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◇終幕 - 闇教会の異端聖者

 一晩経って、リエム教区から巡礼者の一団がやってきた。

 ちゃっかり、その中に混じってミュセも来ていて、俺達は数日振りに再会する事ができた。


 ランジェの証言によって、この件は全て、グレアム率いる異端審問ギルドの残党が起こした事件として処理された。


 記憶を取り戻したエルゼリータの証言によって、グレアムが十年前に聖遺物を持ち去っていた事が発覚した。

 エルゼリータはその後、呪いによって意識が混濁している中でグレアムの作った影に拾われ、彼の命じるままに仕事をして生きてきたと言う。


 グレアムが十年もの間、わざわざ待っていた理由は分からない。

 聖遺物に瘴気が蓄積するのを待っていたのか、それとも組織を再編成するためにそれだけの時間が必要だったのか、今となっては闇の中である。


 エルゼリータは当初、自分の罪を償うために自首すると言い出したが、それはギルド全員で止めた。


 異端であり、この事件の黒幕側に関わっていた唯一の生き残りである彼女が公に出ていけば、その責任を全て負わされかねないからだ。


 結局、エルゼリータの事は、うちのギルドのメンバーとして任務に同行していたと報告する事になった。

 エルゼリータ自身、うちのギルドに加入する事自体は乗り気で、とても喜んでいた。


 今ではミラともすっかり打ち解けて、ミラの事を『お姉様』なんて呼ぶほどである。


 ちなみに、エルゼリータが襲った巡礼者には全員、魂を返却した。

 後遺症もない様で、今は全員何事も無かったかの様に回復している。



 しかし、この事件で得た結果が全て良い方向に繋がる物であったかというと、そうでもない。


 この事件で大きな活躍をしてしまった『闇教会』は、教会本庁にも認知される事となってしまったのである。


 リエム教区に戻った俺たちは、ほどなくして本庁に招集され、王都にある教会の本部を訊ねる事となった。



「き、緊張します。私、ちゃんとできるでしょうか?」


 議会堂の扉の前で、ミラは緊張した様子で深呼吸する。


「大丈夫さ。俺たちも居るんだ」


「そうだよ、お姉様。僕らが付いてるよ」


 俺に合わせて、エルゼリータもミラを励ます。

 どういうつもりか、エルゼリータは呪いが解いた後も継続して子供っぽく振舞っている。


「大丈夫。私が付いているんだ。何も起こらないさ」


 ミュセは大手を広げて、後ろからひとまとめに俺たちを抱きしめると、不敵にそう言った。


「そうですよね。私達、今までちゃんとやってきましたもんね」


 ミラは自分の思いを確かめる様に頷いて、扉を開けた。


 俺たちを待ち受けていたのは、法廷のような趣のある部屋だった。

 証言台を囲むように九つの席があり、八人の聖職者たちが座っている。一つは空席だった。


 この聖職者たちは、枢機卿の称号を持つ、教会の重鎮たち。

 組織の頂点である教皇を補佐する、組織のナンバー2である。


 全ての者がレベル40以上の巡礼者であり、いずれもギフトとスキルを極めた強者たちなのだと聴く。


 それぞれが何かしらの形で教会と国家に多大なる貢献をした人物であり、そんな者たちに畏敬の念を込めて、『聖人議会』と人は呼ぶ。



「……組織の代表者だけを呼び出したはずだが?」


 議会の長らしき老エルフの男性が、言う。

 それに対し、ミラは証言台に上がって答えた。


「―――私がギルドの代表者です。ですが、我々は通常のギルドとは違い、何事においてもメンバー全員でギルドの意向を決定します。ですので、この審問会にはギルドメンバー全員での出席が必要であると判断いたしました」


 ミラは堂々と、臆することなくそう言い切った。

 少し前までは考えられなかった事だ。ミラも成長しているんだな。


「……良いだろう。では、審問会を開始する」


 老エルフがそう開始を宣言すると、その隣に座る女性が議題を読み上げた。


「今回貴方がたを招集した理由は他でもありません。異端だけを集めたギルドを教会が認めるか否か。これは、それを決める審問会です。

 ギルドマスター、この場において、真実だけを述べる事をここに誓いますか?」


「私はこの場において、嘘偽り無く、真実だけを述べる事をエセナ神に誓います」


 ミラは手を重ね、神に誓う。

 この場でこの宣言をしたという事は、それに反した時点で背教に問われる可能性がある。

 見た目以上に、重い宣言なのである。


「よろしい。では、先日提出したこの書類の内容ですが、すべて本当ですか?」


「はい。前リエム教区教区長、サラザール・リビア氏との契約により、このギルドはリエム教区の利益の為に特命を遂行する工作組織として創設されました」


「その、具体的な任務内容は?」


「通常の巡礼者では手に負えない討伐対象の駆除や、深層で遭難した巡礼者の救助などを行いました。リエム教区に安置された聖杯の確保も、我々がした事です。

 リエム教区の教会組織が滞りなくその権威を示せるようにすることが、我々の職務でした」


「聖杯の発見は、聖女一行が行った事になっていますね。それについて、貴方の見解は?」


「質問の意図が分かりかねます」


「成果を横取りされて、不満では無かったのかという事だ」


 ミラの返答に、別の枢機卿が強い口調で指摘する。眼帯をした、聖職者というよりも戦士風の男だ。


「不満はありません。世間は私達異端が発掘したと知れば、反発するでしょう。そう言った世間の反応に対する不満が無いと言えば嘘になりますが、成果そのものに執着は無いのです」


