第141話 最悪の知らせ
「おいっきなさ〜い。私のお人形さん!」
「グギガガガガァッ!!!」
ヴァンピスの指示によって身体中が穴だらけの化け物が唸りを上げる。どんな攻撃も平気で受け切る相手にミドルウッドは険しい顔をしながら魔力を練り上げ、杖を振りかざす。
あの人形と呼ばれた化け物は要注意だ。だからまずは動きを封じさせてもらおう。
「"森の尖兵"!」
「グギ……ッ、ギィィィァァァァ!!!」
ミドルウッドを守る為に太く尖った森の意思がヴァンピスと化け物を貫こうと追い縋る。ヴァンピスは自分の操り人形を盾に使い、その背後で薄ら笑いを浮かべた。
一方、盾にされた人形はと言うと無数に迫るミドルウッドの攻撃を全てその身に受け止める。針の筵にされた人形は力任せに引きちぎろうとその場で暴れ回るが、そう簡単に大地の力は打ち破れはしなかった。
しかし、魔法を行使したミドルウッドの身体に異変が起き始めていた。
「ぐぅ……!」
「難儀なものよね〜。魔王様のお力をその身に刻むなんて最上の栄誉が魔族以外だと呪いになるなんて……とぉっても妬ましいわぁ」
「………この呪いのせいで我々がどれだけ苦しんだと思っている。この呪いはどんなに肉体を傷つけようが、時間が経てば元通りに戻ってしまう」
ヴァンピスの言う通り、ミドルウッドは魔法を使った反動で腕の血管が破裂し、そこから真っ赤な血が流れる。
魔王の力の一端を封印する代わりに刻まれた呪い。魔法を使う度に途方もない痛みを味合うという。これこそがミドルウッドの持つ呪いの正体だった。
ミドルウッドは他のエルフ達がいる時も魔法を使ってはいたものの、暗い色の厚手の外套を被っており、血を布に染み込ませる事で何とか呪いのデメリットを隠していたのだ。
「呪いによって年老いる者もいれば、歳を取らぬ者もいる。共通して言えるのは決して死ねないという事。分かるか?愛する人を何度も見送るこの辛さ、永遠の苦痛を味わうこの恐怖を…!」
羨ましいという嫉妬の感情をヴァンピスから感じ取ったミドルウッドは全身から来る痛みに耐え、杖をしっかりと握り締めて立ち上がる。
この場でこやつらを引き止めるのは私の仕事だ。その間に孫娘達が他の魔族を倒してくれる。彼らの強さは人伝ではあるが聞いている。紛れもなく誰も彼もが実力者、魔族程度に劣るとは思えない。
それにこの呪いを羨ましいだと…?
巫山戯るな!この忌々しいモノに憧れを抱くなど吐き気がする。
「なによその目……面は若々しくても内面がお爺ちゃんだなんて、美しくないわねぇ」
「この身が焼かれようが引き裂かれ様なかと魔王を討ち倒すまで私は倒れる訳にはいかないのだ。もう500年も待った。ようやく次世代の勇者が見つかり、私の使命が果たせる。それに貴様の様な醜き者を野放しになど出来ぬのだ!」
例え身体がどんなに傷つこうがミドルウッドは魔法を唱えるのをやめない。肉が裂け、骨が見えようとも魔力を研ぎ澄ませて対抗する。
「わ、私が醜いですってぇぇェエエ!!」
ミドルウッドに醜き者と呼ばれたヴァンピスは怒りに震え、のど太い声が大地を揺らす。
手を前に突き出し、視覚出来る程の多くの魔力が人形へ注がれる。
「ゆ、ゆゆ、許せなぁーいッ!人形…!全部ぜんぶ焼き尽くしなさい!!」
「ウガァァァァァァア!!」
ミドルウッドの魔法によって磔にされていた人形に力が宿る。身体全身に走る魔力を口に集め始めた。
その行動に危険を察知したミドルウッドはヴァンピス諸共、串刺しにしてくれる!と杖を振るい、目の前を覆い尽くす程の鋭利な木々達を召喚した。
「"森の行軍"」
(これで貴様らは逃げられない…!)
