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俺は、リイナの下着をマジマジと手元で確認する。
(リ、リイナは…こういう柄が好きなんだな…)
と、喉を鳴らしながら直視する。いけないと分かっていても、本能が言う事を聞かないのは男の性だからだろうか。
薄いピンク。
綺麗にあしらわれた花柄模様。
それに大きなモノを支える器。
みるみるうちに俺の妄想は空高く舞い上がる。
(いかん、いかん!こんなことしていたら本当に魔女どころか変態魔として名が広まってしまう!リイナの事だ。何でお返ししてくるか分からないからな。ここは穏便に済ませよう。)そう考えた俺は、すぐさま風呂場を出る準備をした…のだが…
またもや一大事が起きてしまった。
「誰だ…これ…」
風呂場の脱衣所に大きな鏡。
3人くらい同時に並んですっぽり入るくらいの大きな鏡。
そして、そこに映る姿は自分…の筈なのだが…
剣道部員だった頃の俺は確か丸坊主。そして、辞めてからはずっと伸ばしっぱなしだったが、しかし坊主が伸びただけのような髪型ではない。黒髪の短髪ながらも、ふんわりしている感じだ。
それに、なんだ?この童顔のような可愛らしい顔は…美男子だ。マジで。
俺は、自分の顔をペタペタと触りながら確認する。本当に不思議だ。自分が自分じゃない…
「お前、気持ち悪りぃぞ?」
不意に後ろから聞こえるユアの声。
俺はそれにびっくりして飜る。
「び、びっくりさせんなよ…ってかお前に気持ち悪りぃなんて言われたくないね。風呂場の時くらいそのハチマキ取ったらどうだ?濡れるだろ。」
「あぁ…これか?いやぁ、取るの忘れてた!あはは!」
何かユアのいつもの笑いとは違った。
何か隠すようで、愛想笑いしているようで。
「ってかよぉ!その背中!やっぱり改めて見るとスッゲーよな!消えねぇのか?」
俺の背後の鏡に映る俺の姿を見るユア。
俺は確認するように、自分の背中が映る鏡を見る…
「何だよ…これ…」
絶句だった。
真っ黒で、漆黒の色をした野太い黒。
俺は思わず息を飲む。
丸い円を縁取り、その中には大きく羽ばたく蝶の模様。刺青にしては濃過ぎるような…しかし、触っても取れる気配はしない。
「これが、魔女の刻印ってやつか…」
「俺っちは、この刻印を付けられたやつを、数人見たし、色々な情報を聞いたこともあるけど、生きてるやつを見たことは無ぇ。でも!俺っちは、フリードが魔女じゃねぇってこと、知ってっから!」
「何で…信用してくれるんだ?あの訓練場でのリイナとの戦いがあったからか?」
そう。あれは、不安視する葬儀の見物者が魔女だと思い込ませないように、或いは不安を払拭させるために催されたもの。
「違ぇよ!!それは俺っちが、お前と親友だからだよ!もちろん、最初はびっくりしたけどさ!でも、俺っちはお前がお前だってことくらいは分かってた!記憶喪失とかは知らねぇけどな!」
はにかむユア。
こんなにも大切に思ってくれるヤツが側にいた。バカだし、気まぐれだし、気分屋だけど、ユアにも良いところがある。俺はそれに気づけてよかった。
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震える手
乱れる心
俺は今、リイナの下着をテイクアウト真っ最中である。ドキドキが止まらない。
下着泥棒の気分とは、こんなものなのだろうか。
いや。そんな性的犯罪者と一緒にされたくは無い。これは列記とした正常行為なのだ。仕方のないことだ。むしろ泥棒なんてしてないからな!
