受付嬢レナ
大騒ぎの酒場を抜けて、俺はクエストの張り出されたボードの前にやってきた。
俺がクエストの依頼書を眺めていると、どうも受付のカウンターが騒がしい。
見ると、一人の若い冒険者の男が受付嬢と何やら揉めているようだった。
クラスは魔法使いだろう。緑色のローブ姿で腰には小さな宝石の付いた杖があった。
男は肩を震わせて、目には大粒の涙が浮かぶ。
そしてその手には例のティッシュが二つ握られていた。
受付嬢は慌てた様子で語りかける。
「ど、どうしたんですかリーフさん!? 急に冒険者を辞めるなんて! 昨日まであんなに頑張ってきたじゃないですか。いったい何があったんです? ねえ、顔をあげてください。話してくれないとわからないですよ」
リーフと呼ばれた男は鼻をすすり、呼吸を荒くして答えた。
「ううっ、も、もう全部どうでもいいんですよ。どうせボクには才能なんか無いんです。今までだってなにをやってもうまくいかなかったし、ボクなんかが冒険者をやってても意味ないんです。今日のイベントで確信したんですよ。ボクは誰からも必要とされていないし、女神カミラ様からだってまったく見放されているんだ! ボクなんかいなくなった方がいいんですよ!」
顔をカウンターに突っ伏してすすり泣くリーフ。
周りの冒険者たちは何だ、何だと視線が集まる。
受付嬢の指が、リーフの手に触れた。
そして受付嬢はその両の手のひらでリーフの手を優しく包むのだった。
ハッと息をのみ、涙と鼻水に塗れた顔をもたげるリーフ。
真剣な表情の受付嬢のまなざしがその顔に向けられていた。
「誰からも必要とされていないなんて、そんなこと言わないでください。私は知っていますよ。リーフさんがずっと頑張ってるって。それにリーフさんがいつもクエストを受けてくれるから、私はすごく助かっているんですよ? なのにリーフさんがもし冒険者を辞めてしまったら私、困ります! お願い、元気を出してください」
リーフの手をギュッっと握り、受付嬢は顔を赤らめる。
「……!! あ、ありがとう。レナさんだけですよ、ボクにそんな優しくしてくれる人は。で、でもボク、才能無いしレナさんの期待に応えられるどうか……」
レナと呼ばれた受付嬢は花のような笑顔で答えた。
「大丈夫、リーフさんは才能がありますよ! いいですか、リーフさん? 冒険者の才能があるかどうかは普通の人がパッと見ただけじゃわからないんです。その点、私はたくさんの冒険者を見てきましたから才能のある方を見抜く目には自信があるんです。私はリーフさんに初めて会った時からこの人は才能のある方だってずっと思ってましたよ」
「そ、そうだったんですか。そうかボクには才能があるんだ! じゃ、じゃあもう少しだけ冒険者を続けてみようかな?」
「ふふふっ、その意気ですリーフさん。もしこれが他の冒険者の方だったら私はこんなに引き止めたりしないんですよ? これは、リーフさんが特別だからです。リーフさんがこのギルドに必要な存在だから、私もこれだけ残って欲しいと思っているんです」
「レナさん……! ぼ、ボク、頑張るよ! よおし、ボクは特別なんだ。やるぞ!!」
リーフは涙をローブの裾でぬぐい取り、立ち上がって叫ぶ。
するとその後ろから高笑いする声が聞こえてきた。
「ははははは!! リーフに何の才能があるって? まったくお笑いだぜ! よお、レナも随分と酷じゃねえのか? そろそろ本当の事を教えてやったらどうなんだよ。リーフには冒険者の才能がまるでねえって事をな」
人ごみの中から現れたのは赤髪の男だ。
その手には深紅の宝石の付いた見事な杖が握られている。
「な!? アレク!? これは仕事なんだからしょうがないじゃない! 私が受付の時に冒険者に辞められると私のギルドでの評価に響くのよ! 楽な仕事じゃないんだから。せっかく上手く引き止めたのに余計な事を言わないでよね!? 面倒なのに絡まれてこっちも迷惑してるのよ!」
レナはそう言うと、アレクと呼んだ赤髪の男をギロリと睨んだ。
リーフはたちまち取り乱し、レナにすがるようなまなざしで問いただす。
その顔はまるで世界の終わりのような表情をしていた。
「レ、レナさん……!? 嘘だよね? ボクの事、そんなふうに思っていたんだ……」
リーフはがっくりと膝から崩れ落ちた。
レナは慌てて取り繕う。
「(ちっ……しまった!) い、今のは冗談よリーフさん。ホラ、私を信用して。ね?」
その時、ギルドの酒場から大きな声が聞こえてきた。
「おーーい!! レナちゃん!! 4番テーブルのお客様からご指名だよ!!! すぐに来てくれ!!」
「はぁーーい!! すぐに行きまぁす!!!」
酒場から呼ばれたレナはガラッと席から立ちあがると受付のカウンターを板で塞ぐのだった。
「ごめんねえ? 指名が入ったから私は行かないと。この受付は閉めるから用件はまた今度うかがうわ。じゃあね!」
リーフを置いてレナは酒場に走って行った。
アレクがリーフに歩み寄る。
「くくく、よおリーフ気分はどうだい? 前からお前はうじうじして気に食わねえと思っていたんだよ。だが今回は決定的だぜ? これを見ろよ」
アレクは深紅の宝石の付いた見事な杖をこれみよがしに見せつける。
「こいつはSSR武器【魔杖レーヴァテイン】レベル150だ! 今日、聖女様が俺の力を見込んで授けてくださったんだ。ははは! それだけ俺が期待されているという事だ! お前は今日、何を貰ったか。言ってみろよリーフ。なあ? ははははは!!」
リーフは下を向いたまま歯をギリギリと噛みしめて、こぶしを握り締める。
手にしたティッシュが潰れてぐしゃぐしゃになっていた。
「誰もお前を必要としていないし、誰もお前に手を差し出す奴はいないぜ。今日の事でそれがよくわかっただろう。お前のその貧相な杖では魔法使いとして話にならないぜ? 誰もお前をパーティーに入れてくれる奴はいないだろうな。いい年して受付嬢におだてられてその気になってのぼせているのはまったくお笑いだ。なあリーフ、お前リップサービスって言葉を知らないのかよ? お前は冒険者の恥だ。今すぐここから消えるんだな」
リーフは目をカッと見開いて立ち上がると腰の杖を頭上高くに振り上げた。
「クソがあッ! こんな物いらねえ! 冒険者辞めてやるよおッ!!」
振り下ろされた杖は地面にぶつかる寸前で止められたのだった。
俺はリーフの腕を掴みながら言った。
「リーフ、やめておけ。杖が泣いている」
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