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15 婚約解消とその先へ


 二か月の夏季休暇の間に、私達を取り囲む状況は一変した。



 まず、ロゼッタの調査の中で、フローレス公爵家のいざこざが争点となった。


 ロゼッタの紫色の瞳。コルド王国のラルフ王子にも見られるように、コルド王家を中心によく見られる瞳の色だが、ニースランドには稀少だ。

 フローレス公爵夫人の実家がコルド王家の末裔であることから、隔世遺伝とされていたが、夫人と当時留学中だった王弟の間の不義の子であったためと、明らかにされた。


 それだけでも一大スキャンダルだったのだが、例の盗賊団と件の王弟の繋がりが見つかり、ロゼッタの騒動はコルド王室をも巻き込む一大事へと発展した。


 その交渉にはマクラウド公爵とその息子カイルが行き、その場で、王弟の離宮幽閉と王族からの離籍が決定された。また、コルド王家よりフローレス公爵並びにニースランド王国に対し賠償金が支払われることとなった。


 フローレス公爵夫妻は離婚し、夫人は修道院へ入ることになった。

 ロゼッタを救い、盗賊団逮捕に一役買ったレイリーは、ロゼッタと共に盗賊団の隠秘と強盗教唆に関与したとされ、辺境の鉱山での労役が課されることとなった。


 ロゼッタは、盗賊団との関与、大神殿をも巻き込み聖女候補や民衆を操作しようとした事、それにより王太子や王女の権威を傷付けた事など、複数の罪により処刑されるべきという意見も出た。

 だが結局、王太子の婚約者として公務にあたり、王国に貢献してきた実績も考慮され、母親とは別の修道院に送られることになった。



 あの可憐なロゼッタが、と私にとっては青天の霹靂だった。

 しかし、私のロゼッタ悪役令嬢説を聞いたカイルは、まさか悪役令嬢説を信じた訳では無いだろうが、ロゼッタの瞳の色、という引っ掛かりから、彼女に探りを入れ始めていたのだ。


 実のところ、ロゼッタの出生について判明した時点で、ロゼッタの婚約解消は決まっていたらしい。

 だが、そのタイミングを決めあぐねている間に、あの親睦会になり、こうしてフローレス家のスキャンダルが世間に露呈する結果となった。

 ああ見えて、実はそれなりにロゼッタを愛していた、レオナルドに配慮した結果でもある。



 マイラについては、ドレスの賠償のみ行うこととし、ステラに直接謝罪することで、一応の解決を見た。

 オスカーとの婚約は継続されるが、うん、何とか二人で乗り越えるしかない。



 聖女候補のステラについては、ロゼッタに踊らされた面が強いことと、やはり、唯一無二の奇跡の力を有していることが大きく、表立って処罰されることはなかった。

 カイルが「なかったことには出来ない」と言った、私を冤罪にかけ処刑にもっていこうとした、なんて話はなかったことにされた。それでいい。


 しかし、学園や世間を混乱させた事は重大とされ、ステラは王立学園は退学し、以後は聖女候補としての修行と、神職に従事することが決められた。


 ロゼッタの指示でステラの操作に関わった、ロワール神官は罷免となった。



 ほとぼりが冷めた頃、紅茶とチョコパイを差し入れに面会に行くと、「姫様、こんにちは」と、出会った頃よりも少し大人になって、でもやっぱり愛らしい笑顔で、私を出迎えてくれた。


 ステラは、上京後ずっと彼女を支えてくれたという、「ロワール様をお慕いしていたのですが……。彼の言う事を全部真に受けて、こんなことに……。本当に馬鹿なことをしました」と、憑き物が落ちたようにすっきりとした表情をしていた。



