◇38 - 悪魔狩り
光の柱が消えさり、その内側から現れたのは、異形の怪物だった。
漆黒の骨格のみで成立した姿はルエルラムと同じだが、その形状は大きく異なる。
四足の獣の骨格の上に人の上半身が生えていた。
肩甲骨が異様に大きく、腕は片側三本づつ、計六本の腕が生えている。
頭部にはやはり穿孔が一つぽっかりと空いているだけで、その穴にしがみ付く形で上段の交差した腕が穴の縁を掴んでいた。
下段の腕も何もない腹部を庇う様に交差されており、六本腕のうち実質機能しているのは中段の二本だけだ。
レベルダウンを危惧して能力紋を確認したが、今回はその兆しがない。
今回はあの紅い結界も展開しない様だし、ルエルラムとは少し違うのかもしれない。
「エルゼ、両側から責めるぞ!」
「了解!」
【暗黒剣】を発動し、左右に分かれて両側から責める。
ルエヌマが両拳を握ると、奴の足元が黒い影に覆われた。
急いで跳躍すると、直後に影から無数の棘が飛び出す。
「やっぱりお前も黒魔法を使うのかよ!」
だが、レベルが下がらないのならこっちは全力で戦える。相手が何をして来ようと問題はない。
跳躍した軌道そのままにルエヌマを斬ろうと剣を振るう。
しかし、天井から垂直に伸びて来た黒い柱に阻まれた。
黒い柱は俺を押し込み、地面に撒いた棘の山へ押し付けようとする。
「≪ブラック・ウォール≫!」
背面に防壁を展開し、何とか串刺しは回避するが、今度は防壁と柱に挟まれる。
柱はなおも伸び続け、俺の身体を圧し潰そうとしてきた。
胴の骨が軋む。これでは本当に圧殺されてしまう。
「≪カウンター≫!」
反射攻撃によって黒い柱を破壊し、何とか脱出した。
別の防壁を空中に展開し、その上に飛び移る。
見れば、エルゼリータは持ち前の超加速で柱を避けながら、棘の山を器用に足場にして跳躍し、ルエヌマを翻弄している。
エルゼリータの身体能力には、やはり目を見張るものが在る。
「俺も負けてられないか」
空中に防壁をいくつか展開し、それを足場に宙からルエヌマを襲撃する。
【俊足】スキルを使って加速し、エルゼリータと共ルエヌマを翻弄する。
深く確かな一撃ではなく、浅く素早い斬撃を何度も繰り返し切り込む。
全身を傷だらけにされたルエヌマは、内側から紅い光を血の様に放出し、痛みに苦しむように揺れ動く。
「アギャアアアアアアアアアアッ!」
ルエヌマが咆哮を轟かせた途端、天井と床の両側から黒い柱が生え、ルエヌマの全周を覆う。
その様はまるで生物の歯列が噛み合う様だった。
危うく巻き込まれそうになったが、ギリギリで回避できた。
今の衝撃で天井が破壊された様で、瓦礫が塊となって降って来る。
エルゼリータはさっそく柱の壁を足場にして、ルエヌマへと斬りかかっていた。
しかし、その攻撃は柱壁から横方向に伸びた新たな柱に遮られる。
伸びてきた柱の直撃を受けたエルゼリータは、そのまま押し込まれて運ばれていき、柱の壁に押し付けられた。
このままではエルゼリータが潰される。
「うおおおおおおっ!」
障壁を展開してそれを足場にして移動し、エルゼリータを捕らえている柱を剣で打った。
【暗黒剣】の効果解除に伴う衝撃爆発によって柱を破壊し、エルゼリータを救出する。
彼女の足元に設置した防壁を足場に、エルゼリータは立ち上がる。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「ああ。厄介な事になったな……」
そうこうしている間にも、新たな柱が横から生えて迫って来る。
俺たちは跳躍してそれを回避し、伸びてきた柱の上に飛び乗る。
ルエヌマも俺達を近づけない様に必死なのか、狙いもつけずに追加で柱を何本も発生させた。
飛び交う柱を潜り抜け、それを足場にして逃げるが、ルエヌマに近づく余裕がない。
更に天井が紅く光ったかと思えば、頭上から無数の紅い光弾が、雨の様に降ってきた。
光弾は柱にぶつかって爆ぜ、その後を少し穿つ。俺たちに当たればただじゃすまないだろう。
「あそこに逃げるぞ!」
防壁を傘代わりにして光弾の雨を潜り抜け、柱の下に滑り込む。
「これじゃあ動けないね」
エルゼリータの超加速でも流石に避けきれない量なのか、降りしきる紅い雨を前に参ったと言う顔をしている。
柱の隙間から下に居るルエヌマの様子が見えた。
ルエヌマの顔に空いた穿孔の奥で、赤い光が揺らめいている。
「あれってまさか……逃げるぞ、エルゼ!」
エルゼリータの腕を掴み、柱の下から飛び出す。直後、俺達の真後ろで赤い熱線が走った。
