうかとため息を吐いていた。
顔に笑みを浮かべ、玉座へ真っ直ぐ近付くヴァンピス。目的を持った様なしっかりとした足取りで玉座へと近付いて行ったヴァンピスに疑問を持ちつつもヨル達も着いていく。
「そういえば、私が此処へ来た理由を、話して無かったわねぇ」
「此処へは魔王様の命としか…」
「そうそれ。実はこの城には特別なある物が眠っているのだとか。私はそれを取りに来たのよ」
「特別な物…ですか?」
「貴方達も見たらきっとびっくりするわよ」
ヴァンピスはそう言い残すと玉座の椅子を指で押し込んでとあるスイッチを押した。
音が鳴って地下へと続く階段が現れてから僅か数十秒。ヴァンピスよりも長くこの場所に滞在していたヨル達も知らない秘密の階段に3人は興味深々といった様子だ。
「スッゴイ物、見せてあげる」
着いてきてとヴァンピスに促されて後を追うヨル達は暗い通路を突き進むと物凄く広い開けた場所へと辿り着いた。
「ひっろ」
「城の中よりも大きいんじゃないかしら?」
「でも、何だか臭くない?」
3姉妹の言う通り、それこそ城の半分ほどは有るのではと思う程の広大な空間から何処となく漂ってくる腐敗臭。顔を顰めて匂いの強くなる方へ歩み寄るとそこには見上げる程の山があった。
「ヒッ…!?」
暗がりで見えにくいが、よく目を慣らして見てみるとその正体は巨大な魔物の身体だ。驚いて腰が抜けてしまったリリィは尻餅をつく。
彼女が見てしまったのは魔獣、それも古くから恐れられている魔獣だ。
出会ったら最後と言われる五獣の中の一角。
ーーーー雷獣 ベヒーモスだ。
リリィは人類の言い伝えなど知らない。
知らないが、元は同じ魔獣同士。格の違いを身を持って体感した。
怯えているのはリリィだけではない。
彼女の姉達も同様に顔を青ざめて寒気がすると肌を摩っている。
リリィ達が恐怖に慄く中、ヴァンピスはしたり顔で得意げに高笑いをしていた。
それが何とも奇妙で、余計に恐怖を駆り立てる。
「ヴ、ヴァンピス様。これは一体…」
震え声だがヴァンピスに問いかけると彼はベヒーモスに近付いてその皮膚を触る。
うっとりとベヒーモスを見つめたまま、ヴァンピスはその問いに答えるのだった。
「これはねぇ、魔王様が自ら創造された魔獣の中でもとびっきりの存在。かつて人族、エルフ族、龍人族達を数多く屠って来た災害。それがこれ、雷獣ベヒーモスよ!」
「雷獣…ベヒーモス。ですが、これはもう動かないのでは?生気を感じられませんが…」
「あらぁ、流石はサキュバス。よく気付いたわね。そう、これはただの死体。そしてこれを運び出すのが私のお仕事なの」
ヨルの問いに答えるヴァンピスは手のひらをピタリとベヒーモスへくっつけるとそこへ自身の魔力を通していく。
その光景にリリィ達は唖然とするしかなかった。
何をしているのか?
口に出すが、ヴァンピスは無言だ。
その沈黙に気味が悪くなったリリィが口を再び開こうとした時、ヴァンピスがこちらを振り向き様に言い放つ。
「そしてもう一つ。勇者を捕まえる為に貴方達には私の玩具になって貰うじゃな〜い」
「何を……っ!!?」
「危ない!」
「リリィッ!!」
死体の筈だったベヒーモスから突如として一筋の稲妻がリリィへ放たれる。
ヨルが妹達の前に立ちはだかり、リリィの近くにいたルイがリリィを抱え込んで自ら盾となる。
稲妻がヨルを直撃し、ルイの背中まで焼け焦がしてようやく止まる。
雷獣と恐れられる魔獣の攻撃を受けたヨルの身体は一瞬にして真っ黒に焼き焦げて倒れる。その音を聞いたルイとリリィの悲痛な叫び声が城の中に響き渡る。
「お、お姉さまァァァァァァァア!!!」
「ウフフ、あっはははハハハハハハハっ!!とぉってもいい声で泣くじゃなぁ〜い!いいわ、イイわ!もっと私に聴かせてちょうだい」
「こんのォオオ!絶対にゆるさないッ!」
背中を焼かれ、痛みでどうにかなってしまいそうだった。でもこの腕にいる妹を、リリィを守る。それだけで拳を握る力が湧いて来た。
ルイが決死の覚悟で殴り込みを仕掛けにいく。魔物から魔族へと進化した時、魔王ヘリオスから授かったスキルを使って分身を作り出したルイは力一杯に駆け出した。
それを迎え撃つのはヨルを殺したヴァンピスだ。彼は高笑いを止めて此方に迫ってくるルイをただ無価値な物を見ているかの様な目をしていた。
そしてそっと呟いた。
「ばぁか」
「あああっ!!」
轟く雷。けたたましい雷鳴と共にルイの分身ごと本体まで雷は貫いていく。それは彼女の身を、神経をも焼き焦がす。パタリと力無く頭から倒れ込んだルイを見て最後に取り残されたリリィは目を見開いて泣く事すら忘れてしまった。
そこへヴァンピスがリリィの元へと近付いて来る。
「本当は貴方達全員を私の玩具にしようかと思ったのだけど……気が変わったわ。私に忠誠を誓いなさいよ」
「だ、誰がアンタなんか」
「そうすれば、貴方達の姉妹ごっこにも付き合ってあげると言っているのよ」
こいつは一体何を言っているの?
