本編-0029 ダンジョン防衛戦~対ゴブリン氏族連合③
「なんと醜悪な……!」
天井の隠し通路の先。
ソルファイドは、オーマが『駐屯所』と名付けた小部屋まで辿り着いていた。
そこで彼が目にしたのは、鳥とも獣とも異なり、竜や魚とも異なる。かつて、ウヴルスの里があった大陸東方の秘境においても、定期的な"魔物狩り"が必要ではあったが――そこで見たことのある如何なる魔獣とも異なる異形の魔獣達であった。
異形の爪と長い尾を持ち、機敏にして獰猛、【群体本能】によって常に位置どりを変え、一個の生命体のようにソルファイドと距離を取るは20体の走狗蟲。
天井に壁に爪で取り付きわらわらと蠢きながら、ソルファイドに向け、この世のものとは思えぬおぞましい鳴き声を一斉に浴びせている。そしてその鳴き声を放つ口は――十字に割れ、ソルファイドの知る如何なる生物とも異なる形状。
悪趣味さで言えば「目玉」や「耳」はおろか「手」や「足」を眷属とするテルミト伯も相当のものだったが、この生物達の異様さは生理的な嫌悪感を催す――なにより【原初の記憶】が、竜の本能として、この異形の生物達の存在を嫌悪していた。
そしてソルファイドの主敵は、ランナーだけではない。
異様に両腕が発達した、筋肉の塊ともいうべき魔獣が数体、低い声で唸りながら体をぶるぶる震わせ、ソルファイドを待ち受けていた。
隘路にあって蠢く群体の圧力たるや、ヒュドラと対峙した時とは異なる緊張感である。自身はゴブリンを一太刀で斬り殺せるが、この魔獣はゴブリンを一撃で殴り殺せるだろう。トロルやオーガに匹敵するような重厚感をソルファイドは感じる。隆々たる筋肉は鎧のごとく、ソルファイドの剣技を以ってして両断できる図が浮かばない。
なるほど、ゴブリン達が時折言っていた「異常」の原因は、十中八九これらであろう――これは、ゴブリンなどの手に負える相手ではない。
発達した足爪と機敏な動きで、壁を天井を駆け回るランナーの姿を見れば、彼らが「樹冠の枝道」を自在に移動してゴブリン達を襲撃する図など、容易に想像できた。どうやら、この島の迷宮領主は、ソルファイドが想像する以上に島全体に勢力を浸透させていたのかもしれない。
油断無く【レレイフの吐息】を構え、斬り込むべきタイミングを図る。
【竜の憤怒】により戦意と殺意は最高に高まっている。
知らず不敵の笑みを浮かべていた。
「相手にとって不足は無いぞ、化け物ども。押し通らせてもらう!」
語るが早いか、機先を制したのはソルファイド。
【疾風斬り】【無音三連】など低位の武技を駆け抜けざまに繰り出し、ランナーを寄せ付けない。
人族の体躯でありながらその体捌きにはキレと重さを兼ね備えており、迷宮の走狗達の連携を以ってして付け入る隙をやすやすとは与えない。
まずは正面。
ランナーの群れを掻い潜り、戦線獣を相手取ってその力を測るべく【圧撃】を放つ。衝撃を重視した太刀筋が迎え撃つ戦線獣の爪と衝突する。
まるで巨岩に剣を打ち込んだような衝撃が跳ね返り、ソルファイドは舌打ちしながら地を蹴った。
相手の魔獣もまた多少よろめいて威嚇の咆哮を上げる傍ら、別の一体が両腕を振りかぶりながら飛びかかってくる。
「舐めるなッ!」
出し惜しみなどすることは無い。
戦意の高揚感さえもが【竜の憤怒】へ焚べられ、全身が火の玉になっていくような焦燥感がソルファイドの身体能力をはね上げる。
獣の剛腕を最小の動きで両腕ともかわし、逆に懐に入る形となって、剣を逆袈裟に振り上げる。だが、踏み込みが浅く、【レレイフの吐息】が獣の胸に逆一文字の刀傷を作る。
ただし肉が焼けるような音を伴って。
「グギャアアルルルルゥウォォッッ!?」
ソルファイドの感覚としては、今の一撃は入りが浅かった。
しかし、赤熱した火竜骨の剣による逆薙ぎの一撃は想像以上に剛腕の獣を傷つけたようだった。凄絶な咆哮を上げ、竜火によって乳酪のように焼き断ち切られた肉が見る間に爛れていく。
("火"は効くようだな!)
