本編-0030 憤怒の果て/隻眼の竜人は赫怒に踊る④
こいつは武闘派で、直情的な戦士で、馬鹿野郎だ。
しかもただの馬鹿じゃあない。
捨て身の大馬鹿者だ。
『こいつは勝利なんか求めちゃいない』
【眷属心話】でル・ベリに語りかけながら、俺は両者の攻防を油断なく見守る。
念のため持ってきていた、旧レレ―氏族のゴブリンの槍を構え、護衛のアルファにも必要に応じて介入する覚悟を決めたことを伝える。
んで、ソルファイド君に話を戻すが――。
これは、凄まじいな。
だが、勝利だとか、栄光だとか、そういうのを求める起死回生の大暴れなどでは決してないのだ。潰れた左腕を構わず振り回しているのがその良い証拠。
ル・ベリに【奴隷監督】として、廃棄予定ゴブリン奴隷達の「生存本能」を刺激させてやったような、そういう「生き汚さ」の発露としての大反撃などでもない。
自棄だ。
活き活きと躍動して手負いの獣真っ青に俺の可愛い眷属達を蹂躙し、ル・ベリを苦戦に追い込んでおきながら。
絶望のあまり感情が抜けきった青白い顔で、一番死にそうな顔をしているのは、当の竜人野郎本人だとは……とんだお笑い種だ!
迷宮核の知識によれば、俺みたいな「融合型」の迷宮領主は、誰かに殺された時に体内の【迷宮核】が、その殺した当人に移る。
そういうことをこのトカゲ男が知ってるかどうかはさておき、さっき「迷宮領主!!」とか叫んでやがったから、周囲のエイリアン達の親玉が俺であると、明確に認識してはいるだろう。
――どうして俺の首を獲ろうと突っ込んでこない?
それも、自棄状態だから、か?
ありがちに「死に場所を求めている」とかいうタイプだったか? 付き合わされる側からしたら良い迷惑というもんだ。
ル・ベリを妨害に差し向けたとはいえ、あの戦闘力なら、それこそ両腕両足すら犠牲にする勢いで突っ込んでくれば、ヤツの剣は俺にだって届くだろう。あそこまで大暴れしている瞬発力をギリギリまで隠していたならば、アルファの妨害だって抜ける可能性はある。
必ずしも"個"の傑出した武勇が万能な世界システムではないようだが――あれだけの戦闘力があるのならば、条件さえ整えてやれば相当の戦力にもなるだろう、特に少数対少数の局面では。
だが、勝利を目指しておらず闘争のための闘争を自棄的に振り回している。
むしろ自分からランナー達の群れに飛び込み、自分から囲まれにいって全身を徐々に切り裂かれながら満身創痍になり、それを壮絶な動きで振り払うという、ちと理解し難い闘いを繰り広げている。
ふつふつと苛立ちにも似た怒りが自分の中に湧いてくるのを感じる。
あぁ、そうだよ。
そうだった。
俺はこういうヤツが嫌いなんだ。
死にたがり野郎だったってわけだ。
死を恐れぬ――ではなく、死が「どうでもいい」というタイプか?
それなら真に「死を恐れない」のがどういうことか、見せてやろうじゃないか。
***
結末の見え透いた闘いに引導を渡したのは、オーマの容赦無い戦術変更だった。
迷宮に残った全ての戦線獣3体を緊急招集し、ランナー30体と共に、策など不要と言わんばかりに全方位からソルファイドへ飛びかからせたのである。
戦線獣はオーマから「決死」で動きを封じるよう厳命されており――1体は脳天を貫通されながらも、豪腕で覆いかぶさるようにソルファイドに掴みかかり、もう2体は片腕を斬り落とされながらも壁の如く巨体そのものでソルファイドを挟む。
それでも激しく抵抗する竜人に対して、ダメ押しの如く30体ものランナーが、スズメバチを包んで温め殺すミツバチの如く群がり――密着することによって、【竜の憤怒】によって暴れ狂うソルファイドの行動の自由を奪ったのである。
組み伏せる過程で3分の1のランナーが斬り殺され、残りも重傷軽傷で、さながら刀傷の見本市の如く。ル・ベリも触手の幾本かから血を流しており、ソルファイドの抵抗の激しさがうかがえる。
だが、ひとたび組み伏せられた竜人は、まるで自失したかのように、呆然とした表情を浮かべていた。
駆けつけた戦線獣のアルファとガンマ、そして――戦線獣にさらに【因子:強筋】を組み込んだ「第三世代」の凶獣【螺旋獣】と化したデルタによって、完全に制圧された状態である。
「傑出した武勇、なんてものは無い。どんな大型の獣だって、機敏な戦士だって、囲まれれば死ぬ。そう思わないか? 侵入者の"竜人"さんよ」
オーマはル・ベリを脇に控えさせ、ソルファイドを傲慢に見下ろす。
