妖霊を裂く星華滅妖剣
響華は箪笥から布に巻かれた長細い物を二本取り出して、凛華を抱えた。
「へ?」
「櫂流、逃げるよ」
そう言って響華は廊下に出た。
次の瞬間、響華の部屋が吹き飛んだ。
「えぇ……?」
木片と畳が廊下に散乱している。
妖霊が強化の部屋に突っ込んできた結果だった。
響華は妖霊の存在に気づくのが遅れ、破壊を防げなかったが、逃げることはできていた。
義妹の凛華を抱え、響華は危険を回避し、櫂流に布に包まれた対妖霊剣を投げ渡していた。
二人は棒に巻かれていた布を剥がした。
そして剣を構え、背中合わせに立った。
それを見て、凛華は目を見開いた。
響華達が持っている剣は、紛れもなく星華滅妖剣であったからだ。
そう、二人は妖霊を殺す組織、妖霊撲滅保安隊の第一部隊の隊員なのだ。
「凛華、危ないから下がっててね」
凛華は響華の言葉通り、直ぐにその場を離れた。
「全く、響華。気づいたならもっと早くに言ってくれないか?俺はお前のように探知能力は優れてないんだから」
「ごめんね〜。気づいた時には手遅れだったんだよ」
その瞬間、妖霊から不気味な気配が膨れ上がった。
空気が重くなり、まるで闇そのものが蠢く様な音が響く。
妖霊は黒い霧の様な体に、赤く光る目が浮かんでいる。
何にも例えられないほど不気味な姿をしている。
妖霊が動いた。
霧の様な体が一瞬で縮こまり、次の瞬間、爆発的な速度で響華に襲いかかった。
だが、響華は既に動いていた。
響華の白髪が風を切り、剣が弧を描く。
星華滅妖剣の刃が妖霊の体を切り裂くと、黒い霧が悲鳴のような音を上げて散った。
しかし、妖霊は直ぐに体を再構成し、反撃に転じた。
鋭い爪のようなものが響華を狙い、廊下の壁を抉った。
「ちっ!」
櫂流が横から飛び込み、剣を振り下ろす。
彼の斬撃は妖霊の腕を切り落とし、黒い霧が床に溶けるように落ちた。
だが妖霊は怯まずに、切り落とされた腕を即座に再生させた。
「こいつ、厄介だな!」
櫂流が叫ぶ中、響華は冷静に状況を分析していた。
響華の目は、妖霊の中心部、赤い目が光る核を捉えていた。
あそこを狙えば、一撃で終わらせられる。
「櫂流、援護して!」
響華が叫ぶと、櫂流は即座に反応した。
櫂流は妖霊の注意を引きつける為、剣を振り回して、わざと隙を見せるような動きで妖霊を挑発した。
妖霊が櫂流に襲いかかった瞬間、響華は動いた。
彼女の体はまるで天女のように軽やかに舞い、妖霊の背後に回り込む。
星華滅妖剣が一閃し、妖霊の核を正確に貫いた。
「ギィィィアアア!」
妖霊の断末魔の叫びが響き、黒い霧は光の粒子となって消滅した。
廊下には静寂が戻り、響華と櫂流は肩で息をしながら剣を下ろした。
「ふぅ……やっぱり強い子だったね」
響華が笑顔で言うと、櫂流は呆れたように首を振った。
「たく、お前は何時も呑気だな」
二人は顔を見合わせ、軽く笑い合った。
だが、その背後では凛華が呆然と立ち尽くしていた。
彼女の目に映る響華と櫂流は、ただの姉や従者ではなく、妖霊を討つ第一部隊の精鋭だった。
「凛華、大丈夫?」
響華が優しく声をかけると、凛華はコクコクと頷いた。
しかし、その目にはまだ驚きが残っていた。
「次はお義父様に怒られるかな……」
響華が苦笑しながら呟くと、櫂流は肩を竦めた。
「部屋を吹き飛ばしたんだ。覚悟しとけよ」
「私じゃないのにぃ〜」
二人は壊れた廊下を見やりながら、咲花家当主へ報告に向かう準備を始めた。
◇◆◇
「部屋を吹き飛ばしたそうですね」
響華と櫂流は咲花家当主、咲花健悟に詰められていた。
不可抗力とはいえ、部屋を吹き飛ばしたことには変わりないからだ。
「仕方ないじゃないですか。私の結界を破るなんて思ってなかったし、私の部屋に落ちてくるなんて想定外です」
「で、凛華の前で妖霊退治をしてしまったと……」
健悟は呆れたように眉間を押さえて、渋い顔をしている。
それはその筈。
凛華が妖霊を殺す組織に入りたいと言い出したのだ。
「妖霊撲滅保安隊は危険だと何度も言っているのに、お前達に憧れているからと凛華が聞きやしないんだ」
「それはお気の毒に。凛華は一度言い出したら長いですからね」
「おひい様……。他人事過ぎませんか?」
「他人事ですからね。それより、何時になったらお義父様は私を普通の娘として扱って下さるのですか?」
響華はずっと健悟に、自分を娘として扱ってくれと頼んでいる。
実の親にも会ったこともない響華からしたら実の親とも言える健悟にまで余所余所しいのは嫌なのだ。
しかし、健悟は真面目だ。
真面目故に、何時もの回答しか返ってこない。
「皇族の方にその様な態度は分不相応かと」
「私は皇族ではありませんよ?」
「直径の血を引いておきながら何を言いますか」
健悟は苦笑した。
響華がこの様に、強引且つ心優しく成長したのは、咲花の教育方針が正しかったからであろう。
他の家ではそうはいかない。
健悟は咳払いをして、改めて二人に向き合った。