 兄のレオナルド第一王子は、全ての結審を終えた後、この事態を招いてしまった一端は自分にあるとし、国王に王太子辞退を申し出た。


 国王は、その申し出を受け第一王子の王太子位を廃し、王国はしばし王太子不在となった。



 ステラをヒロインとした物語は、ハッピーエンドとはならなかった。

「物語の世界と違ったのかなぁ」と呟くと、「当たり前でしょ。まだ言ってたの?」とウィリアムに呆れられた。





  * * *



 マクラウド公爵親子が、コルド王国との交渉において、賠償金とともに交わしてきた約束が、もう一つあった。


 コルド王国王子とニースランド王国王女の、婚約解消である。


 夏季休暇終盤となる頃、ニースランド王国王宮にて、正式に婚約解消の手続きが行われた。



 親睦会の後、カイルが話していた、「これから状況が変わる」出来事が起き、私が「国内で降嫁する」可能性が濃厚になったのだ。


 随分と久しぶりに見るラルフ王子は、予想を上回る美青年で、幼い頃感じた周囲を圧倒する存在感はそのまま、だが、昔よりも怖くなかった。

 私と目が合い、微笑みかけてくれた笑顔は、妖艶でついどきどきしてしまった。


「お久し振りです、アイリーン殿下。随分とお美しくなられましたね。しかも、お噂ほど高慢でも冷淡でもなさそうだ」


 噂? コルド王国で私の噂? しかもなんだその内容。

 と不思議に思い、ラルフ王子の顔を見ると、王子は私の背後を見ながら、にっと口角を上げてみせた。

 私の背後には、先日のコルド王国での会談の担当として、マクラウド公爵とカイルがいる。


「貴女方のお幸せを祈っております」

 と、これまた魅力的な笑顔を残して、ラルフ王子とお別れした。




  * * *



 くそ。あの王子。最後の最後にいらない事を……。


 婚約解消の調印式に、ウィリアムが同席していなくて本当に良かった。アイリーンがあんな噂をされていると知れば、彼は十中八九、ラルフに問い質しに行く。

 アイリーンだから誤魔化せた。



「お。御苦労だったな、義兄上」


 コルド王国の来賓を送り出し、ウィリアムの私室に行くと、机に向かって書類を持つウィリアムが顔を上げた。


「誰が義兄上だ」

「あれ。違うの?」


 違うだろ。肝心のアイリーンが、元婚約者に見惚れているようでは、まだまだだ。

 あの王子。先日は、一杯食わされたとか言って悔しそうにしていた癖に、今日はもう余裕振って俺をおちょくりにかかってきやがる。これだから、大人は嫌だ。



 あの親睦会の後、コルド王国での会談を終えて帰国してから、ウィリアムとお土産を持ってアイリーンを訪ねた。


 どうせあんなに仄めかしたって、何も気付きやしないだろうと踏んでいたのに、挨拶しただけで、顔を真っ赤にして慌てる様子で、こちらが戸惑ってしまった。


 アイリーンは、さんざん口籠りながら、「お母様がね……」と王妃陛下がドレスの色について話したり、「セリカが……」と俺の姉が妹呼ばわりしていったとか、「お兄様が……」と俺にならアイリーンを任せられると言ったとか、おしえてくれた。

 第三者が俺がいない間に、これでもかというくらいアイリーンを突き回してくれていた。

 レオナルド殿下まで、いつの間に。本当、どれだけ見透かされてるんだ、俺。


 ちなみに侍女のミアには、帰国一番、「改めてよろしくお願い致します」と言われた。情報が早いな。


 自分相手に、恥ずかしそうに縮こまるアイリーン、という新しい状況に、思わずそのまま抱き抱えてしまいたくなる衝動を、隣のウィリアムの顔を見ることで抑えて、今に至っている。

 これは、多少なりとも意識してもらっているってことで大丈夫だよな?


 と前向きに思っていた矢先の、ラルフ王子来訪だ。

 ちょっと笑いかけるだけであれだ。五歳上なら、大人っぽくも見えるだろうし、内心、俺だって格好良いと思ったし。



 正直、盗賊団の賠償とか王子の浮気とかじゃなくて、婚約解消のための和平関係強化には、もっとプラスの関係となる何かを持って行きたかった。


 ただ、そこまでの力も知恵も持っていなかった。

 今回婚約解消に持っていけた要因の一つは、ラルフ王子の度量の大きさにもある。運が良かったとしか言えない。相手が相手なら、あそこで捕らえられて殺されたっておかしくなかった。

