本編-0028 ダンジョン防衛戦~対ゴブリン氏族連合②
『竜神の使徒』動く、か。
エータから知らされた情報に、俺は改めて気が引き締まるのを感じる。
ゴブリンも野生動物的な意味で決して貧弱というわけではないし、実際、2氏族殲滅作戦では事前の準備が無ければ、俺の行動は割りと危ないものだっただろう。特に氏族長の系譜に多い大柄なゴブリンを、手負いの身ながら一太刀で斬り殺せる実力は、力も技も兼ね備えていることを伺わせる。
本当は俺自らが前線に出て【情報閲覧】してしまうのが、一番対策を立てやすいのだが――敵の実力が分からない以上はリスクが大きすぎるし、それではなんのための迷宮かというところだ。迷宮領主はやはり深奥でどっしりと構えていなければ、な。
「というわけで、まずは一当てするかな」
幸い、ゼータとエータの存在が気づかれていないのが非常に大きい。
監視がてら、ゼータ班には優先して周辺の氏族ゴブリンどもを狩らせるようにした。
そのおかげかはわからないが、位階が1上昇しており、【擬態強化】のランク4まで上げている。
ランクアップ直後、試しに【擬態強化】を発動させてみたところ、目の前でカメレオンの如き体色変化を見た時は微妙な気持ちになったが……これが意外なことに、遠くから見ると劇的に見分けがつかなくなったのだ。
そして【気配減衰】の効果と、移動時の高い無音性のため、十分な距離を取れば、少なくとも視覚的聴覚的手段では探知は困難を極める。
何か魔法的な手段とかがあるとすればわからないが、『使徒』は武闘派だし、ゴブィザード達もしょせんはゴブリンに過ぎないため、警戒心の割きどころはそっちじゃあない。
「広間へ入った、か。よし、ル・ベリ。まずは奴隷ゴブリンどもをぶつけろ」
迷宮のミニチュア地図上で、侵入者に見立てた駒を『第一の広間』へ動かす。
ここから先は複雑な指令が多くなる可能性も高いため、【眷属心話】をル・ベリと繋いで最初の指示を下す。
さて、お手並み拝見。
***
迷宮領主を要する迷宮では、魔法的な力の源とされる「魔素」や武技の源などとなる「命素」が、そのままの形で色濃く存在するという。
正確には【人界】にも「魔素」や「命素」という概念はあるのだが――そこまで魔法学的な素養をソルファイドは身につける機会があったわけではない。ただ、道を進むにつれて岩壁や天井等からそうした力が"染み出す"のが肌で感じられた。
(【肉と鎖の城】よりも"濃い"な……だからといって、実力と比例するものでもないだろうが)
青や白の光の明滅の中を歩き、後方に「護衛」のゴブリン達をぞろぞろ引き連れて、辿り着いた部屋は広間であった。
部屋内には血と死が満ちている。
なんとかここまで逃げ、力尽きたゴブリンが数体、ゴミのように転がっていた。
その先では道が5路に分かれており、いずれからも濃厚な"血"のにおいが風に漂ってきており、鼻が曲がりそうな不快さを感じる。
侵入していった200体近いゴブリン達がどうなったのか、窺い知れるというものだろう――ゴブィザード達はまだ事態を十分に把握はしていないようだったが。
正解の道自体は右手の愛剣【レレイフの吐息】が教えてくれるから、まだマシだと考えて一歩を踏み出そうとする。
だが、道の先に複数の気配を感じて立ち止まり、ソルファイドは剣を構えた。
どんな異形の魔物を操る迷宮領主かと思ったが、意外なことに、5路から這い出してきたのは、粗末な武器を持っただけの貧弱なゴブリン達だった。
戦士ではない老個体に雌個体、幼個体に至るまでが、血走った目でこちらを睨みつけている。
「いや、囮か……?」
予想外の展開に、老ゴブィザードのブエと彼の弟子達は顔を見合わせたが、ソルファイド護衛のゴブリン戦士団は武器を構え、好戦的な笑みを浮かべ始めた。
知らない間にレレー氏族とムウド氏族はこんなじめじめした場所へ潜むようになったとでも言うことだろうか、と。島のゴブリン11氏族が皆畏れて近寄らなかった岩丘に、よもや移住していようとは。
何体かのゴブリンが【悪罵の衝動】に耐え切れず、そういった主旨の罵詈雑言を浴びせる。
だが――眼前の貧弱なゴブリン集団の後方。