「二人に話がある。この度、虹色の家、伊集院の御当主様が代替わりなされた」
虹色の家、つまりは皇族である。
二人は顔を見合わせた。
「えっと、結局何方が当主になられたのでしょうか」
「魅李弥様」
二人は明らかにうわあという顔をしている。
健吾はそれに気づかずに続けた。
「魅李弥様と都卯樹様、何方もいい方ではあったが、魅李弥様の方が国の頂点に立つに相応しいと、前当主様が判断されたそうだ」
「そ、そうですか……」
「どうかしたか?」
二人の異変に気がついた健悟は、二人に問いかけた。
「何でもありません」
「三日後、おひい様と櫂流は魅李弥様と謁見するように」
「え?何故ですか?」
「私に聞かれてもなぁ。魅李弥様の御命令としか」
二人は何かを察したようだ。
しかし、それが何かは言わずに二人は執務室を出た。
「では、失礼します」
しばらく歩いてから、「はぁぁああああ」と声を上げて蹲み込んだ。
「マジかぁ」
「あの魅李弥が伊集院の当主になったのか……」
二人は伊集院の現当主である、伊集院魅李弥と知り合いだった。
二人は昔、伊集院の屋敷に赴いた際に、ヴェールを空高く舞上げてしまった魅李弥と出会った。
素顔を見られてしまった魅李弥は開き直って、顔を隠さずに二人に関わった。
そして、時々伊集院の屋敷に忍び込んでは、ヴェールを外した魅李弥と遊んでいた。
当然伊集院の当主にも、咲花家当主にもそれは伝えられていない。
「魅李弥が皇帝陛下かぁ、あんなにドジっ子なのに務まるのかな?」
「分からないけど、魅李弥は案外しっかりしてるからね。案外出来るかもよ?」
「さあ、どうだろうな」
◇◆◇
――二日後
響華と櫂流は謁見の間で、妖霊撲滅保安隊の制服を着て跪いていた。
二人は十年ぶりに会う友人に対して少しだけ緊張していた。
響華達と伊集院の間には簾が垂れ下がっている。
「よく来られたな。咲花響華、緑木櫂流」
「「とんでもありません」」
響華と櫂流は声を合わせて言った。
簾の奥にいる魅李弥の顔は、当然見えない。
しかし、二人はそれが紛れもなく魅李弥だと分かった。
「この度の伊集院当主への代替わり、心より祝福致します」
「咲花、緑木当主に変わってお祝い申し上げます」
「祝いの言葉、受け取った。此処から先は、人払いをして話そう」
付き人や護衛が顔色を変えたのが分かる。
「魅李弥様、それは……」
「何か文句があるか?私は、櫂流と響華としか出来ない話があるのだが?」
その声は酷く低く、冷たかった。
言い返せない護衛達は、「いつの間に親密に」と思いながらも退席した。
護衛達の気配が完全に遠ざかってから、魅李弥は簾を持ち上げて、奥から出てきた。
「よっ、二人とも。久しぶり」
「魅李弥、相変わらずの様で安心したわ」
「伊集院が自ら人に素顔を晒しに来るとか、聞いたことねぇよ」
響華も櫂流も呆れながらも、何処か優しい目つきをしている。
魅李弥は、響華と同じ白髪だ。
つまり、響華は正真正銘の皇族であり、魅李弥とは兄弟である。
しかも双子の。
「魅李弥、今日は話があるって聞いたけど……」
「ああ、確認とお願いをしたくてね」
魅李弥は二人の前に正座をして、改まったような顔をした。
その真面目な顔に、二人は思わず背筋を伸ばす。
「二人は妖霊撲滅保安隊に所属していると聞いたけど、本当か?」
響華と櫂流は顔を見合わせた。
何故そんなことを訊くのか分からなかったからだ。
「本当だけど、それがどうかしたの?」
「……今からでも間に合う。妖霊撲滅保安隊を辞めてくれ」
「は?」
響華は思ってもいなかった言葉に、声を上げた。
妖霊撲滅保安隊は唯でさえ人手不足なのに、それを辞めろと言う魅李弥の意図が分からなかったからだ。
「何でそんな事を言うの?」
「お前らが大事だからだ」
妖霊は聖力が嫌いだ。
聖力が嫌いだが、聖力持ちは好きだ。
妖霊は聖力持ちではない人間も喰う。
しかも、聖力持ちが大好物だ。
だから聖力持ちの大半は妖霊撲滅保安隊に入っている。
一般人だけでなく、自分も守るために。
「大事だから妖霊撲滅保安隊をやめろって言われても、聖力持ちは星華滅妖剣がないと妖霊に喰われて死ぬのよ?」
「私の権力で君達だけは星華滅妖剣の所持を許可する。だから頼む」
魅李弥は頭を下げた。
けど、二人の中にある答えは変わることはなかった。
「ごめんね、魅李弥。私達、自分のことは勿論そうだけど、他の人のことも守りたいから」
「……」
魅李弥は悲しそうな顔をした。
「そっか……。二人ならそう言うと思ってた」
「ところで、何で私達に妖霊撲滅保安隊を辞めろって言ってきたの?」
「その理由は言っただろ?」
「本当の理由は聞いてない」
響華がそう言うと、魅李弥の目が大きく見開かれた。
それは肯定している様なものだと分かっているのだろうか。
魅李弥は乾いた笑い声を上げた。
「響華には敵わないな」
「何かあるんでしょ?分かるよ」
「……二人に、この国の成り立ちを知って欲しい。虹色の家、伊集院と、ある家しか知らないことだ」




