夜の王
ぞくへんです、よろしくお願いします
「話は陛下から連絡が届いて居ります、皆様どうぞ中へ」
五十は過ぎているな、黒と銀髪の斑が渋い男性から屋敷の中へと案内された。
皇帝が、先に連絡を入れてくれていた御陰で 用件やら身分等面倒な手間が省略できて、スンナリと入れた。最初、勝手な人物像を描いていた皇帝のイメージとは、随分かけ離れた人柄に思えてきた。
「しかし、流石ねぇ、別宅でこんな屋敷なんて……」
言いたい事は十二分に分かるけど、庶民が眺めたらどっちも在り得ない屋敷にしか見えない。俺の住んでたマンションの一室なんて、君の私室の三分の一も無い、と、愚痴でも言ってやろうとしたが、余計に惨めになりそうで、断念したっ。
「妹君は二階に……、御案内します。どうぞ此方へ」
執事が案内を始める、玄関から両サイドに二階へと続く階段が作られている。そのどちらの壁にも、絵画を飾ってあり階段に沿って上まで掛けられていた。皇帝縁の屋敷ではあるのに人物画が一枚も無いのは、此処へ本人が来れない理由と、何か関連が在りそう?。
「一人も衛兵が居ないな……」
アネスが呟いた通り、一階部で数名のメイドの姿は確認してたが、屋敷の主を守護すべき兵が居ないのだ。華やかな屋敷と同じく、皇族の裏事情も、華やかそうで巻き込まれるのは避けたい。
だけど、皇帝の依頼で此処へと足を運んだ時点で、既に巻き込まれている。
様な、気がするのは間違い?。
二階も、これまた馬鹿みたいに広い……。
「なあマリネ、今は皇帝の妹が一人なのに、こんな屋敷いるのか?」
「さあ……、それ詮索すると、この国の裏事情に首を突っ込みます、なので止める事をお勧めします」
マリネの進言に従うのが正解だ、俺もそういう詮索されるのは嫌だ。
二階も随分歩かされて、やっと妹の部屋に辿り着いた。
「こちらの部屋です、どうぞお入りください」
「む、此れは……、厄介な相手の様です」
部屋に入るなりズグロが申告してきた、俺には豪勢な部屋だとしか想えないが、ズグロには此の部屋に侵入している、魔物の残り香でも感じているのか?。
執事がベッドの傍らで、紹介をしてれた。
「此方が、陛下の妹君であられる、ファラ・イリス様です。」
「イリス様……兄君の御使者の方々が、お見えです」
イリスと呼ばれた彼女は、眼は開けているが眼球の動きは無い。
ベッドに横たわり、天井の一点を見詰て、動きを見せる気配すらない。
一定間隔で胸が動いている事からして、生きて呼吸をしているのは分かる。
「何か、サラトさんに似てますね……」
マリネの感想は、俺もそう感じた、黒髪を除いたらサラトと似ている。
「遠い親戚でしょうか?」
笑えない……、君は五千歳になる、婆さんの模写だろう。
「処で、ズグロが言った厄介な奴とは?」
「おそらく……、首筋を確認すれば一目瞭然かと」
ズグロの言葉に従ってロゼが彼女の首筋を見た。
「ああ……、まだ絶滅してなかったのね……。これヴァンパイアね」
「吸血鬼……」
言われて古い映画の場面を思い出す、胸の大きく開いたドレスを着た女性が、黒マントを羽織る顔面蒼白の吸血鬼から、首筋を噛まれているやつを。
「執事殿、彼女は何時から奴に狙われて?」
「初日から……今夜で……七日目です……」
「だとしたら……今夜防がないと彼女まで、夜魔に……」
「なんと……、 御労しや……イリス様……」
吸血鬼が人を襲う時、二つのやり方があるらしい、一つ目はその日の内に死ぬ迄と、二つ目がイリスの様に時間を掛けて吸われ続けるタイプ。どちらも死には違いないが、二つ目の場合、七日目にそれを防げないと吸血女と成り、今度は彼女が人を襲うように成るそうな。
「あのさ、弱点て……、十字架とニンニクとか日光?なんて事有るかな?」
「はぁ?、十字架?、ニンニク?……なにそれ?、でも日光はそうかも」
十字架もニンニンクも架空の話だし、だが日光は同じなのは不思議だ。
「昼間、そいつの寝床捜して倒せば……、終らないか?」
どうも、吸血鬼に関しては映画やなんやと、数多い創作物のせいで、固定観念から離れる事ができずにいる。昼間なら簡単と思えて、気軽に言ってしまった。
