第139話 奇襲のリリィ
アルバルトとレティシアが前衛、後方から支援するのは回復魔法や補助魔法を得意とするマリアだ。
対するはヨルと呼ばれた魔族。アルバルト達3人の前方には漆黒の翼を大きく広げ、彼らを威圧している。
「うふふ…さぁ、夢の中でお姉さんと遊びましょう?"誘霧催眠"」
「アイツの身体が消えた…?さっきの霧も奴の仕業か……また身体が重い」
ヨルの背後から一斉に大量の霧が飛び出してアルバルト達の周囲を取り囲む。
その霧を吸うと少しずつだが、先程と同じ様に身体が重く、思考がフワフワとしてしまう。
「この霧を長く吸ってはいけません!ここは私に任せてください!"抵抗"」
「……っ、厄介な技ですね」
「私がお2人にかけた魔法はこの霧の効力を少し遅くする程度です。長く戦っていてはこちらが不利となるでしょう」
マリアが杖を水平に構えて異常状態に対して有効な補助魔法をかける。本当なら全回復といきたいが、この霧に包まれている限りだと治してもすぐに同じ状態となるだろう。
これは早急に決着をつける必要がある。
「ウフフ、何処見るの?私はここよ」
「なにっ!?クソッ……そこかぁっ!!」
アルバルトがヨルの気配を察知して大剣を振るう。ヨルの身体がズバッと引き裂かれるが瞬く間に切り裂かれた部分に霧が集まっていき、元通りに再生していく。
その光景におもわずアルバルトは息を呑んだ。
「霧は私の領域……この霧がある限り、貴方達に私には勝てないわ」
「何処にいるか分からないなら、全部燃やし尽くしてやるだけだ!」
相手が攻撃して来る時だけ実体化してくるが、そこに魔法を当てても剣で切っても手応えがまるでない。
まるで雲を切っている様な感覚だ。
レティシアが風魔法で吹き飛ばしに掛かるが、相手もそれは承知の上。先程から魔法を使おうとするレティシアにばかり攻撃を仕掛けてくる。
不透明な存在への攻撃に時間ばかりが掛かっている。今の所は何とか持っているが、こうしている間にも着々と身体を霧が蝕んでいくのが感じ取れる。
さっきからやけに腕が重くて大剣を持つのがやっとだ。
(攻撃が物理も魔法も効かないんじゃ話にもならねぇ…)
「ファイアボールッ!……ちっ、また外れたか」
闇雲に攻撃しても意味がない。でも、もう身体が動かなくなるまで時間もそうはない。
今はマリアの魔法で持ってはいるが、彼女が倒れたら魔法も切れ、その時点で俺達も敗北する。
どうする…どうやってこの状況を打破すれば…何か、何かないのか。
ーーーーいや、待て。何かが引っ掛かる。
「マリアッ!俺の後ろへ来い!」
マリアの背後を狙う爪を横から蹴り飛ばす。
力が抜け、もう重くて持つ事も難しくなった大剣は地面に突き刺してきた。
後はこの身で戦うしかない。
敵の攻撃を捌きながら、最初の事から思い出してみる。
(俺達が初めてこの霧に包まれた時、レティシアの風魔法でこの辺り一体を吹き飛ばした)
そうだ。この霧を風で拡散させて吹き飛ばした。この後に魔族が姿を見せたんだ。
(何かがおかしい。身体を霧に変化出来る奴がどうしてレティシアの魔法剣をわざわざ避けたりした?やけに焦った様に避けていたが……)
考えろ。考えて考えて、ある一つの可能性に辿り着いた。
もしかしたら、攻撃して来る時に現れるあの実体は偽物で本体ではないのか…?
