死闘
よろしくおねがいします。
俺達は大変な思い違いをしていた。
一撃目で無事であったのは、偏にズグロとサラトが用意周到に、事の成り行きを見守って居てくれた御陰以外の何物でもなかった。他の六名は完全に虚を衝かれて、対処出来ずに弾き飛ばされた。
「くっ、速い……」
それは百戦錬磨と思われたアネスでさえ、例外じゃなかった。彼女でさえ、他の五名よりは僅かばかり早く動けた程度で、完全に回避しきれず打撃を受けてしまう。
「何て奴なの、聞いていた以上……」
龍の戦いを実体験で知っているのは、二名しか居ない。俺の知っているのは赤い奴と白龍ズグロ、どちらも対戦したとは言えない。こんなに速く機敏に動き回るとは、想像だにしていなかった。
人の姿を取っている為、ズグロは間接的に結界は張ってくれているが、直接攻撃には入れない。ハルは結界に守られて致命傷こそ受けずに助かったが、まだ体勢を整えて魔法詠唱を行える余裕が無く、それを補う役をサラトがやってくれている。
ブラッディとマリネは騎士の称号持ちだけに、初撃こそ受けたものの、見事に体勢を立て直した。二人とも剣を抜き反撃に転じているが、龍の硬い鱗に傷を入れにるに至らない。
いや、至らなくていい、あいつの攻撃だけ避けてほしい……。
普通の剣では、あの鱗に傷なんて……。
「ブラッディとマリネは後へ下がって! 、普通の武器じゃ無理よ! 、アネス……ニズの眼をねらって頂戴!」
近接二人は、波動の範囲の外へ一旦下がって、様子を、アネスは激しい打撃と呪詛を巧に避け、言われたとおり眼を狙うが、激しい動きの最中では命中は至難の技と思う、普通なら避ける行為さえ難しい。
ロゼは魔法を撃ちながらも、指示をだしている、詠唱が省略された事で彼女の本来の気質と合い、ニズに後退させダメージを与えている。俺の衝撃波みたいな奴は、オークや山犬には圧倒的であったが、邪龍に対しての効力と言えば、動きを少しばかり鈍らす程度にしか利いていない。
僅かな動きの鈍りの隙を衝き、マリネが大きく跳び連激を放つが、堅牢な鱗の前にその剣が刃毀れしていく。空で詠唱を始め、着地と同時に魔法を放つ……微かに表面の鱗を焦がすが、ニズの尾と爪はマリネを連続で追撃してくる、空へ飛び反転して回避する。
その華麗な舞の様な動きには見惚れてしまうが、心中穏やかでない。
堪らずに叫んでしまう。
「マリネ!下がれ━!」
「しかし……それでは……」
あの恐ろしい容姿の邪龍に対して誰一人として、怯んでいない。
その勇猛な姿には、感嘆を禁じ得ない。
なのに、俺はまだ彼女達の助けに成れていない。
しかし、ラケニスの言った本来の力って、何なんだ?、腕や脚の一本でもくれてやれば姿を現すのか?、あいつの攻撃を何時までも回避し続けるのは、体力的にいつか終わりは来る。
その前に、早く……。
だが、無常にも最初の限界が表れ始める。
ロゼが激しいストップ&ゴーの動きで足が縺れた。
「しまっ……
ニズはその隙を見逃さない、天空から鋭く速い尾激が打ち下ろされる。
大空洞の地面を大きく穿ち、土煙が濛々と舞い上がる、が、アネスが体当たりして辛うじて難を逃れたが、アネスの方が背中に裂傷を負ってしまう。
「アネス……、ごめんなさい」
「ふっ、大事無い心配いらん」
回復に向かうハルに爪が迫る、その腕に衝撃波で何とか軌道を逸らせた。
二人の傍に、辿り着いたハルが話し掛け治癒を始める。
「先に継続魔法掛けて、呪詛を払います」
「済まんが……頼む」
「ハル……お願いね!」
ロゼは立ち上がり、再びニズに向かう。
アネスは強がって見せてはいるが、その表情には明らかな苦痛が滲んでいる。ハルが継続治癒を掛け、アネスの呪詛を祓う治療を始め……
〝ハル、アネス━━!!〟
ヴオォ━━ン バシ━━!
