本編-0077 謀る獣の流儀と迷宮領主の一手
【支配】の魔法によって「精神」を破壊され、情報という情報を吸い出され、記憶を失った廃人と化したモーズテス氏は、果たして幸せなのか不幸なのか。
それは誰にもわからないだろうが、少なくとも彼は永遠にそのことで"悩む"ということはしなくて済むだろう。
だが、抜き取られた情報それ自体は、兄妹にとっては非常に価値があったようだ。
渋い顔で語らう兄妹の話をまとめれば、要点は以下の3つ。
①リュグルソゥム家殲滅に関わった者達について
②【紋章】家が次の【魔導会議】で提案予定の議題
③【紋章】家の"懐刀"ロンドール家の最近の情勢
「あんな堂々と"禁術"を使ってきたから、外国勢力だとは思っていたけれど……」
そう冷静に語るミシェールと比べると、むしろルクの方がショックが大きい様子。
――それもそうだろうな。全ての魔導侯が関わっていた、なんてのは序の口、可能性の一つとしては兄妹が覚悟していたシナリオだ。
【騙し絵】家を頭とする【破約派】。
【紋章】家を首魁とする【継戦派】。
【四元素】家を長とする【王権派】。
無論、派閥間においても派閥内においても、激烈で凄惨な暗闘が繰り広げられる『長女国』では、それだって異例の事態であると言えるが。
だが……よりにもよって、リュグルソゥム家に"短命の呪い"をかけた怨敵たる「銀衣仮面」の男が、『末子国』の関係者であるなどとは、二人にとっては想像もしたくない、当たってほしくない想像の類だったようである。
その理由は二百数十年前のリュグルソゥム家の成立にまで遡る。
『長女国』の文化では、創始者の"名"がそのまま一族の"姓"となることが多い。リュグルソゥム家もそのパターンである――ただし、創始者は2人だが。
男女の結合双生児リュグルとソゥムが『末子国』の【破邪と癒やしの乙女】の加護者により、分離再生と治癒の"神威"を受けて、それぞれの身体を手に入れた。二人はやがて「止まり木」として今に伝わる特殊な精神魔法の基礎を編み出して、その子供達が『リュグルソゥム』家を興し、卓越した戦闘能力によって王国三大派閥の一つ『継戦派』で頭角を現し、ついには【魔導侯】の座に至ったのである。
このエピソードから、リュグルソゥム家にとって『末子国』の特に上記癒やしの女神の加護者が大恩ある存在であることがうかがえ、そのことも主要因として、代々一族は親末子国的立場を崩さなかったという。『末子国』からしても、対立することの多い『長女国』との間でパイプ役を務めるリュグルソゥム家は"善き相手"であったわけだが――その『末子国』の関係者が裏切っていたのだ。
兄妹が受けた衝撃も大きかろう。
「ひとまず落ち着こう、青少年達。『モーズテス』は追っ手の隊長、『銀衣仮面』は襲撃の実働隊長……それなら、絵図を描いた"首謀者"は誰だってんだ?」
「……そこまでの情報は持っていなかったようです。あくまで【紋章】家から、当日の段取りは全てあの仮面の男に従え、と指示をされていたようで」
「『末子国』はともかく、日頃は仲の悪い三つの"群れ"が手を組んだならば、それぞれのリーダー格であれば、詳しいことは知っているのだろうな」
俺が問い、ルクが答え、ル・ベリが冷静な視点で述べる。
「それで、理由はわかったのか?」
重ねた問いに、ルクが大きく息を吐いてから、こめかみを人差指でグリグリしながら思案するように答える。
「状況的には、次にディエスト家が【魔導会議】で提案しようとしていた"一件"との関係は無視できません――が……」
これが②の情報だ。
王権が最低にまで落ちた『長女国』では、国の重要な方針や政策は【魔導会議】と呼ばれる最高意思決定評議会によって提案・承認・布告される。
その次の会議で、第三位魔導侯にして『継戦派』を率いる大家である【紋章】のディエスト家は。
「"迷宮の開放"など……『末子国』に正面から喧嘩を売る一手ですよ、これは」
「『末子国』に喧嘩を売ったらまずいのか?」
モーズテスから引き出した情報には、ルク曰く『長女国』内の迷宮の扱い関して、三派閥の談合による重大な方向転換があったという。
それは、これまでは各領主の管理に委ねられていた迷宮への探索を、国内の食い詰め者だけでなく、諸国に広く認めて積極的に後援することを、次の【魔導会議】で提案する――という形にまとまろうとしていた。