 つくづく、彼には敵わない。



「何か……、珍しく苛々してるね」

「別に。そんな事はない」

「あ、そう。ならいいけど」


 レオナルド殿下が王太子位を降りてから、ウィリアムの仕事が若干増えた。

 第二王子を王太子に、なんて声も公に聞かれ始め、ウィリアムに露骨に擦り寄ってくる面子も増えた。

 当のウィリアムは、そんな声も顔も、のらりくらりと躱し続け、ただ陛下に振られる仕事を熟していく。


「一年くらいでいいかな」

「何が」

「兄上の王太子への復位」

「どうだろうな」


「僕達みたいなのは、頂点に立つべきじゃないんだよ。さて、兄上が一年後復位する為に、何が有効かなー」


 ウィリアム本人は、あの腹黒さが滲み出た笑顔で、終始この調子だ。

 まあ俺も、将来仕える国王はウィリアムよりも、レオナルド殿下の方が良いから、協力する。


「よし、一段落だ。取り敢えず今日も、親友が姉さんに会う口実となってやろうか」


 


  * * *



 親睦会以降、セリカが訪ねてきてくれることが増えた。

 これまでそばにいるのはウィリアムとカイルが多かったから、こうして女の子同士でお菓子を摘みながらお話しできるのは嬉しい。


 今日は、アリアが心配していると聞き、セリカが一緒に連れてきてくれた。女子会みたいで楽しい。


 そこに、この部屋では毎度お馴染みの、ウィリアムとカイルもやって来た。

 ウィリアムは、来客があろうと引かない。何故か一緒に参加していく。今日も、「あ、セリカ嬢にアリア嬢、いらっしゃい」と、当たり前のようにソファーに座り込む。


「ウィリアム、貴方、アリア様の事まで知ってるのね。まさか全校生徒覚えてるの?」


 アリアとウィリアムに、接点など思い浮かばない。ウィリアムが、ごく自然に名を呼んで挨拶したことを尋ねる。


「まさか。アリア嬢は特別。先日はどうも」

「いいえ。お役に立ちましたか?」

「もちろん。丁度いい具合に扇動されてましたよ」

「えっ? どういう事?」


 聞くと、ウィリアムがステラを糾弾する間、聴衆の中でざわざわと沸き上がる声を、さも自然に私は悪くないという方向へ変えていくよう、誘導していたのだという。

 週刊アリアから、アジテーター・アリアとしてウィリアムの配下にあったとは……。


「あの後も、結局アイリーン様は全然関係ないよね、って皆も話していたので、気にせず学園に来てくださいね」

「アリア様……」

「あと、私にも様は付けないでください」

「うん……。ありがとう、アリア」

「いつか、アイリーン様の手作りお菓子もいただきたいです」

「あ。うん。さっきのマフィンもそうなの」

「え……?」


 セリカともアリアとも、前より仲良くなれて嬉しいと話せば、「実は他にもアイリーン様と話したい人は、たくさんいるんですよ」とアリアが言ってくれて、つい目が潤んでしまった。涙脆くて駄目だなぁ、最近。


「じゃあ、今度お友達紹介しますね」

 というアリアに、

「ああでも、男はやめといてね」

 とウィリアムが言って、カイルに睨まれていた。



  * * *


 

 ロゼッタがいなくなってから、実は私の仕事は増えた。王太子妃教育に割かれていた時間が不要になったので、時間的には問題ない。


「でも何かと大変そうだからカイルを貸すよ」と、ウィリアムは自室へ帰っていった。何故か話があるとミアを連れて行く。

 弟が露骨に気を回してくる。残されたこっちは気まずい。

 そして扉をきっちり閉めていく。こういう時って開けて行くんじゃないの? 気まずい。


 ただでさえ、今はカイルの顔をまともに見れそうにない。

 母が、ドレスの色がカイルと一緒だとか、変な事を言ってからだ。


 いや、そこからその前のカイルの話とか行動とか、何もかもが結び付いちゃって、恥ずかしかったり、戸惑ったりで、もう、頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 こんな目の前にいたら、どうしてもそのぐちゃぐちゃを思い出して、仕事どころじゃないのに。