「そう簡単にはいかぬのだ、我が主殿よ。奴らは昼に寝床に居るのは間違い無いが、それを突き止めるのが至難の技でなのです。それは次元の隙間に隠してあり、見付かる事はまず在り得ない、大昔に術者が偶然見付け、討伐に成功に至った話も幾つかは、在りますが」
薄暗い地下室に置かれた棺に、昼間は隠れ寝ている処しか、浮かんで来ない。思い込み、固定観念に囚われてる俺には、吸血鬼と言えばそれなのだ。
「執事殿、奴の城は何処に?」
居場所が分かっているなら、寝床も分からないか?と普通に想うが、そんな事はズグロも承知な筈で、それを踏まえての見付からない発言、この世界の吸血鬼とやらは俺達の世界の架空の者とは、格が違うようだ。
「この屋敷から地竜で約半日、魔物気配が濃い森の先に……」
「今からは無理ね、奴と行き違いに成ったら手遅れに成るし」
「ロゼ、今夜は此処で奴を止めるしか無さそうだな」
執事から吸血鬼のねぐらを聞いたが、俺達が城に到着する前に夜が訪れる。そのまま戦闘に成れば問題無いが、夜の夜中に夜魔を森の中で捜すのは、こんな場合よく例えられるが、池にコンタクトを落として捜す様な物だろう。
普通に討伐に行くなら、遭遇しなくても問題無い、討伐が裂き延びになるだけだ。今回は皇帝の依頼を失敗する訳にいかない。あの皇帝の人柄からしたら、失敗して妹を救えなくても、責めたりはしないかも知れないが、直接俺達と会い、本人が侵略をしない旨を、約束を持ち出した。
ロゼ達からしたら、こんなチャンスは滅多にないだろう。
「問題がもうひとつ……」
ズグロがまた何かを伝え始める。
「多分、時間を掛けてる故、男の吸血鬼が相手と想われます」
「何か問題あるのか?」
「女性は全員……、魅了される可能性が……」
嫌な予感がするのは……。
「我と主殿以外は、かなり不利となります」
「あの……私は?」
マリネが剣に変化していたら如何なる?。
「微妙……、としか申せません、申し訳ない」
ロゼが話しに割って入った。
「魅了されたら……、治せる?」
「龍気を叩き込んで強制的に覚醒させます」
言葉のイメージからしたら、かなり痛そうだが……。
結局、ズグロの覚醒させます、で、一応の結論がでた。今夜、此の屋敷で奴が来るのを待って討伐する。今夜の目的は、奴にイリスを触れさせなければ良い。追い返して七日の連鎖を絶てば、次の日に城へ押し掛けて夜を待ち、次元の隙間から出てきたら倒す、で終了だな。
直接関係無いかも知れない……。が、少し気に成る、イリスを見ているサラトが何かを感じたのか、優しい眼をして覗いていた。皆が夜に備えて、イリスの部屋を退出する時も、一番最後に部屋を出た。彼女の行動が特に変化をしていた訳じゃない、どちらかと言うと、何時もと変わらない。彼女の行動は何時も控えめで、人の前に立つのは、特別何かをする時以外は前へ出ない。
そんなサラトだが、何かを抱えている気がして仕方なかった。
吸血鬼、奴がやってくるのは、真夜中の日が変わる前だ。
今は夕方の六時過ぎ、腹が減っては戦は出来ぬ、そんな言葉はこの世界には無い。それは重々承知事で、分かっているが日本人の男は、やはり侍の血が流れているのか?、遂、そんな言葉を口にしたくなる時がある。
そしてそれが聞こえた訳ないが、執事が食事の支度が出来た事を告げにきた。
ロゼやマリネには、この豪華な、長い食卓のテーブルにも見慣れているのであろうが、庶民の身から見たら、落ち着いて食べられる雰囲気ではない。先程の言葉ではないが、食べないと確かにイザと言う時に不安も有る。
かなり豪勢な料理が並んでいたが、ロゼ以外は皆食が細い、出された料理もそこそこに食事を終えた。あの華奢な身体で何処に貯蔵されて、瞬間に消費されるのか?。強力な魔法を放つ為に、身体のどこかへ蓄えてる?。
「ふぅ、さすが皇帝縁の屋敷よね、料理も最高」
「良くそんだけ入るよなぁ、俺より食べてるだろ……」
「ロゼ様にしては……足りませんよね……」
まだこれ以上入るのか……、呆れた皇女だな。
「マリネ……、余計な事言わない」
「だが、確かに美味この上ない。私は何時も山…………すまぬ、お先失礼する」
アネスは山で、言葉を切って席を立った。多分、何時もは山犬を食べていたと、言葉は続いたであろうが、良く見ると、此の場に居た者は皆それなりの立場に居る。俺を除いてだが、メイドにしても執事にしても、今出された高級料理は口にしていない。