「だが、あの聖杯には悪魔が憑いていたな。それによって、教区の人工の半数近くが死んだと聞く。まさに、お前が今不満があると言った世間というやつが被害に遭ったわけだ。

 あの惨事はお前たちが意図してやったものでは無いのか?」


「そんな訳―――!」


 男の発言に腹が立って言い返そうとしたら、ミュセに止められた。


「ミラに任せるんだ。代表者は彼女だ」


「……ああ、分かったよ」


 確かに、ここは言い争いの場ではなく、あくまで質疑応答の場所だ。

 俺が感情的になって横槍を入れるのは間違いだろう。


 証言台に立つミラの背中は小さい。そこに何もかも背負わせているのだと思うと、少しだけ不安にもなる。

 だけど、それでもミラを信じなくては。これも、いつもの戦いと同じって事か。


「―――その惨事を収束したのも我々と記載したはずです。あの事件は聖杯を受理したサラザールの不手際と横暴によって成された惨劇であり、聖杯の回収のみを請け負った我々に不備はなかったと認識しております」


「その収束の件について、私は聞きたいですね。貴方がたは特級指定駆除対象と二度も遭遇し、その討伐にどちらも成功している。まあ、二度目は貴方がたの報告だけですがね」


 別の席に座るエルフの女がそう質問した。どことなく、ミュセに雰囲気が似た女性だ。


「一度目はリエムの聖杯で、二度目はカルダートで背教者グレアムの所持していた聖槍から、それぞれ出現したものでした。各魔物の特徴特性、戦闘状況に関しては、仔細に報告書に記載してあります。そちらをご確認ください」


「報告書は読みました。内容についても、貴方達の実力についても、疑ってはいません。少なくとも、私はね。

 その上で私が聞きたいのは、貴方達がどうして悪魔を倒したか。そんな危険を冒してまで、貴方達を害した教会と市民に奉仕する理由は何か。それを、私は聞きたいのです」


 なんとも嫌味な質問だ。だが、それだけに的を射ているとも言える。

 彼らがこのギルドを疑う理由は、俺たちへの不信感に他ならない。


 異端者のレッテルを張られた者たちが、何を考えて教会に属し、命がけの任務に従事するのか。

 外野が知りたいのはその真意に他ならない。


「……私たちは、認められたかっただけです。どんな身の上であろうと、どんな境遇に在ろうと、それだけで人の価値が決まるものでは無いのだと、そう世間に知らしめたかったのです。

 私たちは正に、貴方にその質問をしてもらうためだけに、今日まで務めてきました。

 この場に、その真意を問われるために呼ばれる事すら、私達にはこれまで与えられぬ機会だったのです」


「なるほど。では、認められて貴方はどうしたいのです?」


「それほど大きな目論見はありません。ただ、人並みで居られればそれで良かっただけです。呪われていると蔑まれ、罵られ、石を投げられ、命すら狙われる。そんな経験、きっと異端でない人が経験する事は、ほとんど無いはずです。

 私たちは、普通が欲しいだけ。それ以上の事は要らない。なのに、私達には、その普通を手に入れる事がとても難しい。

 それに比べれば、地下に潜って聖杯を取ってくる方がはるかに簡単だった」


「……なるほど」


 エルフの女は何度か頷いて、席に座り直した。

 他に質問者が居なくなったところで、再び進行役の女が問う。


「このギルド設立に尽力した人間の名前に、私はとても興味が引かれました。きっと、この場には私と同じ事を思った人が少なからず居るのではありませんか?

 こんな形で再び我々の前に現れるなんて、なんとも因果なものですね」


「ふんっ、その為に呼んだ様なものだろうに……」


 女の発言に対して、少し苛立ったようにそう呟いて、ミュセは証言台に上る。

 ミラの後ろに立ち、その肩に手を置いて、枢機卿相手に不遜な態度で名乗りを上げた。


「久しぶりだな、聖人共。空席のミュセルポルタが戻ってきたぜ」


「相変わらずですね、貴女は。突然いなくなったかと思えば、辺境の地下ギルドに居たとは、正直驚きでした」


「何も驚く事じゃないだろう。異端に対する扱いについて、長い事論じてきたこの私だ。異端の為にギルドを造る事くらい、やりそうなものだろう?」


 ミュセルポルタの発言に、老エルフが再び口を開いた。


「お前はそんな事をして、何がしたいのだ?」


「私が何をしたいかじゃない。この子がしたい事を、私は手伝ってやりたいと、そう思っただけなのさ」


 ミュセはミラの肩を叩く。


「たった今、この子がお前たちに語った事、それが全てさ。アンタたちは揃いも揃って聖人と崇められた徳の高い坊主だ。今の話を一蹴するような愚か者は一人だっていないだろう?」