異様な気配と共に、空を鋭く叩くような"裂音"がしたのソルファイドは聞き逃さなかった。それは獣調教師達が鞭を振るう音に似ている。
しかし裂音を聞いた途端、数十ものゴブリン達が絶叫しながら突っ込んできた。
「くだらん!」
哀れなるは、ゴブリンの強烈な生存本能といったところであろう。
彼らもまた、眼前の竜人ソルファイドに「ヒュドラ」に近しい竜の気配を感じ、気絶しそうなほど恐怖していたが――だからこそ、鬼気迫るかのごとく突進するしかないのである。
彼らの背後では、【奴隷監督】ル・ベリが「監督」していた。
【鞭術】の乗った触手と、蔓を編んだ手製の鞭で痛烈に叩かれ、痛みという原始的な肉体感覚によって生存本能が刺激され、恐怖を上回ったのである。
あの集団を突破してここから逃げ出すことができれば、解放してやる、との甘言を信じて玉砕するしか彼らに道は無い。
こうした「感情」の枠組みを超越した「本能」の操作すら容易にすることが、ル・ベリの後援神たる【嘲笑と調教の女王オフィリーゼ】の真の権能であり、オーマをして「拷問士みたいな職業が相性良い」と思わせた所以である。
地を蹴って真正面から奴隷ゴブリンの集団に突っ込むソルファイド。
彼に一呼吸遅れて護衛ゴブリン戦士団が後ろに続き、さらに遅れてゴブィザード達が支援呪文の詠唱を始める。
接敵すると同時にソルファイドが愛剣を一閃。
奴隷ゴブリンの先頭2体を戦闘不能にし、返す刀でさらに1体の首を刎ねる。
彼らが並のゴブリンであればそれだけで怯み、ことによっては士気を崩壊させて逃げ出しただろう。
だが、奴隷ゴブリン達にとっては、まさに逃げ場は前方にしか無かった。
ソルファイドが圧倒的実力差で彼らを殺せば殺すほど、恐怖が刺激され、それが生存本能に変わり、奴隷ゴブリン達は必死に突破を試みる。
仲間の死骸を踏みつけ、地べたを這いずるように突っ込んでくる奴隷ゴブリンに足をとられ、ソルファイドが体勢を崩しかける。
突き出された木槍を強引に避けつつ、一歩後退して踏みとどまるが、さらに短剣を持ったゴブリンが踊りかかってくる。
「チィ!」
舌打ちしつつソルファイドは己の"苛立ち"を【竜の憤怒】に焚べる。
身体能力を一時向上させ、驚異的な反射で短剣ゴブリンを袈裟懸けに切り捨てる。
剣を振り下ろしざま足に組み付いたゴブリンの腕を付け根から切り飛ばし、両足に力を込め全身をバネのようにしならせて大きく跳躍。
ゴブリンの身長よりも高く跳躍し、落下の勢いに任せて奴隷ゴブリン集団の中心へ突っ込む。
――その光景を、ル・ベリは洞窟の道の先から観察し、『第一の広間』での戦いの様子を【眷属心話】によって主オーマへ伝えていた。
『御方様、あの侵入者は手強い。葉隠れ狼のように機敏で、剣はボアファントの牙のように危険です……その上、根喰い熊のように獰猛ときた!』
奴隷ゴブリン集団との接敵からわずかの間に、10体近くがたった一人の侵入者に斬り捨てられている。
同じことは主の【戦線獣】でもできるだろうが、身のこなしが違いすぎる。巨体で力任せにすり潰す【戦線獣】の戦い方では、反撃によって少しずつ傷を蓄積することが避けられない。
(一旦引け。引き込んでゴブリンどもと分断しろ)
(ゴブィザードどもはどうしますか?)
(何体かは生け捕りにしたいな、因子を絞りたいし。だが、それはゼータとエータに任せるから、戦士団の殲滅を急げ。使徒様を孤立させてやろうじゃないか)
御意、と心話を通して念じ、ル・ベリは『使徒』に気づかれぬうちに洞窟の奥へ引き返した。
***
老ゴブィザードのブエは焦りを隠せずにいた。
洞窟が想定外に深く、しかもかなり広かったこともそうだが――周囲を漂う"魔力のような何か"は、彼の一生で初めて遭遇する現象だった。
氏族の中で、いや、島の中で自らこそが史上最高のゴブィザードであると信じて疑わない彼にとって、魔法的な「未知」が存在することはそれだけで脅威である。
そして洞窟の奥から這い出してきた、レレー氏族ムウド氏族と思われるゴブリン達の存在が、混乱に拍車をかける。
(一体ナンナンダ!? 何ガ起キテイルンダ? コノ洞窟ノ奥ニ何ガアルトイウノダ!?)