「少なくとも、我がリュグルソゥム家は絶対に反対していたでしょうね」
「……それが粛清の原因なのではないか? 人間」
「我らだけではありません。『兄弟国』との関係悪化は【破約派】の連中が望むこと。少なくとも【王権派】がそんなこと認めるはずがない、はず……なんですが」
その「認めるはずがない」ことが起きたのだから、困惑しているのだろう。
「まぁ、潜在的な反対者だってぐらいで皆殺しってのは、確かに飛躍しすぎかもな。これだけの超党的大連立をしておいて、リュグルソゥム家に何も話が無かったというのは――ん? その辺りはどうなんだ?」
裏切るはずのない『末子国』の思惑まで無理に測ろうとするから、話がややこしくなる気がした。
そこで、俺は『継戦派』を率いる当の【紋章】家が、派閥の長としてリュグルソゥム家に接触をしたのか否かを聞いてみる。
「――何も。父も兄達もそういう素振りは一切見せませんでした」
確かに、第三侯子であるルクはやさぐれて家族と微妙に距離を置いていた難しい時期であり、末娘であるミシェールも当時は優しさ以外は取り柄のない泣き虫に過ぎなかったが、それでも『リュグルソゥムの止まり木』における精神世界での情報共有ややり取りへの参加を拒んできたわけではない。
少なくとも、このレベルの情報が二人に伝わっていなかったということは――可能性は二つしか考えられない。
「本当に、父様達でさえも尾をつかめないほどの陰謀で不意討ちだったのか」
「あるいは、父さん達は既に何が起きるか知っていて、意図的に私達二人に何も伝えなかったか、そのどちらかでしょう」
確かに、兄妹の家族の最期を聞いていると妙ではある。
兄弟達が、当主たる父までもが、家人に混じって次々に"足止め"して果てていき、ルクとミシェールだけが逃された。仮に脱出用の【転移】魔法陣の定数が二人であったとして――最初からこの二人が選ばれていた、とでも言うのだろうか?
……そして、迷宮領主たる俺の立場から言わせてもらえば、よりにもよってその【転移】先が俺の迷宮が封じられた禁域内であることが、臭すぎるのである。
「全て」の魔導侯が陰謀に加担したという、この全てには、よもや兄妹を除いた『リュグルソゥム家自身』も含まれているのではないか……とさえ、疑心暗鬼に陥っている様子の二人であった。
「そこまでだ、迷えるリュグルソゥムの若人達」
パンパンと手を叩き、また「止まり木」に潜りかけた兄妹に注目を促す。顎に手を当てていたル・ベリとソルファイドもこちらを向いた。
「『止まり木』は確かに常識外れの秘術だが――弱点もある、そうだろう?」
似て非なれども、似ているならば比較することができる。
どうも、ルクは特にそうだが、彼らは「止まり木」で長時間考えることの有用さに慣れすぎている嫌いがある。
……俺の副脳蟲達と同じだよ。
例えばある日、俺が突然襲撃を受けてウーヌス以外が全滅『きゅきゅきゅ! 恐ろしい想像しないで、創造主様!』うるせぇ、考察の邪魔だ引っ込んでろ、そうならないように護る体制作ってんだろうが!
ごほん。一体か二体だけ残ったブレインには、少なくとも今の規模の『エイリアンネットワーク』は維持できまい――となればどうする?
無論、規模を縮小するわけだが……ここで注意。
この"規模縮小"は、別に即管理対象であるエイリアン達まで『縮小』することとは直結しないのである。生き残ったウーヌスが100匹指揮するとして、他の数百匹のエイリアンは当然のようにそこにいて活動をしており、単に『エイリアンネットワーク』からは認識されなくなっただけに過ぎない。
では、同じことを「止まり木」で言えば、どうなるかな?
維持者が二人だけになって"規模縮小"したとして、そこに蓄えられてきた膨大な二百年分もの"知識"が消えた、ということは有り得ない。実際、ルクとミシェールはいろいろ『再現』しようと四苦八苦しているようじゃあないか。
「――だから、あるはずだ。理由があってお前ら二人から"隠していた"知識なり情報なり記憶なりが、な」
「それは……」
「というわけで、お前達に取れる道が二つある。長期計画と短期計画だ」
長期計画。
なに、これは簡単な話だ。ネットワークを維持する頭数が足りないならば、増やせば良いだけのこと。リュグルソゥム家の血と秘術を引き継ぐ者達が増えた分だけ、再現できる"記憶"も増えるんだろう?