その表情に、彼が常に浮かべている口の端を釣り上げたような笑みは無い。
「俺の負けだ。殺すなら殺せ、迷宮領主」
「口を慎め! 御方様が許した時にのみ、貴様には命乞いが許されるのだ! 死すら自由になると思うなよ?」
ル・ベリが鞭でソルファイドの頭部を一撃。
だが、竜人の頑丈な頭蓋骨に阻まれ、衝撃は脳震盪を引き起こすには至らない。
ただし「痛み」は、ル・ベリに加護を与える【嘲笑と調教の女王】によって増幅され――感情をもはや失い廃人になりかけていたソルファイドが、歯を軽く食いしばり顔を歪めた。
そして、本能的に「感情」が全て【竜の憤怒】に焚べられた結果、今の自分は何も残っていない"抜け殻"かという認識に囚われていたソルファイドは――「痛み」を感じたことに、軽い驚愕を覚えていた。
「ほれ。得物が呼んでるぞ? 俺から取り返さなくて良いのか?」
オーマが【ガズァハの眼光】をソルファイドの前でぷらぷらと振る。
愛剣をわずかばかり一瞥したソルファイドは、諦めたように言葉を紡ぐ。今度はル・ベリが鞭打とうとするのはオーマにやんわりと止められた。
「その剣は我が一族の誇りだ。見ての通り、お前に奪われた。俺にはもはや、何も残っていない。好きにしてくれ」
カラン、と金属音と共に【ガズァハの眼光】が無造作にソルファイドの目の前に放り投げられる。
「さぁ、返してやったぞ? どうだ? 用が済んだみたいだな、どうだ、帰るか? 大陸へ――ついでにヒュドラともう一戦してっても構わんぞ、使徒サマ」
オーマの目配せに合わせて、3体がかりで押さえつけていた戦線獣達が離れる。
しかし、それらよりもさらに二回りは巨大な筋肉の異形と化した【螺旋獣】のデルタが、油断なくその動きを指の一つに至るまでエイリアン的瞳で凝視している。
急にまた暴れだそうものならば、今度は制圧ではなく殴殺を以って対応することとなろう。
愛剣から伝わる慣れ親しんだ力の波動を身近に感じて――ソルファイドは、今更のように、複雑骨折した左腕から鈍痛を感じていた。
既に【竜の憤怒】が、急速にその熱を失っていっていた。
「なぁ、死に損ないの死にたがりさんよ。お前は、一体何しに俺の迷宮に来たんだ? まさか本当にヒュドラの使徒様だったってわけでもないだろうに」
「……わからない。貴様を利用しようとも考えたが、それも、全て燃え尽きた」
「馬鹿が」
オーマが容赦なくソルファイドの顔面に蹴りを入れる。
体を起こそうとしていたソルファイドにとっては不意討ちの形となり、仰け反るようにふっ飛ばされる。
【竜の憤怒】が消え失せ、ソルファイドを支えていた身体強化はとうに剥がれ落ちた。身体を酷使しすぎた激痛が脳を焼き、戦意はもはや完全に消滅していた。
倒れたソルファイドの隣まで歩き、オーマがしゃがんでその顔を覗きこむ。
「言えよ。何がしたくて"俺を利用"なんてしようとしたんだよ」
踏み込んでくる男だ、とソルファイドは思った。
身のこなしは戦士のそれではなく、獣調教師系は使い手本人が最も弱いという経験則の通り、戦意が消え失せていなければ一太刀で切り捨てられそうなほどの「弱者」でしかない――単なる個人の武勇という意味では「弱者」に過ぎないはずの男は、容赦なくソルファイドに「語る」ことを強要していた。
「……憎い仇がいる。奴らを皆殺しにする、そのはずだった。お前を踏み台にして、な」
オーマがソルファイドの赤髪を鷲掴み、無理やり上体を起こさせる。
「じゃ今やってみろ、死にたがり。良いこと教えてやる。俺を殺せば、晴れてお前は迷宮領主様だぞ?」
「御方様!」
危険な挑発を止めようとル・ベリが声を上げるが、オーマは構わずにソルファイドが右手で握ったままの【レレイフの吐息】を自身に向けさせた。
だが、竜人の青年に闘志や活力が戻る様子は無かった。
「なぁ、こんなことに何の意味がある? 憎い仇がいる? 報復するための力が欲しい? だったらそれじゃなくて、頭を使うべきだろうに」
自身のこめかみを人差し指でトントンと叩きながら、苛立ちを増した調子でオーマが言葉を続ける。
「竜人。お前は、なぁんにも自分で考えることもしないで、今まで生きてきたってわけだ――別に【竜の憤怒】とかいう劇薬が原因なんかじゃ、絶対にない」
「お前……どうしてそれを……ッ?」
「なんだ、迷宮領主に喧嘩売っといてこんなことも知らなかったのか? 俺達には、何でもお見通しなんだよ」