そもそも先に入った連合戦士団はどこへ行った?
まさか目の前の、見るからに戦士ですらない弱ゴブリンどもに斃されたというわけはあるまい。
床に転がるゴブリンの死体を作ったのは何者なのか?
戦場の高揚と『使徒』の後に続くという高揚感から、護衛ゴブリン戦士達は異常に気づいていない。
そういう細かい点に注意の向くゴブリンは珍しく、それはブエの弟子達にしても同じだ。目の前にあっさり殺せる手頃な獲物がいて、普段戦士達に筋力不足だと罵られる鬱憤を、ここぞとばかりに弱者に向けてぶつけている。
(未熟者ドモメ!)
自分のことを棚に上げて心の中で弟子達を罵るブエだったが、彼自身、この状況下でどうするべきか判断に迷っていた。
『使徒』が滅茶苦茶な動きで敵ゴブリン集団を蹴散らし、かき分けるようにして5路のうち真ん中の方へ突っ込んでいった。
護衛のゴブリン戦士団はまだ「生き残り」達と戦っており、ブエの弟子達が風や火の魔法で支援を行う。次々に敵ゴブリン達は戦士に斃されていくが、鬼気迫る反撃によって反応の遅れた味方戦士が傷を負う。
進むべきか、退くべきか。
生存本能と野心の狭間で揺れ動くブエを尻目に、護衛ゴブリン達と弟子達が敵の掃討を完了させつつあった。
一部の血気にはやる戦士が『使徒』の後を追って洞窟の奥へ走り去って行く。
怪我の重い者はそのまま捨て置かれ、悩むうちにブエは孤立していた。
果たして弟子達が薄情であったのか、それともゴブリンという種族の知性の限界であったのか、オーマがこの場にいればたっぷり数十分は考察していることだろう。
ブエの肥大しすぎた野心が無ければ、そもそもこの『使徒』を旗印にしたゴブリン氏族の連合も成立していなかっただろう。
だが、結局その野心が彼の命運を決めることとなる。
オーマの命によって何日もの間『使徒』を監視し続けた【隠身蛇】の一体エータが、音も無くブエの背後まで這い寄っていたのである。
反応する隙すら与えず、エータが長い身体でブエを締め上げる。
悲鳴を上げようとしたブエの口と喉に鎌鉤爪の両腕を突き付けて黙らせ、エータがさらに締め付ける力を増す。
隠密部隊としての能力を高めるために、生きたゴブリンを使って何度もオーマによって練習させられた「拉致術」である。
ゼータと共に、ゴブリンを失神させるコツをエータは十分に会得していた。
結局、シャガル氏族の梟雄ブエはゴブィザードとしての実力も、称号【合従の形成者】の本領も発揮することなく、運命の暗転を迎えたのである。
ずるずると引きずられ、天井に隠れたいくつもの小通路の一つにブエが引きずり込まれてゆくのを見た者は、重傷のために地面に倒れていたゴブリン戦士が一人のみ。
***
なかなか悪辣な罠だ、とソルファイドは嘆息する。
「宮殿」としての役割も強かった【肉と鎖の城】と比べ、侵入者を必ず殺すという強い意思と悪意を感じる。
【ガズァハの眼光】の鼓動を追って小部屋をいくつか巡り、いくつものゴブリンの死体を踏みつけたところで、小部屋が回廊になっていることを察した。
通路でところどころついさっきくり抜かれたような穴が出来、その「隠し通路」の先から、ゴブリンとも島の生物とも思えない不快なにおいが濃厚に漂っていた。
あえて近いにおいを挙げるとすれば、シャガル氏族に居座った初日に献上された青い果実の酸っぱいにおいというところか。今は一時撤退したのか姿を見せないが、先行したゴブリン戦士団をこの隠し通路から奇襲した集団が、この迷宮の主の眷属と見て間違いない。
(魔獣使いの類か?)