などと自分で自分を正当化しつつ1人で広い廊下を歩く。ユアとは先ほど部屋の位置関係で別れたばかりだ。
全く帰り方もちょっとアヤフヤなところではあるが、何とかして風景を思い出しながら部屋へと足を運ぶ。
「見るからに怪しいわね。」
背後から聞き慣れた声がする。
俺は恐る恐るその声のする方向へ振り返る。
リイナだった。
先ほどと同じで、私服姿のリイナ。
新鮮で、可愛らしくて…しかし目は俺を鋭く捉えている。
「い、いやぁ…そう見えるかなぁ。別に俺は、やましい事なんて…無いんだけどなぁ。」
棒読みである。
頭をさすりながら苦笑いで誤魔化す。
「後ろから見ていると、まるで下着泥棒ね。」
ギクッ!
(やっぱりあいつはエスパーか?エスパーだったのか?)
確かに、リイナは自分で下着を投げたのだから、持っているのは俺だと直ぐに分かるけれど、俺の思っていることまでお見通しとは…
「そ、そんな…別に…下着泥棒なんて人聞き悪い…心の広い俺は、俺たちが入っている風呂場を覗き見したリイナの投げつけてくれた下着を、届けに行こうとしただけなんだけどなぁ…」
明後日の方向へと目線を逸らしながら話す。
「な!何を!!覗き見なんてする訳無いわ!あれはただ単に、私が入浴時間を間違えただけであって!!そ…それより、その下着!持っているなら返しなさい!」
頬を赤らめながら怒るリイナ。
「わ…わかったわかった。直ぐ返すから。」
少し惜しい気持ちではあるが、別に部屋へと持ち帰って眺めるわけにもいかないので、返す。
「えっと、リイナって意外と可愛い下着付けるんだな。それに、おっぱ…」
口を滑らせる俺…
痛恨のミスを犯す俺…
リイナの冷ややかな目が俺の精神を食い尽くす。
「おっぱ…何って?続きが気になるのだけれど?」
空気が凍る。
声のトーンが一気に下がり、恐怖を覚える。
「い、いえ…あの…おっぱ…おっぱ……リイナのおっぱい…おっきいのかなって…」
「この変態魔がぁぁあ!!!」
俺は、これ以降の記憶はよく覚えていない。
しかし、ユアから聞くと、地獄絵図だったという…
まぁ勿論、謎の回復能力で綺麗さっぱり傷跡は残ってないのだが…
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次の日は、使用人の方に服やら食事やら、学校のカバンやらを用意してもらうハメになり、俺は長らく不登校だった時期を思い出すとともに、ユアと登校した。
もちろん、ヴェローナ魔術学習院の生徒なので、俺も授業を受けることになった。教室は、まるで大学のような扇型の席の並び方で、1つ1つの教室が大きい。
俺はユアと隣の席らしく、かなりの親友度らしい。先生や、他の生徒から体の具合やら魔女との戦いについてめちゃくちゃ問い詰められた。
これが人気者ってらやつらしい。
俺は別に人気者ではなかったので、周りから聞かれることも少なかったし、何より親の一件以降、友達という友達とは話をしていなかったくらいだからだ。
授業は、魔術学や生物学、或いは魔女学なんてものまであった。異世界のことなんて、これっぽっちも勉強していない俺にとってはチンプンカンプンで、隣のユアに聞いても案の定のバカだった。
「よし!それじゃあアリア様のミッション!完遂させに行きますかっ!!」
やっとの思いで授業が終わると同時に、ユアは名簿を俺の胸に押し付け、満面の笑みで笑った。
「え、もしかして俺が勧誘するんじゃ無いだろうな?」
「もちろんフリードだろぉ!!だって人気者なんだし!!」
少し気に入らないところはあるが、人気者という響きは悪い気分にはならなかった。
そして、充てられた名簿を確認する。
「んじゃあ、誰を誘いに行くんだ?もしかしたら、他の生徒会メンバーが勧誘し済みの可能性だってあるぞ?」
「でも、聞いてみないと、わからなくないか?」
「……」
論破された。
しかも華麗に。
しかもユアに。
渋々俺は、名簿の一番上に載っている女性を当たることにした。
長い木製の廊下。
見知らぬ廊下。
ユアに連れられながら、俺たちはその名簿の女性を探した。
シャルロット・アストライア
称号 『搾取使い』
ヴェローナ大魔闘会 2連続優勝