「こっちを選ぶ場合は、ほぼ確実にお前らの世代での"復讐"の成就は諦めることになるかもしれない。俺は俺でゆっくりじっくり戦力を整えて、万が一に備えた防衛体制や隠蔽体制を整えながら、浸透の機を測ることになる――メリットは、ほぼ確実にお前達以外のリュグルソゥム家の思惑が分かるだろうことだ」
まぁ、万が一、予想が外れていたら何もせずに死ぬようなものかもしれないがな。本当の本当に、リュグルソゥム家ですら察知できず不意討ちされた陰謀であったならば、この作業は徒労に終わる可能性はある。
だから、ミドルリスクミドルリターンってところか。
険しい顔をしているルクと、面白いと言わんばかりに瞳に狂気的な闘志を湛えているミシェール。
「短期計画では――やることは実にシンプルだ。わからないなら、知っている奴から"聞けば"良いだろう? メリットはでかいぞ、死んだ家族達が遺した意味深な"謎掛け"に気を揉むことは無くなる」
モーズテスは『仮面の男』の正体を知らず、単に『末子国』関係者であるとしかわからなかった――だが、ル・ベリの言う通り、"桃割り"を最上位魔導侯たる三大派閥のどれかの関係者にできたならば?
兄妹お得意の"謀略"や"尋問"の手腕を存分に発揮してもらえば良い。
無論、相当上手く立ち回らなければ危険であるという意味ではハイリスクハイリターンだが、一気に事の真相にまで手を届けることすら難しくはない。
「幸い、取っ掛かりとしてちょうどいい"種"が取り出せてるじゃあないか」
ここで③の情報と絡めることができる。
その話をするために、まずは周辺地理に関して。
どうも俺の迷宮は『長女国』の南西部にあり、最寄りの都市は『次兄国』との境目に近い【関所街ナーレフ】であるが、この一帯は王国第三位魔導侯【紋章】のディエスト家の勢力下である。
しかし、ディエスト家の"本領"からは飛び地になっていて――簡単な話、かつてここに存在した【ワルセィレ森泉国】という小国を攻め滅ぼして征服したのだ。
『次兄国』またの名を【白と黒の諸市同盟】との交易路の一つに位置した小国であり、その利権を狙われたとも世間では言われている。水面下では未だに独立闘争が活発だが、統治と弾圧のためにディエスト家は【関所街ナーレフ】へ"懐刀"たる鎮守伯ロンドール家を派遣した。
現在はハイドリィ=ロンドールという名の若き代官が"鼠捕り"と言う名の恐怖政治を行っているようである。なんでも、住民の移動は完全に制限されている一方で、交易目的の商人を始めとした外部の者の通行が奨励されているとか……まぁ、亡国の独立を目指す結社『森の兄弟団』との繋がりを疑われれば、即拷問と見せしめの処刑が待っているだが。
【紋章】家の"闇"を司るはずの日陰者が、こんな派手な活躍をしている辺り、彼の顕示欲と自らの出自へのコンプレックスがうかがえるところではある。
そして、だ。
面白いのは、この"情報"を持っていたモーズテス氏は、ロンドール家の老齢の現当主に忠実である一方で、嫡子ハイドリィの「"闇"から抜け出す」ことを目指すやり方には反発しており、その動きをずっと監視していたらしい。
ことによっては、主家の冷遇されている中年侯子のジェローム氏を担ぎ出す、そんな計画もあったりなかったり。勤勉で殊勝なことだな……今はもうそんな心配事から解放されているが。
……ほうれ、暗闘と混乱のにおいがしないか?
『森の兄弟団』という、わかりやすいゲリラ的秘密結社との闘争という混乱。
"闇"の立場から抜け出し、更なる栄光を求める若き野心ある代官。
常日頃互いの足元を掬おうとしている他の【魔導侯】家達。
これを上手く泳ぐことができたら、見事な階段が築けそうな気がしないかな?
