夢の跡
これで一章を完とします。よろしくおねがいします。
邪龍ニズを倒した、皇王は救われた……筈。
なのだが……。
大空洞の地面にはニズの断末魔の痕が、黒々と地面を焦がし巨大な影となって残っている。その黒い痕にはいまだに熱が残り近寄りづらい、それは灼熱の焔の激しさを物語っていた。
俺達は、苦闘の末に、奴を再び次元の果てへと追い返すのに成功し、皇王に罹った呪いを絶ち切り、その命を救った。この事実は確かな物だが、それを果たすために覚醒とやらが必要だった。
『七人の女に愛されよ』。
この条件を完遂する為、まだその気持ちを示していない残り一名から、それを受け取り事を成せとラケニスは言った。
最後の一人、七番目の女は……皇女ローゼス。
互いの気持ちを顕にして、互いを確かめているマリネが直ぐ傍で戦っている。俺は苦渋の決断を迫られた末に、全滅の憂き目を払拭する為の、強引な行為をロゼに執ってしまった。
元々、好いている。
ラケニスの告知の通り、ロゼも七番目の女の証を示し、覚醒は成った。
しかし……、強引な行為に及んだその真相を語れない。
マリネは俺を許してくれるだろうか?。
殲滅の必要は無かったが、駐屯地兵達の士気は想像以上の効果を見せていた様だ。勢いに任せ、旧開拓村周辺の魔物は一掃されていた。それは、駐屯地兵が隊長の指揮の下、大空洞へと雪崩れ込んで来た事で分かった。この急な人数の増加の御陰で、重傷者達を速やかに運ぶことが可能となり、功を奏した形と成る。
本当なら死亡していた筈のブラッディは、ズグロの再生力で重態ではあるが命は危ぶまれなくなっていった。ハルも全身を激しく強打されていたが、結界とその後の二人の治癒魔法で、数箇所の骨折で済んでいる。アリアネスは、大きな裂傷と呪詛が残っていたが、命に別状も無く意識もあった。
「馬鹿者が、倒すのが遅い!」
俺に向かって、何時もの口調で憎まれ口を叩き、運ばれていった。
重傷者達を中継基地へと搬送する兵が居なくなると、四人だけが残った。
予想通り、最初にマリネが近付いて来た……。
「ユキヒト様……何か理由……有りますよね?」
涙の跡が残る顔で問われる、黙って頷くしか出来ない。胸が張り裂けそうな感じと言うのを、初めて経験した。全てを語れば少しは罪悪感も消えるのかも知れないが、禁じられている。何か大きな意味が有っての事だと確信出来るし、真実を彼女に伝えるに適わない。
そしてもう一人の……。
「貴方……、どういう心算?……。あんな事して
そこまで言葉にして、顔を赤くして立去った、間違い無く激怒させた。
俺には立去る後姿に、彼女が怒りを覚えているとしか推測出来なかった。
《もぅ、どんな顔してマリネに逢えば良いのよおぉ~!、恥ずかしぃ》
ロゼが負い目を感じている、その本人が眼前に立った。
「いやっ、あのねマリネ……これは違うから!私は……」
《ほらああ、マリネ泣いてるじゃないっ、どうすんのよ~》
「いんです……、理由が有る……筈」
立去った兵達の後に続いて掛けて行く。
「あ!、待って絶対間違いだ……って、もう聞こえてないか」
〝本当に……何て事してくれたのよぉ、敵と戦闘中にあんな事するなんてもぅ、想い出すだけでも恥ずかしい! 、私だって……初め……てなのに。……如何してくれようかぁ! 〟
この時、ロゼが何を想ったか、俺は知る由もない。
只、睨まれたのだけが見えていた。
「でも……、この人が遊びで、理由無しにあんな事……する筈は」
再びその情景が浮かんできて、更に真っ赤に頬を染めた。
〝もうやだっ! 、私も帰るっ〟
階段目掛けて、一目散で走り去るロゼの鼓動が高鳴っていたのは。
急に走り出したせいでは、無かった。
一人残された傍に、サラトが近付いて声をかけてきた。
苦渋な選択をした俺に、慰めの言葉をくれるのかと。
「ユキヒト様…………、頑張って下さいねっ」
その姿は模写と分かっていても、ラケニス本人その者に見えた!。
「サラト……、それ慰めに成ってない」
最後の二人が大空洞を引き上げると、完全に静寂の空間となった。
死闘の末、邪龍ニズを倒した喜びと安堵、件の問題による苦悶。
完全に忘れた物があった。
━━━ やっと最初の門が開いたか……ははは
首都、ハイデ宮殿内の皇王の寝室は、騒がしくなっていた。
一向に回復の目途が立たなかった物が、急に回復の兆しを見せた。
「これは……、一体どういう事じゃ?」
自分達の知識しか信用しない者達には、これの意味が分からなかったが。
聡明な皇后には、此れが誰の仕業か確信を持っていた。
数時間後、ドア森林中継基地からの伝令が宮殿に齎された。
その内容は。
我ら八名、呪いの元凶たる邪龍を討ち果たしたり。