「えっ? アイリーン、どうした?」


 動かなくなった私に、カイルが近寄ってくる。しゃがんで心配そうに覗き込むその顔を、やっぱりまともに見れない。

 今、私の顔は自分でも分かるくらい真っ赤に染まっていると思う。だって熱いし。

 それもこれも全部……。


「……何で、セリカは私の事、妹だって言うの?」

「は? 急に何……?」

「何で、お兄様もお父様も、私の事、カイルに任せるって……。何で、ウィリアムは男友達は駄目だって……」

「それは……」


 急に変なことを言い出した私に、カイルは困っているんだろうな。でも、頭の中を占めるたくさんのもやもやを、私は吐き出し続けた。きっと、一緒に涙も出てる。でもいい。

 その靄の中に何があるか、多分、私は分かっている気がする。


「何で、カイルは私の降嫁先について考えとけって……。何で……」


「俺がアイリーンの事、好きだからだよ」


 気が立って落ち着きなく喋る私と対照的に、カイルの声はひどく落ち着いていて、そう大きくない声なのに、しっかり響いた。

 そしてそのまま、一つ息を吐くと、


「やっと言えた……」

 と言って、力が抜けたように穏やかに小さく笑った。


 目を疑う。カイルが笑うところなんて、初めて見た。

 あれだけ顔が見れなかったのに、目が離せなくなった。


「他の人には言ってたのに?」

「言ってない、誰にも。何故か知ってる」

「私の為なら命賭けてもやり遂げる人って……?」

「俺だろ。実際、殺されるんじゃないかとは思った」


「えっ? どういう事?」と聞き終わる前に、そのまま前から覆い被さるように抱きつかれる。


「言えない。けど、こう見えて俺も色々やってんの」


 カイルはそう言いながら、私の肩に顔を埋めてくる。

 殺されるんじゃないかって、何してきたんだろう。


「ラルフ殿下に何かしたの?」

「あー……、もう、あの人の名前出すのしばらくやめて」


 やっぱり何かしたのか。

 それで彼は、調印式の後、カイルの事を意味有りげに見てたのね。あの時、カイルはどんな反応を返したんだろう。


「ずっと好きだった。婚約解消が成立して、やっと言えるようになったんだ……」

「ずっとって?」

「知らない。もう覚えてない」


 顔は見えないが、あのカイルが照れているのが分かる。表情に出にくいだけで、こんなに感情豊かだったとは。

 そんなに前から、私を好きでいてくれたなんて、気付きもしなかった。

 氷の貴公子なんて言われる彼が、自分の前でこうして崩れて甘えてくるのに触れると、やっぱり無性に可愛いし、どうしても手放したくなくなる。


「……うん。ありがとう。嬉しい」


 カイルは、私の言葉に私の肩の上で頷き、ぎゅっと一回強く抱き締めると、


「よし、取り敢えず仕事だ。多分、ウィリアム帰って来るし」

「そうね」


 と、二人で机の上の書類を片付け始めた。





「それで……?」


 案の定、ウィリアムは私の部屋にミアを連れて帰って来た。


「お陰で全部終わったわよ。カイルを貸してくれてありがとう」

「そうじゃないでしょ」


 ウィリアムは恨めしそうに、今度はカイルの顔を見るが、カイルはいつもの鉄仮面を被っている。

 だがウィリアムに言わせれば「どうした。最近にしては随分機嫌が良いね」ということらしく、それを見たウィリアムはにたーっと笑う。


「まあいいや。カイルが僕に隠し切れるはずないし、姉さんもどうせ日記に書くだろうし」

「日記はもう、ミアにだって内緒の場所に変えたわよ!」


 公開ブログじゃあるまいし、あんなに日記が堂々と持ち出されるなんて思わなかったわ。迂闊なこと書けない。


 でも懲りずに私はきっと日記に書いてしまう。

 今日の年下の公爵令息からの告白が嬉しかった事と、そんな彼を恋しく想い始めている事を。



 






ここでひとまず完結です。

ありがとうございました。

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