柱を穿つほどの膨大な熱量を、背中に感じる。
「ばっかやろー!」
無茶苦茶な攻撃に、叫ばずにはいられない。
再び光弾の下へと追いやられた俺たちは、頭上に展開した防壁を屋根代わりに攻撃を凌ぐ。
「くそっ、これじゃあ動けないな」
光弾に移動を阻まれ、熱線によって狙い撃ちにされる以上は一か所にも留まれない。
「たぶん、アイツも弱ってる。だから、ボクらを近づけたくないんだ」
「ああ。そうだろうな」
ルエヌマは、ルエルラムほど力の強い悪魔じゃないのだろう。
レベルダウンの様な特殊能力も無ければ、反応速度も遅い。だからこそ、範囲攻撃に頼っている。
こうまでして、俺たちを寄せ付けない様にしているのだ。
あと一撃、全力の攻撃を叩き込めれば、アイツを倒せるような手ごたえがある。
「だが、どうやって近づくか……」
「ボクが囮になるから、その隙に―――」
「ダメだ。お前は防御系のスキルを持ってないんだろう? それに、ここまで範囲攻撃が利いている状況で、アイツが一人だけを集中して狙うとは思えない」
「でも、またアイツ撃つよ!」
エルゼリータが下を指さす。
ルエヌマは顔面をこちらに向けて、第二撃を放つ準備をしていた。
確かに彼女の言う通り、悠長に構えている時間はなさそうだ。
「≪ブラック・フレア≫!」
漆黒の火炎球をルエヌマへ向けて射出する。
しかしそれは、横から出てきた柱にあっさりと防がれて消失した。
大した距離ではないのだが、防御できる隙がわずかでもあれば、相手は防いでくるという事か。
これは接近して対処しないと、決定打は与えられないかもしれない。
「なら、一か八かだ。アイツが熱線を打った直後に二人で飛び降りる。アイツに到達できた方が止めを刺す。それでどうだ? 下に行けば、それだけ屋根になる柱は多くなる。攻撃を避けながら、また何かされる前に片を付ける」
「分かった。それでいい」
ルエヌマの様子を窺い、合図して同時に飛び出す。
放たれた熱線の横を通り過ぎて、下へ飛び降りる。
できるだけ柱の陰に入って移動し、光弾の雨を防ぎながらルエヌマの前に着地した。
エルゼリータとほぼ同時の到達だった。
熱線を放ち終えたルエヌマが、こちらに顔を向ける。
そんなルエヌマから何か妙な気配を感じて、踏み出した足を止める。
直後、何かが眼前で煌めいた。魔力を感じさせる紅い輝きだ。
ルエヌマの攻撃の予兆だと判断し、即座に反応に移る。
「≪ブラック・ウォール≫!」
自分とエルゼリータの前に防壁を展開した途端、目の前で赤い爆発が起こった。
爆風と煙で視界が遮られる。
「エルゼ、大丈夫か!」
「なんとか!」
煙の中から声が返ってくる。防壁はちゃんと爆発を防いでくれたらしい。
「追撃が来る前に突っ込むぞ!」
「よし!」
防壁を解除して、煙の中を駆け抜ける。とにかく攻撃が防がれない範囲まで、奴に接近する。
煙を抜けた先に待ち構えていたのは、熱線の照射準備を済ませたルエヌマだった。
急場しのぎの攻撃なのか、先ほどの二撃よりもはるかに細い熱線を薙ぎ払う。
しかしそれだって、俺たちにとっては当たれば脅威に違いない。
俺は滑り込み、エルゼリータは跳躍して、熱線を回避した。
そのまま、ルエヌマの前足二本を切り伏せる。
支えを失って前のめりになったルエヌマの上半身へ目掛けて、跳躍する。
途端、ルエヌマが六本の腕を広げてこちらに顔を向けた。顔面から、極細の熱線が照射される。
「連続二発だとっ!」
空中では回避のしようがないので、防壁を展開する。
「≪カウンター≫!」
熱線を浴びた障壁がその威力を加算して、反撃に転じる。
障壁が黒い棘となって、ルエヌマの顔に突き刺さる。
途端、ルエヌマの六本の掌から、細い熱線が照射された。
乱雑に放たれる熱線を前に、空中では対処のしようがない。
「≪ブラック・ウォール≫球状展開!」
面の防壁を多面構造状に展開させて、自分を囲う球体を宙に造る。
こういう時に無闇に跳ぶのは良くないと思い知らされるが、相手がデカいのだから仕方がない。
「ぬわーっ!」
見れば、俺と同じく跳び上がったエルゼリータが、迫ってくる熱線を鎌で受け止めていた。
エルゼリータの周囲にも、同じ球体を造ってやる。
「助かったー、ありがとう!」
エルゼリータがこちらに手を振る。さっきまであれだけ怯えていたのに、呑気な奴である。
「しかし、どうしたものか……」
顔面を貫かれたルエヌマは前が見えていないのか、狙いもつけずに滅茶苦茶に熱線を振り回していた。
加えて、未だに紅い光弾の雨も降り続いている。