その禍根、次元の狭間へと滅した事を報告す。
ハインデリア皇女 フォア・ローゼス・ハインデリア
〝ありがとうロゼ……、そして七名の方々〟
皇后は言葉にはしないが、浮べた涙。その意は、どれ程深いか。
推して知るべしであろうか。
━━━ ドア森林中継基地。
基地内を通っている小川の岸、一際目立つ大岩にロゼは座している。
その後ろから、マリネがロゼに向かって砂利道を進んでいた。
「ロゼ様、わざわざ伝令でなく、魔法便の方が早かったのでは?」
マリネが傍に立って、話し掛けてきた。どちらも顔を逢わせるのは、気まずい想いが有る訳だが、何時までもそれを引き摺るのは、更に気まずさを生み良い結果には繋がらない。
「伝令のが……、格好付くじゃない! 、それだけよ」
「いかにもロゼ様らしいです」
話の切っ掛けは、伝令を方便に始まったが、マリネが岩を見て気が付く。
ロゼの居座った岩、それは図らずもあの夜に、マリネ達が座った物だった。
マリネはロゼと背を向けて、同じ岩に座った。
「ロゼ様、この岩覚えてますか?」
ロゼは全くの無頓着に、この岩へと腰を下ろしていた。
「へ?…………、あ! 、わわわ。此処って、ひょっとして」
「そうです、私達が座ってたら、ロゼ様達に覗かれた所です」
「げぇ!」
〝うひゃあ、これはバツが悪過ぎる……! 〟
夜、マリネ達の気持ちが高まっている処を、不貞にも六人で覗いていた。
ロゼが一人冷や汗を掻いて、焦り倒しているとマリネが質問してきた。
「ロゼ様……、聴いて良いですか?」
「な、何か、なぁ?」
その予想される内容もさる事ながら、自らの主君に対して質問する行為。非常に話し辛いのは、ロゼにも見て取れた。このまま黙って待つのもの良いけど、此処は切り出し易い様に一声掛けるのが、主の度量を示す機会であろうと、ロゼが察して動いた。
「マリネ、言いたい事はスパッと言う!」
「はい!、ロゼ様は……ゆ、ユキヒト様を……あ、…ああい、愛してらっしゃいますかぁ?」
〝やっぱそれよねぇ…………〟
此れ以上は無い! 、という程に、マリネが身を縮ませて両手を握り締めている。その姿を観たロゼは、嘘や誤魔化しは無しにして、今の気持ちを正直に答える事にした。
「うん、愛してる」
直後、マリネは全身をビク付かせ、震えている。
最悪の答えを聴いたと、立去る挙動のマリネを、咄嗟に彼女の腕を掴みその場におし留めた。
「何故止めるんですか……ロゼ様」
その声は困惑と嫉妬、怒り?、彼女の心境を映し出していた。
「ちゃんと最後まで聴きなさいマリネ」
その言葉に立去る体勢を戻し、座り直す。
「私の愛しているは、マリネの愛とは違うわ。使命持って異世界へと赴き苦労の末、やっと見つけたあの人を、私の失態で行方不明にしてしまったでしょ。途中で色々遭ったけど、最後は全部チャラにして受容れ、残ってくれた。この国の皇女として、最大の敬意を払うのは当然じゃない?。私の言った愛って、自らの境遇を認めこの世界の為に、高潔な意思を持って尽くす厚意への愛。マリネ……貴女の想いとは違うわ」
「ロゼ様…………話、長過ぎです」
「あ! 、でも今のが真実よ」
「無理して、理論付けてません?」
〝こ、この子て……意外と……〟
「でも、ロゼ様がそう言って下さるなら、それで納得します」
ロゼの長い釈明はマリネが一切の疑心無く、とは言えなかった。
だが、その気遣いを無碍にする様な事はマリネには出来ない。
二人は背中越しに、互いの心中を探り想い描くが、沈黙を崩さなかった。
ロゼはふと、以前に聞かれた言葉を思い返していた。
【あの時、あの道を通らなかったら如何した?】
〝本当……私どうしてたんだろ?〟
それ以前に、もし違う人があっさりと見付かっていたら?、その場合あそこまでの歓喜はしなかった。移動中迂闊にも突き落とすといった、大失態を引き起こす筈も無かった。皇王、皇后の前、大臣達に大見得切った行為に、及ぶ事も有り得なかった。
当然、捜索にでる事も無くなっている。
〝そしたら、今の皆ともこうした形では逢ってないのか……〟
他の人だったら?、きっとこんな感慨に浸る事は無かった。
やはり、出会うべき運命の人だった……から?。
その想いに至った時、ロゼは息苦しく胸詰まる鼓動の高鳴りを覚えた。
〝……私は、やっぱり?〟
昔の厄災の再来であった邪龍は、辛くも討伐した。
だが、全てを終らせては居ない。
皆、思考の外へと忘れているが、黒衣の者の存在。
裏で暗躍している企ては、まだ判明してはいなかった。
まだ厄災は終っていない。
そして、ロゼは。
私は、嘘をついている━━━。
ありがとうございました。
読んでくれるかたが居る限り続けたいと思います。