「エアーショットッ!!」
「うふふ、ハズレ。頭を狙っても無駄よ!」
「くっ…!せめて魔力を練る時間さえあれば」
狙われるレティシアが悔しそうに唇を噛み締める。
ヨルという魔族にとって時間をかければかけるだけ向こうが有利になる事は分かっている為、こうしてわざわざ時間をかけて俺達をジワジワと追い詰めていくのだ。
レティシアの風魔法で作った弾丸は敵を貫いてからその後ろの木に着弾した。その勢いで木周辺の霧は一瞬だけだが散開した。
(……霧は丁度あの木よりも少し下ぐらいか…上まで伸びていないな)
実体と思い込んでいたものが偽物だとしたら、本体は別にいる。攻撃しても手応えがないのは空を切っているから。
身体に残る傷はよく見ると細かい。まるで爪で引っ掻かれたみたいだが、爪に対して剣を当てた時は金属音がする事から飛び道具か何かを使っていたと考えれば納得がいった。
「マリア、魔法で強い光を出せるか?」
「少し時間を頂ければ可能です」
「なら、俺が合図するからその時出してくれ」
俺は音を頼りに戦っているレティシアを探す。その視界が最悪と言ってもいい程の霧の中、闇雲に探すのは非合理的だ。
なら、鬼人の力で聴覚を研ぎ澄ませて探した方がいい。
執拗にレティシアへ襲い掛かっている魔族の元へ乱入する。蹴りを放ってみるがやはり効いた様子はない。
だが、これでようやく突破出来る。
「一旦マリアの元まで戻るぞ!」
「了解です」
急ぎマリアの元まで駆け寄り、3人で背中合わせに陣形を組む。
魔族の動向を探りつつ、小声で呟いた。
「……レティシア、上だ。俺を使え」
「上……?あぁ、そういう事ですか」
俺の短な言葉の意図を汲み取ったレティシアの目が鋭くなる。どうやら俺が言おうとしていた事が伝わったらしい。
霧の中から再び姿を見せた敵に魔法を放って牽制する。
「うふふふ、そんなんじゃ、いつまで経っても私には届かない。そろそろ夢の中へご招待といきましょうかっ!」
「まずは奴の動きを止める!……ファイアボールッ!!」
手から放った魔法は魔族をそのまま貫通し、霧の中へ消えていく。だが、これで攻撃の手が一瞬だけ止まった。
俺はすぐにレティシアの方へ向き直り、膝を軽く折り曲げ、両手を組み合わせる。
「今だ、マリアっ!」
「聖なる光よ、我らの道を照らしたまえ!"導きの光"ッ!」
マリアが放つ眩い光が霧の中で生まれ、辺り一体を明るく照らす。
瞼を事前に閉じた俺でさえ、眩し過ぎると感じるのだ。警戒も出来なかった敵の視界を光が焼き尽くす。
そんな中、1人だけ俺に向かって走って来る人物がいる。茶色の髪を靡かせて走る少女の足音を耳で捉えた。
「頼むっ!」
「行ってきます!」
俺は両手を組んで足場を作っていた。彼女の硬い靴の底を手のひらで感じ、すぐさま膝をバネにして腕を上へと振り上げる。
レティシアの足の力とアルバルトの腕の力が合わさり、空高くへと飛んでいく彼女は途中で身を捩って頭を下にする。
そこは霧の中間地点の真上。
レティシアは全身に走る魔力を手に集めて己の得意とする風魔法を下へ向けて放った。
「風よ、我が手に宿りて我が敵を吹き飛ばせ!ウィンドブレスッ!!!」
レティシアの手から放たれた突風は木を激しく揺らすと同時に視界が奪われていた厄介な霧を纏めて一掃する。
そうなれば、もはや敵の位置など裸も同然。
アルバルトは閉じていた瞼を開いて、周囲を素早く確認する。
「ーーーーーそこかっ!」
視界の隅に捉えた人影。この場には俺とレティシア、マリアとそれから魔族しかいない。あれが本体だ!