アンタがお姉様達を殺した癖に。私から奪った癖に…!
ヴァンピスを睨みつけるリリィだったが、次の瞬間、その顔は驚愕といった表情に変わる。
「お姉様……生きて…っ!?」
リリィの目の前には黒焦げになった筈のヨルとルイが立ち上がっていた。ヴァンピスの手によって絶命したと自身も感じる程の攻撃を受けて無傷の様子に彼女達すら戸惑いを隠せない。
「私のスキルは"死霊使い"。死者を甦らせる能力よ。死後の数秒程度なら本人の意思すらも甦らせる事が出来る最強の能力なの」
ヴァンピスは座り込むリリィの耳元まで近付いて囁いた。
賢い貴方なら分かるわよねと。
もしヴァンピスの提案を断るのならリリィの姉達は死体へと戻るだろう。
いや、死体に戻るならまだいい。大好きな姉達を操ってリリィに消し掛けたら?
きっとリリィは抵抗も出来ずに殺される。
そして愛する妹をこの手で殺した姉達は確実に精神を壊される。
最早彼女に選択の余地など一つしか残されていない。
「……はい、私は貴方に、従います」
(絶対にオマエだけは許さない。愛する姉を奪ったオマエだけは絶対に私の手で殺してやる)
憎しみを抱いて笑みを浮かべるリリィにヴァンピスは満足そうに笑ってみせた。
ーーー壊しがいのある獲物が手に入ったと。
◆
リリィ達が忌々しい場所へ辿り着いた時、彼女達は目の前の光景に悲鳴を上げた。
「…………ぁ、ぁぁぁぁアアアアアアア!!」
「そんな、ヨル姉ェ!!」
彼女達が悲鳴を上げるのも無理はない。
ヴァンピスが最近手に入ったと自慢していた玩具。そのオーガの手には愛してやまないリリィ達の姉、ヨルが握られていた。
しなやかできめ細かかった肌はあちこちとアザを作り出しており、身体中から真っ赤な血が吹き出している。
オーガの佇む地面には陥没した跡が複数あった。恐らく何度も地面に打ちつけたのだろう。
その痛みは想像を絶する程だと見て分かる。
通常の生物なら絶命していただろうが、ヨルの身体はヴァンピスの力によってその身を生かされている。
無限に感じられる痛みのループという最悪な結末にリリィ達の頭の中は真っ白となってしまう。
「遅いじゃなぁ〜い。良かったわね、貴方の勝ちよ」
「………………」
「か、ち?何の話をしているの!お姉様から手を離してッ!」
「ウフフ、最後までヨルが立っていたのなら貴方達の事を許してあげようかと提案したの。だぁって酷いんだもの。この私に楯突こうとしたの、知っているんだから」
「なっ……!?」
ヴァンピスが私達の考えを見抜いていた。
そんなバカな、あり得ない。
「面白かったわよ。一生懸命に耐える貴方の顔。まさか私のスキルによって筒抜けだったとは思わなかったんでしょうけど」
ヴァンピスのその一言にルイとリリィは顔を青ざめた。
気取られない様に今まで虐めにも耐え抜いて来た。辛い日々も姉達を思えばこそだった。
(それなのに、それなのに…!)
