第030話「現実(リアル)という名の審判」
なんとなく書きました。
平和が一番です。
ガタゴトと揺れる荷馬車の振動が、斎京の尻肉(中年仕様)を容赦なくシェイクする。
(……ケツが痛い。
痔になりそうだ。
いや、異世界に来てまで痔の心配をするとはな)
斎京はため息をつきながら、流れる景色を眺めた。
ゴブリンの村を出発してから半日。
牧歌的な森の風景は徐々に開け、整備された街道へと変わっていた。
「お姉さまぁ、もうすぐ人間の町ですぅ」
御者台に座るゴブリン(行商隊長・ゴブ吉)が、振り返って愛想よく言った。
その目は相変わらずハートマークだ。
「あ……ああ、ありがとう。
ここまで送ってくれて助かったよ」
「いえいえ!
お姉さまのためなら、火の中水の中、人間の兵士の槍の中ですぅ!」
(人間の兵士物騒だな!
あと「お姉さま」呼びは直すべきなのかねぇ…
正直、もう訂正する気力もないんだけど…)
斎京は苦笑いで返す。
この数日間、彼らの「逆転した美的感覚」のおかげで、斎京は生まれて初めてのモテ期(対象:緑色の小鬼)を享受していた。
だらしない腹は「包容力の象徴」。
薄い頭髪は「歴戦の証」。
まさに、ここは斎京にとっての楽園だったのかもしれない。
『キョウ様、名残惜しいですか?
今のうちに引き返せば、一生ゴブリンの女王(オス扱いですが)として、上げ膳据え膳の生活が送れますよ。
ただし、繁殖活動を求められた際の生理的問題については、当方では責任を負いかねます。
私の現在の権限で女性化は特に問題なく可能ですので、メスゴブリンになるルートも無いわけでは…』
(……ごめん、やっぱり人間の町に行くわ。
俺のSAN値が持たない)
『No、メス化。Noゴブリンでお願いします。』
天ちゃんのドライな突っ込みで、斎京は現実に引き戻された。
天ちゃんの残念そうな『そうですか…』という返事が聞こえたが後悔はない。
そうこうしているうちに、前方に石造りの高い城壁が見えてきた。
人間の町、辺境都市『バル・ド・ラ』だ。
「さて、と……」
馬車が止まる。
ここからは、彼らとは別行動だ。
ゴブリンたちは専用の搬入口へ、人間である斎京は正門へと向かわなければならない。
「お姉さま……行っちゃうんですかぁ……」
「グスン……寂しいよぉ……」
5、6匹のゴブリンたちが、斎京の足元(ジャージの裾)にすがりついて泣き出した。
まるで母親との別れを惜しむ子供のようだ。
見た目は醜悪な小鬼だが、中身は純粋無垢。
少しだけ、胸が痛む。
ん?
どさくさ紛れに俺の胸(脂肪)揉んでるじゃねぇか。
痛い胸は揉んでる刺激とは。
俺の「純粋無垢」感想が台無しだな!
…なかなかやるな!!嫌いじゃないが、絶対に好きじゃないぞ。
「……元気でな。
お前たちの作った干し肉、美味かったぞ。
おっぱいは相手に断って…いや、揉む?って聞かれてから揉めよ。」
斎京は(物理的に)重い腰を上げ、彼らの頭をポンポンと撫でた。
ゴブリンたちが「きゃぁっ♡」と黄色い声を上げて悶絶する。
「さようならぁ~!
お姉さま、絶対また来てねぇ~!」
「おっぱい揉ませて~!」
手を振るだけでなく余計なことをまで言うゴブリンたちに見送られ、斎京は一人、正門へと歩き出した。
◇◇◇
城壁に近づくにつれ、人通りが増えてくる。
鎧を着た冒険者風の男たち。
質素な服を着た農民。
馬車を行き交わせる商人。
紛れもない、王道ファンタジーの世界だ。
(よし、まずは情報の整理だ。
今の俺は、ゴブリンたちの好感度補正がかかった状態じゃない。
ただの「45歳無職男性」だ。
だが、腐っても転生者。
何かしら優遇措置はあるはず……)
『補足します。
現在、キョウ様の[認識阻害]スキルはOFFになっています。
つまり、ありのままの姿が周囲に晒されています。
ステータスは平均以下。
所持金はゼロ(ゴブリンから貰った山菜のみ)。
装備はジャージ上下とサンダル。
武器は[拾った木の棒]が一本です。
ジャージは再利用のため、過去に生成したピンクになっております。』
(……改めて文字にされると、絶望的だな。
ピンクのジャージって…あ~ドンキばばぁのやつか。
って、ハードモード過ぎないか?)
『イセちゃん様曰く、
「おじさんって、そこにいるだけで哀愁漂う最高のスパイスだよね!」
とのことです』
(あのハゲ……いや、のじゃロリ!
次に会ったら絶対に頬肉をつねり上げてやる!)