 ミュセは議席を見回し、その同意を、もしくは反発を待つ。

 しかし、誰も発言しなかった。


「沈黙は同意と受け取るぜ。異端は魔物について正しい知識の無かった、旧時代の概念だ。確かに、ギフトについては分からない事も未だに多くある。

 だが、少なくともこの子たちは悪魔じゃないし、魔物でもない。どこにでも居る普通の人間の一人なんだ。

 だから、どうか頼む。この子たちの存在を、認めてやってほしい。少しでも世界が変わる様に、その手助けをしてやってほしい」


 ミュセは真剣に、切実に、枢機卿たちへ語って聞かせた。


 これまで、彼女がミラに協力した理由を聞いた事は一度も無かった。

 気まぐれな人だし、何を考えているのかも分からなかったけれど、本当に真剣に、この人は俺たちの味方になろうとしてくれて居たんだな。


「―――実のところ、結果は既に話し合われて決まっていたのです。この審問は、その決定を下すのにふさわしいかどうかを判定するための物」


 進行役の女はそう述べて、続きを老エルフに繋いだ。

 老エルフは席を立ち、ミラへ宣告する。


「先の働き、大変に見事であった。国民と信徒に対する諸君の働きは、正当に評価されるべき偉業であり、我々聖人議会はそれに報いたいと思う。

 ここに、特命ギルドを正式なギルドとして認める。これからは本庁に拠点を構え、国と教会の為に奉仕せよ。諸君のより一層の働きを期待する。

 貴殿らの働きにより、誤った認識が改革されていく事を、私個人としても祈っている」


「―――っという事は、私達はお咎め無し?」


 ミラは戸惑う様に、ミュセを見上げた。


「だから言っただろう? 元から咎められる道理が無いってな」


 ミュセは嬉しそうにはにかんで、ミラの頭をワシワシと撫でる。

 そんなミュセへ、議席のエルフ女は冷や水をかけるような声で言い放つ。


「その子たちには無くても、貴女には咎められる道理が在るでしょう、姉さん?」


「なっ、何の事かなぁー」


 どうやらミュセの妹らしいエルフ女は、とぼけるミュセを追及する。


「枢機卿としての職務を放棄して、失踪した事よ! 貴方が居なくなったせいで、どれだけ教会の技術部が混乱したか分かっているのですか!」


「ええー、私一人居なくなっただけで機能しなくなるヘボ組織なんて、実質要らなくないか?」


「何か言いましたか?」


 額に青筋を浮かべて、エルフ女は堅く握りしめた拳をわなわなと震わせる。


「まあまあ、その追及はまたの機会に。―――これにて審問は閉廷とします。配属命令については追って後日通達する。解散」


 進行役の女が閉会を宣言し、こうして唐突に始まった騒動は、終わりもまた唐突に迎えたのだった。


 議会堂の外に出て、ギルドメンバー全員で一息つく。


「なんとか無事終わった感じだな。ミラ、お疲れ様。頑張ったな」


「はい。今日は本当に疲れました」


 息の詰まる様な空気の中で、重鎮たち相手にあれだけ答えられれば大したものだ。

 ミラは言葉通り、心底疲れた様子で困った風に笑った。


「でもこれで、僕らも安泰だね」


「いやいや、これからさ。正式な教会のギルドとして、しかも本庁に設置されるとなれば、君たちはこれまで以上にその価値を示していかなければならない。けど、しばらくの間はどうしたって、今まで通り影の結社として働く事になるだろうしね。仕事はハードになるのに、待遇はあんまり変わらない。

 そんな状態だけど、君たちはやるのかい?」


 ミュセの言葉に、俺たちは顔を見合わせる。誰一人、抜けるなんて言い出す奴は居ない。


「大丈夫。私達は戦い続けられるよ。だって、もう一人じゃないんだから」


 ミラは堅く頷いて、俺たちの総意をミュセに告げた。




 ―――エセナ教会には、公にされていない特殊なギルドが存在すると言う噂がある。


 教会からの特命を受け、超高難易度の任務を遂行する巡礼者のエリート集団。

 国家の大事にも関わり、常に影から影に暗躍する影の結社。


 しかもそれは、異端ギフト持ちで構成されているという曰く付きのギルドだ。


 巡礼者たちの間で語られるその特命ギルドの名は、『闇教会』。


 そんな闇教会には、実力だけなら枢機卿とも肩を並べる特殊な巡礼者が居るのだと言う。


 黒い魔法を使うその剣士を、人々は畏怖と敬意を込めてこう呼んだ。闇教会の異端聖者と。

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