◇8 - ギルドの結束
「―――それから私は、ミュセの元で冒険者の基本を教わりました。あの日私を助けてくれたお兄さんの様に、私も誰かの事を助けられる様になりたいと思いましたから。
……でも、このご時世では巡礼者にならなければそれができない。
だから私みたいな逸れ者でも、世の中に貢献できる仕組みを作りたいと考えたんです」
ミラは昔話を、そう締めくくった。
「それが闇教会か」
「はい。このギルドを創るのには本当に色々な根回しが必要だったんですけど、ミュセにもいっぱい手伝ってもらって、半年前にようやく実現できました」
ミラは軽く言ってのけるが、それは並大抵の苦労じゃなかっただろう。
―――だが、今俺が気になるのはそんな事じゃない。
今聞いた話を総合すれば、現在の彼女の状況が、そんなハッピーエンドじみた物で無い事は明白だ。
両親の仇であり、一度は自分の命すら奪おうとしたあの教区長に、今は使われる立場なのだ。
そんな歪な事を、彼女自身が納得できているとはとても思えない。
「それが、教会へ復讐する事になるのか?」
それだけは聞かなければならないと思った。
彼女は昔話をする前にそう切り出したが、今の話の結びにそう言った要素は全く見られない。
彼女が何に復讐したいのかは察する事ができたが、それだって本人の口から聞いたわけでは無いのだ。
ミラは途端に笑顔を消して、真顔で答えた。
「今日の依頼でギルも気づいたと思いますが、今の教会は脆弱です。まともに墳墓探索も出来ないような素人集団の集まりです。
こんな状態で、一体いつまでもつと思いますか? どこかで不祥事が起こった時、一体誰がその後始末をするのだと思いますか? 私たちの力を教会が求めざるを得ない状況を作る。それが、私の復讐です」
随分と、平和な主張だった。自分の実力で見返す事が、その不幸に対する復讐だなんて。
そんな綺麗ごとが、在ってたまるか。到底、信じられない。
「それがこのギルドか? そんな形で自分たちの有用性を示したって、教会に使われている事実は変わらないぞ」
「……それなら、どうすれば正解ですか? 両親を殺した教区長へ復讐しますか? 私たちに呪いのレッテルを貼った教会を攻め落としますか? 私たちを害するこの街の人々を、根絶やしにしますか?
私は嫌です。私はただ、誰かに認めてもらえればそれでいい。報復なんて、いりません。私はあの人たちの様な、人殺しにはならない」
俺は見てしまった。
そう言う彼女の瞳は、言葉とは裏腹に絶望に曇っていた。
綺麗ごとを並べているが、心の底からそんな事を陶酔して語る様な人間は、そういう目はしない。
それは、何もかもを諦めた人間のする目だ。
この子は俺以上に、世界に対して諦めている。もはや、絶望に近いだろう。
価値を世界に示したところで自分が救われない事を、この子はとうの昔に悟ってしまっている。
それなのに諦めきれないんだ。
人に求められる人生を。
自分が認められる成果を。
「……わるい、席を外す」
耐えられなくなって、俺は部屋を出た。
「クソがっ! どいつもこいつも……あの子が一体、何をしたって言うんだ!」
どうしようもなく腹が立って、怒りのはけ口を暴力に求めた。
力の限り壁に打ち付けた拳から、血が滲む。
他人が怖くて、顔色を窺い、愛想笑いを浮かべて、全て自分が悪いのだと謝罪する。
そんなあの子を形成した要因は、決して呪いのギフトだけではない。むしろその要素は、あまりにも小さい。
人間は、そこまで度し難い生き物なのか。それに心底、腹が立って仕方がない。
そこに俺が含まれている事も、情けなかった。
「あの話を聞いたんだね」
顔を上げると、ミュセが心配そうな顔をして立っていた。
慌てて工房から出てきた様だ。少し騒ぎ過ぎたか。
「……ミュセか。悪い、うるさかったか?」
ミュセはかぶりを振て、哀しい顔をして俺に言う。
「私があの話を彼女から聞き出せたのは、出会って半年ほど経ってからだった。
君は意外に思うかもしれないが、彼女は普通あそこまで他人と話す事をしないんだ」
「意外でも無いさ。見てれば察しが付く」
俺の返しに、ミュセは困った様に微笑む。
「まあ、そうだろうね。さっき顔にかけていたベール。あれが無ければ、人とまともに会話する事すらままならないんだ。君はどうして、彼女からそうも特別扱いされているのだろうね」
「……さあな」
ミュセの疑問にとぼける。本当は、理由なんてとっくに分かっている。
本当に些細な出来事で、話を聞くまで忘れていた。
確かに二年前、女の子を助けた覚えがある。
だけど、あの時は夜中で、相手の顔なんてまともに見れなかったのだ。
ミラだけが覚えていて、それが彼女を少なからず変えた要素になっている。
なのにこっちは忘れていたなんて、なんとも薄情な話じゃないか。
ミラがあんな性格なのに、積極的に俺を勧誘してきた理由もようやく分かった。
同じ呪い持ちだからだと思っていたが、そうじゃない。
あの日俺が気まぐれにした人助けを、彼女は自分の信念へと変えた。
その証であるこの教会を、俺に示したかったのだろう。
俺ならその理想を理解してくれるだろうと、彼女は願ったんだ。
そしてその理想は確かに、俺自身を救った。
俺が求めて居たものを、彼女は俺の行為から学んで見つけ出し、俺に示して見せた。
だったら、俺はそれに責任を持たなくちゃならない。
「……俺、ミラを守るよ。何があっても、あの子の行く末を見届ける。それが、あの子を変えた俺たちの責任だよな」
俺が変えたミラ。
ミラに手を差し伸べ、道を示したミュセ。
成長したミラに救われた俺。
この出会いは、偶然だろうか?
「これでようやく君も、私達の仲間だな」
ミュセはそんな風に言って、不敵で優しい笑顔をうかべた。