心の中で創造神への殺意を高めつつ、斎京は正門の検問所へと並んだ。
列が進み、斎京の番が回ってくる。
門番は、いかつい顔をした若い兵士だった。
槍を持ち、鋭い視線で通行人をチェックしている。
「次!身分証を出せ!」
兵士の声が飛ぶ。
斎京は一瞬ビクッとしたが、すぐに営業用スマイル(媚びへつらいLV MAX)を貼り付けた。
「あ、どうもお疲れ様です~。
いやぁ、あいにく身分証というものを持ち合わせておりませんでして……
うちの田舎でそんなものは発行されておりませんでして、ハハハ」
斎京は頭を下げながら、揉み手をする。
THE・小心者ムーブだ。
しかし。
兵士の反応は冷ややかだった。
というより、険しい。
「……なんだ貴様は。
身分証のない辺境なんて…あ~まぁ普通にあるな。
金が余計にかかるくらいは聞いているのだろうな!」
兵士が槍の穂先を、斎京の喉元に向けた。
「へ?」
「その奇妙な服。
だらしなく突き出た腹。
不潔な無精髭。
そして何より……その目だ。
普通に辺境出身とだけで街に入れると思っているのか?
んん?」
「め、目?」
「死んだ魚のような、生気のない濁りきった目……。
貴様、何かの薬をやっているな?
あるいは、新手の密偵か…
で?金はあるのか?」
(おいおいおい!
死んだ魚の目って失礼だな!
これは20年間の社畜生活で培われた、洗練された「虚無の目」だぞ!)
『解説します。
この世界における「不審者」の定義に、キョウ様の外見的特徴が100%合致しました。
特にジャージの素材(ポリエステル100%)は、この世界には存在しない未知の物質。
「得体の知れない魔法使い」と誤認されるリスクが高いです』
(魔法使いならまだいいだろ!
薬中扱いされてんだぞ今!)
「い、いえいえ!
滅相もございません!
私はただの旅人……善良な市民でして!
すみません。
現金は持ち合わせが…」
「黙れ!
貧乏人!…じゃなくて怪しい奴め!
善良な市民が、昼間からそんな色の奇抜な服を着て歩くか!
おい、こいつを詰め所へ連行しろ!
ボディチェックだ!」
「はっ!」
後ろに控えていた別の兵士たちが、斎京の両脇を固める。
「ちょ、待っ……!
離せ! 俺は潔白だ!
ゴブリンにもモテモテの善良市民だぞ!」
「ゴブリンと情を通じた、だと……?
貴様、男だよな!
男もいけるのか!?
まさかナイスなそっちの気…
ならば俺も…?
ゲフンゲフン
いや…どこぞの密偵かもしれん!
厳重に禁錮に処さねばな。」
「あ、やべ」
口を滑らせ状況が悪化した。
『失言でしたね。
「魔物と親しい不審なオッサン」という、最悪のタグ付けがなされました。
これは連行ルート確定です』
(天ちゃん、解説してないで助けてくれよ!)
『仕様です。
初期イベント「門番とのトラブル」が発生しました。
通常ならヒロインが助け舟を出してくれる場面です。
門番も口説くことができそうです。』
「おい、そこで何をしている!」
その時。
凛とした女性の声が響いた。
(キタッ!
お約束の助っ人キャラ!
やっぱりイセちゃんも鬼じゃない!
門番も口説ける?
いや……遠慮しておこうか!!)
斎京が期待を込めて振り返る。
そこには、白銀の鎧に身を包み、長い金髪をなびかせた、正統派の女騎士が立っていた。
美しい。
まごうことなき美少女だ。
「隊長!
不審者を確保しました!
魔王軍のスパイの疑いがあります!」
門番が敬礼する。
女騎士は鋭い眼光で斎京を見据えた。
そして、冷たく言い放つ。
「……見るからに薄汚い男だな。
生理的嫌悪感を催す。
地下牢へぶち込んでおけ。
尋問は私が直々に行う」
(……は?)
「あの、お助けキャラじゃ……」
「黙れ汚物。
貴様、ゴブリンに胸を…その、揉まれて喜んでいたではないか!
この変態め。
私に話しかけるな。」
蔑みの視線。
ゴミを見るような目。
ズキッ。
斎京の胸に、かつてない痛みが走った。
物理的な痛みではない。
精神的な、もっと深い部分へのダメージ。
(……あれ?
俺、前世でもこんな目で見られてたっけ?
電車で隣に座ったJKが、露骨に席を立った時のあの感じ……)
『精神的ダメージを確認。
キョウ様のトラウマスイッチが起動しました。
ちなみに彼女は、この街の自警団長「セシリア」。
設定上、「極度の潔癖症」かつ「中年男性アレルギー」を持っています』
(どんな設定だよ!
対俺特攻キャラじゃねぇか!)
「連れて行け!」
「イエッサー!」
ズルズルと引きずられていく斎京。
ゴブリンの村でのハーレム生活から一転。
人間の町に足を踏み入れてわずか10分で、彼は犯罪者予備軍として投獄されることになった。
薄暗い地下牢への階段を降りながら、斎京は遠い目をする。
「……帰りたい。
あの緑色の楽園へ……」
その呟きは、誰にも届くことなく石壁に吸い込まれていった。
星、つかないものですね。