ソルファイドの髪を放し、オーマは立ち上がって背を向け、数歩歩いて距離を取った。語ったことの半分ははったりであるが、戦線獣が殺される前後のソルファイドの変化や、今のあまりに自失とした様子から……オーマは【竜の憤怒】のおおよその副作用について、当たらずとも遠からずな見当をつけていた。
「なぁ、竜人。お前は、自分で何かを決めて決断したことがあるのか? 誰かに与えられた役割や、そうするべきと期待された行動以外で、何を決断してきた? お前の、望みは何だ? お前がやりたかったことは、本当にこんなことか?」
核心を突いた問いかけだった。
オーマの土足は、とうとうソルファイド自身が自分ですら踏み込まないようにしていた、心の中の矛盾を暴き立てるに至った。
滅びし【竜帝国】の皇家の末裔を、時が来るまで静かに守り続ける「守護戦士」としての役割。
それがソルファイドにとっての全てであり、父母からも師匠からも、ソルファイドは「守護戦士」として働くことを期待され、その通りに生きてきた。
里が滅ぼされた時も、生き残りを率いて【魔界】へ落ち延びた時も、テルミト伯に酷使された時も――あくまで「守護戦士」としてしか、ソルファイドは判断していなかった。
そして、幼馴染であったティレーの死と里の崩壊に際して、その主要因を作ったのが自分自身であるという罪の念からも、ソルファイドはなお一層里の「守護戦士」としてあるべき姿を求め、己の本心から目を背ける道を選んだ。
だが、守るべき「里の同胞」を皆失った今、「役割」はもはや意味を持たず。
それこそがソルファイドから、急速に闘志が失われた原因であった。
守るべき者達が「重し」となって存在していたことが、ソルファイドが「守護戦士」としての己を律し続ける、最後の拠り所であったのだ。
そして、その生き方がもはや叶わないことをオーマに思い知らされ……。
(要するに"燃え尽き症候群"なんだろうよ、この腑抜け面は)
心の中でオーマが毒づく。
【眷属心話】を使ってはいないので、ル・ベリの目には主が口の端を歪め、いつもの調子に戻りつつあるという程度の事しかわからない。
「なぁ? 竜人さんよ。"俺を利用する"とか大言壮語しちゃぁいるが、お前は何を期待して俺に喧嘩売ったんだ?」
「守護戦士として~」という言い訳を根こそぎ剥ぎ取られたソルファイドが、オーマに対して初めて笑みを見せた。だがそれは自嘲の笑みである。
己を嘲る後悔の笑みである。
「闘いだ。俺は、闘いそのものを望んでいたんだ」
【竜】の血を引く因果を抑える生き方を選んだウヴルスの里において――ソルファイドは、稀なる先祖返りによって『息吹』という過剰な力まで得ていた。
あるいは、ウヴルスの"枝"が【竜帝国】を再興し再び世の表舞台へ躍り出る野心を捨て去っていなければ、それは乱世を切り開く大いなる武器となったであろう。
予見される真竜達の"妨害"を打ち破るための、対竜種戦闘術も途絶えず連綿と受け継がれてきた……そのような類の「竜人の里」であったならば、ソルファイドの、同僚たる「翼の守護戦士」「尾の守護戦士」とも一線を画す、遥かに抜きん出た闘いの才能を活かす機会も非常に幅広く在ったことだろう。
ヒュドラとの闘いを前にして、「守護戦士」として護るはずであった里の最後の同胞達が次々に死んでいく中、己に湧き起こった感情をソルファイドは思い出す。
「護る」者ではなく、「闘う」者としての自分を、里での生き方の中では表現することのできなかった生き方を選べるかもしれない――そんな背徳的な興奮を覚えたことを、いまやオーマによって白日の下に引きずり出されていた。
「……残念だったな、迷宮領主。今や、そんな昂ぶりさえも灰と化した」
真に自嘲すべきは――オーマの指摘通り、目を背け続けていた「真の望み」さえもが、捨て身の【竜の憤怒】によって、既に燃え尽きてしまった後であること。
「なぁ、ル・ベリ。この馬鹿は何か勘違いしているようだが、分かるか?」
「ふうむ……話の流れからすると、御方様が何かを期待していた、と誤解しているようですが」
しばしル・ベリとやり取りをした後に、オーマがソルファイドに向き直る。
その表情には哀れみと侮蔑、そして尽きない興味の色が宿っていた。
「言っただろトカゲ頭。だから【竜の憤怒】とかいう廃人生産技能は関係無いんだよ……そんなもんは言い訳にもならない。お前、自分を俺が"道具"のように使ってくれる、とか今期待してんだろ? 誰が満足した豚を使ってやるかよ」