魔族を絶対に倒す。
そんな強い意思がヴァンピスらに迫っていく。
磔にされた人形、その背後で不敵に笑うヴァンピスに森の怒りが襲い掛かり、その先端が触れようとした時、ヴァンピスの操り人形の口元から赤い何かが見えた。
「こやつ、まさか炎を使えるのか!」
「あははハハハ!木々を操る英雄も相性最悪な炎には流石に勝てないわよねぇ!!」
『火炎地獄』……全ての物を焼き尽くさんとばかりに熱く燃え滾る炎が押し寄せていく。
口から勢いよく発射された熱の塊はミドルウッドの出した魔法に着弾、そしてその全てを灰と化していくのだった。
それを高らかに笑うヴァンピスと魔法を中断し、水の魔法で炎の勢いを削ぎ落とすミドルウッド。
吐き出した炎によって拘束が解かれて再び動き出した人形を見て厄介な事になったと心の中で愚痴る。
「この程度でこの私が怯むとでも思ったかっ!」
「くたばりぞこないのお爺ちゃんが強がり言っちゃって、ヴァーカみたい!」
「失礼な、私はまだピチピチの806歳だ!!」
その言葉を皮切りに炎と水、土に樹木と入り混じる激しい戦闘。負傷してもなお、闘志だけは消えずに魔法を使う。
何故、ここまで自分が弱っていると気付かなんだか、怠惰に過ごしていたツケが来てしまった。
身を削る戦い方は骨が折れる。強がってはいたものの、炎という相性最悪の魔法の登場に冷や汗が流れる。
このままではこちらが先に潰れてしまうとミドルウッドが思った時だ。
いきなりヴァンピスとその人形が動きを止めたと思えば、子供が欲しい物を手に入れた様に大きな声ではしゃぎ回る。
嫌な予感というものは常に当たる。
長き年月を生きてきたミドルウッドだからこそ、そう思うのだ。
そしてそれは現実となってもたらされた。
「あーははは!やったわ…!ついに、勇者を手に入れた!これで魔王様もお喜びになられるぅ!!!」
「な、に……っ?」
まさか孫娘達が負けたのか?いや、こんなデタラメを信じるにはまだ早い。
「最高の気分よ。よくやってくれたわ、あの子達ぃ!貴方のお仲間ちゃんだけど、みんな全滅しちゃったみたいねぇ…」
「貴様の言う事など到底信じられん話だ。その証拠は何処にある?」
「私は死霊使いって忘れたの?死体を動かす事も出来るけど、その思考やその目で見たモノ全てが私に共有される。間抜けにも勇者を洗脳されるなんて……笑えてきちゃうわぁ」
「まさか聖女様の加護を突き破ったとでもいうのか…!」
「私の配下には魅了の才能だけなら魔王様直々に褒められた子が居てねぇ。私もそこまで使える子だとは思ってなかったんだけど、いい拾い物をしたわ」
相手のペースに乗せられている事に気付きながらも否定ができないミドルウッドの顔には焦りが見え始めていた。
ヴァンピスから全滅という事を聞かされた事で脳裏に浮かんだのはミリアの顔だった。
あそこには目に入れても痛くない私の可愛い孫のミリアがいる。他の若者も気になるが、第一優先は家族だった。唯一血の繋がりがあるミリアの生死が気になって仕方ないミドルウッドは杖を待つ手が震える。
「うふふ。貴方のその表情、とっても素敵。本当はそのまま息の根を止めたい所だけど、勇者を手に入れた今、貴方に興味がなくなったわ。後ろに控えているエルフ族も集まって来てるし、ここらで帰らせて貰いましょう」
ヴァンピスが視線を送る先には木の影に隠れてこちらの様子を伺うエルフ族達がいる。全員、操られていたエルフを拘束してミドルウッドの元へ駆けつけてきた様だ。
そんなエルフ達の気配に気付いていたヴァンピスがその場所へ人形に炎を吐かせて撤退を開始する。
どうする?この状況で私が取る選択肢は…いや迷っている暇などある筈もない。
「おのれ…!」
逃走を図るヴァンピス達を追えば炎がエルフ族の身を焼くだろう。彼らを守ればヴァンピス達を取り逃してしまう。
ミドルウッドは悩み、瞬時に同胞の命を守る事を決断した。
ミドルウッドが炎を受け止めて鎮火させた後、ヴァンピス達の姿はない。
その場にはミドルウッドとその他数名のエルフの戦士達が佇んでいた。
ヴァンピスが去った後、ミドルウッドはその場で倒れてしまった。
無理が祟ったのだろう。久しぶりの戦闘に、魔王の呪いで傷付いた身体では魔力を練るのも一苦労だ。
次にミドルウッドが目を覚ましたのは彼がグリーンウッドへ運ばれてから2時間後である。