膝を地面スレスレまで曲げて、前のめりの状態でつま先に強く力を入れた。
景色を抜き去り、音を置いていく勢いでその人影へと駆け寄る。そいつは俺が地面を蹴った音に気付いたみたいで、視線が俺とかち合った。
怯え引き攣るのは俺の読み通り魔族だった。
その場から逃げようと翼を広げたが、もう射程圏内だ。鬼人族の機動力を舐めて貰っては困る。
右手を炎に変えてその場から跳躍、空へ逃げようとしていた敵の身体に俺の炎が突き刺さった。
「ファイヤーハンドォォォオ!!!」
「ィイ、がぁァァァアっ!?!?」
断末魔とも呼べる叫び声に耳を塞ぎたくなるが、油断は出来ない。
ぶっ飛ばされて地面に激しく転げ落ちた魔族にトドメを入れる為、近寄って拳を振り上げる。
「ねぇ、や、やめて……おね、がいよ…」
「………っ」
泣いて命を乞う姿を見ると判断が鈍った。
俺だって好きで命を奪おうとなんて思ってない。でも、お前らは人の命を簡単に弄ぶ。
ここで見逃したら今度は誰かが同じように被害に遭うに違いない。
グリーンフィールドで散々目の当たりにして来た大勢のエルフ族の悲しみや怒り。
それを断ち切る為に俺達はやって来たのだ。
だから、誰かがやらなくちゃいけない。
レティシアやマリアにこの汚れ仕事は押し付けられる訳がない。
(俺がやんなきゃいけねえだろうがっ!!)
最後の最後で戸惑った。命のやり取りなどもう何回もした筈なのに見た目もほぼ俺達と変わらない魔族に対して俺は拳を固め切れずにいた。
ーーーーそこを狙われた。
「はい、油断した〜♡」
「なっ!?何処から…!!」
「ふひひ、これで貴方も私のお兄様!"魅了の瞳"」
「うぐぅ……!?」
突如出現したもう一体の魔族。
ふわふわしたピンク色の髪と瞳を持つ少女は俺の股下から現れ、そいつと目が合った。
目が合ったと同時にカチッと頭の中を何かの映像が過り始める。
幼い頃から兄妹として過ごして記憶。
風邪を引いて弱り混んでいる自分を必死に看病してくれた健気な妹。
毎月のお小遣いを少しずつ貯めて俺の誕生日に合わせてプレゼントを送ってくれる愛しき妹の姿が、過ぎ…る。
「ウガァァァァァ!!!!!」
違う、この世界では俺は一人っ子だ。
妹なんていない。いる訳がない。
そう思っていたのにこの胸の内から来る愛しさは何だろう?どうして目の前の少女に対して愛情が生まれつつある?
(自分が侵食されていくのが分かってしまう。考えてしまったら止まらない。今も首を傾げて可愛く笑う妹に俺はもう拳を握れなかった)
「……………」
「洗脳終了〜!これで勇者は私の優しいお兄様。流石に私の魅了でもここまで抵抗されるとは思わなかったけどね?」
「アルバルト様ぁっ!!そんな、私のお守りを貫通するなんて…」
マリアさんの悲痛な声が聞こえる。
倒れ伏す魔族にトドメを刺す為に近寄ったアルバルトさんを新たに現れた魔族が何か攻撃を仕掛けた。
「私の相棒を返して貰いますっ!!」
それと同時にアルバルトさんの様子がおかしくなった。攻撃を中断し、俯いたまま動けがなくなってしまったのだ。
全身から感じる嫌な予感が当たりません様にと願いつつ、スキルを使い、速度を上げて魔族達の場所まで突き進む。
「お兄様、リリィ怖い〜」
私はそのセリフを聞いてどれだけ顔が歪んだ事だろう。
恐らく鬼人族でも悲鳴を上げるほどには睨み付けていたのかもしれない。
「どうして私の攻撃を止めるんですか…!」
嘘だと言って欲しい。
魔族を庇い、その身で私の短剣を受け止めるなんて馬鹿な事をした貴方を私は信じたくない。
「アルバルトさんっ!!!」
「俺はリリィの……お兄様だぞ?」
リリィの強力な魅了によって偽の記憶を植え付けられたアルバルト。
妹を襲い掛かってくるレティシアに対して敵対する。
次回。撤退、操られしアルバルトの猛攻!
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