だが、泥や草に塗れて食事等してはいない筈、アネスは山犬と言いかけて自分が森の中で、焚き火をして食べているのを頭に浮べて、思わず同じ女性として、恥ずかしく感じてしまったのだ。
俺から見たら、野生で火を熾して肉を焼き、食べる女は格好良く見えるのだが、何時も勝気で先頭を進んでくれるアネスも、豪華な屋敷とメイドの服装、そして料理で【高貴】という雰囲気に当てられ、強く女性の心理が表れたって処ではないかと想う。
食事も終わり、皆はイリスの部屋に近い場所へと待機した。
今はもう誰もこの部屋を仕様してはいないのだろう、木製のテーブルが一つに椅子が備えられている他は、何も無い。
その部屋から一人アネスが出て行った。
〝はぁ……、多分……此処は行く処だよなぁ〟
俺はアネスに続いて部屋を出た。
マリネが一緒に付いて来ようととしていたが、サラトに腕を捉まれた。
「サラトさ…ん?」
「気持ちは分かりますが、彼にも役目があります。邪魔しては駄目ですよ」
「でも……私は、あの……」
「マリネさんは、分かりやすくて可愛いです。羨ましい……」
分かりやすいと言われたマリネは、心を読まれて真っ赤に成り、傍の椅子にペタンと座り込んで縮まってしまった。
表の廊下へと出たアネスは、イリスの居る部屋を眺めていた。
〝あそこで寝ている人も……、きっと高貴な振る舞いなのだろうな〟
彼女は食事の時に湧き出た感情を、消しきれては居なかった。
大きな窓の前に立ち、イリスの部屋を見て、黄昏ている彼女に近付いた。
「アネス……、気分で悪いのか?」
「いや……そんな事は……ない」
アネスの部屋から俺に向きながら答えた。
瞬き、眼を瞑り言葉を続けるアネス。
「ユキヒト……、お前も……、あそこで寝ている様な、高貴な女性が……やはり好みか?。私は……、高貴とは程遠い、そのような立ち居振る舞いは……私には無理だ……」
アネスは……やはり、自分に負い目を感じてしまったみたいだ。
「綺麗で、清楚な女性も……、好みだけど」
その言葉を聞いてアネスは、小さく肩を震わせた。
「自らの道を切り開いて進む、強いアネスが大好きだ」
「いや……私は、高貴な出では無いし、マリネみたいに可愛……」
俺は何時からこんなにキザで、優男のマネが出来るようになったのか?。
アネスの言葉を、唇を、簡単に塞いでしまう、行為を覚えてしまった。
アネスは首に腕を巻きつけてきた……、柔らかな肌が心地いい。
誰かの時の様に、口の中に塩気が滲んできた。
洞窟の時の様に強く突き放されず、そっと俺の胸を押して離した。
「馬鹿……者、マリネに見られたら……、殺されるぞ?」
「そうだなぁ、殺されるかもな」
そう言ったが、マリネは多分……死ぬほど泣き崩れる方を選ぶ筈と想った。
だから見られては駄目だ、今はきっとサラトが止めてくれている。
どうしてだが分からないが、そう確信が持てた。
「そろそろ、奴を待つ準備しないと……」
「うん」
黒一色の服装に包まれた細い肢体を、俺から離し部屋へと戻っていく。
少し間を開けて、俺も皆が居る部屋へと戻った。
中に入ると、膨れっ面を見せるマリネから睨まれた。
吸血鬼が来ると想われる時間まで、皆は何も語らず。
只、時間だけが過ぎていった。
そして……。
「そろそろね……、みんな行きましょ!」
ロゼが先頭きって、部屋を後にした。
イリスの眠る部屋の前、吸血鬼の襲来を待つ、精鋭だが、侮るとヤバイ。
その緊張感が、鼓動を早く躍らせる。
彼女の部屋には窓が一つ、そこにはサラトが封印札を貼った。
室内に入るには、それを破るしかない、破れば襲来が分かる。
まだ来ない……、逸る気持ちを落ち着かせる。
暗闇の中、しんと静まりかえった空気に耳が痛い。
ビリ!
来た━。
部屋のドアを蹴り開け突入する!、窓の遠くには月が高くみえていた。
その開かれた窓に、真っ黒な影が居座っている。
その姿は、俺の知っている吸血鬼その者だった……。
「我が、想いを邪魔するか小娘ども!」
その声は、頭の中へ侵入してきたかに響く。
「小娘で悪かったわね!、この人はあげないわ」
「夜の王よ、闇に帰さねば滅すると知れ」
ズグロの威を発したのを合図に、全員が吸血鬼に相対した。
イリスを巡って攻防戦が始まる。
ありがとうございました。