表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士アンナは、それでも愛する人を守りたい 〜あなたを忘れる方法を、私は知らない〜  作者: 長岡更紗
カルティカの涙〜フィデル国の異母姉編〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

354/501

352.嘘だ……そんなはず、ない……

 クロエは十八歳になると、カジナル庁舎での業務に従事し始めた。

 毎日朝早くから執務に向かい、書類を整理し、報告を受け、時には上級官僚と議論を交わす。

 これまでの学びや訓練のすべてが、この日常の中で確かに役立っていると実感する。そんな充実感と同時に、クロエの胸の奥には小さな緊張を常に持ち続ける。そんな毎日が続いていた。


 そしてミカヴェルはその頃、ずっと密かに温めてきた計画を着々と進めていた。

 ヤウト村争奪戦── フィデル国の参謀軍師として、彼はカジナルの一軍を率いてヤウト村への攻撃に踏み出した。

 不思議なことに、ザイレンはこの時の遠征には同行していない。

 その事実に、クロエは少しの違和感を覚えつつも、理由を問いただすこともできなかった。

 指揮官としての彼の選択は、常に合理的で、誰にも疑う余地がないのだから。


 しかし、予想もしなかった事態が訪れる。

 勝鬨をあげて無事に帰還するはずの光景を、誰も見ることはなかった。


 ヤウト村の戦いで──ミカヴェルは消息を絶ったのだ。


 その知らせがクロエに届いた瞬間、全身の力が一気に抜け、膝から崩れ落ちた。

 冷たい床に膝を打ちつけながら、身体の芯まで震える感覚が走る。


「嘘だ……そんなはず、ない……」


 震える声が庁舎に微かに響く。

 襲ってくるのは絶望そのものだった。

 クロエはその日、なにをしても手につかず、時間だけが過ぎていく。

 机の上の書類も、目の前の光景も、まるで現実ではないように感じられた。


 命からがら帰還した兵士たちの口から語られたのは、ストレイア王国の捕虜にされたという話。

 だが、同時に流れてくる情報では、ストレイア王国側では行方不明扱いになっているという。

 生きているのか死んでいるのかすら、まったくわからない状態。その不確かさが、クロエの胸を鋭く締め付けた。


 信じたくなかった。首を何度振っても現実は変わらず、否応なく心を打ちのめす。

 夜の闇が庁舎を包み、灯りが揺れる中で、クロエは中庭のベンチに腰を下ろし、ただ突っ伏して涙を零し続けた。袖で頬の涙を拭っても、熱く滾る感情は尽きることなく、次から次へと押し寄せる。


 そのとき、静かな足音がゆっくりと近づいてくる。


「クロエ……」


 顔を上げると、ザイレンが立っていた。

 庁舎から溢れる灯りに照らされた彼の姿は、穏やかでありながら、どこか深い痛みを湛えていた。

 クロエは立ち上がるなり、迷うことなくその胸に飛び込んだ。


「ミカヴェルが……ミカヴェルがいないんだよ、ザイレン……!」

「……ああ、聞いた」


 ザイレンは黙ってクロエの背を支える。泣きじゃくるクロエの肩に手を回し、無言で抱きしめた。

 その腕の温もりに、クロエの感情が溢れ出す。


「なんで……なんでだい! ミカヴェルは、この国の参謀軍師だろう!?」


 必死に尋ねるクロエに、ザイレンは静かに答える。


「いくら優秀でも、ミカヴェルだって人間だ。誤算はある」

「そんな……そんな……ミカヴェルが……うあぁぁああっ!」


 嗚咽が声を震わせ、涙が止まらない。そんなクロエの肩を、ザイレンは強く掴んだ。


「クロエはミカヴェルが死んだと思っているのか?」


 クロエの呼吸が乱れたまま止まる。

 涙で濡れた目で、ザイレンを見上げた。


「だ、……って……」

「行方不明、か。ミカヴェルなら、それも計算のうちだとは思わんか?」

「……っ!」


 その言葉が、胸にすとんと落ちた。

 計算し尽くす男であり、どんな状況も想定して動く人物。

 少なくとも、クロエの目にはミカヴェルは完璧な存在として映っている。


「行方不明になって……なにかをしようとしてるってことかい……」

「誰が信じなくとも、俺はそう信じる。俺はあいつの親友だからな」

「あたしだってそうだよ!」


 ザイレンに対抗するように声を張るクロエに、彼はふっと笑う。

 その笑みに、言葉以上の信頼と安心が滲んでいた。


「ミカヴェルも、俺たちを信じてくれているはずだ」

「……あたしらを?」


 クロエの問いに、ザイレンは力強く頷く。


「そうだ。あいつはクロエがここで五聖執務官になるって信じてた。だから自分がいない間に〝やり遂げてほしい〟って思ってたんだ。生きて帰ってきた時、クロエがなにも成してなかったら、がっかりするだろうな」


 クロエは涙で濡れた頬を急いで拭い、深く息を吸った。心に刻まれた約束が、胸の奥で力強く鼓動する。


「そうだ……! あたしには約束がある! 五聖執務官になるって、ミカヴェルと約束したんだ……!」


 震える手を握りしめ、背筋を伸ばす。その決意は確かな炎となり、絶望に沈みかけた心を照らした。


「必ず五聖執務官になって、胸を張ってミカヴェルに報告してみせるよ……!」


 ザイレンは静かに見守り、納得するように頷く。


「その通りだ。あいつは必ず戻る。クロエが五聖執務官になる頃には、きっとな」


 クロエは再び深く息を吸い、決意を新たにする。

 絶望の淵に沈みかけた心は、ザイレンの言葉と自身の決意によって、少しずつ光を取り戻していった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