ゴブリンの殺され方が、あまりに凄惨であった。
力任せに牙や爪を振るう魔獣の類を操る迷宮領主だろうか、とソルファイドはあたりをつける。
テルミト伯の傭兵として、彼の元部下にして不倶戴天の敵たるリッケル子爵の眷属達と戦った経験を思い出す。リッケル子爵――【樹木使い】の軍勢は、爪や牙を持つ獣とはまた異なる類の存在達であった。
通路の天井、岩柱の影になった一角を見据えるソルファイド。
(あそこか)
【レレイフの吐息】を持ったまま、ゴブリン、ひいては魔人族をも上回る身体能力で以って跳躍。
登攀の要領で岩壁の突起をつかみ、重力を感じさせない身軽さで天井の隠し通路へ辿り着く。命綱無しに崖を登り降りする、という修行もまたソルファイドにとって懐かしい記憶の一つである。
***
あっさり見破られてしまったか。
だが、今回はしょうがないのかもしれないな。何せ、GPS発信機よろしく、居場所を告げるアイテムが存在しているんだからなぁ。
『使徒』の見張り役を交代したゼータからのテレパシー情報に、俺は腕を組んで首をひねった。幸か不幸か『使徒』様の移動が早すぎて、取り巻きのゴブリン達と距離が離れすぎている。
また、良い知らせとしては、エータから老ゴブィザードをほぼ無傷で捕獲することに成功したとのテレパシーが届いた。
いいね、いいね、『練習』の甲斐があったというものだな。
「ともあれ、これで他のゴブリンは用済みっと。ベータ、適当なタイミングで全部始末しとけ」
約200体のゴブリン戦士団を隠し通路からの奇襲で屠った後、ベータ、イプシロンらの率いる【噴酸ウジ】達は後退させ、ランナーらと合流させている。
また【戦線獣】は全員、本ルートへ戻らせている。
ル・ベリと【隠身蛇】達にも、退路を断つようなタイミングで合流するように指示を出している。
『使徒』の力は、ある程度は過大評価していた方が良いと思う。『駐屯所』でこちらの最大戦力を以って迎え撃つ考えで――先日誕生したばかりの「第三世代」エイリアン第一号となったデルタも向かわせていた。
ここが勝負どころになるというわけだ。
巨体の割に筋力が弱めな噴酸ウジは筋肉ダルマの戦線獣と違い、一度小部屋と通路の回廊に出させると、正規ルートの『駐屯所』へ戻すのに苦労する。
今は呑気に通路の改良計画なんぞやってる暇は無いけどな。
スレイブの数自体は50を超えたんだが……先にも言った通り、今は『別件』で大量に労働力を割かれているんでな。
だから、分断したゴブリン達の始末には噴酸ウジ達を当てることとする。
大群相手では酸を吐く間隔が長すぎて、殺しきれなかったゴブリンに接敵され襲われる可能性があるが、少数相手ならば、この狭い洞窟でウジ6体の酸による面制圧だけで撃退できるだろう。
手元の『火竜骨の剣』を眺めながら、そこから『使徒』へ発されているであろう、魔力の気配に意識をやる。実は【魔素操作】と【命素操作】を使って、使徒へ向かって発される魔力をちょっとだけ助長してやったのだ――場所が最初からバレているならバレているで、分断に利用してやるまでよ。
これでベータ達を捨ておいて、こっちに急行してくれると良いんだがな。
ゴブリン達を始末した後にはベータ、イプシロンら噴酸ウジを第一の広間に陣取らせ、酸の池で足止めする作戦だった。
……足止めじゃなくて、遮二無二、たとえば噴酸ウジで囲んで強酸で焼き殺してしまえば良い、というのも手段を選ばなければ対処法としては一つ有り得るだろう。
だが、俺は可能ならば『使徒』は捕らえたいのだ。
島の外の情報を持っている可能性が高いんだよ。どのような勢力があるのか、そいつらは互いにどんな情勢なのか、そういった情報は俺の次の一手に直結する情報で、リスクを取る価値があるわけだ。
目の前の脅威を排除するだけでは、いつか対処不能なレベルの敵が襲来することを察知することも、備えることもできない。かといって先のことばかり見据えて、目の前の脅威を過小評価していると足元を掬われかねないんだが、そこのバランスが難しいというところか。
ひとまずは、『使徒』が強すぎて捕らえられないような事態には、ランナーか場合によっては戦線獣等の上位個体を使って足止めしてから、噴酸ウジ達の酸でもろともに溶かしてしまうしかないだろう。
それでも倒せなかったら?
【人界】側へ逃げるというのが最後の手段かな。
まぁ、『使徒』の目的がこの『火竜の骨の剣』であるならば、逃げることさえできなかった場合でもまだ交渉という手段が残されているだろうけれど。
打つ手がある以上は、まず捕らえるという試みは、そこまで無謀じゃあるまい。
――っと。
ベータとイプシロンから、護衛ゴブリン戦士団とゴブィザードの生き残り達を"無力化"したとの心話が入ってきた。
同時に、ル・ベリからも『使徒』が『駐屯所』に侵入したとの報告が入った。
さて。
それじゃあ、行きますか。