無闇に防壁から出れば、何かしらの攻撃に当たってしまいそうだ。
なまじルエヌマに接近してしまっているせいで、熱線をかいくぐって脱出する事すら難しい。
「くそっ、無茶苦茶しやがって!」
流石の連戦で、魔力もそろそろ底が見えている。この防壁だって、いつまで持つか分からない。
動けずにいる俺たちの横を、ふいに白い影が駆け抜けていった。
羽ばたく小さな影が四体。それは、俺をここに連れてきたミラのボーンゴーレムだった。
ゴーレムの気配を感じてか、熱線の軌道が誘導されていく。
ルエヌマの前に、空間が開いた。
「今だ、エルゼ! お前が行けっ!」
俺を囲んでいた防壁を解除し、代わりに防壁でルエヌマまでの足場と屋根をエルゼリータの前に設置する。
「任せて!」
落下していく中で見たのは、エルゼリータが防壁の上を駆け抜けていく様。
彼女の鎌は紫の怪しい輝きを纏って、宿敵の首へと振り抜かれる。
「≪オス・レーキエム≫!」
魔力によって構成された巨大な刃がルエヌマの首骨を刈り取り、両断した。
嘆く様な低く間延びした音を発して、ルエヌマは全身の力を失った。
だらりと垂れた悪魔の体は、黒い瘴気となって消滅を始める。
同時に紅い光弾も降り止まり、戦場を構築していた黒い柱群も消滅を始める。
「たっ、助かったぁー……」
エルゼリータの為に切り開いた障壁の道で魔力を使い果たしてしまったので、降って来る光弾に対処のしようが無かったのだ。
今の一撃で決着がつかなかったら、今頃どうなっていた事か。
「って、そう言えばエルゼリータは?」
呪いの元凶であるルエヌマを倒したんだ。エルゼリータに掛けられていた退行の呪いにも、何かしら変化が出ているはずである。
探していると、ルエヌマの死体の上からエルゼリータが飛び降りてきた。
彼女は不思議そうな顔をして、こちらに歩いて来る。
「奇妙な感じです。ルエヌマを倒した途端、急に思考が鮮明になりました」
口調や雰囲気が変わっている。呪いが解けたという事か。
「呪いは完全に消えたって感じか?」
「おそらくは。こんなにあっさりと元に戻るとは、少し意外です。
……貴方には、感謝しなければなりませんね。一度は刃を交えた身でありながら、僕の様な得体の知れない者に、ここまでしてくださるなんて。なんとお礼を言っていいか」
「気にするな。俺が好きでやった事だ。人助けは、うちのギルドの目的なんでな」
「本当に、感謝します。ギルデッド……」
エルゼリータは今にも泣き出しそうな顔をして、それを隠すみたいに頭を下げた。
次に顔を上げた時には、彼女は元の凛々しい表情に戻っていた。
「……お前にも、悪い事をしたね。意地が悪いのか、人の心なんて分からないのか、それは知らないけれど、僕はお前の事を恨んだ事は無かったんだ。もちろん、感謝した事もない。だから、これでお相子にしよう」
エルゼリータは振り返ってルエヌマの死体を見上げると、そんな言葉を口にした。
「ギルーっ!」
呼ばれて振り向けば、ミラが泣き顔で飛びついてきた。
彼女を受け止めて、反動を殺すために一回転して抱きとめる。
「無事で良かったです」
「ああ。この通りピンピンしてる。ミラがチャンスを作ってくれたおかげだ。ありがとうな」
そう伝えると、ミラは胸に顔をうずめて泣き出した。
よほど不安だったのだろう。今回は殺されそうな目にも遭ったし、仕方がない。
「ごめんな、心配かけて」
「ギルデッド、その人は?」
エルゼリータは俺にしがみ付いて泣いているミラを見て、優しい顔で微笑んだ。
そう言えば、エルゼリータにミラの事を話した事は無かったな。
「彼女はミラ。うちのギルドマスターで、俺の……恋人だ」
「ほほう、それはそれは」
エルゼリータはにやけ顔を浮かべて、頷いた。
そう言う反応止めろよな、照れくさい。
「そう言えば、貴女は?」
今度はミラが顔を上げて、エルゼリータに訊ねた。
「僕はエルゼリータ。彼に助けてもらった……彼の、友人。いや、妹かな?」
エルゼリータは自分の立ち位置を悩んだ末、突飛な結論を口にする。
「はぁっ? 何言ってんだお前!」
「だってー、僕の兄になってくれると言ったのは貴方だよ? もう忘れたの、お兄様?」
呪いモードに戻って、そんな風に甘えた声を出すエルゼリータ。
こいつ、完全にからかっているな。
「い、妹? お兄ちゃん? どどっ、どういう事ギル? 何かのプレイなの?」
「プレイとか言うなぁーっ!」
この後俺は、困惑するミラに対して、弁解と説明をするのに結構な苦労を要する事となったのである。