水平に振られた尾の一振りは、二人を遥か遠くへと弾き飛ばした…………。
結界は解けていなかった……が、しかしまともに直撃を喰らった。
アネスは……サラトが駆け寄ってくれた。
ハルは、ズグロが向かっている。
「ハル……、アネス……」
二人を気遣って顔を向けた隙を……、ニズはやはり見逃さない。
俺に向かって、ニズから瞬速の爪を振り下ろされた。
だめだ……避けれ
ニズの鋭い爪は俺ではなく……ブラッディを切裂いた。
反応が遅れ、逃げ切れない処に彼女が飛び込み、凶爪の身代わりになった。
「嘘……だよなぁ、おい起きろ……」
爪で直撃された彼女は、身体を激しく裂かれもはや……。
「ぐぶっ、お役に……立てました……ね」
「ダメ!、起きなさい……ブラッディ━━」
ロゼは有らん限りの一撃をニズに撃ち、後退させ駆けつけた。
しかし、二度とその声を聞ける事は無くなってしまった。
「そこを、離れなさい我が主よ」
ハルの治療を応急で済ませ、安全域に移動させたズグロが傍に来た、何をするつもりだ?。彼女の姿が眩いばかりに光り輝いた、その姿を消した直後にプラッディが眼を開ける。
「この者に一時的に憑依し、龍族の治癒力で細胞を再生させます。命は救えますがこれより先、我は戦線から離脱と成るが故、御自分でニズに立ち向いなさい、我が主よ」
「ありがとう、ズグロ……済まない」
こっちは既にジリ貧に成ってきた。まともに動けるのは……ロゼ、俺、マリネ、そしてアネスに続きハルを診ているサラトのみ……。それに対してニズは、多少の傷を負ってはいても、そのどれもがニズの攻撃を低下させ、動きを妨げに至らしめる物は無い。
強すぎる……。
半数が戦力を維持できない、いや瀕死の状態にまで陥っている。
目の前に俺とロゼ二人となり、その攻撃は激しさが増す事になった
「ちょっとやばい……処じゃないかな?」
どんな時でも、強気な言動を通して来たロゼが初めて、それを崩した。
「こいつ、昔は共闘して倒せたのよね?、そんなのどうやるのよ……」
「ロゼは何か知らないのか?」
「悪いけど、知らない」
こっちの状況は悪く成る一方じゃないか……。
此のままでは━━━━。
なんじゃ?、様子を観て見れば……全滅しそうではないか、
情けないのぉ、さっさと、倒してしまわぬか!。
〝ラケニス?、倒せって……。俺達の攻撃なんて全然利かない〟
利かないじゃと?…………これは、主……覚醒しとらんのか。
おかしいのぉ、とっくに済みと見てたんじゃが……。
今回は、俺個人に語りかけてきたが、会話の最中でもニズの攻撃が止む事は無く、爪や尾、呪詛を避けながらの会話は非常にきつい物がある。
〝悠長に構えてないで……教えてくれよ……どうしたら良いんだ?〟
ふむ、仕方ない、死なれては元も子もない、此れからが詰まらぬからの
〝如何したら覚醒してくれるんだ?〟
それは………『七人の女に愛されよ』、それだけで良い。
〝はぁあ?、ふざけないで本当の事を早く教えてくれ! 、余裕が無い〟
失礼じゃの、嘘なんぞ付いておらん、本当の理じゃ、
観たら、主は六名から既に受けておる、残り一人から受ければ良い。
「ちょっとユキヒト……、動きが変よ死にたいの?」
ロゼが俺の動きが低下してる事に気が付き、激を飛ばしてくる、彼女は俺がラケニスと会話している事には感付いていない。
「ユキヒト様、何をして……」
マリネも気が付いた様だ、余り長く会話を続けると。
〝七名なんて……今更、如何しろと?〟
ほんと鈍い奴じゃの……、そこの七名を言うておる。