獣は苦悶の表情を浮かべつつも、足を止めて踏ん張り、衰えぬ闘志をその眼に秘めて相対してくる。しかし1対1で相対し続ける気は無いようだった。
今度は割って入るように三方から走狗が踊りかかってきたのだ。
頭部、心臓、脛を同時に狙う見事な連携。一手対処を誤れば致命打を受ける。
ソルファイドは剣との共鳴を高め、武技【円舞】による回避行動を取る。
だが、その瞬間、前方の獣が数体同時に、この世のものとは思えない【おぞましき咆哮】を放った。
無論、その程度に恐怖を感ずるソルファイドではないが、呼吸をわずかばかり乱されたのは事実。
胴を狙ったランナーの足爪をかわしきれず、衣服ごと鱗を浅く切られる。
皮膚と肉にまで爪が届くのは避けられた代わりに腹の鱗を削られ、不快感に顔を歪める。お返しとばかりに回転運動を加えた蹴りを加え、走狗を一匹弾き飛ばしてから、ソルファイドは距離を取った。
なるほど、これは厄介だ。
脳裏に浮かぶのは【魔界】を訪れてから経験した、二度の大きな戦い。
その時はまだ庇護者であったテルミト伯側の一部隊として、彼の政敵リッケル子爵側の拠点に仕掛けた無謀な突破戦では、ソルファイドの傍らにはまだ戦友達の生き残りがついていた。
彼らを失った後に流刑船越しに戦ったヒュドラは、己の全力を以ってしても「生えたて」の竜首を2つ落とすのが精々の偉敵であった。
では、まだ姿も見せぬこの最果て島にて異形を操る迷宮領主の軍勢はどうか?
3体でダメならばその倍はどうか、と言わんばかりに6体の走狗が飛びかかってくる。連携の猛攻をかいくぐれば、次は12体。
足並みを合わせるように魔獣が長大な剛腕を振りかぶり、突っ込んでくる。
(ほう、同士討ち覚悟か? だが、それは経験済みだ!)
脳裏によぎるは先日のヒュドラが繰り出した連携攻撃。
だが、最初からそうするつもりと分かっていれば、対処のしようは十分にある。
本気の一撃を放つには到底足りないが――【息吹斬り】を乗せて誤魔化すことで、目眩まし程度にならばまだまだ使える。
鹿の肉を焼いた時よりはやや強めの【息吹】を吐き出すと同時に、剣にブレスをまとわせ【息吹斬り】を円形に放った。
熱波と衝撃波が剣刃と共に乱れ飛び、ランナー達が怯んだ隙をかい潜って獣の剛腕剛爪の一撃を紙一重に避ける。
その振り抜かれた剛腕の、まさに関節を狙って【レレイフの吐息】を叩き込んだ。
肉を焼き焦がす音とともに、獣の腕が断ち切られる。
やはり"火"に弱いのだ、と肉を切り裂く感覚があまりにやわらかいことにソルファイドは気づく。少なくとも、彼の目測では、ゴブリンなど比べ物にならないほどこの剛爪の魔獣の"筋肉の鎧"は重く、硬いはずであったが故に。
剛腕を一つ失い、重心を崩した獣の喉にさらに【レレイフの吐息】を突き入れる。
数秒もがいた後、魔獣は痙攣を繰り返しつつ、力を失って崩れ落ちた。
***
やるなぁ。
進化させたての戦線獣が一体斃されてしまうとは、な。
アルファやガンマをぶつけなくて良かった、と言うべきかな?
当て馬となったエイリアンには合掌を。
……この位置まで来れば、遠目にも『使徒』様の大立ち回りがよく観察できるというものだ。
アルファを背後に控えさせながら、俺は迷宮に初めて迎える強力な侵入者に向けて【情報閲覧】を何度か放つ。この技能、俺の視線が直線上で対象に届かないと上手く発動してくれない。
乱戦状態でランナーやブレイブビーストがしょっちゅう視線を遮るもんだから、多少手こずってしまった。
だが、前線まで出張ってきた価値はあった。
【基本情報】
名称:ソルファイド=ギルクォース
種族:竜人(火竜統)
職業:牙の守護戦士
位階:28〈技能点:残り25点〉
HP:552/600
MP:135/275
うわ、マジか。
位階見るだけでも俺の眷属達を圧倒してるな、こりゃ。