「わ、私の今までって……」
「あっはははは。貴方ァ、滑稽だったわよ。地べたに生えずってまでしたのにぜぇ〜んぶ!バレてたなんてお間抜けさんなんだからぁ!!」
リリィを小馬鹿にするヴァンピス。
ただ1人の笑い声がこの広い地下に木霊する。
「………ヴ、ァンピスさ、ま。これで私達の罪は許して、くれますか…?」
「ああ、そうだった。じゃあ、もう要らないから貴方、自害なさい」
冷徹な一言。
ヴァンピスの命令により、ヨルの垂れ下がった腕が動き出す。これから起きる事に理解したヨルは抗おうとしたが、無情にも腕は彼女の胸目掛けて伸び、魔族の心臓とも言える魔石を自ら引き抜いてしまった。
「どうして……」
「私はただ考えてあげると言っただけだもの」
魔石を引き抜いてしまったヨルの身体からは漆黒の炎が燃え上がる。その身をジワジワと削っていく炎にヴァンピスの人形は無動作にリリィ達の方へぶん投げた。
頭の半分程しかない消えていくヨルを見てリリィはその場でしゃがみ、たまらず愚図り始め、ルイも近くに寄って最後の姉の姿を目に入れる。
「お姉様お姉様お姉様お姉様、いやよ!私、消えないで!いやぁァァァア!!!」
「ヨル姉ェっ!!そんな嘘……」
「ごめんね、ごめんね。お姉ちゃん失敗しちゃった。ルイ、リリィを連れてにげ……」
ヨルの言葉は最後まで続かなかった。灰の様に散っていく姉の姿は完全になくなった。
身体中に力が入らなくなったリリィはただひたすら泣く事しか出来ない。
姉の最後の頼みを聞いたルイは、リリィを逃す為にヴァンピスへと向き直った。
「ルイ、それからリリィ。勇者を捉えた事で貴方達の役目は終わったの。使い道のない道具は廃棄する事に限るわ」
「道具…?道具だって…っ!!私達をこれ以上バカにするなぁぁぁぁあああ!!!」
分身を作り出したルイはヴァンピス目掛けて突き進む。その光景は前に見た時と同じだった。
突撃する際、リリィにアイコンタクトで此処から逃げる様に意思を伝えたルイ。
己から離れていく姉を見てリリィは手を伸ばす。
駄目だ。行っちゃ、ダメなのに…動けない。
「ウガァァァァァア!!!」
「なっ、待ちなさい!」
ヴァンピスに操られている人形はルイを無視して真っ直ぐリリィの元へ駆け出した。
その様子にルイは来た道を引き返す。
「あっ……」
リリィが前を向くと世界はゆっくりと動いていた。
自分に向かって振り上げる拳は己の顔よりも大きくてゴツい。
身体は思う様に動かず、もう死を待つのみの自分。
もう疲れてしまった。
もういい。何もかもどうでも良い。
ゆっくりと迫る狂気に目を瞑る。
バキャという音とビシャと降りかかる何かの液体。いつまでも来ない痛みにリリィが目を開くとそこには魔石ごと胸を貫かれたルイの姿があった。
「あはは、間に合ってよかった…」
「ウフフ、あっはははは!!!美しい!美しい姉妹愛っ!貴方達の最後はなんて美しいんでしょう!………それが気に食わない」
「ルイ、お姉、さま……」
ルイの身体から離れた魔石がリリィの足元へと転がって来た。
理解が追いつかない。憎いヴァンピスの笑い声が頭の中に伝わってきて気持ち悪い。
「おっ、ぇぇ……ンブェェェ」
ピチャピチャと食べた物が喉を通して口から吐き出される。
再び此方へ振り上げた拳がリリィに迫るが、ルイが生み出した分身が妹を守る為に前へ立ちはだかってその衝撃を緩和する。
だが、それでも無傷とは言わなかった。
ルイの身体は朽ち果て、リリィは人形の攻撃によって入り口近くの壁へと吹き飛ばされた。
姉を2人も失った事と身体から悲鳴を上げる痛みでまともに動く事もままならない。
(……もういいか。諦めてしまったら楽になる。1人でこの世界は生きられないよ。だからお姉様、いま私もそっちに行くね)
「さぁ、引導を渡してあげなさい!」
「ウガァァァァァア!!」
ヴァンピスが叫び、人形が拳を振り抜く。
「あっはははハハハハハ!全部上手くいったわ!これで魔王様も認めてくださる……?」
高い笑い声を上げていたヴァンピスが怪訝な顔になる。人形が先程から動かないのだ。
そしてヴァンピスは何かに気付いて目を見開いた。
「……何がそんなに楽しんだよ。女の子虐めて喜ぶカマ野郎とか、出会って来たオカマの中でお前は最悪だ」
希望も未来もないと諦め掛けていたリリィ。此処に来る筈がないアルバルトが人形の大きな拳を腕一本で受け止めていた。
「どういう事なの、何でここに勇者がっ!」
「まずはお前からだな。この木偶の坊がぁァァァアっ!!!」
炎を拳に集中させて振り抜いたアルバルトのパンチは人形の拳を押し返して更にヴァンピスの方へぶっ飛ばす。
「いいか、よく聞け。勇者とか何とか関係ねぇ」
アルバルトがリリィとすれ違う。
「なんで…」
「俺はお前のお兄様なんだろ?妹を助けるのに理由がいるものかよ」
目の前のヴァンピスを睨み付けてアルバルトは敵である魔族のリリィに背中を向け、背中に背負っていた大剣を取り出して構えた。
「俺は今、イライラしている。覚悟しろお前ら、明日の太陽を拝めると思うなよ」
遅くなりました!
絶望するリリィの前に駆け付けたのはアルバルト。
妹を守る為にヴァンピスらに剣を向ける。
◆
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