オーマが転がっている【ガズァハの眼光】を蹴り飛ばし、ソルファイドの破壊されダランと垂れ下がった左手の近くに剣が届く。
「名乗れ、竜人」
「……ソルファイド=ギルクォース」
「同情はしてやる。お前は望んで"燃え尽き"たわけじゃ、ないみたいだからな――望むなら、望み通りお前を使ってやる。だが、条件がある」
「御方様!?」
ル・ベリにとっては予想外の展開であったが、オーマは怒れる半異の魔人を片手で制す。表情こそ笑みているが、有無を言わせぬ意思が込められているのを悟り、ル・ベリが不承不承ながら引き下がる。
「お前の復讐の理由になった連中を弔え……あぁ、お前の文化のやり方で構わんぞ? それが最初の条件だ」
一瞬、発された言葉の意味が分からず、ソルファイドは硬直する。
しばし黙考し、この迷宮領主の青年の意図が『ケジメをつけろ』と言いたいのではないかという考えが湧いた。
正直に言うならば、この迷宮領主が自分を一振りの剣として、道具として使ってくれることをソルファイドは期待していた。テルミト伯は喜んでそうしていたし、わずかな期間ではあったがソルファイドにとって、それは気が楽な一時であったことは事実だ。
「闘い」を心の奥底で望んでいながら――里の生き残りを守るために仕方なくテルミト伯の命令に従って闘うのだ、という言い訳で自分をごまかすのに、とても都合が良かったのだ。
そしてその欺瞞を、目の前の青年は、テルミト伯と同じ迷宮領主であるはずの青年は、散々暴き立てた挙句に一切認めようとしない態度を鮮明にしていた。
一連のやり取りの中で、ソルファイドはこの迷宮領主の青年がどのような人物かを、理解しつつあった。
彼は「考えること」に拘っているのだ。
それも自分自身ではなく、他者にもそれを執拗に求める。
考えることを止めて、他の者なり、なんらかの立場なりに依拠して少しでも楽をすることを、「人」の生き方として認めようとしないのだ。
そこまで考え至った時、ソルファイドの中で初めてオーマへの興味が生まれた。
軽薄な笑みを浮かべ口の端を歪めながらも、その目は真剣に、ここではないどこか虚空に思いを馳せているように見えた。
己がどうしたいのか。
己がどう生きてきて、そしてこれからはどう生きていくべきなのか。
ソルファイドは目を静かに閉じ、しばし語らず黙していた。
里を滅ぼされてから逃げ続け、守り損ない続けた日々の中で、とても久しぶりに正しい意味での『ウヴルスの瞑想』をすることができたような気がした。
神々の兵器として創られた【竜】が、なぜ人と交わり【竜人】が生まれたのか。
ウヴルスの里だけが、瞑想と律心により【竜の憤怒】を抑える道を選んだ理由は。
答えが出そうで出ない、堂々巡りの自己問答が心の中でぐるぐる回る。
だが、迷宮領主の青年からすれば、このような姿勢こそが「正解」なのだろう、ということだけは確信できた。
「……少し意地の悪いことを言い過ぎたかな? ってわけで、ここらで俺の配下になったらどんな特典があるか教えてやろうじゃないか」
迷宮領主の青年オーマが語る。
彼は必ず、ソルファイドに"対価"を与えるだろう、と。
「俺の眷属を散々ぶっ殺したことは、その左腕でチャラにしてやる。これが最初の対価だ。無論、俺に貢献することをやらかせば、次の対価は"善い"ものになる――考えて考えて考えぬいて、本当に『道具』になりたいんだったら、その望みだって喜んで叶えてやるぜ?」
オーマが邪悪な笑みを浮かべる。
だが……それは作った邪悪さだとソルファイドは直感していた。
なんだ、この青年もまた自分と同じで不器用なのかもしれない。
そう思った瞬間、ふっと頬が緩むような気がした。
「そうだな。俸給は――鹿を週に一頭、いや、二頭は食わせてくれれば、条件とやらは実践してやろう」
「何を言い出すか、図々しいぞ貴様!」
わかってきたじゃないか、とオーマが内心苦笑するのをよそ目に、ル・ベリの怒声が迷宮内に響いた。
***
斯くして隻眼の竜人ソルファイドはオーマの物語に合流し、その際に条件としてささやかな課題を与えられた。
オーマとの遭遇が無ければ、あるいは彼は自力で【人界】へ戻る道を見つけ、紅炎の殺戮者として名を残し、討たれ、歴史に風化していったであろう。
後にオーマの『牙』となる【全盲の竜人】としてのソルファイド=ギルクォースの歩みは、ここに始まったばかりである。