恐怖政治の駒からハイドリィへ。
ハイドリィからロンドール家へ。ジェロームからでも良い。
ロンドール家から【紋章】家へ。
【紋章】家から『仮面の男』へ。
個人的には"短期計画"を推したいところだ――絶好のタイミングなんだよ、【魔導会議】とやらで"迷宮"を開放するだなんて布告は、俺にとって、な。
例えば、兄妹は兄妹で"諜報"を進めさせつつ、俺自身は"表"からハイドリィに取り入って、『関所街ナーレフ』で一定の地位を築く足がかりにする、とかな――とりあえず『兄弟団』潰しで彼の手柄を増してやるような取引はできる。俺の【情報閲覧】ならばな。
そうして庇護を得て、他方ル・ベリとソルファイドに在野の強者を調べさせる。
なに、【人界】で将来的に"冒険者"と呼ばれる集団を生み出そうというのが、俺の構想の一部だ。
迷宮に挑戦する"食い詰め者"達の平均的な実力だとか、"掘り出し物"の発見に力を入れるのは規定路線である。だから、条件さえ整えば――『ナーレフ』にこそ、そのまま俺の「拠点」を構えることだってやぶさかではない。
『きゅ……創造主様自身は、何をするきゅぴか? 左手うちわ?』
阿呆、そんな時間がもったいないことはするわけないだろ。
俺は、そうだな。ナーレフを拠点に酒場などで情報収集しつつ、"占い師"でもやろうかねぇ。
――【情報閲覧:弱】は【魔界】の闘争ではあまり有効ではないかもしれないが、長いこと"侵攻"を受けていない【人界】においては、条件は異なるだろうとも。そして、そのためにこそランクMAXにしたのだから。
……さて。
どっちをお望みかな?
また"議論"を「止まり木」で始めたのか、兄妹のMPがみるみる減っていき――ミシェールがくらっと倒れた。
あぁ、今度はルクの方が"勝った"ってわけだな?
「短期計画を」
GOODだ、その答えは俺の希望とも合う。
先にも述べたが、今このタイミングをあえて逃すと、おそらく俺が食い込めないところで『迷宮挑戦者互助会』だかなんだかいう名前の組織ができてしまうだろう。【魔導侯】ないし『次兄国』の各種の既存の互助会なり商会なり傭兵団なりが、組織化しようとするはずだ。
……別に乗り遅れたところで、既存の組織を乗っ取る形で行動するという手もあるのだが、しがらみが多くなるしな。
ルクらに【紋章】家への調略を進めさせると同時に、その【紋章】家をこそ隠れ蓑にするというパターンも考えられるのだ――【騙し絵】家対策で打てる布石として、な。
彼らが、積極的に"俺の迷宮"についての情報を『長女国』全体に吹聴する、という可能性は低いが、目的が不明瞭である以上は警戒はしなければなるまい。その意味では、必要以上に【紋章】家を弱らせるのもまずいことになりかねないため、ルクらのハンドルはきっちり握らなければならないわけで。
「……ただし、長期計画もセットで」
苦渋の表情でルクが述べた。
その意味するところは――。
「ミシェールを置いていくってことだな?」
「話はつけました。二人の意見が折り合えるところとしては、こんなところかな、という感じです」
「……御方様、ということは――行かれるのですか? 人間達の"街"へ。危険ではないですか?」
「なぁに、いざとなれば【魔界】に引きこもって"他の裂け目"を強奪するって手もある。一回や二回の失敗ぐらいは、恐れないとも」
忠臣としての諫言はそこそこに。
俺が方針を決断したならば、ル・ベリは基本的には従うことは分かっている。ソルファイドも、そうしたことに頭をあまり使いたがるタイプではないようだ……となれば、【人界】の知識も情報も厚いルク青年の意見がどうかというところだが。
「もし、もしも、私達の"寿命"を思って無理をされているんなら、即刻辞めてくださいね。こっちだってオーマ様に賭けてるんです、失敗されたら困るんですよ」
おう、なかなか向上心と反骨心に溢れた指摘だな。
だが……【騙し絵】家の取り逃がした女工作員のことをも考えれば、やはりここは守るために攻めるべき局面だろう。
連中は少なくとも"単独"で動いたわけではなく、『末子国』やリュグルソゥム家や「迷宮」そのものを巡る様々な思惑が一致したからこそ、『超党派部隊』などという形で今回の事を引き起こしている――そのために派遣された子飼いの工作員達が死に絶え、【騙し絵】家の女のみ生還した場合、どう考えるだろうか?
今も足並みが揃っているならば、一時撤退して機会を改めるのも一つの選択だ。
だが、この場合でも、引きこもって状況を把握できぬままでいるのは逆効果。再び"超党派部隊"なんてのが、もっと大規模に襲来してくることに備えるためにこそ、打てる手を打つための最低限の「浸透」が必要になってくる。
そして、【騙し絵】家が情報を握り潰す等、足並みが乱れているならば――。
こちらに有利な状況を作るために、さらに積極的に工作するべきだろう。
「関所街ナーレフへ行くぞ、一週間後には出立だ。準備だ、ル・ベリ、ウーヌス。まず持っていく物の確認だが……」