これは、相当の手練が来訪してきたようだ――ちらとステータスが見えただけで、ヤツの動きが速すぎてゆっくりと続きを見れなかったが、結構いろいろなスキルを取ってやがるな? 技能点の振り残し割合を考えるに、彼は結構振れている方なんじゃないかな。
それにしても【竜人】ねぇ。
いわゆるリザードマンよりはずっと人間型に近いが、なるほど、それもあって「竜人」と翻訳されたのかもしれないな。
鮮血のような赤い頭髪はざんばらに切り揃えられており、顔の半分には竜か爬虫類を思わせる"鱗"で覆われている。黄色い瞳も、人間よりは爬虫類のそれに近い。
体格も長身であるが、筋骨隆々な大柄タイプではなく、球技のエースみたいな無駄のない洗練されたバランスタイプ――だが、おそらくはその傭兵戦士の如き革鎧の下にも鱗が身体を覆っており、見た目以上に防御力はあるだろう。
そして、迷宮核の知識によれば。
【竜】と呼ばれる存在は――ちと厄介だ。
「神々の兵器」だとか「世界の調停者」だとかいったキーワードが散見される。生物としても、世界の根幹的な部分に関わっているという可能性が高いわけで、まぁそれがヒュドラを警戒する理由でもあるわけだが。
古の"真竜"はほとんど姿を消したと言われるが、その子孫だか系譜だかにある存在達もまた、相応の力を持つという。んで歴史の話に少しなるが……人界と魔界の大戦よりも昔には「竜が人を支配する時代」というものがあったようで。
「竜人」とはその時の支配者達の子孫、だそうな。
あぁ、厄介事のにおいしかしねぇ。
なんでそんな奴が、こんな場末の島になんか流されてきているんですかねぇ。
……ル・ベリの母の話を考えるに、このドラゴン男の身の上もそうだが、大陸方面がきな臭いことになりつつあるのかもしれない。ゆっくり島の開発をしたいのだが、果たしてどうなることやら。
おっと、今は目の前の闘争に集中だ。
いざとなればル・ベリとアルファを投入するし、俺も言葉で時間を稼ぐつもりだ。
第三世代と化した「デルタ」がここに到着するまでの時間を、な。
んー……。
ランナーの犠牲を気にしないでもみくちゃにさせれば、消耗戦でなんとか削りきれるだろうか?
HPはともかくMPはそこそこ減らすことができている。
さっきの大技には驚いたし、エイリアン達が意外と"火"に弱いことが分かったのも思わぬ収穫であるが、本調子でないことが幸いである。
これで、俺が今押収している方の剣まで二刀流で振り回されていたら、どうなっていたことやら。
***
仇を討たんと肉薄する剛腕を切り払い、返す刀で走狗を一匹焼き切り捨てる。
無論、一匹を切る間に他の二匹から爪を突き出され、ソルファイドは全ての攻撃をかわし切ることができなくなっていた。
だが。
「とうとう現れたか、迷宮領主ッ!」
闘志と戦意は油を焚べた業火の如く、ますます燃え盛る。
いつの間にか部屋の出口側まで現れていた、異装の出で立ちの魔人族の青年がこちらを見ていた。
背後に一際大きな魔獣を控えさせ、どこが浮世離れした軽薄な笑みを浮かべている。その手には、見まごうことなき愛剣の片割れ【ガズァハの眼光】。
ソルファイドの咆哮を受け、迷宮領主が口の端を歪める。
強引に剛腕の魔獣を突破しようとした時、背後に突如気配が現れた。
「何!?」
しゃがみつつ跳びはねるようにその場を避ける。
頭上を空を切る音がし、振り返るや両腕が鎌と化した蛇の如き魔物がいた。
どこから現れたのかなどと考えるよりも早く、腕が動いて剣を横に薙ぐ。
だが、蛇は柳葉のようにぬらりと身を翻して即座に這い逃げる。刹那、蛇が置き土産とばかりに尾でソルファイドの足を絡めとっていった。
「クソッ、しまった!」
自発的に姿勢を崩したのではなく、意図せぬタイミングで体勢を崩された。
それを見逃すほど甘い魔獣達ではない。
地に転ばされたソルファイドの頭上から獣の剛腕が振り下ろされる。
かわす暇が無い!