〝此処の?……まさか……、マリネはそうかもしれないけど、そんな……〟
マリネ以外の五名が俺を?、そんな筈は……しかも残り一名って。
ふむ、又、これは七番目の……、この気は……ロゼじゃの。
〝ロゼが七番?〟
そうじゃ、あとはロゼから受け取れば覚醒完了……だの、はよせい。
〝はよせいって、七名もなんて……そんなの道理に反して〟
戯けが、何処の道理じゃ?元の世界じゃろ……、此処にはそんな物無いわ。
本当なら飛び上がって、感情のままに歓喜する場面だが、何処にそんな余裕があるというのか?。それが真実としても、マリネを……。
ロゼを口説いて、早く覚醒して終らせい小僧。
〝口説け言われても、俺は苦手なんだよ! 、この状況でどうやれと〟
全く……此処の女はのぉ、主の世界の者と違って純粋で【うぶ】なんじゃ、
元々好いておる、強引に行為に及ぶだけで、簡単に落ちるわい。
この婆さん……、とんでもない事を淡々と吐きやがった。
俺にそんな真似までしろと?、マリネの想いを裏切れと?。俺の気持ちを伝えて無かったら、まだましだったかもしれないが、マリネに見せているのにか。
この現状では、全滅してしまう━━━━。
これしか無いのか?、此れしか残されていないとしたら。
ごめんマリネ…………。
許せロゼ…………。
小僧、何を躊躇っておるか、はよせんと全滅するぞ!。
マリネを観る事は避けて、ロゼに飛び付いた。
「え! 、何……?」
「ごめん、許せ!」
俺はロゼを抱き寄せ、後頭部を引き寄せて強引に奪った。
ロゼの背筋が、硬直したのが分かる。
殴られるのを覚悟した━━━━。
しかし、ロゼはその場に崩れ落ちて呆然となり蹲るに留まった。
異変が始まった。
身体中が熱く焼けそうになる、叫び挙げようとするが、声が出ない。
焼けた部分が激しく千切れ飛ぶ感覚が襲ってくる。
千切れ飛んだ灼熱の塊が身体へと戻って来た。
異変が収まり身体に静寂が戻った時。
確かな変化を感じ取れた。
「眼を覚ませ! 、ロゼ!」
名を聞いて我に返るロゼ。
「あれを……ニズの奴を」
「あ……、はい」
ロゼが、邪龍ニズへと真直ぐと見据え魔法のイメージに入る。
俺の身体から霧状の紫色の揺らめきが放出された、
それは、ロゼへと延びていき、彼女を水晶の煌めきの如く魅せる。
〝此れは……、なんだ?〟
イメージが終わり、ロゼは腕を上げその手をニズへ向けていく。
紫水晶の煌めきは、やがてロゼを紅蓮の姿へと変えた……。
「ニズを焼き払え! 、ロゼ!」
「はい」
返事の後、ロゼの紅蓮が消失。
刹那……、紅蓮の業火がニズの全身を焦土と化した。
暴れ悶え飛び跳ねるが、着火して纏わり付いた焔はニズを逃がさない。
激しい悶絶の後、ニズは遂に動かなくなった。
己、またしても……、その力かぁ……。
恨みの念を残しながら邪龍ニズは、再び次元の狭間へと消えていった。
「終ったのか…………」
ほらの、敵ではなかろう。
さて、此度の件、落ち着いたらわしの元を訪ねよ、伝えねば成らぬ。
それと、良いか今の事は、くれぐれも語るでないぞ、厳に慎め。
待って居るぞ、小僧。
戦闘最中で、ラケニスとの会話もニズが消えた事で終了した。
邪龍ニズは倒れ、これで皇王に罹った呪いも消えた筈。
終ったが……、全てが丸く収まっていない……。
「ユキヒト様……何故?、ロゼ様と……」
手で顔を抑え涙ぐんで見詰るマリネ。
地面に蹲り、呆然としているロゼ。
全てを距離を離れて見守るサラト。
皇王を救うという目的は達成出来た。
が、波乱が此れから起きるのを、避ける事は出来ない。
ありがとうございました