舌打ちしつつ、動くようになったばかりの左腕を犠牲にそれ受け止めた。
骨が折れる嫌な音がすると同時に、そんな痛みなど気にならないぐらいの衝撃がソルファイドに降り注いだ。
単純明快にして原始的な暴力にさらされ、さしもの竜人の強靭な肉体も悲鳴を上げる。
(ここまでか……)
闘志がくじけた――と、竜人ソルファイド自身が感じてしまう。
そしてそれが、彼にとっての「失速」の始まりだった。
……だが、そうした内面の変化を知らないオーマには、表面上はソルファイドの「竜なる人」としての暴力性が劇的に向上したようにも見えたことだろう。
多頭竜との戦いで、かの偉敵がソルファイドに見せた"真の"竜の闘争の本質とは。
自傷すら厭わない、全存在を賭けた捨て身の暴力にこそある。
次の瞬間、ソルファイドは無茶苦茶な動きで――降り注ぐ戦線獣の拳をはねのけた。感覚を失った左腕を、ほとんど直感のままに豪と振り上げて、骨砕け筋が裂けるのも一切構わずに戦線獣の拳を殴り飛ばしたのである。
あまりに発達しすぎた剛腕が特徴であり、それが重心の役割をも果たしているブレイブビーストは、この手のバランスを崩すタイプの反撃に弱い。
オーマは【眷属心話】を通して伝わった戦線獣の「焦り」から、形成の逆転を即座に悟る。
「ル・ベリ、デルタの到着まで時間を稼げ!」
冷やりと緊張を孕んだオーマの短い指示。
だが、ル・ベリが【異形:四肢触手】をバネのように動かしてソルファイドの眼前に殺到した時には、既に火竜骨の剣が次の戦線獣の喉を貫いていた。
「二足歩行のトカゲ男めが……御方様の憤怒を知るが良い!」
飛びかからんとする大蜘蛛のように、四本の触手を高く広く掲げ伸ばすル・ベリ。
だが、それは囮であり――居合い抜きの如く振り抜かれた"二本鞭"が、激しくしなりながら左右から鋭く迫る。
職業技能【鞭術】の乗った会心の一撃であり、直撃すれば鱗に守られた【竜人】といえど痛撃は免れ得ないが、ソルファイドはこれまた強引に身体を捻って紙一重に避ける。
たたみかけるようにル・ベリが四本の触手で連打を浴びせるが、【因子:伸縮筋】による加速の乗った触手の鞭打でさえ、気迫によってかわされる。
ただし、無駄な攻撃となったわけではなく――一連の攻防の数秒により、ソルファイドの"牙"の範囲内にあった走狗蟲達に逃げる隙を与えることはできた。
刹那の応酬を通して、ル・ベリは違和感を覚えた。
左腕がぐちゃぐちゃに複雑骨折したことが外目にも分かる通り、侵入者たる竜人はどう見ても手負いである。
無論、元は【獣使い】であったこともある半魔人、手負いの獣が激しく抵抗することはよく知っていが――ソルファイドのそれは、ル・ベリにとっては経験したこともない異様な鬼気であった。
ソルファイドの身に何が起きたか、それが半魔人ル・ベリの想像の埒外にあったことは詮無いことである。
この時、ソルファイドはまさに古の【竜帝国】が滅んだ一因を、知らずその身で体現していた。【竜】の系譜にある者が持つ種族技能【竜の憤怒】は、ひとたび発動すれば絶大な運動ボーナスを使用者に与える代わりに、その"燃料"として、使用者の「感情」を焚べる必要があった。
【人界】時代の破滅の原因たる【ミュン=セン帝国】。
【魔界】落ちした後の絶望の原因たる「テルミト伯」への復讐心。
そしてウヴルスの里の教えから開放されて暴走した「闘争心」が今この瞬間までソルファイドの憤怒の"燃料"となってきていたが――。
左腕を破壊されて、一瞬とはいえ、ソルファイドの闘志がくじけてしまった。
振り下ろされる戦線獣の豪腕に打ち据えられながら、ソルファイドは我に返ってしまったのである。
自分が何を求めていたのか、こんな自分自身の身の破壊すら厭わない捨て身の闘争が、何に繋がるのかということを、考えてしまった。
故に、くじけた闘志の代わりの"燃料"を求めて、技能【竜の憤怒】が暴走する。
ソルファイドが背負ってきたものも、抱えてきた怒りや悲しみといった感情も、幼馴染であったティレーとの愛憎も、里の親友達との思い出も、何もかもが【竜の憤怒】に焚べられ、記憶と感情が焼き尽くされていく。
斯くの如き"暴走"は、竜を祖に持つといえども「人」に過ぎない【竜人】にとっては、あまりにも代償が重いものであり――だからこそ、ソルファイドはかつての【竜帝国】がなぜ滅んだのか、その一端を悟った。
祖父の教えを、今になってようやく理解できた気がしたが、それは遅すぎたのであろう。なぜウヴルスの里が【竜の憤怒】を抑える生き方を選び、静かに、秘境に隠れ住み続けてきたのかを。
しかし、急速に冷えていく「心」とは裏腹に、心の奥底に秘めてきた様々な感情を燃料に暴走する【竜の憤怒】がソルファイドを突き動かし――武技【円舞】によって触手を回避し、続けて【レレイフの吐息】を赤熱させながら振るって、ル・ベリの鞭の片方が焼き切られる。
オーマの意思を受けて数体のランナーが頭上から牽制に飛びかかるが、右腕の筋を痛めるほどの豪速で剣を上に薙ぎ、3体のランナーをまとめて切り飛ばす。
心臓が跳ねるように鼓動し、体全体が溶岩にでもなったかのように熱く、今なら【火竜の息吹】を何発でも、望むだけ吹けそうなほどの高揚感。
だが、反比例するかのように、感情と心は急速に冷えていく――。




